その馬車はパッと見ただけでは誰もが「大きくてスピードは出ないに違いない」という感想を持つだろう。そしてそれは大体合ってると言っていい。
単純に機能を重視するだけなら小さめの馬車を二台用意すれば、同じ金額で速さも積載量もこれを上回ることが出来る。手の込んだ物や生き物は、標準より少しランクが上がるだけで値がかなり上昇してしまうのだ。大きな馬車、さらにそれを引くために大型の馬を買うのは、金額から見た実用度の点でナンセンスと言えよう。当然、あまり所持金の余裕が無い状態でその選択がされるはずは無いのだが……そんな馬車がトウガ達一行の移動手段だったりした。
ユナとレシャンがわざわざそんなチョイスをした理由は至極簡単、人手が少な過ぎるからである。
三人を一台の馬車に配置するだけでも御者台に一人、山賊やモンスターに即応できるよう外に護衛が一人、そして残り一人が馬車内で休憩しながらの待機といったところだろうか。だがこれも最低限の分担であり、出来るなら護衛役がもう一人いた方がいいぐらいなのだ。一台でも手が足りないのにこれ以上の馬車など用意しても扱いようが無く、大きめの馬車1セットという選択を取らざるを得なかったのが実情だった。
なお「馬車での待機を無くせば」という話は長旅を想定するなら、大体の場合やってはいけない手である。楽に見える御者も車の運転と似たような役割であり、ローテーションで休憩する機会を持たないと疲労が溜まる一方だからだ。
安全の保障など何処にも無い以上、とにかく護衛を外に置きたがる商人がいるのも分からない訳ではない。しかしそれは「安心感」を買っているに過ぎず、実質的な「安全」とは別物なのだと言えよう。
街を出て無事に合流した三人はそのままレシャンが待っていた場所で一晩を明かすことにした。疲労具合などを含めて真夜中に移動するよりも、トウガが一日問題無く待っていられたここで過ごしたほうが良いというレシャンの判断だ。
「グレートソードで斬られたの? このぐらいで済むなんて本当に頑丈ねぇ」
レシャンはトウガが負傷しているのを見ると急いで救急道具を取り出し、魔法と併せて治療を開始した。魔法は決して万能ではなく、時間に余裕があるなら人の手による処置も併用したほうが効果が高い。よってそういった知識も持ち合わせている彼女は、治療魔法を修得していても応急処置セット等の必要性をよく知っていた。
ちなみに治療のさいにユナが「ならば妾がっ」と小声でレシャンに交代を求めたりもしたが、あいにく実践での救急知識に乏しくその手の魔法も使えないので今は周囲の見張りに回っている。今まで戦闘系の魔法がメインだったユナが、治療系統の魔法や技術を学ぼうと心に誓ったのは言うまでも無い事である。
傷を見る為に明かりが必要だったので、トウガの治療は荷物が積まれ光が漏れにくい馬車の中でランタンを点けて行われていた。所々に木がある程度の草原では月明かりや星の光ではない地上の光源はやたら目立つものだ。普通なら利便性ゆえ焚き火が欲しいところだが、街から離れた直後の今はおいそれと点けるべきではないだろう。
「資金さえあれば増やせる人的資源を必要としない兵力か。私の見通しが甘かったわ」
「見通しが甘かったのは俺も同じですよ。まぁ授業料は多少高かったかもしれないけど、次があるって普通に言えるだけマシか」
馬車に載せておいた自分の装備一式に手を置きながら彼は答える。
「そうね。落ち込みすぎず、されどその事を忘れず。君が冒険者である以上いつどんな危険が迫るかは分からない、でも生きてるならそれだけで『勝ち残ってる』って言えるわ。だから、今はそれで良しとしましょ。……そんな依頼を出したうえ待ってただけの立場で言うとなんだか説得力に欠けるわね。――はいっ、これで終わり」
自分が言った事に苦笑しつつ軽い調子で話を切り上げると、彼女は包帯を巻き終わったトウガの背中をパンパンと軽く叩いた。それと同時に様子を見に来たユナが馬車の中を覗き込む。
「トウガ、大丈夫か? 少しでも怪我したと思った所は全部診てもらうんじゃぞ」
「おぅ、大丈夫だよ」
本人の言うとおり無事に治療は終わったようだが、彼の濃い肌の色に対して白い包帯は少々目立つ装飾になっている。痛々しい、とまでは言わなくとも肩や脇腹にグルグル巻かれたそれは、トウガが怪我人であることを十分に見せつけていた。
「――そうか、ならばそなたはもう眠るといい。今晩は妾と叔母上が交代で見張りをしよう」
「いいのか? なんか雇われた護衛が一人だけ熟睡ってのも決まりが悪いんだが」
「怪我人が生意気な事を言うでないわ。ここは街に近い分、野盗の類はあまりうろついてはおらんじゃろう。街からの追っ手も来そうもないし、お主は明日からしっかりと動けるように休んでおけ」
「……わかった。んじゃ後はよろしく頼むわ」
そう告げるとトウガは果物を搾ったジュースで軽く喉を潤し、それから毛布を広げ就寝の準備に入る。ユナとレシャンはどちらもすぐには眠らないようで二人共馬車から降り、馬車を挟んだ街からは見えない位置に回った。
「もう深夜になってるし、小さめの火なら大丈夫そうね」
治療やらで多少時間が過ぎ周囲の安全もそれなりに確保出来たと判断すると、レシャンは暖を取る為に他の二人が戻る前に用意しておいた木切れや石ころなどで焚き火の準備を始めた。テキパキと作られるそれは焚き火とは言っても即席のかまどのような形をしており、馬車の裏という要素に加え高さのある「コの字型」で街方面には気付かれにくい配慮が成されている。
「慣れたもんじゃのぅ」
「冒険者なら覚えておいて損はないわ。この旅の間にトウガ君にも教えてあげないとね。ついでに……」
適当な棒切れを一本手に取りゆっくりとした詠唱を始めるレシャン。そして魔法が完成すると周囲の草むらが一斉にガサガサとざわめき出すが、少しの間をおくとそれらの異常は自然と治まっていった。周囲が静かになるとレシャンは棒切れを地面に突き刺し、ユナはまだ気になるのか周りをキョロキョロと見渡している。
「……野外でエリアを使うとこうなるのか、いささか驚いてしもぅたわ。どのくらい保つかの?」
「触媒もこんな棒だし大体30分ぐらい。でも効果が切れても虫とかがすぐに戻ってくるはずもないから、夜を過ごすにはこれで十分よ」
「ふむ…………」
叔母が焚き火で湯を沸かし温かい飲み物を用意しようとするなかで、ユナは携帯椅子に腰を下ろしたままジッとしていた。視線はユラユラ揺れる火に吸い込まれ、実際の距離より遥かに遠くを見ているようでもある。
手際良く作業を終え後は待つだけになると、レシャンは姪の側に同じように椅子を置き音も無く座った。
「――聞き役は必要かしら? チャーミングな顔が悩みありって言ってるわ」
「ぬ……ぬぅ」
ユナの反応はあからさまな肯定を示した。確かに今彼女は一つの悩みを抱えている。それは長年の問題などではないが、さりとて本人からすれば決して小さな事でもなかった。
ほんの少し前、街から離れる時に自分は思った。トウガと共に立てるならそれでいい、どんな暗闇の中でも構わないと。だがさらにその前にここで行った作戦会議の中で、影からの追跡を心配するような生活を彼に送って欲しくないとも自分は言ったではないか。
トウガと離れない事は『絶対に譲れない条件』であって、当然それ以上を目指すのが悪いはずも無い。そもそもその為にこれ程の苦労を重ねたというのに、自分はなんとマイナスな思考をしているのだろうか。
だがそれならばと二人で光の中を歩くことを考えた時に、叔母の有能さを改めて実感し同時に思い知ってしまった。
実践で培われた技術を使った怪我の治療、野外で夜を過ごすときの細かい知識、さらには地味ながら幅広く修得している魔法など、同行する冒険者として叔母は実に頼もしい。作戦の立案やこうした仲間のケアまでそつなくこなすその能力の高さと比べて――――自分は少し魔法が使えるだけの小娘と言ってもいい。
仮に叔母と闘うとしたら、悪魔の力まで出した本気の自分はまず負けはしまい。だが周囲を警戒中に馬車の中から聞こえた「生きてるならそれだけで『勝ち残ってる』」という彼女の言葉を思えば、完全な勝利もおそらく出来ないだろう。逃走などを含めて様々な方面から事態を打開するであろう叔母に、きっと自分は大いに苦戦するはずだ。
そして人々の中で生きるならそんな力押しの能力さえもろくに発揮出来なくなり、残るのは冒険者としてあまりにも未熟な魔法使い。力は一般の成人男性にも勝てず、使える魔法も攻撃系に偏りトウガの足りない所を補う働きはまず無理である。
トウガが冒険者を続けていきたいと考える以上「魔法道具屋の娘」では彼を心身ともに支えるパートナーにはなれないのに、己が「冒険者」として半人前過ぎることを感じてしまいユナは大いにヘコんでいたのだ。
そこにレシャンはなんともストレートな切り口で質問してくる。傍目には一見彼女が無遠慮にも感じられるが、それは長い付き合いによる信頼関係があるからこその聞き方と言えるだろう。劣等感に近い感覚を思い知らされた当人相手にはなかなか言いにくいとも思われるが、言葉にレシャンの気遣いを感じた事や生まれゆえの歳に見合わぬ合理性もあって、ユナは素直に相談することを決めた。
そして彼女はどう話すべきかをうつむきながらしばらく考える。レシャンは自分から口を出すことはなく馬車の中の様子を見たり温まった飲み物を二人分のコップに注ぐなど、ただ姪の反応を見守るだけの静かな佇まいであった。
「――妾は、その……」
「あ、トウガ君なら大丈夫。すっかり寝ちゃってたわ」
ユナが馬車の方をわずかに気にするそぶりを見せたので、レシャンはことがスムーズに進むよう他に誰も聴いてはいない事を伝えた。
「う、うむ。…………その、思ったんじゃ、今後の事を。トウガに助けられてから妾は、これまでとは違う生き方をそれこそ何度も想像しておった。じゃがほんの少し前までは明確な『敵』がいたゆえに気にならなんだが、今の妾はトウガの隣に立つ自信がない……」
彼女は胸中の不安を思いつく限り話していく。夜の闇がユナのネガティブ具合を増長させるのかやたらと細かい事まで次々に口に出すが、レシャンはそれを聞くうちにむしろ安心したような表情になっていった。
たまに叔母の相づちをはさみつつ言いたい事を大体口に出したと思い一息ついたとき、ユナは聞き役に徹していた人物の顔が微妙に笑っていることに気付いた。どちらかと言うと愚痴に近いような話を聞かされてそんな表情になるとは想像しておらず、むしろちゃんと聞いていたのかと感じた彼女は少々険のある言い方で問いただす。
「なんでそんなイイ顔をしておる」
「ん? あ、ごめんごめん。他意があったわけじゃないの。ただユナちゃんからその手の相談されて、少し嬉しくなっちゃってね」
「?、意味がイマイチ分からぬが」
「ユナちゃんは今までそういった悩みを持つことはほとんど無かったでしょう? 環境が悪かったのは当然だけど、まだまだ若いのに先を求めようとはせず現状でいかに満足するかって傾向があったのは間違いないはずだわ。でも未来に不安を持ったってことは、その傾向が変わろうとしてるのよ。向上心にも繋がるし良い変化だって思えるわ」
「……そういうものかのぅ。今までがどうとか言われても実感がわかぬわ」
「自分の事を客観的に見るのが難しいのは当然。ついでに言えばユナちゃん、道理や理屈で物事を推し量るのは人並み以上だけど、気になる男性の心の機微を読み取るのなんかは苦手……と言うより混乱するぐらい分からないわよね?」
「そっ、それは、えっとっ」
思い当たる点が多過ぎるのと急な話の展開にユナは言葉に詰まってしまった。「気になる男性」というフレーズをレシャンが少し意地悪く言ったせいもあるだろうが、そもそもお互いその人物が誰かハッキリしているのにこのようなやり取りをしているあたりは何と言うべきなのやら。
「い、いきなり何を言うんじゃっ」
「フフ。でも別におかしな事でもないわ。これまで極少数を除けばビジネスライクな関係の人達の方がずっと多かったんでしょ? でもそこに問題なんて全然無いの」
「……その事も含めたらどう考えても問題は山積みではないか」
「トウガ君の冒険のパートナーになるのも、彼の心を察してメンタル面で支える存在になるのも解決法は一緒なのよ。それは、彼と共に色んな体験をしてそこから学んでいくということ」
叔母の言葉の意味をユナは頭の中で軽く考えてみた。
「いや、じゃがその……あやつの隣に立てないと思ったからこその悩みであって……。何かそれは答えとしておかしくないかや?」
思わずジト目を向ける彼女にレシャンは表情で答えていた、「そう言うと思った」と。
「そもそも考え方が悪いわ。確かにトウガ君の戦闘力は図抜けてるけど他の交渉力、知識、要領の良さとかはハッキリ言ってまだまだ。まぁ魔法に関してよく分からない能力もあるみたいだけど……。それはともかく、ユナちゃんとトウガ君は私の目から見て冒険者としての釣り合いは十分に取れてるんだから」
「しかし妾は――」
「まず自分を低く見過ぎてないか考えてみて。もしくは……彼をかなり高くに置いてしまってない?」
ユナがその言葉をすぐに否定することは出来なかった。特別な感情が観察眼を曇らせる事などいくらでもある話だからだ。
「ここまで私達に協力してくれる彼が、ユナちゃんに悪い印象を持っているとは思い難いわ。もちろん悪魔の力とかにこんな短期間で完全な理解を求めるのは難しいけど、少なくとも冒険者としてユナちゃんが引け目に思う必要はどこにもありはしないのよ? まだ未熟なわりにそう簡単に命の危険が無い彼には、むしろ問題を丸投げ出来る先輩よりも、同じ困難を協力して乗り越える半人前の同輩の方がよほど合ってるって言いたいわね」
レシャンは優しく姪に語りかける。叔母の親身な助言は少しずつだが少女の心を勇気付けていった。
「叔母上ほどの力があれば胸を張れるのじゃがのぅ」
「歳や旅をしてた時間を考慮したら、ある程度ユナちゃんと差が無いと私の方が自信なくしちゃうわよ。でも知識中心に幅広く見ればトウガ君よりも万能なんだから、十分対等の立場なのは間違いないって。――――彼がこれから知り合う冒険者達の誰よりも現時点でユナちゃんの方が近いのは絶対だわ。ならあとは同じ時間の中で、その距離を一歩一歩近づけていくだけじゃないかしら。間に障害は何も無いのよ?」
レシャンから見た今の姪は育ちゆえに持ってしまったネガティブさに加え、少々の焦りも滲ませているように思われた。だがそれはしょうがない事と言えるのかもしれない。
異性との付き合い方というものにベストな在り方、完璧な振る舞いなど存在しないと言ってもいいだろう。一般的には終着点なはずの結婚ですら、些細な事から離婚という破局を迎えてしまう場合もあるのだ。とは言えだからこそそれを維持しようとする努力に意味があり、惰性で続く関係だから終わらせたという話も普通に存在する。
「女なんて星の数ほどいるさ」と相手に縁が無さそうなら早々に見切りをつけ他に目を向けるのも、自分が出来る「対応の幅」を知っているならそれは軽薄ではなく建設的と言うことも出来る。当然たんなる不誠実をそうして誤魔化すのは不評を買うだけであろうが。
だが何にせよ、安定する保証がない男女間の関係に人が恐れず挑めることの背景には、「異性がその一人しかいないわけではない」という要素が少なからず係わっているのは間違いないはずだ。
しかし――ユナにはそんな保険とも言うべきその他大勢がいない。他に目を向けないといった話ではなく、誤って悪魔の力を爆発させブツけてしまった時に抑えられる程の力量があり、さらに本人としては口にしづらいが己の全力の抱擁を受け止めてくれる強靭さを併せ持つ者など、トウガ以外にまず存在しないのだ。
もちろん力を考慮しなくとも彼女にとってトウガは好ましく映っており(多少フィルターが掛かっているが)、決して消去法で彼に目を向けているわけではない。カースの呪縛から解き放ったあの夜などは、まさに囚われの姫を救い出す王子様そのものではないか。
切っ掛けがあり、さらには惚れ抜く価値がある。そして代わりとなる存在もおらず、そんな相手に恋愛経験ゼロのユナが挑めば焦りが出ないはずがないのだ。
「当面はゆっくりいきましょう。こういうものは時間を掛けた方が良い流れになることが多いわ」
「そう……じゃな。妾は急ぎ過ぎていたのかもしれぬ」
落ち着きさえ取り戻せば、ユナの聡明さは恋愛面でもちゃんとプラス方向に働いていくだろう……多分。
夜の闇が深くなり、今これ以上口を出し過ぎても良くないだろうという判断も加わって、レシャンはそろそろ話を切り上げることにした。
「ふむ。槍の使い方や少ない魔力での魔法の運用、人間の姿のまま生きていく為の訓練も無駄にならずに済みそうじゃ。今後はもっと幅広い魔法のご指導、お願い出来るかの?」
「ふふふ、任せなさいな。さ、ユナちゃんもそろそろ横になったほうがいいわ。トウガ君ほどじゃなくても疲れはあるだろうし、後で見張りを代わってもらう必要もあるんだから。彼は奥の方で寝てるからスペースは十分にあったはずだし、ちゃんと毛布に包まって冷やさないようにね」
頷いて答えた後思い出したかのように軽いあくびをしたユナは、そのまま馬車の中に入っていった。レシャンはそれを見送りまだ少し気温が下がるであろう夜を考えて、自身の言葉を実践するように飲み物を暖め直し始める。
「――――若いっていいわぁ……」
馬車の旅 一日目
早朝、一行はしっかりと食事を取ってから火の後始末を終えた後、馬車での移動を開始した。
ユナとレシャンは交代で見張りをやっていたので少々睡眠時間が足りないようだったが、朝の冷たい空気は一度起きた頭に十分な刺激を与えてくれる。そしてそんな二人とは違いトウガは一晩中グースカ眠っていたわけだが、そのおかげもあってか怪我の具合は大分良くなっているように思われた。ユナと闘ったときにも彼は感じたのだが、腕輪は回復力にもいくらかの恩恵を授けてくれているらしい。
包帯などはそのままだが存分に動かせる体や二人に対しばつが悪いこともあって、トウガは元気よく護衛に就くつもりだった。しかし、その前にやらねばならないこともあって、護衛の仕事はしばし先送りとなる――――馬の扱いを知る必要があったのだ。
ローテーションを組んで旅を安全に、快適なものにするにはトウガにも御者を出来てもらう方が都合がいいのは当然である。能力的に彼には護衛を重視してもらうべきだが、人数が少ない以上三人とも全ての配置をこなせるようになっておくと、いざという時の対処にも便利と言えた。ちなみにユナもあまり触れる機会が無かったので馬については「トウガよりはマシ」程度であり、彼と同じくちゃんとした御者技術を学ばなければならなかった。
トウガとユナの二人が御者台か護衛に回りレシャンが御者台の人物に技術を伝授する。休む時は馬車を止め、馬も含めて十分な休憩を取る。これを基本として動く一行だったが、旅の初日は歩みこそ遅くとものんびりした空気に暖かな陽の光も加わり、なんとも穏やかなものになっていた。
まぁ安全にもそれなりに気を配ってはいるのだが、仮に襲撃者がいたとしても一人の目撃者も残さず殲滅するつもりでさえいれば「ハーフデーモン+それと互角のトンデモファイター+ベテラン冒険者」の三人に勝てる山賊団などがそういるはずもなく、その事実がゆっくりとした雰囲気に一役買っていたりもしたわけだ。
夜、野宿地点で焚き火を囲みつつ――
「ぇ~と……ア、アテンザー。暇ならこれやんない?」
「ちょっ、トウガ! 叔母上がおるではないかっ!」
「いやその、むしろレシャンさんがね……」
「ユナちゃ~ん、私が気付いてないとでも思って? いいじゃないの、私の前でぐらい。別に気にしないわよ」
「妾が気にす……、ま、まぁよいっ。で、何かやトウガ?」
「うん、将棋っていう……まぁ俺の故郷のテーブルゲームだよ。本当は台や駒もちゃんとしたのがあればいいんだけど、とりあえず全部紙で用意してみた。ルールが分かって役割を果たす物があれば大丈夫だろ」
「ほぅ……よかろ。夜の持て余し気味の時間には十分な余興じゃて(トウガとの接点がまた一つ、にょほフふ)」
――30分後
「勝てません」
「これは面白い! 取った駒をこちらの兵力として扱えるとは。実に知的な遊戯じゃなっ」
「へぇ~。じゃあ今度は私の相手もお願い出来るかしら」
――さらに30分後
「負け星が増える一方です」
「いいわねぇこれ。ちょっと考えただけでも色んな戦法がありそうだし、そうそう飽きが来るようなものじゃないわ」
「他にはどんな遊びを知っておるのじゃ? 例えば……もっと多人数で出来るやつなんぞはないのか?」
(つ、強ぇ! 接待プレイで喜ばすって次元じゃねぇぞ、ここまで勝てないとかむしろかっこ悪過ぎだろっ。くそぅ、簡単に用意出来てもっと運が絡んで多人数でいけるやつは――)
「――バ、ババ抜きってのがあるぞ!」
――最終的な勝率は「お金を掛けてなくてよかったな」とだけ……。
そして馬車の旅 二日目
いきなりだが……トウガは旅に出てすぐに悟ることになった。月に3,4回の割合で殺人事件に出会う日本の名探偵というのは確かにすごいが、時代と場所が変わればそんなもの珍しくはないのだと。
「ゴードンさん! 無事ですかっ!?」
「こっちは大丈夫だ! 子供達も生きてるっ、そっちは迎撃に集中してくれっ!」
声は緊迫感に満ちていた。だが状況を鑑みればそれも当然だろう。
二台の馬車、一台は横倒しになっておりそれらを取り囲むように異形の存在が展開している。倒れた馬車からは乗員が投げ出されたようで、そのうちの何人かは子供だ。大人は子供達を馬車の中に戻そうとしたが崩れた荷物が入り口を塞いでしまい、なんとか自分達が盾になることで彼らを守ろうとしている。
大人の中で周りに指示を出し、さらにもう一台の仲間と声を張り上げ連絡を取っているのは一人の獣人だった。深い渋みのある声で壮年の男性だというのは察せられるが、その見た目は一言で表すと――鎧を身に着けたペンギンである。
ゴードンと呼ばれた約1,3mのそのペンギン、見慣れない人には可愛いらしく映るだろうが、全身から発せられる気迫は彼が一流の戦士であることを示していた。両手の先の鉤爪で持った長い棍も難無く扱い、後ろの子供達に危険が及ばない様に動いている。
「父さん! 僕も戦うよっ!!」
「ダメだ。ジャンゴ、お前は男だし兄ちゃんだろう? 後ろのみんなを守る最後の砦はお前なんだぞ。それを忘れちゃいけない」
子供の中で一人戦いに加わろうとする者がいた。ペンギンの戦士を父と呼んだが出で立ちはまるで違い、その姿は服の下の全身を黒い毛で覆った二足歩行の狼といったものであった。親よりは大きいがそれでも大した差は無く、声や仕草を思えば彼もまだ守られるべき存在と言えるだろう。
ゴードンの言葉に狼の少年、ジャンゴはハッと後ろを振り返る。視線の先には震える兄弟達が、絶対に傷付けさせるわけにはいかない少年の大事な家族がいた。顔付きは人間に近くとも猫の耳や狐の尻尾などパーツごとに見れば彼らも獣人なのは丸分かりだ。それでも『始祖返り』であるジャンゴほどの運動力は望めないし、何より怯える幼馴染や妹を放り出すなど彼には出来るはずも無かった。
「ジャンゴォ」
「にーちゃ、とーちゃ……」
「っっ、大丈夫だ。僕や父さん達に任せろっ」
ジャンゴが他の子供達からすれば頼れる存在なのは間違いないだろう。怯えの中でも彼らをまとめるという意味で後ろを任せたのは嘘ではないが、それでもゴードンにとってはジャンゴも守るべき一人なのだ。少なくとも大人達がまだ生きてるうちに前に出る必要はないとゴードンは考えていた。
「ウォーター・ドームッ!」
飛んでくる火球を通さないように水流の防護球が子供達を中心に展開した。ゴードンは見た目通り機動力にやや難があるが、その代わり水系統の魔法に秀でた才能を持っている。そして棍を使った体術を鍛えた彼はそれによりもう一本の足を得て、小さな体格という戦闘における欠点を感じさせない高い近接戦闘力に加え、水魔法による仲間の補助もこなすという多くの場面で頼りになるオールラウンダーと言える存在だった。
しかしそんな彼にも当然「やれなくは無いが不得意」という分野はあり、子供達の壁となってとにかく耐え抜くという今の状況は、パワーと体力が優れているとは言い難いゴードンには厳しいものがある。
他の大人達やもう一台の馬車も苦しい展開が続いているようで、なんとか事態を打開するには攻めに転じなければならないと彼は考えていた。一時的に護りは薄くなるがこのままではジリ貧が続くだけであり、救援が望めないならこちらから打って出るしか手は無い、と。
「俺が仕掛けるっ。しばらく任せるぞ!」
仲間の返事を待つ間も無く魔物達に飛び掛かると、彼の鋭い両手棍の一突きは一体のオークの喉元に突き刺さり息の根を止め、敵の数を減らす事に成功する。
倒れる仲間に目もくれない横から来たもう一体に片方の手首を掴まれるが、ゴードンはオークの腕に硬いクチバシの刺突を敢行。痛みに後退したところを逃さずそのまま側頭部、そして頭頂部への渾身の二連撃が決まり彼の攻めはさらに勢いを増そうとしていた。
わずかだが切り崩しに成功し魔物達に焦りが見えると、同時に生き残る希望が獣人達に広がり始めた。ジャンゴは父の活躍に歓声を上げるが、それを強引にやめさせるかのようにゴードンの側を青白く光る電光が走り抜け、彼の代わりに子供達の前に立っていた戦士に直撃する。
耳に残る悲鳴を上げ戦士が倒れると、他の大人達も攻勢に合わせ前に出始めていたことが災いし、子供達を護る防壁が完全に取り除かれる最悪の事態が起こってしまった。
「っっっいかん!!!」
すぐさまゴードンは戻ろうとするが二体のハイオークがそれを許さない。スケイルメイルを着て下卑た笑い声を出す豚人どもの壁はブ厚く、ゴードンの小さな体躯でもすぐには抜けれそうも無かった。チラリと視界の端に見えたスケルトン・ウォリアーを護衛に連れているオーク・シャーマンも同じような醜悪な笑みを浮かべている。
魔物のしたり顔を見て彼は気付いた。
――ああこれは、配下を使い捨てる胸糞悪いクソったれな精神が考え出した、反吐が出るほどクソったれな罠だったのか。
手にモール(棘付きハンマー)を持ったハイオークがジャンゴ達に近づいていく。大人達は急に足止めのみに徹し始めた敵に邪魔され動く事ができず、その顔には絶望が見て取れる。
「にーちゃっ、にーちゃっ、にーちゃぁぁっ」
最も小さな幼子はジャンゴの足にしがみ付いて泣き続け、他の子供は金縛りにあったかのように硬直したまま、ただ死が迫るのを開かれた目で見ていた。
だがそんな中、狼の顔を持つ少年は彼らと同じように動けないながらも、ひたすら心の中で自らを叱咤し続けていた。
(なんで動けないんだ! 僕は狼族の『始祖返り』、強い戦士なんだろう!? みんなには無い牙だって、今使えなきゃ意味がないじゃないか! こんな奴に、負けたくないよ!!)
弄ぶように自分達を殺すであろう脅威に対して、例え動けなくてもジャンゴの眼は反撃の意志を見せる。
しかし恐怖に固まった手足は彼の命令を聞いてくれない。ハイオークは少年の眼を見て、むしろ蹂躙する楽しみが増えたとばかりに舌なめずりをしていた。
(負けたくなんかっ……!)
「テメーの肉は何色だぁぁっっ!!!」
突然の雄叫び、それと同時にジャンゴは太陽の光が急に遮られたことに気付き空を見上げた。高い木や雲すら無かった晴れた日の昼なのに、一体何が? ゴードンや子供達、魔物も含めたその場の全員が空を見上げ、特に声の主が最も意識を変えたかったであろうモール持ちの豚肉戦士は呆けた面で首を向けた。
そしてそんなポークマンに襲い掛かる空中からの右手刀、エリアルチョップ。男は大きな手甲を装着しての一撃をハイオークの鎖骨に叩き込み、爆音を響かせながら着地した。勢いを得た上からの攻撃は防具越しの骨を粉砕し、敵をそのまま地面に縫い付ける。
さらに続くコンボで下がった頭部に強烈な左のエルボーがブチ当てられる。外側から振り抜かれた左肘は、ダメージとともにハイオークの胸部を男の右側へと向けさせた。そして、男の左腕も同じく彼の右側に。
「Flash!!」
――超速一閃。エルボーによって大きく捻った腰、畳まれた左腕が強力なタメを作り、先程とは逆回転の水平チョップがハイオークの胸を狙って繰り出される。太陽の光を浴びて手甲が鈍い光沢を放ち、その輝きがチョップの軌跡をなぞりまるで閃光の尾を引いているかのようだった。
防具ごと胸を切り裂いて吹き飛ばした一撃は、ポークマンをただのポークへと変貌させる。いきなりの乱入者によって場の緊張感が高まる中、それが主にとって恐ろしい脅威になる存在だと判断したスケルトン・ウォリアーは、オーク・シャーマンの命令も無しにいきなり男に剣を振り上げて襲い掛かった。
しかし創造主の策もなく、ただ危険な敵に反応しただけの行動はとても奇襲とは呼べないものであり、隠しもしない音や動作で骸骨兵に気付いた男は振り向きながら身構えた。
フェイントなど無いたんなる斬り下ろし、男はそれを真正面から殴り飛ばし弾くとすかさずもう一方の手で眼前の敵の頭部を掴み上げる。
「子供から襲うとかさ……いやホント笑えないから」
骸骨兵はもがきながら剣を振り回して逃れようとする。勢いなぞ欠片も無い剣撃とは言え刃物による攻撃なのに、いくら当たろうと男の頬や耳にすら筋一つ付くことはない。
骸骨の頭からミシミシ音をたてさせ、周囲のオークを睨むその姿は獣人の大人に気力を、子供に希望を、そして魔物に最大級の警戒心を抱かせていた。
「退く気は……なさそうだな。へぇ、そうか、そうなんだ……」
睨んでいた視線に火が灯る。それは怒り、敵を粉砕せよという感情がうねりを上げて彼の眼に宿っていたのだ。
ああ冒険者よ、『力こぶれ』。筋肉のきの字も無いガリガリ野郎に、肉密度1000%のアイアンクローをブチ決めろっ!!
パキャッ
「よろしい、ならば戦争だっ!!」
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主人公の強さが際立つ作風なので、もう少しこの世界における他のベテラン冒険者の影が薄くならないように配慮したいと思っています。少なくとも「冒険者とは?」な視点ではトウガもユナもまだまだだし、戦闘面のみでも無双とは言い切れないバランスでありたいところですね(雑魚敵は薙ぎ倒しOKですが)。
今回はキャラとして影が少し薄かったお姉さん(?)、レシャンの有能さをピックアップ。さらにユナがトウガに執着する理由を再度述べています。ギャルゲー等で「何でそんなにそいつにこだわるの?」という主要キャラの行動原理に読者が疑問を持ってしまうのは、物語の根本が崩壊することに近いと思うのでここらで復習といった感じです。
そして某有名格闘Ⅲから主人公の飛び込み3段ですが、2段目が膝じゃありません。しかしブーメランレイドの途中みたいで見た目が良さそうだし、立ち中Pで作中のような繋ぎも出来るのであまり気にしないでやってください。
ペンギンの手に鉤爪ってのは当然創作です。あと最後の方のネタが分からなかった人は「木曜洋画劇場のCM」で調べると良い事あるかも。