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No.9676の一覧
[0] 肉体言語でお話しましょ?(異世界召喚系・ヤンデレ+)[鉄腕28衛門](2013/07/10 20:28)
[1] 2話[鉄腕28衛門](2013/07/10 21:06)
[2] 3話[鉄腕28衛門](2009/06/28 03:16)
[3] 4話 修正3[鉄腕28衛門](2009/07/20 22:13)
[4] 5話[鉄腕28衛門](2009/07/19 05:31)
[5] 6話 修正1[鉄腕28衛門](2010/01/04 17:35)
[6] 7話 修正2[鉄腕28衛門](2010/02/19 14:10)
[7] 8話 修正2[鉄腕28衛門](2010/04/04 18:15)
[8] 9話[鉄腕28衛門](2009/12/31 15:08)
[9] 10話 修正1[鉄腕28衛門](2010/02/19 14:11)
[10] 11話 修正2[鉄腕28衛門](2010/02/23 00:55)
[11] 12話[鉄腕28衛門](2010/03/30 18:38)
[12] 13話[鉄腕28衛門](2010/07/03 22:28)
[13] 14話[鉄腕28衛門](2010/08/21 19:40)
[14] 15話 都市名を書き忘れるデカイミスを修正[鉄腕28衛門](2011/02/06 18:35)
[15] 16話[鉄腕28衛門](2013/07/10 21:11)
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[9676] 13話
Name: 鉄腕28衛門◆9e4cac5f ID:3ee6fbf0 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/07/03 22:28
「殺セッ、殺セッ!」

「ハッ、今のを見てそんだけ上等コくたぁ気合入りまくってんじゃねぇかっ!!」

 頭部を粉砕されもう動かなくなった骸骨を地面に叩き付けバラバラにすると、そのままトウガは両手を折り畳み、脇をしめた状態で肘が胸の前に来るようにして拳を握った。前面をしっかりと固めたそれはボクサーが逃げる相手を追い詰めるスタイルに近い構えだっだが、ややクラウチング気味の前傾になっておりいかにもダッシュで突撃する気満々といった感じである。

 彼は放っておけばすぐにでもモンスター達に向かっただろうが、安易にそれを良しとせず止める者がいた。

「誰だ、何故助けた?」

 獣人一団のまとめ役でもあるペンギン姿の戦士、ゴードン。彼は突如として現れた男を単純に味方と考えはしなかった。

 もし敵を退けた後、対価として無理難題をフッ掛けられたら堪ったモノではない。人間という種族が持つ知恵の回りようは、時に他種族が及びもつかない策を用いる事もあるのだ。例えば人間の好事家が獣人の子供を狙って、この魔物達をこちらに襲わせた可能性だって否定は出来ない。

 ゴードンはファイターらしき男のほんの少しの挙動も見逃さないつもりで鋭い眼を送っていた。

「危ないところを助けてもらったのは感謝するが、その行動に報いる事は出来んかもしれんぞ?」

「目の前で殺されそうな子供放っておいて、その日食うメシが美味いかよっ!!」

 たった一言の短いやり取りを交わすと、男はそのわずかな間にこちらに向かって来たハイオークに突っ込んでいく。

 助けてもらったくせに、などと嫌味じみた言葉も想定していたゴードンは思わず呆気に取られてしまった。たったそれだけの事で命を危険に晒すだとっ? 現れ方やその後の連続攻撃を見れば大きな戦闘能力を有しているのは十分に分かるが、それでも「死ぬ時は死ぬ」のが当然の戦闘行為、しかも見知らぬ他人のそれにその程度の理由で参戦すると言うのか。

 すぐには信じ切れないのも当然だが、同時にゴードンは飛び出す直前の男の様子を思い返す。「目を見て判断」などと簡単には言えなくても、断言した口調、怒りに歪む表情、魔物にぶつけている気迫などが男の言葉を裏付けているかのようで……

「……何にせよ、俺が動かずあいつにだけ戦わせるわけにはいかんな」

 もう敵と接触した男に今更どうこう言っても意味は無い。小さく呟いた彼は思惑云々は一時忘れることにして、眼前の脅威を撃退するために気持ちを切り替えた。

 ……もしあの男の言葉が本気だったのなら、事態を切り抜けた後で美味い酒でも飲ませてやりたいものだ。





 ――その男にとってまだ慣れ切っていない現状の生活の中で食事は最大の娯楽であり、それにケチをつける要素は出来るだけ排除してしまいたかったのに加え、そもそも彼は意味も無く子供が傷付けられるのを良しとしない程度には善性である。自身ではどうにもならない事ならともかく今の彼にはそれを成す力があり、それは己自身のものとは言い難い代物ではあれどそれまでの全てと引き換えに得た能力とも言えるゆえに、悪目立ちしない限り自重などせず自分の為に使ってしまおうというのが彼のスタンスなのだった。

 少し前には「問題事を生活のスパイスに」という考えも持つようになったこの猛る男、トウガに今戦わないなどといった選択肢があるはずもないのである。

 トウガはハイオークをブチのめそうと握った拳をさらに固めたが、先に突撃を許したことで勢いの付いた相手を見て攻め手を変えた方が良いと判断した。獣人の子供達という護衛対象を守り切る為には、何よりも敵の足を確実に止めるべきだと考えたからだ。

 普通なら眼前の敵を無視してその後ろに襲い掛かろうなどと考えるはずもないが、いかんせんトウガに向かってくる二本足の豚は知性などまるで感じさせる事が無い。足はドタバタ、開いた口からは汚い舌を垂れさせハフハフと荒い息をしており、「普通」などという言葉を無視して後ろに突き進みかねないと彼には思われた。

 ブモーッ

 豚戦士がハンドアックスを振り上げるとトウガは警戒するどころか逆に速度を上げ、体を大きく前に倒しレフトショルダーからの体当たりを行った。肩口から敵の腰部分にぶつかった姿勢の有利、狙いはそもそも押し倒すのでは無くこの状態を作ることにあったので、接触しても彼の筋肉はまだ大きな力を溜め込んでいる。

 確実に足を止めさせる為に選んだ攻撃手段はストライキングではなくグラップリング、トウガは左肩を押し当てたまま右手を大きく外から回し、中途半端にブラブラさせていた豚戦士の左腕を右前腕部で押さえ込むと同時に相手のベルトをガッチリ掴むことに成功した。一言で説明すると相撲で言うところの「上手を取る」というやつだ。

(……臭ぇっ)

 動きは止めさせたものの、豚戦士と密着したトウガは鼻が曲がりそうな臭いに思わず顔をしかめる。まぁ見た目からして分かっていた事だが、この魔物達は清潔などとは無縁の生活を送っているのだろう。ぶつかった衝撃で振り上げられた斧も一時頭上で止められている今、この一体だけに構っていられない彼はすぐさま強力な投げを仕掛けた。

「保父になりたきゃ品性に教養、ついでに清潔感を持って出直して来い」

 上体を起こし後ろに左反転しながら相手を掴んだ右手を一気に持ち上げる。ハイオークは前から後ろへと急に力の向きが真逆になったトウガの動きに対応出来ず、左手の自由が奪われているのと前に進もうとする自分の力もあり、彼の狙い通り抵抗する間も無く一回転して激しく地面に叩き付けられた。



 明らかに一回り以上ある人型を実にスムーズに転がしたこの投げはあの大横綱、千代の富士も得意としたスモウレスリングの王道とも言うべき技、上手投げである。押し出しや突き出しなど、相撲における基本的な決まり手を生かす為の代表的な投げであり、ある意味相撲を最も格闘「技」に押し上げている技でもあるだろう。200キロを超えようかという相手を廻しに引っ掛かった数本の指だけで倒すその姿は、裸のデブ二人が抱き合う光景を屈強な聖戦士『RIKISHI』達が繰り広げる聖なる闘いへと変貌させるのだ。



 仰向けに倒れた豚野郎にトウガはすかさず追撃のストンピングを加えた。鎧も御構い無しな胸部への踵の一撃はハイオークを戦闘不能にするが戦闘はまだまだ序盤戦、トウガの耳に泣き止まない幼子を守るように抱きかかえる少女の声が飛び込んで来る。

「お兄さん、後ろーーっっ!」

 素早く振り向いた彼に見えたのは、構えた指先に小さな火の輪を灯したオーク・シャーマンだ。仲間がやられているうちに準備していた魔法なのだろうが、その事に気付いたトウガを見ても豚術士にまるで動じる様子はない。

(ッ! クソが、アレはっ!)

 指を向けてくるオークが何を考えているのか彼は瞬時に理解する。

 正しい魔法の知識はさほど多く有していないトウガだが日本にいた頃よりそうした超常現象への興味は十分に持っていたので、彼は折を見てユナにいくつかの魔法の行使を細かく見せてもらった事があった。トウガの頼みに喜んで披露してくれた魔法のラインナップに今まさにオーク・シャーマンが唱えようとしている魔法もあり、彼はその性質から想像出来る敵の狙いを吐き捨てる思いで読み取っていたのだ。

 ブラスト・スローワー、一言でそれを表すならば火炎放射機といったところであろうか。実在の火炎放射機のように燃える液体を浴びせ掛けるのとは違い文字通りの炎をともなった熱風、「放射状に広がる火炎」という攻撃魔法だ。威力、射程、詠唱時間などは他の射撃魔法に比べむしろ少々劣るぐらいだが、利点として「放射線上のほぼ全ての対象に当たる」という特性がある。

 現状況だとトウガも子供達も範囲に入っており、豚術士の目の前に立ち体全体でも使って防がないと子供達を守りきることは出来そうもない。だが魔法は発動寸前に見え半端に敵に近付くくらいならより近い子供達の前に立った方が良いようにも思われた。ゴードンもトウガと同じくして事態の推移に気付いてはいたが、生憎もう魔法を使う余力は無くさらにトウガよりも敵には遠く取れる選択肢はほとんど無いに等しい状況である。

 執拗に抵抗出来ない獲物を狙う残虐性を敵の行動を縛る戦術にまで高めている事は、ある種見事と言っていいものだろう。



 愉悦の表情を浮かべながら詠唱を完成させ、興奮しているのかかなり聞き取りづらいダミ声で魔法を発動させるオーク・シャーマン。子供達は互いを抱きしめ庇い合い、ペンギンの戦士は己の小さな体躯を恨めしく思いつつも後ろには通すまいと迫る火炎を前に立っている。

 トウガも常人を超えた耐久力を頼みに自身の体で壁を作るつもりではあったが、やはり決定的に足りないとしか言いようが無い。人間の体で完全に炎を漏らさず止めるなど出来はしないし、いくらか勢いを弱めようともその残り火だけでも幼い子供には致命傷かもしれないのだ。

 無駄な努力だ、そう言いたげな敵の顔を見て頭に血がのぼる。どうすれば、どうすればいいっ!?

(「耐える」んじゃ意味が無いっ! 止める、いや、「消し飛ばす」ような手段が――)


   ――「矢でも鉄砲でも持って来いやぁ~」――


 館長っっ!! 別にトウガはこれまで武術全般で誰かに師事してきたことは無いが、ついそう口にしてしまいそうになった。天啓とでも言うべきなのか、効果があるのかも怪しい手だが彼は迷う暇は無いとばかりに並び立つゴードンよりもさらに一歩前に足を踏み出す。

 胸の前で拝むように手を合わせると小さな音がパンッと響き、子供達はその発生源である男の行動にほんの一瞬だが恐怖を忘れ目をやった。その仕草は確かに祈りを捧げる格好にも見えるだろう。だが実際は全くの逆、不確かな神頼みなどではなく、己の肉体を駆使したとんでもない力技の合図なのであった!

 襲い来る火炎に対しトウガは合わせた両掌をそのまま指先から突っ込ませた。そして体全部が炎に飲まれるかどうかというところで掌をずらし、一気に大きなSの字を描くように両手を振り回す。Sの軌道をなぞり終えても腕は止まらずそのまま右掌は左腰前、左掌は右上段へと驚異のハンドスピードで駆け抜け彼の前に大きな円形の気流を作っていた。

 オーク・シャーマンからは一番前にいた人間の男が炎に包まれ、続けて後ろの獣人達をも飲み込もうとしている光景が見えており、小さな子供を含む獲物どもが無残にも焼かれているだろう事にその醜悪な笑顔の深みをさらに増していったのだが――――放った火炎が突如渦となって掻き消えてしまい、先頭の男はともかく後ろのペンギンや子供は全く怪我を負っていないという信じ難いものを目にしてしまっていた。完全に裏切られた展開に軽いパニックを起こし掛けていた豚術士には、何が起こったかなど到底想像出来やしないであろう。

 トウガがとっさに繰り出したのは回し受けと呼ばれる空手の高難度の防御技である。とは言え彼はそれを漫画で知っただけであり、はっきり言って内容はさっぱり、形もかなりあやふやにしか覚えていなかった。ただ「浴びせられた炎を回し受けで完全に防ぎ切る」という漫画内の達人の使い方に一筋の光明を見い出したのだ。

 技本来の理(ことわり)は理解せず「火炎を中からかき混ぜ消滅させる」という無茶苦茶でありつつも至極単純な理屈で行われたその行動は、それを可能にするトウガという人間扇風機の前では決して「ありえない」選択肢なんかではない。



 子供を焼き殺し大きな動揺が広がれば追撃も逃走も容易であったはずなのに、眼前の人間の予想外の動きにことごとく策を阻まれ恐怖心すら持ち始めたオーク・シャーマンは、腰が抜けたのかその場にすとんと腰を落としてしまった。恐ろしいのに逃げられない、そんな本人としてはどうしようもない状況から逃れる為に豚術士は再び魔法の詠唱を始める。

 獣人達は守り切ったトウガだが、自身はタイミング合わせと手の動きに完全に意識を向けていた為、防御をせずブラスト・スローワーをもろに浴びてしまっている。プスプスとわずかに服が焦げる音が聞こえ全身に刺すような痛みが走るが「アテンザに喰らった火の鳥に比べればこの程度っ」と気合で膝を立たせ、気が動転して喚き散らしながら魔法を完成させようとする豚野郎を睨み付けた。

「テメェはここで終わってろ」

 ゆらりと前傾になり一歩、二歩とステップを踏む。

「モンゴリアン――」

 オーク・シャーマンの恐怖は極限に達する。何故こんな『怪物』と出会ってしまったのだ、と。

      「パオパオッ――」

 勢いをつけたトウガは両脚を揃え飛び上がると空中で丸まり足を前方に向けて横になった。オークのやたら高い座高もあって座られていようとさして高度を調節する必要も無く、彼は弾丸のようにカッ飛んで行く。

           「ミサイルキック!!!」

 そうして繰り出されたのはプロレス技の代名詞の一つでありながらも極めてダイナミックな空中殺法、ドロップキックである。しかもトウガのそれはミサイルの言葉に負けない強烈なヘビィアタックだ。インパクトの瞬間、「脚で蹴る」のではなく揃えた両脚をエビ反りの要領で「背骨の力で突き出す」というなかなか様になっている一撃は、見事に豚野郎をフッ飛ばし小さな子供が見ても簡単に勝利を理解させる程の衝撃となっていた。

 攻撃の後、トウガは当てた反動を使い地面に胸から落下する。ドロップキックの落ち方はそのレスラーの技量を如実に表すらしいが、彼のスムーズな落ち方は足りないプロレス技術を別のモノで補って初めて出来る代物だった。別のモノとはつまり受け身を取らずに落ちてもノーダメージで済む反則ボディの事であり、それを生かして落下を気にせずキックに集中でき、その後の受け身も心に余裕を持って行えるというわけである。

 投げや防御と違い一人でも出来るうえ「今の体だからこそ」という意味でドロップキックは練習し甲斐がある技でもあり、倒れてしまう弱点はあるがトウガはこれまでのモンスター退治にも何度かこの技を使ったことがあったりした。まぁ使い勝手が良いとはこの先も言うことは無いと思われるが。







 オークを束ねる群れの長、オーク・リーダーは怒りで顔を赤く染めていた。

「あノ……にんゲんめがっっ」

 間違いなく途中までは上手くいっていた。足止めに馬車を倒し取り囲み、消耗戦でじわじわと苦しめ使えぬ奴を囮にガキどもの護りを手薄にする。面白いぐらい思い通りに進んでいたのに……っどうしてこうなった!?

 あの人間の男が現れてからは減るのはこちらの戦力ばかりだ! あいつ自体も厄介だが、それに加えて絶望に顔を歪めていた奴らまで息を吹き返していやがる!!

「ゲヘ……ヘヒヒャ……まだダ、おデ様が負けるわケがないンだっ!」

 オーク・リーダーは懐に手を伸ばす。こんなところで出すとは思ってもいなかった切り札、それを今この場で使おうというのだ。

 配下の術士を殴って無理に作らせたはいいが、実際に試した事はまだ無い文字通りのラストカード。だがそんな事は関係ない、あのこちらを舐めくさったクソどもをブッ殺すためなら何だってしてやろうではないか。

 敗北寸前であり完全に勝機を失った戦場からわずかに離れると、彼は黒く濁った水晶を取り出しそれを地面に叩き付けた。水晶が割れても濁りは消える事なく宙に残り、そのまま体積を増してある巨大な生物の姿を取り始める。化け物と呼ぶに相応しい大きさにまで膨れ上がると、さらに黒一色だったシルエットに生物らしい色が付きだした。

 術士は無茶な工程で出来た魔法具なので失敗作かもしれないなどと言っていたが上手くいっているようだ。強い怒りにより思考の幅が狭まり、楽観的な考えしか頭にないままニタリと笑い――

「ニンゲンやジュウジンごとキに、コれ以上デかい顔させやシねー! ブヒ、ブヒヒヒッ、ブヒャ――」

 ボン

 ――彼はその醜い笑みを浮かべたまま訳も分からずあの世へと旅立つ事になった。顔からは痛みを感じた様子は見て取れず、彼は最後まで自分の勝利を信じて疑いはしなかっただろう。







 派手に地面に倒れていても追撃が来ないほどこちらが押している状況を見て取ると、トウガは一息つきながらゆっくりと立ち上がる。子供達の安全が確保されてさらに敵もハイオークなど厄介な個体が倒れ雑兵だけになり、彼が動かずとも問題無く戦闘は終わりに向かっているようだった。中には完全に背を向けて逃げ出すオークさえも出るという圧倒的な戦況である。

「へはぁ。……ん、もう勝ちは覆らんだろうし傍観しててもいいか」

 服に付いた土を払いながら呟く彼は妙な存在に気が付いた。トウガからは遠い位置だが、他の豚兵士よりもゴテゴテした格好のボス風オークが逃げるように移動したかと思うと、また振り返り黒い水晶を使って何やらやらかそうとしているのが見えたのだ。

(まだボス格っぽいのが残ってるっ。まぁ幸い近くには誰もいないし速攻で――)

 急いで近付こうと考えたトウガだが事態は彼の眼前で予想外の流れに向かっていく。

 オーク・リーダーが水晶で何かの召喚を行ったのは彼にも理解出来た。それ以上やらせるかと走るトウガ、しかしその召喚された化け物の鋭いハサミによってオーク・リーダーの首が断ち切られるという出来事には、つい足を止め「ホァッ!?」と呆けた声を上げてしまう。

 ボス格の行動を見て助けてもらおうといつの間にか近付いていた数体のオーク達も、一瞬のうちに巨大な両手でなぎ払われ規格外の尻尾に刺し殺されてしまった。巨大な体躯、危険な凶器、そして装甲に覆われた体。トウガは「それ」が何かを知っていた、ただしあまりにも自分の知る「それ」と大きさが違うことには開いた口が塞がらなかった。

 ――ジャイアント・スコーピオン、1mはあろうかという体の厚みに一目で分かる強靭な外殻、そして簡単に人を抹殺しうる両腕のハサミと長く節くれだった尾。正真正銘、どこに出しても恥ずかしくない一級品の大型モンスターである。

「コイツと言いオートマータの時と言い、そんなにこっちの奴らはポ○モンが好きなのかよ、……どっちかってーとカプ○ル怪獣の方か?」



 戦場は先程までとはまた別の緊張に包まれた。数は単体だし知恵を持って動きそうには無いが、明らかにオークよりも危険度の高いモンスターの登場により、漂い始めた戦勝ムードは一瞬で消え去ってしまっている。

 巨大サソリは周りのオークを瞬殺した後すぐさま次の獲物を求めて動くかと思われたが、意外にもゆっくり旋回してトウガの方に向き直るとそのままジッと動くのをやめてしまった。現状最も近くにいるトウガが思わぬ事態に足を止めた事により、サソリは自分が観察されていると感じたのか同じようにトウガをただ見返すだけで、はからずも「野生動物とにらめっこ」な状態が出来たしまったようであった。

 不気味なサソリの顔を前に、呆けて見ていただけのトウガも呑まれちゃダメだと改めて気合いを入れ直す。

 実質「怪物」対「化け物」が睨み合う光景を見つつ、それにより出来た時間で仲間達をまとめながらゴードンは今どうすべきか決断を迫られていた。戦術を持って殺しに掛かって来る敵の集団こそいなくなったが、次なる脅威は単体とは言え恐ろしい力を持っている。もし逃げの一手を打ち見逃してもらえなければ、馬車も使えず怪我人の多い集団などあっという間に蹴散らされてしまうだろう。

 だが戦うならその場合は今もジャイアント・スコーピオンの前に立つこの戦士を頼りにしなければならない。力を借りる事はいまさらだが「そもそも勝てるのか、勝てたとしてもさらなる負傷者はどれ程のものになるか」、瞬時に決めるにはリスクが大き過ぎるのだ。

 人間が見ても簡単に分かるぐらいにゴードンが顔をしかめていると、その横に彼とは対照的にかなり高身長な女性が並び立った。まぁ背が高いのは当然だろう、彼女は上半身が人間、下半身が馬という神話に登場するケンタウロスのような姿をしていたのだ。下半身は実際の馬に比べて少々小さいのだが、それでも頭から前脚の先までで軽く2mは超えているのでゴードンと並ぶとあまりにもバランスが悪く見えてしまう。

「悩んでるみたいだねぇ。あの男はあれだけの啖呵を切って自分から乱入してきたんだ、生き残る為にアタシ達が逃げの姿勢を取っても文句は出ないと思うよ?」

「それは分かっている。あの戦士の意志を尊重するならとにかく俺達の生存を優先すべきだろう。しかしこちらが離れようとする事で状況がより悪くなる可能性もある。生き残る為にも逃げるより戦うべきかどうか、その判断が難しい」

「……ならあんたはいつでも動けるようにみんなをまとめておいてくれるかい? あいつの援護はアタシに任せな」

「……頼まれてくれるか?」

「怪我や疲労を抱えたままの奴に前に出られても困るけどアタシは馬のケントラン、スタミナ切れにはまだまださ。それにあの硬そうな殻を見なよ、魔力切れのあんたじゃ相性悪過ぎだろ?」

「違いない。だがくれぐれも無茶はするな、マデリーン」







 二人の会話が終わるとほぼ同時にトウガとサソリの睨み合いも終わりを向かえた。己の敵と判断したのかサソリが前触れも無く前進してきたのだ。でかい図体だが多脚のおかげかそのスピードはなかなかのものである。

 トウガも迎え撃つために拳を握り踵を軽く浮かせる。そして移動速度はあっても小回りでは間違いなく自分に利があると判断し、右へのステップでモンスターの突撃を難なく捌くことに成功した。

「いただきぃ!」

 回避から攻撃へ素早く移行して、敵を正面に捉える腰の捻りに連動させたコンパクトな右ローキックが放たれ、その一撃はサソリの歩脚の一つに見事にクリーンヒットした。だが脚一本の先端をへし折られたにもかかわらずサソリの動きにまるで変化が無い。

 左側面に位置するトウガに振るわれた旋回しながらの大きな左腕の叩き付けにはダメージの影響など欠片も無く、トウガは戻し掛けた右足はそのままに左足だけで強引に地を蹴り敵の反撃から逃れていた。

(――っ面倒臭い形してやがる)

 突き出た両腕のハサミ、側面を牽制するように並ぶ脚、そして胴の上で威容を誇る尾針。地上戦のみならず上空からの胴体への強襲にすら対応しかねないその姿に、トウガは有効な攻め手を思いつけなかった。オーソドックスに攻撃しやすい手足の末端部を狙っても、今のようにろくに怯ませることも出来ないなら効果は薄い。しかも蓄積ダメージを狙った消耗戦は神経が磨り減りそうで勘弁して欲しいのが彼の本音であったりもした。

「あたしが引っ掻き回してやる! 隙を見つけてブチかましなっ!!」

 そんなトウガに突然凛々しい声が掛けられる。半人半馬の女戦士、マデリーンがサソリの後ろに回り込みながら参戦してきたのだ。

 トウガはそれに特に返事をしなかった。理解しているからだ、オークなどよりはるかに凶悪なジャイアント・スコーピオンを相手に、彼の後ろではなく同列で戦おうとするその意味を。

(俺の攻撃を当てにして危険に身を晒している、なら応えなきゃなぁっ!)

 背後から魔法を放つなどの強力な攻め手が無くても、まだ名前すら知らない自分という矛を計算に入れれば勝てると考えたのだろう。「それが最良の策だから」と苦渋の決断を下したのかもしれないが、どちらにしろ飛び入り助っ人の自分を認めてくれた事には違いない。少々場違いだがちょっとした嬉しさを感じたトウガは無駄口を叩かず再度化け物に視線を定めていた。



 即席コンビだがサソリを中心にトウガとマデリーンが円を描くように動き、片方に攻めてきたらもう一方がすかさず後ろから攻撃を加える連携はそれなりに上手くいっていた。マデリーンは馬の四つ足でありながら真横へのステップなどで軽快に動きつつ、柄の長いバトルアックスを振り回しジワジワとダメージを与えていく。トウガも明確な隙を見つけ出すとしっかりと踏み込み、低めの位置なのでサッカーボールキックなど蹴り中心ですでに二本の脚を吹き飛ばしていた。

 流れは確実に二人に傾いている、ここから逆転が起こるなどそう簡単に思えやしないだろう。少なくともこれがオーク達だったなら万が一にもその可能性はなさそうではあるが――このジャイアント・スコーピオンにまでそれは当てはまるのか?

 ……オークの術士に戦闘用にカスタムされ誕生した「ソレ」は自然界の生物とは異なる本能を持っていた。自己の安全ではなく己の損傷をも無視した敵の抹殺、生存よりも殲滅を選ぶのが「ソレ」の本質なのである。個体としての強さよりも、その生物としての在り方が何よりも厄介なバトルクリーチャーとでも呼ぶべき化け物の真価は――この先にある。



「よいっ……しょぉおーー!!!」

 マデリーンの渾身の斬撃が関節部に決まりサソリの脚を斬り飛ばす。それによってついにサソリの片側の歩脚は全て使えなくなり、支えが無くなった巨体は地面に落ち砂煙を巻き上げた。

 当然トウガはこれをチャンスと判断、胴体に必殺の一撃を喰らわせようと回避重視だった意識を切り替え大きなモーションで溜めを作りだす。マデリーンはそんな彼の邪魔にならないように乱れた呼吸を整えながら、軽く後ろに下がることにした。

 ギィ、ギギギッ

 しかし、それこそが巨大サソリの狙いだった。トカゲの尻尾切りのような生物として元々持っている機能でもないのに、「ソレ」は自分が傷付くことを餌にして獲物の動きを制限したのだ!

 注文通りに足を止めてしまったトウガにジャイアント・スコーピオンは狙い済ました攻撃を加える。強靭なハサミの予想外な大振りに対し避ける余裕は欠片も無かったが、それでも何とか前面に両手を滑り込ませガードすることには成功していた。だが――

「浮いてっ……!?」

 トウガは吹き飛ばされ数メートルは後ろにゴロゴロと転がされてしまう。何とか両手の十指を地面に突き立てガリガリ削りブレーキを掛ける事には成功したが、サソリのターンはまだ終わってなどいなかった。



 パワー自体もこれまで彼が出会ったモンスターの中では最強のジャイアント・スコーピオンだが、今の一撃は何よりもウェイト差が如実に出た形になったと言えるだろう。

 世界を捻じ曲げる魔法という不可思議なものに支えられて成り立っているトウガの力は、土台であるトウガ自身の体重が変わらない分地面をしっかりと踏み締めないとパワーを発揮し切れない。とは言え歴史ある中国拳法から近代スポーツ格闘技まで「大地を蹴り付ける」など当たり前のことであり、トウガもあまり意識せずともさほど問題はなかった。

 だが今回のように踏ん張れず足が浮いたところにカウンター気味の攻撃をもらってしまうと、耐久性はともかく「その場にとどまる」ことに関して一般成人男性とさほど変わらない事になってしまうのだ。真正面からではなく下に打ち落とす、かち上げるなどで力のベクトルをずらす対応策も一応あるが、それは今のトウガに言っても詮無き事である。



 胴体が地面に着いてるのに強引に旋回したせいで使えなくなった脚のいくつかは根元部分が削られもぎ取れてしまったが、それを気にすることなく片方の獲物を弾き飛ばしたサソリはもう一方に狙いを定めた。円錐状の尾針が膨れ上がり針先から粘膜状の液体が噴き出ると、マデリーンの前脚の蹄と斧の先端を絡めとリ地面に縫い付ける。

 あまりのスムーズな手際に彼女は全く反応出来ず、しばらく経って攻撃された事を理解するとすぐに間合いを取ろうとするが、液体は急速に固まり前脚は全く動いてくれなかった。固まった粘膜を斬り離そうにも武器の方も動かせず、戦闘力を奪われた彼女の焦りはドンドン高まっていく。

 一瞬の逆転劇も単なる作業に過ぎないのか、巨大サソリはたんたんと次の動きに移っていた。すなわち――きっちり獲物にとどめを刺す、ということだ。







「マデリーンッッ!」

 負傷者の面倒を見つつ仲間達をまとめていたゴードンは戦況の急変に叫び声を上げた。

 顔を背ける者、目を見開く者、それらに何ら意を介さずモンスターは前進する。歩脚が使えなくてもハサミを地面に突き刺しにじり寄り、獲物に手が届くところまで近付いた後は一瞬で彼女を惨殺してのけるだろう。

 誰も届かない、誰も止められない。トウガは吹き飛ばされ何とか体勢を立て直したばかりだし、獣人達はサソリの装甲を貫くだけの余力すらないのだ。

 ――ミスった、あんな節足動物なんぞにしてやられたっ!

 トウガの頭の中で様々な考えが駆け巡る。

(俺のミスで人が死ぬ、勘弁してくれ、何か策は、手段は、誰か、どうにか、助け――)





「――ぶぇぇぇぇ、ま゛ぁま゛ぁぁぁぁーーーーーー」





 不意に聞こえた母を想う声、それは彼の思考を一瞬にして断ち切った。諦めて放棄したわけではない。ただ理解させられたのだ、今必要なのは考える事などではないと。

 そして同時にもう一つ気付かされた事がある。地面に四つ足で這いつくばっているというその姿は、少し見方を変えれば獲物を前に今にも飛び掛らんとする伏虎のごとし、さらにはそこから前傾になれば人類が生み出した最速の構え、クラウチングスタートの姿勢へと繋がっているではないか!

 ――考えるんじゃない、感じるんだ。

 全身に力を込めて、腕を伸ばし、頭を上げるっ。体を前に、気持ちを前に、心を前に、前に、前にっ、前にっっ!!!



 ドガン、とでも言うべき鈍い爆発音が響いた。発生源はトウガの足下、もっと正確には彼が駆け出すために蹴り付けた大地からだ。

 雑念を廃した突撃は彼自身が驚くほどの爆速ダッシュを生み、とてつもない移動速度を発揮した。届きそうもなかったモンスターとの距離もあっと言う間に詰まっていく。

 今のトウガは存在そのものが武器、人込みを走ろうものならひき逃げアタックで通った道は死屍累々となるだろう。だがダメだ、走るついででフッ飛ばすひき逃げアタックではまだ足りない、爆発力がまるで足りやしない。馬が、軍馬が連なり踏み潰す、爆走突撃圧壊する戦車こそが必要なのだっ。チャリオットタックルが必要なのだっっ!!!

「るぼあぁぁっ!!」

 悠然とハサミを振り上げていたジャイアント・スコーピオンの横腹にトウガは固めた右肩口から激突した。サソリの巨体を怯ませるとわずかに浮き上がった胴の下で屈みながら体を捻り、今度は左の肩で再度の突進を仕掛ける。歩脚がボロボロで踏ん張りが利かなくなっていたジャイアント・スコーピオンは強烈な二連タックルで宙を舞い、トウガは物の見事に大ピンチを切り抜けることに成功した。

 さすがの戦闘生物も引っくり返され背中から落ちると起き上がる為に手足や尾をジタバタと動かさざるを得ず無様な姿を晒すことになる。己の体を傷付けることすら平然と行う化け物が見せたその劣勢を示す様相に、トウガは今こそが勝負の山場であると判断し裏返った尾の付け根に飛び付きドスンッと押さえつけるように尻を落とした。反転に最も重要な部位を封じた彼は、さらにその強靭な尾を両腕で抱え込み可動域ではない腹側へと一気に折り曲げようとする。

 巨大サソリにトウガが仕掛けたソレはサソリ固め、文字通りサソリの姿が名前の由来になっている有名な関節技だ。だが今のトウガに、名称元への技の行使などと言うダジャレ的な感覚はない。脳裏によぎるのはただ敵を倒す為の、勝利の為の方程式である!!



 カブトムシは樹液を求め角を使って敵を投げ飛ばすことがある。

 猫科の猛獣は獲物を仕留める手段として喉に噛み付き窒息死を狙うことがほとんどだ。

『打撃』、『投げる』、『絞める』、これらは人類でなくとも使い手がいくらでもいる。だが、だがしかしっ! 関節技だけは、その使い手がほぼ人類に限定されるのだっ!

 関節技は人の知恵が生み出したモノ、そして人の知恵とは人類が地球上における強者である根源とも言うべきモノ。

 人類とはすなわち強者、強者とはすなわち勝者、勝者とはすなわち――王者っ!

「――ッ人類ナメてんじゃぁねェぞ! サブミッションこそっ、王者のぉっ、技よぉぉっっっ!!!」



 ボギギギ、ボギュリ、ブチュン

 ギイイィィィィィィッッッッ!!!



 気合の咆哮と共にトウガは力を振り絞った。両腕の締め上げは硬い外殻にひびを入れ、サソリの抵抗を打ち破った彼の海老反りはひび割れた部分や尾の節目を軋ませる。そして一瞬の沈黙の後に、その尾が音をたててブチ折られ引き千切られると、辺り一帯にジャイアント・スコーピオンの断末魔の叫びが響き渡った。

 ――サソリ固めはスコーピオン・デスロックとも呼ばれる危険な技だ。「死」を名前に含む冗談では済まされないその真の姿は、決して遊びで出していいものなどではない。







「ぬあった!?」

 突然陸に打ち揚げられた魚のようにサソリが跳ね始めトウガは振り落とされてしまった。掴まっていた尾が千切れたうえに背を大きく反らしていたので踏ん張れなかったのは当然だろう。

 地面に落とされ大きな隙を晒したがトウガはすぐさま体勢を立て直して敵に振り返る。しかしサソリの行動はどうやら攻撃的な意図はなく苦し紛れにもがいているに過ぎないようで、放っておいても大丈夫そうだと判断した彼はしばらくしてから息を吐き体中の力を抜いた。

 呼吸は乱れたままだが興奮が冷め始め、ふと自分の体を見渡しところどころにジャイアント・スコーピオンの体液が付いている事に気付きトウガは顔をしかめる。サソリ自体はあまりに巨大かつ硬質感が強くロボットのようであり、小さな生物特有の素早さも無く組み付いても気持ち悪さがあまりなかったのだが、さすがに体液等は勘弁してほしくなる生々しさがあったのだ。

「――ベタついて気持ち悪かろう。使うがよい」

「ぅのっ、ユ、じゃなくてアテん、っでもなくて! ……ぁーユナ、来てたのか」

 背後から急に掛けられた声にトウガは驚いた。ユナが手拭いと水袋を持って来てくれていたのだ。周囲の状況が把握し切れず呼ぼうとする名前が二転三転してしまっている事からも、彼の驚き振りが分かるだろう。

「ぅぉー、ありがと。そっちは大丈夫だった?」

「うむ、特に敵が現れてもおらん。心配してくれて嬉しいぞ。……ところで、のぅ…………その頬の傷は、アレに付けられたのか?」

 後半を平坦気味に言うユナの言葉に「ん、傷?」と頬に手をやると指先にわずかに血が付着する。どうやら頬をいつの間にか切っていたらしい。戦闘の流れを軽く思い出し、おそらくは巨大サソリにやられたのだろうと思った彼はユナに向かって肯いた。

「そうか、アレのせいか。そうか、ふむ……そうか」

 呼吸を整えながら体の汚れを落とし、いまだビタンビタンと跳ねるサソリにトドメを喰れてやるべきかと足を動かそうとしたとき、トウガは場の空気にひんやりとしたモノが混ざるのを感じていた。一体何だと周りを見渡し原因を見極めようとするが、彼はとりあえずその原因の候補からユナは除外するべきだと判断する。何故なら先程から彼に見せる顔は、全て慈愛の微笑みと言ってもいい表情だったのだ。こんな息が詰まるような雰囲気と結びつくとは、とてもじゃないが思えない。

 だが、そうなると肌で感じる緊張感が何なのか見当が付かず、トウガの足はその場に縫い止められてしまう。

 再び抜いた力を体中に込め直そうとするトウガだったが、ユナは何も気にした様子は無くその横をするっと通り過ぎいくらか前進する。そしてそのまま右手をジャイアント・スコーピオンに向けて小さな声で呟いた。

「燃え尽きろ」

 彼女の声に反応して爆炎がサソリを包み込む。そばで見ていたトウガはもとより、マデリーンに駆け寄り拘束を解いていたゴードンや子供達も唐突な火柱に声も無く目を奪われていた。

 尻尾に大きな切断面が出来たこともあってか、火はサソリの内部まで焼いていく。もう動けなくなっていた標的に対しても、彼女は念を入れるように魔力を注ぎ続けて火力を落とそうとはしなかった。

 硬い外殻すら燃やし尽くそうかというユナにトウガは恐る恐る声を掛けた。

「ぃ、あーぅぁ、……ユナ?」

「んん、何じゃなトウガ? ぬっ、まさか痛みが酷いところがあるのか、ならばすぐに見せよっ」

「やー、いやいやっ、今回はでかい怪我とかしてないからっ」

 振り返ったユナはやはり優しい笑みを浮かべており、ホッと胸をなで下ろす。いや、そもそも何に気を掛けていたのだろうか。気が付けば場の緊張感など一切消え失せているし、彼女は自分を優しく気遣ってくれている。脅威であったジャイアント・スコーピオンも、もう外殻がいくらか焼け残っているに過ぎないのだ。

 感じていた「何か」については大した事でもなかったんだろうと置いておくにして、トウガは獣人達と軽い自己紹介や被害状況の確認などをすべきだと考えた。

「ユナも来てくれ。俺だけじゃ言葉が足りんかもしれんからフォロー頼む」

「ふふ、任せよ。大船に乗った気でいるがよいぞ」







 結局トウガが知ることは無かった違和感をかもし出していた元凶、それは彼が真っ先に候補から外したユナである。

 どうして彼女がそんな空気を生み出したのか? ――サソリに向けて炎を生み出す直前の、トウガには見せなかった能面のような表情とその下に隠されていた感情を知ることが出来たなら、その理由を推測するのは決して難しくはなかっただろう。





 ――妾の良人の顔に傷を付けるとは万死に値する。消えろ、消え失せろ、消滅させてくれるわ……――





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 リアルの都合もあって久々の投稿です、エターにする気はなくとも「あいつ、打ち切りやがったか」なんて思われてるかと考えると心が痛いです……。ま、今後ものんびり投稿なのは変わらなそうですが。

 今回は投げ、防御技、打撃、関節技とラインナップが豊かですね。ブルース・リーの名言や田中ぷにえさんチックなサブミッションも出さなければならないとは思っていました、タイトル(肉体言語)的に考えて。

 実際の回し受けを作者はよく知らないので作中でかなり有り得ない使い方をしていますが、効果としても完全に別物と言えるだろうしそこは気にしないでください。

 戦闘だらけの回だったしそれ以外を中心に、次回ぐらいはなんとか多少早めに投下したいなぁ。


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