「まだ頭に殻が乗っかったままのルーキーとは言うてものぅ……もう少しぐらいは装備の方、どうにかならんかったのか?」
背中のショートスピアを担ぎ直しながら、少女は同行する男に愚痴とも取れるような質問をしていた。
(ババァ言葉の可愛い女の子に会えるとはね。すげぇな、さすがファンタジー)
だが男の方は、口に出そうものなら少女から怒りの鉄拳が飛んで来そうな事を考えていた。一応受け答えはしているので話を聞いていないわけではないようだが、内容も併せてちょっと失礼な態度だと言えるだろうか。
実際、男の装備は『冒険者』を語るにはあまりにも貧弱極まりない物だった。まずパッと見ただけでもろくな武器がない。腰にダガーを1本括り付けてある様だがたったそれだけ、しかもその1本も戦闘用と言うよりは万能工具として使われる程度の雑貨のように思われる。
さらに防具もおかしい。と言うよりも、男が着ているそれを人は防具と呼びはしない。何故ならそれは単なる普段着であり、炭鉱夫が作業用として着るような分厚い衣服ですらなかったのだ。
少女は深い溜め息とともに思った――――これでは本当に荷物持ちなだけではないか……。
彼らが共に歩いているのは街から程近い、新米冒険者の鍛錬所として有名な『小鬼の声』と呼ばれるダンジョンだった。その名の通り、ゴブリンやコボルトなど小型のモンスターが何処からともなく住みつき生息しているが、出くわす頻度も一度に遭遇する数も大したことはない。
そして二人がそこにいる理由は、道を先導する少女が荷物持ち兼護衛として(一応)戦士と思わしきこの男を雇い、ちょっとした材料採集を行う為であった。
元々少女の方は若いながらも自らの店として魔法道具屋を営んでおり、材料の調達などは荒事を生業とする冒険者達の元締め、「冒険者組合(ギルド)」に月一で卸してもらう契約をすることでまかなっていた。とはいえ、毎回そのようにして入手できる材料だけで在庫が補えるわけでは無く、困らないように普段から考えてはいるが、その月の商品の需要によっては足りない物が出てきてしまう事もさして珍しくは無かった。
つまり、今回もそんな状況に当てはまっていたわけだが、だからと言って特別珍しい材料が切れたわけでもない。冒険者相手だと最もポピュラーとも言える回復剤、ポーションの在庫がなくなったのだ。
魔法道具屋と言えば聞こえは良いが、いわゆる「お高い」商品ばかり扱ってもうまくいく訳もなく、実際その内情は割りとなんでも扱う雑貨屋といってもいい代物だった。
それらのラインナップには冒険の基本とも言える消耗品も色々と揃えているのだが、「有って当然、無くては話にならない物」がなくなってしまうのは店のメンツとして少々問題がある。
こういうときは、大体は顔見知りの冒険者の探索に同行させてもらって採取に励むのがスムーズかつ安く済んで良いのだが、今回はポーションに必要な薬草がメインであり低級ダンジョンに行くのがベストだ。
知り合いがそんな初心者向けの場所に都合良く行こうとしているとは限らないし、安値で雇われてくれる人がいるならそれでもいいかと考え、知り合いがそこそこ出入りしている『猫が寝込んだ』亭と言う名の酒場兼宿屋に向かう事にしたのだった。
男と出会ったのはそこの食堂でだった。
この『猫が寝込んだ』亭、ギルドに加盟しており冒険者への依頼、そしてその受注の斡旋なども行っている。少女は自身が冒険者というわけではないが、商売の為の契約などもあってギルドとの付き合い方はよく理解しており、慣れた様子で依頼の発注を行った。
「薬草採取に潜るぐらいじゃ。経験、人数は問わん。出来るだけ安値で済むように頼む」
自分一人でも低級モンスター程度なら十分に相手取れる。なのでほとんど戦闘経験のないヒヨッ子パーティーでも構わんと彼女は適当に頼んだのだが……
「あ、丁度いい人がいますね。まだ受注回数0でしかもソロ、かなり安いけれど……どうします?」
「……なんじゃと?」
ダンジョン内を歩きながら話は続いていた
「冒険者としての戦闘経験は問わん。雑用メインで日銭を稼いで、モンスターとほとんど向き合ったことが無い奴などもまぁ珍しくはないしのぅ。じゃが護身用の武器すらもないのはどういうことじゃ、質にでも入れたか?」
「だから何度も言ってるでしょうが。俺なりに考えてこれなんですよ……金が無いのも事実ですがね」
見た目が少女とはいえ相手が依頼人で話し方が妙に古風のもあって、男は多少戸惑いながらも敬語で話していた。
まぁ少女の言い分もしょうがないかもしれない。彼女の見立てでは、男は背が少々低めではあるが戦士向きの体付きをしていた。それも細マッチョではなく太マッチョ系なのだ。
そして暗器を隠し持っていたり、素早さを生かす戦いができるようなタイプにはあまり見えない。さらには、魔法を使えるようにはなお見えない。
そんな男がほぼ武器もなくソロ……。
(まず普通に金を稼いで武器ぐらいは用意して、そこからスタートではないのか?)
「大体そっちが「ユナじゃ。依頼人の名前ぐらい覚えておれ、トウガとやら」ぐっ、……ユナさんが俺で構わないって判断して雇ったんでしょうが」
「始め見たとき食事中のようじゃったからの。武具は宿の部屋にでも置いておるのかと思うたが……まぁ荷物持ちとして働いてくれればそれでええがな」
ユナも本人が言うように特に問題があるとまでは考えていないのだろう。だがわざわざ口に出してまで言われた側の心境は当然良いものではなかったりする。
「……そりゃ見た目でそう判断されても文句は言えんけどね。話せば話すほど俺の評価が落ちてく気がするよ」
聞かれない程度の愚痴をこぼしながら、トウガはスタスタと歩く少女に遅れまいと足を速めた。
道中は順調そのものだった。探索と言う程のレベルではなく、ユナが知っている薬草の群生地に向かって、それ以外は基本的に無視するつもりで動いていたのだから当然と言えば当然だ。
ダンジョン内は意外にもそれほど暗いことはない。所々に光る岩壁や高い天井に開いた穴などがあり、それらから光が得られるおかげだろう。トウガの背中には念のためとユナから持たされた松明などの光源があったが、特に使う必要はなさそうである。
雑談しつつ歩く2人の前に見えてきたのはなかなかに大きな場所だった。鍾乳洞みたいだ、というのがトウガの第一印象である。地面は隆起した部分が多く見られ、低いところには綺麗に澄んだ水が流れている。足場はあまり良いとは言えず注意して歩く必要があった。
「転ぶでないぞ。手を切るし、濡れてしまうからな」
トウガの考える低級ダンジョンとはずいぶん違い、光の反射などで幻想的に映りとても印象に残る場所だった。
それを尻目にユナは水辺に生える目当ての薬草を見つけると、それらをせっせと刈り取り始める。そしてしばらく経ってから、周りの景色に見とれていたトウガに声を掛けた。
「始めてここに来れば目を奪われるのも当然であろうよ。それを邪魔するのもなんじゃが、今のお主は妾に雇われとるわけだからな、少しは採取を手伝ってもらおうかのぅ。丁度ナイフは持っとるようだし……よかろ?」
「んっ? ぁ、ああ。了解です」
「よし、これぐらいでええじゃろう。では荷物持ちは頼んだぞ」
薬草とは薬の字が入ってはいるが薬そのものではない。そのまま食しても効果はあるがそれは微々たるもの。だからこそ凝縮してポーションにする意味があるのだが、そのポーションですら基本的な消耗品だ。なので薬草は一握り程度では買値も付かないので、売りに来る人もほとんどいない。
ユナはそれをよく理解していたので、この際にと持ってきた大袋に詰め込めるだけ詰め込んでいた。「どうせすり潰すのだから」と冗談のようにとにかく無理矢理袋の奥に押し込んでいく。
そして薬草の群生地をいくつか回った結果、出来上がったのは大小二つのパンパンの袋だった。どちらも元の許容量を無視するように入れていったので、ほとんど球体のようですらありなかなかコミカルな状態になっている。
そのうち大きな方をトウガに渡した彼女は、自分ももう一方の袋を担ぎ「よっこいしょ」と小さな声をあげた。トウガは大袋を造作も無くひょいと持ち上げる。見た目通り力はそれなりにあるようで、その点までは期待ハズレで無かった事に少女は一安心していた。
ユナは背負っていた槍と薬草袋のバランスが悪かったので、どのようにして持とうかと考えつつ来た道を戻り始めたのだが、水辺が切れた辺りで急にその歩みを止める。
「厄介なことよ、複数おるではないか」
動きを停めた彼女を疑問に思い、急いで後ろから駆けつけたトウガも異変に気付く。――前方に何かがいる。2人は一旦様子をうかがった後、ゆっくりと音を立てないように再び歩を進め始めた。
そして『ソレ』らを確認したユナは顔をしかめる。
リザードマン2体にゴブリン・シャーマン1体。ホブゴブリンぐらいは覚悟していたがあのトカゲ人はマズい。リザードマンの体力と鱗は、魔法はともかく物理衝撃にはかなりの耐久性をほこるのだ。
自分のショートスピアや武器もない連れの男では、それはとても大きな壁となる。ユナは魔法もそこそこに使えるが、敵にも魔法の使い手がいるうえ数も複数、先制してもはたして次の詠唱が間に合うかどうか。
このダンジョンでも最も奥に生息し、最強クラスの奴らがよりによってこんなところに……。
「……お主、大丈夫か?」
トウガは震えていた。少々情けないとは思うが、同時に仕方が無いとも考える。冒険者成り立てでは、リザードマンを含むモンスターの集団など恐ろしすぎる相手としか言いようが無いだろう。
だがそれは、彼が足手まといであるということも示しているのだ。策を練ったうえで囮などをしてもらえれば、と思いもするが足がすくむようではそれも期待出来やしない。
(仕事で雇っただけの男だが、だからとて死なせるわけにはいかんっ)
どうすればいい!? 必死にユナは策を考える。しかしそんな彼女の横で、その悩みの種と思われているトウガは乱れた呼吸を懸命に整えていた。深呼吸してその場で軽くステップを踏み体の調子を確認すると、彼は前を強く見据えユナに声を掛ける。
「荷物を、頼んます」
「――はい?」
そして荷物を彼女に任せたトウガは――モンスター目掛けて走り出したのだ、一直線にっ!
(ッッ、アホウがっ! 妾が背負う槍にすら目を向けず、考え無しに特攻じゃとっ!? ッふざけおってぇ!)
彼のあまりの無茶に驚き、ユナは一瞬動きを止めてしまう。だが心の中で愚痴をタレながらもすぐに我に返った彼女は、懐に手を入れあるアイテムを探した。実は本当に困った時のために、切り札とも言える様な手段を所持していたのだ。こんなバカの為に使いたくはなかったが、さりとて助けるチャンスがありながらもそれを放置して目の前で死なれては寝覚めが悪い。なのですぐさまそのアイテムを取り出そうとしたのだが――
「ぬっ、なんと!?」
彼の走りは速かった、それこそ尋常ではない速度で一瞬にしてモンスターとの距離を縮めていたのだ。
「当゛っ……ッタ゛レ゛ェッッ!!!」
吼えながら彼は大きく拳を振りかぶり、それを先頭のリザードマンの顔面にブチかます。本人が考えていたのとは随分違う不恰好なハンマーパンチになってしまったが、その渾身の一撃はトカゲ男をゴム人形のように弾き飛ばし、一瞬にして戦闘不能にさせる程の威力を見せた。
どう見ても体格で下回る相手に仲間が倒されるという予想外の状況にモンスター達もざわつき出す。そしてすぐにもう一体のリザードマンが彼に向けて左腕に持っていたハンドアックスを振り上げ、ゴブリン・シャーマンはそれを援護する為か魔法の詠唱を始めた。
ユナもここは加勢すべきなのだろうが、想定外の状況に面食らい目をパチクリしたまま再び硬直してしまっている。だがそれも仕方ないといえようか。
リザードマンは振り上げた手斧をそのままトウガに叩きつけた。防具を身に着けていない相手にヒットさせた確かな感触に、一瞬そのトカゲの顔で滑稽な笑みを浮かべそうになるが、それはすぐに驚愕に取って代わられる事となった。
トウガが受け止めたのだ――その刃を直接『素手』で。裂けない皮膚も、負けないパワーも明らかに異常としか言いようが無い。
彼はそこで止まらない。そのまま驚愕するリザードマンの左腕を右脇に抱え込み、さらには首に取り付き無理矢理左脇で絞め上げる。加えて身長差もあり浮いてしまっている足を、ならばとさらに上げた馬力により敵の背を捻じ伏せることで強引に地面に下ろした。
この時点でも見事なものだが、彼はそこからリザードマンを持ち上げると言う荒技を行おうとする。リザードマンはあまりの事態にギャアギャア叫びながら暴れるが、トウガはそんな人トカゲの抵抗を許さない。敵の腹のすぐ近くにある左膝を垂直に上げるようにして一発二発とコンパクトに叩き込み、リザードマンの全身から力が抜ける一瞬を確認するとすかさず大地を踏みしめて、改めて相手を頭上に持ち上げたのだ。
そうして呆気に取られていたユナは、人間の男性の上に逆さになったリザードマンというとてつもなく奇怪なものを目にする事になった。
だが見る者が見ればこれはっ!と叫んだ事であろう。見事なポール状態から繰り出されるその技は――
――破壊王よ、俺にっ、力をぉっ!!!
今は亡き破壊王『HASHIMOTO』の必殺技とも言われた垂直落下式DDT。相手の首と腕を掴み上下を逆にして担ぎ上げたまま真っ直ぐに立ち、そこから自身が後方に倒れる事で、対象の頭を文字通り地面に垂直落下させる全くもってシャレになっていない殺人技である。鈍い音を響かせたソレは、リザードマンの一体を完全にノックダウンさせるのだった。
きっちりと決まったのを確認したトウガはすかさず跳ね起きるが、そこをゴブリン・シャーマンの魔法が狙い撃つ。ストーン・ブラスト、地面から石つぶてが飛び、多くの擦過傷を作ることで血を流させ体力を消耗させる魔法だ。
トウガは一瞬怯んだが、頭を腕で守り姿勢を低くして石つぶての中に突っ込むと、そのままシャーマンの前まで一足飛びに駆け抜けた。そして唖然とする敵の前で左の拳を握り、重いパンチをブッ放す。
「チェリオッッ!!」
しっかりと踏み込んだ左の軸足と共に繰り出されるスリークォーターの左パンチ、ボクシングのスマッシュ(斜め下の位置から打つアッパーのようなパンチ)と思わしき一撃だ。たっぷりと体重の乗ったそれは小鬼に当たると5m近くも跳ね飛ばし、その後にピクリともさせなかった。
「っ、後ろじゃ!」
事態の推移を驚きながら見ていたユナが叫ぶ。始めのパンチで倒しきれなかったリザードマンが起き上がろうとしていたのだ。だが、それでも相当足にきていたのだろう。トカゲ男は力が入らないのか顔を伏せ、膝立ちのままプルプルと震えている。
彼はその隙を見逃さない。
「俺にだってっ、魔法ぐらいあらァなッ!!!」
トウガの狙いは立てられた敵の右膝! 彼は目標目掛けて走り出し、そのまま己の左足を相手の右膝に乗せると、空中でわずかにとどまり残った右足を横に開いた。だがそれもほんの一瞬の事。リザードマンが慌てて顔を上げた頃には、トウガの右膝は敵の側頭部へと力強く振り抜かれていたのである。
その流れはまさに閃光の一言! ――シャイニングウィザード、見る者を魅了する閃光魔術であった。
「あ~、大丈夫か?」
結局ユナは動く必要が全くなかったわけだが、肝心な戦闘の功労者は深く息を吐き腰を下ろしていた。見る限りだとかなり圧勝のように思えたのだが、肩で大きく息をして余裕は全然残って無さそうにも見えるし、意外にそんな事もないのだろうか?
「フゥ、ハァ……はい、ダイジョブ、ですよ。ちょっと、精神的にきました、けど」
手を上げて彼は応える。そういえば魔法も食らったはずだが、見た感じさしたる怪我もない。肌にろくな切り傷も見られんとは……一体どうなっとるんじゃ。
ユナは疑問を持ちつつも、座り込んだトウガをそのままにモンスターの死体から斧やら杖やらと、多少なりとも売却価値があるものを回収していった。
「ほれ、そなたの手柄じゃ。薬草に加えて持っていけるならそうした方がよかろうよ。装備がいらんというのは……まぁなんとなく分かったが、金がないのは事実なんじゃろ?」
「ぇ、あっ……ども」
息を整えながら受け取った戦利品を、男は物珍しそうに眺める。そういった素人臭さと先程の戦闘力の奇妙なギャップ、これは一体何なのだろうか?
さらに彼は「精神的にきた」と言った。では斧を手の平で受け止め、魔法の中を走り抜けた事実の方は全く問題にすらなっていないというのか?
――――おもしろい。これは何とも興味深い存在ではないか。ユナは改めて帰り支度をしつつ、さてどうするかと考えを張り巡らせた。
(ほうじゃのぅ……まずは危険手当ということで、飯ぐらい奢ってやるかな)
わずかに口元を上げる彼女は、恐らく(少なくともトウガにとって)ろくでもない事を考えているのだろう。そしてこの後、食事の席でそんな人物の相手をするであろうトウガは、きっとそれに「飯代程度では割に合わない」という感想を持つに違いない。
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なんとなくファンタジーに格闘(組技含む)を組み込んだ話を考えてしまったので、突発的に書いてみました。
感想:描写が楽しいけど書くのが難しい……
あと力や頑丈さがトンでる系なので格ゲーの技も出しちゃったりしてます。みなさんはどんな技が好きなんでしょうか?
感想等を下さるととても嬉しく励みになります。