死をも恐れぬ薔薇の騎士達は、彼女に続くかもしれない。
『23話・異質の刀匠と誇りの鍛冶師』
「……熱い、暑いじゃなくて熱い……」
ギィンギィンと鋼を打つ音を聞きながら言葉が漏れる。
「熱い、暑いじゃなくて熱い」
今度はあからさまに言葉を発する。
しかし、僕の言葉を聞いているのか聞いていないのか、全く気にも留めずに鋼は打たれ続ける。
「……おのれ」
そんな態度に悪態を吐く。吐きながら、恨みがましい目で見つめるのも忘れない。こんにゃろめっ、という気持ちを過分に込めてジーっと。
されども、そんな僕を無視して鋼を打ち続ける。ギィンギィンと鋼を打つ音が空間に響く。
「ちくしょう、換気だ換気」
流石の僕も我慢が限界に達したので、籠もった熱気を追い出そうと出入口に向かう。この建物は空気だの何だのを調整するために窓がないため、換気をするには建物に唯一設置されている出入口を開けるしかない。
暑い熱いと呟きつつ出入口の取っ手を握った瞬間である。
ごうっ、と何かが僕の頭を掠めて鉄製の戸にぶつかった。
ガギィインと硬質の物体がぶつかった際に生じた大音量が僕の耳朶を直撃。
「ぎゃあああ!」
思わぬ事態につい叫び声を上げる僕。扉のすぐ近くに居た事が災いした。なんという不意打ち。
ゴロゴロと地面を無様に転がる。耳がぁ、耳がぁ!?
「……勝手な事をしてんじゃねぇ」
そんな僕に非情な言葉を投げかける人物が一人。
僕のことを無視して鋼を打っていた男――フリゲル・アンディアその人である。
「鍛造中に勝手な真似をするな。空気が変われば、それだけで作品に大なり小なり支障を来たすだろうが」
冷めた目でそう云い捨て、僕に向けていた視線を手元の鋼に移す。そして再び、ガギィンガギィンと鋼を打つ音が響く。
なんだか、もう、僕には興味無いと云わんばかりの態度である。
「こ、この野郎っ、客人になんて事をしやがる……っ!」
よろめきながらも身体を起こし毒突く。未だに視界がくらくらするぞコンチクショウ。
「鍛冶師の作業中に下手な事をするからだ。テメェさんも鍛冶師の友人が居るんなら、それくらい分かって然るべきだ」
ギィンギィンと澄んだ音を響かせる鋼からは目を離さずに言葉を紡ぐフリゲルのおっさん。
云っている事は僕にも理解出来る。フリゲルのおっさんは、こと鍛冶に関してはこの世で最も真摯であることも理解しているつもりだ。職人気質なので、集中を要する作業に余計な茶々が入るのを嫌うのも当然だろう。
だがな、僕にだって言い分って物があるんだよ!
「人を呼び付けて置いて、その態度は如何な物か!?」
そもそも、僕はアンタに呼ばれて出向いてやったんだ。なのに呼んだ相手を無視とかどういう了見だ。
「……それもそうだな」
ギィィンと、甲高い音が響く。
フリゲルのおっさんは目を鋼から逸らすことなく僕に云った。
「テメェさん、相槌を打て」
「……は?」
鋼を打ち続けるフリゲルのおっさんに、僕は呆けた相槌を返す。
何を云ってるんだこの親父?
「何故に僕が相槌を?」
「テメェさん、友人が鍛冶師って云ったろう?」
「鍛冶師じゃなくて刀匠だけど」
「そこら辺の細かい所は後で聴くとして、あれだ、手伝った事くらいあんだろ」
「決め付けいくない! 友人に刀匠が居るからって、そういった事を手伝う機会がある訳じゃない!」
「じゃあ、やったことねぇのかい?」
「…………あるけどさぁ」
「なら手伝いやがれ。テメェさんが手伝えば、早く終わるかも知れねぇんだからよ」
このおっさん、客に仕事手伝わせるとか……。それってどうなのかしらね。
心底から溢れる不満を飲み込んで、「はぁ」と溜息を吐き出す。
壁際に掛けられている槌を手に取る。そして、フリゲルのおっさんに背後から近付き、思い切り槌を振り被り――落とすっ!
(不満を飲みこみ切れなかった。仕方ないと思う。僕は悪くねぇ!)
胸中でそんなことを呟きつつ、脳天目掛けて振り落とされた槌は、しかして、フリゲルのおっさんの頭をトマトみたいに潰すことは出来なかった。
ひょいとおっさんは身を横にズラし、僕の振るった槌は鋼を叩く。ギィイン。
驚愕の光景を目にした僕は、驚きのまま槌を鋼から退かす。
僕の槌が退いた後に、フリゲルのおっさんは再度、槌を鋼に打ち込む。
「その調子で頼むぜぇ」
平然とした声を出すフリゲルのおっさん。
その態度に心持ちカチンと来た僕は、再度槌を振り上げ、落とす。
それを先程と同じように躱して作業を続けるフリゲル・アンディア。
「むきーっ!」
ムキになって何度も何度も同じことを繰り返す。その度に同じ結末を迎えるのはどういうことか。
そんな事がはや数百回。
もはや幾度目になるかも分からない槌を振り落とす。ガギィンと甲高い音が響き、僕は崩れ落ちる。
ぜはっぜはっと、荒く息を吸う。体力を根こそぎ持っていかれた。
「おう、助かったぜ」
大量の汗を掻き、息を僅かに乱しているおっさん。それでも、熱せられて灼熱の色を灯す鋼を持って立ち上がる。この体力親父めっ!
そんな僕の心境など露と知らない体力親父は、灼熱の鋼を焼き入れする。
ジュワッ! と煙が立ち昇りフリゲルのおっさんを包み込む。
煙に包まれるおっさんの姿を横目に見ながら、僕は一つの想いを胸に浮かべる。
すなわち、態よく相槌打っちゃったと。
悔しい思いを胸に抱いたまま横たわる僕、いと無様。
*****
「さてさて、さっきはどうもあんがとよ」
莞爾としながらそんなことを云ってくるフリゲルのおっさん。
先に云っておく、アンタ何者だよ。昨今の鍛冶職人はあれだけの身体能力必須なのか。僕びっくりだよ。
「さてさて。そんじゃま、本題に入るとしますかね」
「やっとかこの野郎」
「まあまあ、そう怒るなや」
豪快に笑うフリゲル・アンディア。待たされた身としてはイラッとするね。待たせるのは好きだけど待つのは嫌いです。
「それで、なんだっけ?」
「あれだ、お前さんの友人の鍛冶師の話し」
「鍛冶師じゃなくて刀匠ね。なんか刀匠って言葉に拘っているから、あいつ」
「そこも気になるんだよ。なんで、その奴さんは鍛冶師って呼ばれるのを嫌うよ?」
「あー、えっとねぇ……」
まぁ理由は、あいつじゃないと分からない精神論みたいな物なのだけれど。
「えっとですねぇ、そいつは『刀』しか作らないからですよ。特に日本刀。だから、"刀"匠らしいよ!」
「ほぅ……。ニホントウってのは分からんが、刀はあれか、北方世界と南方世界での主流武器か」
「そうそうそれそれ」
見た事はないけど、もう面倒だからテキトーに同意しておこう。
「てか今更ながらに凄く面倒です」
「あん、何が?」
「なんで僕は友人の話をむさ苦しいおっさんに話さなアカンのじゃ」
「テメェさんが酒場で同意したからだろうが」
「うっせ! 仕方ないじゃん! エリーナさんにお仕事してますって見せなきゃいけないんだから!」
「おまっ、そんな打算で仕事してんのか!?」
「普通はそんなもんです」
仕事を糞真面目にする人はワーカーホリックだろ。
「……まぁ、いいか。それとこれとは。取り敢えず、その友人とやらの事を教えろ」
「無駄に友人に拘る件について。あれか、アンタは同性愛者か。しかもショタコンとか最悪過ぎる……はっ! ま、まさか僕まで……っ!?」
「ばっ、ちげーよ!? 単に同業者として奴さんの性質に興味が湧いただけだっ!!」
必死に言い訳する姿で疑惑が増してくるんだぜ。
「と、兎にも角にも、その奴さんはどういうやつよ?」
「……ふむ」
割りかし必死に否定するフリゲルのおっさんにショタコン同性愛者の疑いを深めつつ、刀匠である友人の事を思い出す。
『あのね~、通り魔が不夜くんだって云われてるのには理由があるの~』
『待つんだ。ナチュラルに名前を呼ぶな。3秒前まで苗字だったろうが、唐突過ぎるぞ』
『通り魔ね~、日本刀持ってるんだって~』
『聴けよ、俺の言葉。泣くぞ』
『いいよ~』
『そこだけは拾うのか!?』
『顔が般若なんだって~』
『何事もなかったように、続けた……だと……』
『だから終夜くんだって噂が出たの~』
『どこで? どこで俺という確信に至ったんだ? あと、呼び方は一貫しようよ』
『どこでって、顔』
『なんだとっ!?』
『でね~、ミッチーが普段は着物を着てるって聞いたから、ミッチーだ~って思ったの~』
『誰だよミッチーって。しかも、何故に着物が関係あるのか』
『人の話をちゃんと聴きなさい!』
『ええ!? 理不尽に怒られた!?』
『おにぎりって美味しいよね?』
『関係なくね!? いきなり話題を変えないでっ!』
そうだそうだ、こんな感じだ。クラス最強の天然少女と対等に話しているような奴だった。
断片的にしか思い出せなかったが、基本的にこんな会話ばかりしてた筈である。
基本ツッコミ兼ボケの両刀遣いだった。……両刀遣いってなんかえっちぃ響きだな。
その旨をフリゲルのおっさんに話す。かくかくしかじか。
「……鍛冶に関係ないだろ、それ」
云われて気付く。そういやそうだ。全然鍛冶に関係ないことを思い出してしまった。
「テメェさん、俺っちは奴さんがどういった作品を作っているのかが気になるんだよ。そこんところを教えてくれ。何か俺っちの鍛冶に取り入れることが出来るかも知れねぇ」
真剣な眼差しで僕を見据えるフリゲルのおっさん。本当に鍛冶に関して一途な人だなぁ。
「どんなことを聴きたいの?」
「先ず、そいつはどんな物を目指してたか、だな」
「うん?」
「そいつが刀匠だろうが鍛冶師だろうが、職人ならば目指すべき到達点ってのがあるもんだ。奴さん、どんな物を目指していたよ?」
「因みに、おっさんはどんな物を目指してんの?」
「俺っちかい。そうさなぁ、漠然としちゃいるが、生涯で最も最高の武器を鍛えることかねぇ。月並みだけどよぅ」
「ほほぅ」
「それで、奴さんは?」
「あいつは……えっとねぇ……」
どんなの目指してるって云ってたっけ。特に興味無かったから、記憶が朧気なんだよなぁ。
えっと、えっと、そうだっ!
「確かね、最強の一振りを打ちたいって云ってた」
「へぇ、なんだい、奴さんも月並みな事を云ってんのかい」
「意味合いが既存の武器職人とは違うけどね」
「うん? どういう意味だ?」
「んっとね、例えば、おっさんは武器をどんな物として捉えてる?」
「そりゃあ戦場で揮われる物だろ。命の奪い合いを旨とする利器なんだから、それが当然だろうよ」
「じゃあ、装飾刀とか飾る為の見栄え良い武器をどう思う?」
「……好きじゃねぇな。武器ってのは使われてこそ武器足り得る。戦場で揮われてこそ武器って考えているからな」
「まぁ、普通はそんなもんらしいね。例え太平の世だろうと、武器を作る鍛冶職人は根本的にそう思うのが当たり前っぽいので」
「……て、ことはなんだい。奴さんは違うのかい?」
「うん」
あいつの考えは特殊らしいからなぁ。
「『刀はどのような物であれ、須らく刀である』」
「おう?」
「『例え殺傷力が皆無であろうと、刀として造られた物は刀足り得る』」
「……なんだい、そりゃあ」
「友人が云ってた言葉。刀しか打たないので内容全部、刀が主体だけど」
「……ほぅ」
「そして、友人曰く『装飾刀は、飾られる事こそ戦い』らしい」
「そりゃあ、どういった意味だ?」
「飾られるのが役目なら、飾られて真価を発揮すればいい。それを見た全ての者を惹きつけ、畏れさせ、平伏させる。それこそが装飾刀の役目。殺し合いの戦場で揮われないならば、殺し合わない戦場で己が剣威を揮えばいい。そんな事を云ってた」
「……そうかい、そんな考えもあんのか」
感心したと云った様子で呟くおっさん。僕はさらに言葉を重ねる。
「それを含めて、最強の一振りを打ちたいんだって」
「……含めて?」
「そう、含めて」
ふぅと一息。
「折れず、曲がらず、朽ちず、砕けず。手入れせずとも些かも衰えぬ刀、森羅万象切り裂く刀、時間だろうが空間だろうが概念だろうが想念だろうが斬り捨てる刀。殺し合う戦場に於いて比類なき最強の利器、手にした者に勝利のみを与える最高の利器、振るえば天を裂き地を裂き人を裂く不変の利器。それを見た者の心を奪い惹きつけ畏れさせ平伏させ抗う事を考えさせない無類の刀、自ら殺されたい斬られたい殺したい斬りたいと想わせる無比の刀、ただ其処に在るだけで最強の刀。莫大な過去にあってさえ、膨大な未来にあってさえ、この世に遍く数多の武器さえも嘲笑に伏す、絶対の刀。存在する総てのモノと一線を画して頂上に座す刀。これを超えるモノなど有り得ない、無敵の刀……」
息を吸う。
「……それが、目指すべき物らしいよ」
そこまで云って、言葉を区切る。
フリゲルのおっさんは、それを聴きうんうんと頷いた。
「崇高な考えじゃねぇか。成程な」
「……珍しい。大抵の人はこれを聴くとバカにするんだけどね。そんな物、夢物語だって」
「確かに、現実的じゃねぇ。それを本当に疑わずに心底可能だと思っているのなら。だがな、それを否定し莫迦にするのは簡単だ」
そこまで云って、一際真摯な眼差しをするフリゲルのおっさん。
「俺っちの師匠が云っていた。『他者を否定するは三流、己こそ正しきと思うは二流、他者の意見を受け入れて初めて一流』ってな」
「おっさんは一流だから、受け入れたと?」
「いや、俺っちはさらにこう考えてんのよ。『他者の信念を否定せず、それでも己が信念を貫いてこそ超一流』ってよ」
「ふーん」
「あっさりだな、おい。俺っち今良いこと云ったろ?」
「いや、興味ないし」
「テメェさん酷いな!?」
その後もなんやかんやと話し合った訳である。
なんとなく、郷愁の念が湧いた今日この頃。
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あとがき
雰囲気がなんだか違う!でも、ほのぼのとはしてると思う!
ほのぼのしてるならなんでもいいやと思った今日この頃。
▼いまだに感想を貰えると嬉しさが半端ない。
>お初です。面白くて一気読みしてしまいました。クリティカルなネタが所々に存在して、腹筋がヤバかったです。特に、「エンディングまで吐くんじゃない」とテストの部分が最高でした。
楽しんで頂けたようでなによりですたい。これからもご贔屓に!
>追伸
>MOTHER1のイヴに惚れたのは、オレだけでいい。
イヴ可愛いですよね。加えて言えば、あの無双っぷりには惚れるしかない。しかし、作者はギーグも好きです。幼少のギーグ話とか詳しく知りたいです。
>ヤヴァイ。電車でこのSSを見つけたのが運の尽きでした。電車にいたはずが、気づけばベッドに寝転がって弟に「キモい」って言われてました。後日、電車で携帯見ながら笑い転げる紳士の噂がたったら責任とってください。面白かったです。
作者は田舎に住んでいるので、きっとその噂は届かないと思うのです。よって、綺麗なお姉様以外に責任は取りません!
作者は悪くねぇ!
>読んでいると、たまに指先がピリピリする感じの文章があります。
>最初の頃の変態具合で絶対に嫌がってると思っていたメアの心境が、買い物の話で「嫌なだけではない」みたいなのを読んだ瞬間とか、ピリピリきました。
>これは…これがもしかして恋ですか
いいえ、それはボブです。
しかし、ピリピリするってどんな文章なのかしら。何気に気になりました。どの部分なのだろう……。
>面白かったです。
ありがとうございます。その一言が嬉しいです。