燃え続ける館の残骸の前でボケーっとしている冬牙。
どうするか……。食う物も寝るとこも無いし、ここら辺の地理もわからん。街とかの位置がわかっても、金がなくてはどうしようもない。警察みたいな公的機関は期待できないし、知り合いもいるわけがない。
ないないづくし過ぎてビックリだ。日本のド田舎とか話にならんな、ハッ。
半分他人事のように思いつつ、思考の旅は続く。幸いというべきか、とても大きな焚き火がそばにあったので灯りなどに困る事は無い。だが、それとていつ消えるかわかったもんじゃない。
頼りになるのはこれだけか。左手首に着けたままの腕輪を、冬牙はぼんやりと見る。この腕輪の存在は、今の彼にとって途轍もなくありがたいものだが、今のままではやはり問題がある。
例えば、今も燃え続けるこの崩壊した館の光に誘われて何か獣が来たとして、彼はそれを倒す事はできても調理などはできやしないのだ。身体能力上昇の効果で胃も強くなってたりして……、いざとなれば倒した獣を丸焼きにして喰うぐらいのは覚悟はしておくか……。
ちょっと切ない事も考えつつ、こういう時にどうするべきか素人なりのサバイバル知識を記憶の片隅から掘り出していた彼だが、ふと妙な記憶が頭をかすめた。
「デジャブ……じゃない? んーあー、 ――これは……こっちの記憶かっ」
全く知らないはずの風景や建物、自分が住んでた地域ではありえないレベルの自然などの事がポツリポツリと浮かんでくる。融合してこの世界の言語を理解できたように、こちらの世界のトウガのそれ以外の知識も頭の中に入っていたのだ。ただしその1つ1つはかなり薄いものでしかないうえ、その数も多くは出てこない。
関連性がないせいで憶えきれず、出てきてはすぐ消える記憶群を頭の中で必死に整理しているなかで、今の彼に有用な記憶が1つあった。
「住んでた部屋か……な?」
確信はないが、そう思わせる少し安心できる部屋の風景。それまでの無差別な記憶は完全に脇に置き、その部屋に関連することを考えていくと住んでいた街、さらにはここからのルートもおぼろげながら浮かんできた。
それらの記憶も薄いものには違いなかったが、今の状況からしたら十分な道標となる。そう、大雑把な方角だけでも分かれば、それはすなわち人里への道も分かるという事だからだ。無論部屋に辿り着けるならそれがベストである。入り込んで文句を言われない屋根がある場所ほど、今恋しいものはない。
とりあえずの今後の指針が決まった途端、急に眠気が冬牙を襲った。思えばこの日は昼食の後に外で運動、そこから燃える館を見て全力疾走、初めての命懸けの闘争、生存者の捜索と動き回ってばかりだったし当然と言えるだろう。八方塞がりだった状況に道が見えたことで、張り詰めていた気持ちが途切れたというのもあるに違いない。
――そういや、人を殺したんだっけ……。夕方の争いを思い出す。燃え盛る館の中で、わざわざ武器の無い相手を殺そうとしてきたのだ。現代でも正当防衛と言っていいのかもしれないが、あの時は「キレていた」せいもあるし今はやはり少し気が重い。
「でも、後悔なんか絶対にしない」
後悔ってのは「過去の自分の選択」を間違えたと思った時とかにするもんだ。俺はもしまたあの場面に出くわしても、あいつ等を倒して生きてる人を探すだろう。
気が重いのは今までそういった倫理観で育ってきたからだ。当然それを自分に言い聞かせたところで、すぐに気の重みがどうにかなるわけではないけど……。
今にも落ちようとする意識の中で、彼は思う。――しばらくは日本から来た「冬牙」はお休み。明日からは、この危険度たっぷりのファンタジー世界の中で生活する「トウガ」として生きてみるか……。
翌朝、彼は日の出から程なくして目を覚ました。少しばかり呆けていたが、すぐに自分の置かれた状況を思い出し立ち上がると、その足でおそらく人里があるだろう方角に向かい出す。
まだ暗めの肌寒い早朝、人の気配は一切無い。そして食べる物も飲む物もない状況で、知識としては知ってる程度の街を目指す。トウガは急に寂しいという思いを胸に抱いた。それはまさにホームシックと呼ぶべきものであり、彼自身もそれを否定はしなかった。こんな状況なら当然でもあり、歳がどうとかは別物と感じたからであろう。起きてすぐに行動し始めたのも、動くことで少しでも寂しさを紛らわすためなのかもしれない。
始めはただの歩みだったのだが段々とそれは速くなり、いつのまにかマラソンをしているようになっている。会話しなくてもいい、ただ人の存在を感じたい。彼の走りは腕輪の効力もあり、どんどん加速していった。
道のりは案外あっけないものだった。というのも、トウガ自身は気付いていなかったがステイシアの館は森によって囲まれ、周りから隠れられる丘のような場所に建築されていたようで、その森を抜けてしまえば広大な草原や街道、そして遠くに街らしきものを一望できたからだ。
距離はかなりあったが、今の彼の足ならそこまでたいした時間は掛からない。駆け足で街道を行き街の外壁まで辿り着いた彼は、そこで壁に手をつき乱れた息を整える。どうも腕輪に関して多少過信があったようで、スタミナはさして増えてはいなかったのだ。
大きな壁だ。近づきながら思ったがこの街、相当大きいな。呼吸を鎮めつつ壁を見上げると、またわずかながら記憶が出てくる。
「……こっちか」
記憶を繋ぎ合わせ壁にそって歩くと、中に続く検問所の様なところに着く。守衛のようなのも立っており、とりあえず人がいたというだけでトウガの気分は少し良くなってきて、そんな自分を単純だなと苦笑してしまった。
ある程度近づくと、守衛の方から声を掛けてきた。
「止まれ、通行料か許可証を見せ……っておまえさんか。何だ? やり残してきた事でもあったのか?」
「え、ああいやその――」
「家を売った金やそれまでの備蓄を、全部聖堂付きの孤児院に寄付した男だしな。俺だって覚えてるさ……なんか体格が変わった気もするが。東地区から来たんだったよな?」
「――ぇえ」
「金ねぇんだろ? サービスしとくぜ。ほら、通りな」
知られているとは想定外だったためなんとか話を合わせようとしていると、とんでもない事を言われたせいで肯定ともなんとも言えない様な返事を返してしまっている。
そして中に入れてもらい町並みを見ると同時に、頭を抱えたくなるような事実を理解してしまった。
(嘘だろ、自殺でもするつもりかなんて適当に思っただけだったのに。……本当に財産の整理までしてやがったっ!!)
笑えなさ過ぎる。しかもそれがもう1人の自分の行いだと思うと、本当に驚愕するしかない。なんでやねーん。
前に住んでたのは東地区、そして守衛が言うにはここは西地区。丁度反対側のようだが、彼は東地区まで行く気にはなれなかった。自分がやったわけではないので出戻りみたいな気持ちを持つわけではないが、そのことについて聞いてくる知り合いなども出てくると思われるからだ。
知人のように振舞えるとは思えないし、筋肉なども増量しているようなので怪しまれる可能性が高い。テレビとかもないだろうから、この規模の街なら正反対の地区の新しい住人など知られる事は無いだろう。……ここらへんで住み込みで働けるとこがあればなぁ。
この文明レベルの雇用形態や儲かる職がまるでわからないトウガは、先程の守衛にここらの職事情を雑談交じりに聞くことにしたのだが、その中で1つだけ非常に心惹かれるものがあった。 ――冒険者である。
興味だけでなく、現在自分が持つ力を考えればこれはなかなか適職なのではないか。少なくとも皿洗いや丁稚坊主なんかよりはいいに違いないっ。
守衛から冒険者組合に加盟している宿の話を聞いたトウガは、すぐさまその宿に向かう。冒険者になるにはどんな試練があるのかっ、「モンスターを倒せ」みたいなのもあるのではっ。彼はちょっと前までの憂鬱を吹き飛ばすような興奮を覚えていた。
そしてその興奮は30分で切れることになる。
『猫が寝込んだ』亭という宿屋で「冒険者になるにはっ」、と聞いたのはよかったがその返事はとても簡素だった。簡単な書類の作成、渡される認識プレートと思われるもの。その後に依頼の受注などに関する諸注意、ダンジョンでの鍛錬などの口頭説明。最後に一切武具が無い人へのボロボロナイフの貸し出し。
あまりに事務的&簡単な冒険者の登録に、トウガは肩透かしを食らってしまったのだ。理解できる事ではある、結局これもビジネスということなのだろう。経験に合わせた依頼の斡旋などをしてくれるだけでもありがたいのだ、そう思っておこう……。
まだ朝なので食堂に居るのは朝食を摂りに来た冒険者の客ぐらいだ。トウガは少し悪いと思ったがそこに混じり、空いてる食堂の椅子に座り机に突っ伏した。今は初心者向けの依頼がないということなので、受付のお姉さんに自分が受けれる依頼があったら回してくれるように頼み待つ事にする。
しばらくしたら彼の境遇をなんとなく察したのか、ウェイトレスが牛乳を1杯持ってきてくれる。人情が身に染みるトウガであった。
「ツケといてあげるわ」
そんな事だろーと思ったよ。
(とにかく今日の宿代と飯代をどうにか……。丸一日食べ物を口にしていないけどもう少しだけ我慢我慢)
そんな彼に飯のタネが舞い降りるのは、幸運な事に牛乳を飲み干してすぐの事だった。
「お主を雇う事にした。構わんな?」
――――――――
昨日は初対面の奴にアホゥなところを見せてしもうた。 ……あれはないじゃろう、はぁ……。
酔ったまま寝てしまい、翌朝起きたユナは昨日の自らの行動に頭を痛めていた。あの時は確かに酔っていたのだが、飲んだ酒量も大したものではなく記憶自体ははっきりと覚えていたのである。
少々低血圧気味の緩慢な動きで、魔法の掛かった特注の水がめの中の水を使い顔を洗う。髪などの身支度は一先ず置いておき、軽い朝食を取ろうとしたのだが椅子に腰を掛けると動くのが億劫になってしまい、またしばしの間物思いに耽ることになった。
――これは弱さか、すっかり受け入れていたものと思ぅておったがのぅ。勝手に嬉しくなって、浮かれて暴走する。全く懲りぬことじゃ。
自嘲するかのような考え、浮かぶ表情に活力は見られない。
――生活に苦はない。ただ少々の自由が無いだけ、文句など言わぬ。
そろそろ店を開く準備をした方がいいだろう。二日酔いなどはないのだ、店を休む理由はない。
――例え奴が妾と同じようなモノだったとして、だから何だと言うのじゃ。……欲しいのは共感などではない。
依頼の報酬とモンスターからの戦利品を売ったことによる収入で、なんとか宿を取る事ができたトウガ。彼はユナを送り届けた後、少し食べ足りなかったこともあり食堂でパンをいくつか買い込み、『猫が寝込んだ』亭で借りた一室で口にしていた。
ちなみに部屋にもランクというべきものがあり、住むだけなら節約する意味で最低ランクにするべきなのだろうが、トウガは最低の1つ上の部屋を選んでいた。理由は簡単、現代っ子らしく虫は苦手であり、一応の清掃が行き届いているこちらの方がとても魅力的に思えたからだ。
だがそのおかげで今の所持金では宿代だけで一週間程度しか払えない状態であり、食事も考えると金欠状態なのは変わらない。明日も依頼があるとうれしいなぁ……。
翌日、金儲けの手段を考える中である懸念事項に思い当たった彼は、まずユナの魔法道具屋に行くことにした。今現在の彼は、実情はともかく肩書きは依頼達成数1の新米冒険者でしかない。なので、ギルドの依頼では大したものは受けられない。パワーやらを見せれば扱いは変わるかもしれないが、ステイシアに「真っ当ではない」魔法によって呼ばれた存在である以上、ギルドに色々と追及されそうな能力を見せるのはまずい気がするのだ。それこそ1流の冒険者になってから色んな装備品の効果です、みたいに言うならともかく……。
ステイシアも「誰にも言わないで」みたいな感じだったなと思い出す。そういうのを全然考えないうちにユナには勢いで見せてしまったので、まずは口止めを頼みに向かわなければ。ついでに依頼の1つも貰えればありがたい。可愛くて仕事にも繋がるコネは大事にすべきである。
ユナの店があるのは、様々な店が並ぶ大通りの一つ奥に入った場所とでも言うべき所にあった。騒がしいわけではないが、寂れた感じとも縁遠いなかなかの立地条件ではなかろうか。しいて言うなら大通りを歩くだけでは、パッと見で少々知られづらそうというぐらいか。
そんな場所なのだが今は何故か騒がしい。というよりも丁度ユナの店の前で揉め事が起こってしまっていたのだ。
「おいおい姉ちゃん、人様に怪我させといて謝るだけで済むとでも思ってんのか~?」
「兄貴ぃ、痛ぇよこりゃ骨が折れちまってらー」
おまえらどこの世紀末からやってきたんだ、とトウガに思わせるほど完璧なチンピラが上等そうな服を着た眼鏡の女性に絡んでいる。
「謝罪はしたはずですが。これ以上私からできることは何もありません、一体どうしろと?」
女性はおっとり顔の美人という事もあってか、チンピラから見たら因縁をつけ易いに見えなくも無いかもしれないが、かなり余裕を保っている。こういうパターンだと実はこの女性は結構強くて、チンピラ達は尻尾を巻いて逃げるってのが多そうだが……
「へひゃひゃ、とりあえずちょっと付き合ってもらおうか」
「楽しいことをするだけだよ~」
「そうですか……そのセリフを聞いてはしょうがありませんね」
スパァンッ!
「ブベッ!」
いきなり女性の鋭いパンチがチンピラの片方の顔面にヒットした。重さはないようだが、狙いなどは正確であり鼻血を出させている。
「あなた達のような存在がこの地区にいることは、私にとって許し難いことです。あの子のためにも少々痛い目にあってもらいましょう」
女性はトウガが考える以上に激しいお人だったようである。先程パンチを浴びせた相手に更なる連撃を仕掛けた。
鳩尾に左中段前蹴り、顎に右ハイキック、ロングスカートが大きく翻るがそれら全てが1つの劇のような優雅さを持っている。
自分の荒々しい格闘シーンとは違う見事なそれに、トウガは思わず見入ってしまった。
だが同時に見逃せないものも発見する。チンピラのもう片方が女性の後ろに回りナイフを出していたのだ。
「この……バッカ野郎っ!」
喧嘩にそんなもん出すな! この世界ではどこからどこまでが喧嘩の範疇か知らないが、それは今は関係ない。女性から手を出したのも事実だが、それも置いておく。「2対1」、「相手は素手の女」。これで武器を持ち出してくるようじゃあ話にならん。
剣を腹筋で止めた経験もあってか、ナイフ程度に恐怖がなくなったトウガはナイフを持ったチンピラに不意打ちを仕掛けた。
走りながらスライディングを仕掛けるような滑り込みをし、そのまま蟹バサミで相手の両足を挟むと仰向けになるようにチンピラを転ばせる。チンピラは驚いたようでその隙に技を仕掛ける
まず相手の右踵を取り自分の左足を相手の足の間に置く。そのまま左足を軸に逆時計回りに1回転する事で、相手の右足をこちらの股の後ろから通すように捻じりを加え、そのまま相手の左足の上に置くように横に引っ張る。そのまま両者仰向けになるようにこちらも倒れ、〆にこちらの右足で横に出たチンピラの右足を上から抑える事で完成。 ――足四の字固め、別名フィギアフォー・レッグロックとも言われる足関節技である。
「なっ、何しやがイダダダダッ!!」
これを使った理由は簡単だ。手の関節技なら捕縛術としてあるかもしれないが、足の関節技など存在自体こんなチンピラなら知るまい。お仕置きの意味も込めて未知の痛みに呻くがいい!!
トウガが勝手に「喧嘩の指導」を仕掛けた横で、女性はチンピラを倒してしまった。そしてもう一人を相手しようと振り返ったところで、複雑怪奇な足の絡まり方をした知らない男とチンピラを発見する。
「あら、えーと……手助けしてくれたってことでいいのかしら?」
これは技なのか、どれほどの効果があるのか、そもそもどっちが掛けてるのか?? たくさんの疑問を持ち女性は声を掛けた。
「え――あ、はい、そうなります……かっ!」
「アギャギャギャギャギャッ!!」
痛みは与えるが後に残るようなダメージは加えない。関節技の便利なところである。
「やっかましいっ! さっきから妾の店の前で何やっとるんじゃ貴様……ら?」
騒ぎが大きくなりさっきから気になっていたユナが、注意してやろうとドカンッとドアを開けた。するとそこには昨日見たばかりの男がタコのようにチンピラと足を絡め倒れ、久々に見る顔が不思議そうにそれを上から眺めている。朝の一人シリアスだった気分が台無しである。
「本当に何やっとるんじゃ……」
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すいません、前回終わりに格ゲーの技を出すぞーとか書いといて出せませんでした。うう、変に予告すると自分の首絞めるなぁ……。
話を転がすために今回は主人公の格闘シーンは少なめです。そして関節技の描写の難しさは異常でした……。全く知らない相手に足の絡まる関節技って、見た目的に気持ち悪さを与えることもできるんではないでしょうか?
感想でもいただき自分でも思ったのですが、毎回格闘を組み込むのに必死になるぐらいなら、ちゃんとお話を進めていってスパイスとしてシーンを設ける方がいいのかなと感じてしまいます。無論この物語の大切な所でもありますし、長期にわたる封印はしませんが。
ともかく、これでプロローグ的な部分は終了です。