チンピラ達は叩きのめされた後、ほうほうのていで逃げていった。考えてみれば、ちょっと女性にちょっかいを掛けただけであれはやり過ぎだったかもしれないが、やってしまったものはしょうがない。
騒ぎもすっかり収まり、トウガが一応助けた形になる女性に礼を言われていると、ユナが2人に声を掛けた
「なんでそなたらが揃って喧嘩しとったんじゃい。もしかして知り合いじゃったのか?」
「いや全然」
「初めてお会いするわね」
「……まぁよいわ。立ち話もアレじゃしな。茶を淹れてやるわい、中に入らぬか?」
ユナの店の客間は綺麗なものだった。トウガが今借りている宿の一室などとは比べ物にならない。出された紅茶を口にしながら、「自分の家を持ち嗜好品に金を掛けれるようになる」には冒険者ならどれだけ上に行かなければならないのか、とふと考えるトウガであった。
「とりあえず私から自己紹介させてもらいましょう。この子の叔母でレシャンといいます、さっきは助けてくれてありがとう」
「叔母っ?」
「あら、年齢不詳で素敵なお姉さんに驚いちゃった?」
トウガは多少驚いたがすぐに思い直す。家族関係次第では、若くして叔母の肩書きを背負う事だっておかしくは無い。まぁ自分で年齢不詳といってる辺り、見た目の二十歳前後のよりは年上なんだろうなぁと想像できるが、それを安易に口に出すほどトウガは迂闊ではない(と本人は思っている)。
「叔母上が来るのは特に驚きはせんが、トウガはなんであそこにおったんじゃ? たんなる偶然か?」
「いや、ユナさんに話というか相談事というか……まぁ用があったのは間違いないんですが……」
トウガは言い淀んでしまう。とりあえずユナ1人の口止めのつもりだったのに2人に増えてしまっているからだ。別にユナなら大丈夫というわけではないが、それでもリスクは少ない方が良いのは当然である。しかしこの状況でレシャンにいきなり席を外してもらうのは不自然極まりない。さてどうしたものか。
「ねぇねぇ、2人はどんな関係なの?」
「あ、自己紹介が遅れました。えーと、最近冒険者を始めましたトウガです。ユナさんとは――知り合い?」
「まぁ知り合いじゃな。しかも昨日会ったばかりじゃし。それとトウガよ、妾にはそんなに堅っ苦しく話さんでもよい。今は依頼人でもないし、歳もそう変わらんのだからな」
「あ、そうか? わかった」
「あらあら残念、ちょっと邪推しちゃったわ」
「叔母上のご期待にはそえんで悪いがの。まぁそもそも会って1日では、第一印象がよほど良いか悪いかでもない限り知り合いとしか言えんじゃろ」
「そりゃそうだ」
トウガは話しながら、この2人なら秘密に深く追求する事もなく大丈夫かなと感じ始めていた。それでも全部話すわけでは無く、深く聞かないでと言うつもりだったが。
「――あの、ちょっとお聞きしたいんですが。レシャンさんはギルドの関係者だったりします?」
「ギルドの? 冒険者登録はしてあるけど最近はそういった活動はしてないし、特に深い繋がりはないわねぇ。どうして?」
「いやあのなんと言いますか……」
質問に対して答えを用意してないのはまずいな、と思いつつもユナに話を振る。
「なぁユナ、昨日のダンジョンの中での事だけど。あれってあまり聞かれたくない理由があったりするんで……。できれば話のタネとかにもせず、黙っといてくれないか?」
「あれとは……あー、あの馬鹿力とかの事か。――ふむ、まぁ聞かれたくないというならそれでもかまわんがの。ならば昨日は堂々と見せておいて、今日になってわざわざそれを言いに来た理由は聞かせてもらえるのか?」
「理由、んー……。俺は昨日冒険者になったばっかりなんだけど、その時はこれからの事は結構適当に考えててな。ただ、この力は新米冒険者としてはおかしいだろうし、それをギルドに聞かれると答え辛いものが出てくるって今日になって思い当たって……」
「ふむ、なるほどの。要するにあの時は細かい事は全然考えてなかったと。依頼を遂行して、先を考えたすえの口止めか」
「うん、まぁそゆこと。……納得してくれた?」
トウガが恐る恐るユナに尋ねる。
「問題はない。誰にも問われたくない過去の1つや2つあろうて。迂闊に口にせぬと約束しよう」
「――馬鹿力とギルドに喋りたくない過去、ね。何のことか軽くでいいから、私にも説明してくれないかしら?」
話を途中で置かれたうえに、よくわからない話題を進められていたレシャンが微妙に不機嫌そうに聞いてくる。
「ァッ、すいません! あーどう説明したらいいか――」
「この男がの、妾と『小鬼の声』に潜った時にリザードマンを殴りとばすは、斧は素手で掴むは、ストーン・ブラストの中を突っ切るはと面白いものを見せてくれたんじゃ」
「ハッキリと全部言うのな」
「叔母上には聞かせても構わんと判断しておったんじゃろ?」
その通りではあるが、それでももう少し言い方を考えようとしていた側からすれば少々切ない。
「それはなかなかすごいわね。今度わたしにも見せてくれる?」
「あ、はい。機会があれば」
「うふふ、ありがと。あと、私にも聞かせてもいいって判断は嬉しかったわ。だから途中で話を切り上げた事はチャラにしてあげる」
「う……あ、ありがとうございます」
「他の娘にそんなことしてちゃ嫌われちゃうわよ~。ま、それはともかく、私もギルドや他の人の耳に入るような事はしないと約束するわ」
話が順調に進んだことにトウガは息をつく。正攻法でいくのは、どうやら正解だったようだ。
「では、トウガよ。お主はこれからどのようにして冒険者活動をしていく気なのだ?」
「すごい適当な感じだけど、しばらくはお金重視。当然この力は使っていくつもりだし、俺1人か口が固そうな知り合いができたら、そういうのも入れたりしての少人数がメインかな。それでお金が貯まって装備が充実したり、ギルドでの評価が上がってこのパワーとかが怪しまれなくなったら、その時は存分に暴れるさ」
現在のトウガの身体能力や防御力を、魔力ブーストというオマケなしに再現するのは最高ランクのアイテムや魔法を複合しても無理かもしれないが、「レアアイテムを拾ったんだよ」で済みそうなファンタジー世界なら、それでいいんではないかとトウガは考える。無論実情は知らないが。
「でもトウガ君、今の服装だとゴブリンを相手にするのも危ういって思われるわよ。まずはランクに関係なく『冒険者の格好』を整えないと、それだけで噂の人になっちゃうわ」
特に防御効果のない服にボロのナイフ1本。確かにまずは『普通の冒険者の格好』を目指すのが先決か。
「そうですねぇ。でもそのためにはやっぱり金が要るわけで……、それまでは昨日の薬草採取みたいな依頼で貯金か……」
飯代や宿代なども考えると、トウガが装備一式を揃えるまでの道は短いとは言い難そうだ。
「ユナちゃん、彼ってユナちゃんの目から見て強い?」
「保障しよう。真正面からぶつかるだけならかなりの強さじゃ、独自の戦闘技術も持っとるようだしのぅ。冒険者としての経験を積めばさらに上にいけるじゃろう」
「それなら丁度いいわ。ねぇトウガ君、依頼受ける気ない?」
――――――――
「ふぬらっ!」
ドグワッシャ!!
後ろの2人に襲い掛かろうとしていたスケルトン・ウォリアーをラリアットで止めるトウガ。その使い方はアメリカでラリアットが、クローズラインと呼ばれるのがよく分かるものだった。首を支点に止まった骸骨を、そのまま下に叩きつける。全身に衝撃をくらい骨だけの体はバラバラになった。
だが、見える範囲にはまだハイ・オークが1体とスケルトン・ウォリアーが4体もいる。これら以外にいないとも限らないし、油断はできない。
「トウガ、動くでないぞっ!」
先程まで詠唱をしていたユナが魔法を完成させる。
「フレイム・ボールッ!!」
トウガの横を抜け文字通りの火球が骸骨兵1体を襲い、火球は当たると爆発しさらに2体を巻き込んだ。攻撃をくらった3体は僅かに歩くとボロボロと崩れだし、ついには土へと還っていった。
手駒が減り焦ったハイ・オークはトウガに向かっていく。このハイ・オーク、全身にちゃんと鎧を着ているうえにそれなりの剣と盾も装備している。体も大きいし普通のハイ・オークではないようだが、あいにくこの男も普通ではない。
力任せの大振りを両腕で受け止めたトウガは、そのまま右ボディブローを叩き込む。更に返しの左で豚面の顎を跳ね上げ、距離が空いたところに踏み込んでしっかりと体重を乗せた右ローキックを狙う。
ガツッ!! 本来ならある程度コンパクトにまとめた方が威力はあるが、ここはあえて振り抜きダウンを誘発させる。
「もう1匹いることだし……」
トウガはそう呟き、残った骸骨兵を見据える。ハイ・オークが走ってきたので、遅れて現れたのだ。倒れたハイ・オークの足を両手で掴んだ彼は、そのまま骸骨兵に背中を向けるように1回転し――
「豚のような悲鳴を上げろっ!!」
ドグチャッ!!!
思い切り勢いよく豚兵を振り回し、スケルトン・ウォリアーを叩き潰した。喋るわけでもない骸骨兵はもとよりハイ・オークも僅かに呻き声上げた後、2体揃って動かなくなる。
あまりにも極端な腕力攻撃で体勢も崩れており、これを技と呼べるのかは使った本人にもイマイチ自信はなかったりした。
トウガ達3人は、町から離れた古びた廃村まで1日掛けてやってきていた。ここにモンスターが住み着いたようで、それの討伐依頼を受けてやってきたのだ。
「他はいないようね、これで依頼達成よ」
依頼主は裕福な豪商で、以前この廃村の近くを通るときにオーク数体に襲われたらしい。当然護衛もいたので撃退できたが、頻繁に使う通商ルートに危険があるのは困るので依頼を出したようだ。
トウガとユナが一息吐いてる間に、レシャンはモンスターの死骸の前で小さな水晶を取り出していた。これはいわばカメラのようなもので、討伐の確認のためにギルドから支給された物だ。一度使えば魔力が消費され、魔力の込めなおしは出来ないので使い捨てカメラのようなものだが、トウガからしてみれば魔法文明の一部突出した所を見せ付けられた気分である。
この依頼は本来、駆け出しのひよっ子が受けれるようなものではない。だがレシャンがけっこうな経験を持つ冒険者のようなので、形としては「上級者の戦いを見学する初心者」ということでトウガも参加できていた。
ところが実際の戦闘ではトウガが前面に立ち、ユナが援護をするという連携で討伐に当たっている。レシャンは何故か冒険者でもないユナを鍛えるのが目的なようで、トウガにフォローを頼み自分はそれらを見るのに徹していたのだ。本当の図では雀の涙ほどしか報酬を受け取れないトウガに、全体の半分を融通してくれるというので彼としては文句はないのだが。
「ビックリしたわ。ユナちゃんの言う事を疑うのもアレだけど、ここまですごいものを見せてくれるなんて思ってなかったわねぇ」
「前のもイカレとったが、今回も無茶苦茶じゃのぅ。お主、素手でそれなら武器を持てばさらにイケるんではないか?」
「破壊力のみ考えたらそうだろうね。ただ『裂けない皮膚』と『高い防御力』があると「掴む」がすごく有効になるし、武器を1振りする間にパンチは2発打てるだろうから必要ないっちゃないかな。相手がゾンビとか触れたくない奴のときにそこらの木の棒でぶん殴るくらいかねぇ?」
話しながら帰り支度をする3人。野宿に携帯食料の食事は、やはり街でのランチに比べれば味気ない。さっさと帰りたくなるのは当然だろう。
「トウガ君の能力もわかったし、しばらくはお店の仕入れて欲しい物を採ってきてもらうとか依頼を回してあげたら?」
「こちらは相場より安く雇えるし、トウガには色を付けた報酬を出してやればお互い悪くない話じゃな」
初級者の値で雇いそれ以上の成果を出し、初級者から見れば多額の報酬を受け取る。ギルドでの評価を上げるためにはギルドを通した依頼にしなければならないので、額面上は初心者用の依頼としてトウガに流す事になるだろう。
「こちらとしては願ったりの話だ、しかしいいのか? ギルドを騙すことになるんじゃ……?」
「がんばる冒険者に依頼主がサービスするだけのことじゃて、問題あるまいよ」
3人は話を続けながら、行きと同じだけの時間を掛けつつ街へと向かっていた。トウガなどは多少懐に余裕ができれば、まず風呂に入りたいなぁと考えさせられるものだったが、街に着いた一行は最初にギルドへの報告に向かう。レシャンが水晶に写し取った光景などで依頼達成の確認をしてもらう横で、トウガはなんとなく依頼が張り出されている掲示板を覗いていた。
「……見回り?」
依頼の中に少し変わったものがある。それはある期間中、街の見回りをするというものだった。トウガの目を引いたのはランクを問わず、拘束時間の割りには報酬がよかったことだ。他の依頼と比べつつ、これはいいかもと思っていた彼にユナが声を掛ける。
「トウガ、それはっ―― いや。うむ、なんでも……ない」
「?」
ユナの何とも言い難いような表情。気になるのは当然だったが、レシャンが報告を終え報酬をホクホク顔で持ってきたので、トウガの頭からその事はすぐに消えてしまった。
――彼がその意味を知るのは、もう少し先のことである。
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クローズラインとは道路などで首の辺りに紐を張り、そこを通るバイクなどを引っ掛ける罠のことでもあります。非常に危険ですね。
足を掴んで振り回す技の元ネタは「鉄拳シリーズ」の三島一八の横投げ、「鐘楼落とし」です。鉄拳5のオープニングでジャック部隊に似たようなことしています、作者のお気に入りの技だったりもします。