待ちに待った月末がやってきた。言わずもがな、給料日である。
「はいお疲れさん。―――いやぁ助かったよ。いつもより多く入ってくれたから仕事も楽が出来た」
バイト上がりに明細を受け取り、中に書かれた数字を見てつい頬が緩む。
趣味は違うものの、俺と同じ性質の仲間としてけっこう気が合うのでよくして貰っている。主に廃棄品の横流しとか。
「いえ。こっちも物入りだったんで。……者入りとも読みますけど」
「? まぁいいや。これからも多めに入れて良いんだよね?」
「お願いします。出来れば週5ぐらいで」
「……しっかし、週3でも面倒くさい面倒くさいって愚痴こぼしてたのにねぇ。……彼女でも出来た?」
「あっはは。そんな面倒くさいもの出来るわけないじゃないですか。まぁ―――」
今夜の夕食を持ち帰り明かりの点いた愛しき我が家に帰る。
“なぜか”回っている換気扇とそこから来る不快な臭い。思わず顔を顰めてしまう。
またか、内心で愚痴を零し家のドアを押し開ける。
「―――穀潰しなら出来たけどな」
「カレー焦げた……」
オタマ片手に涙目になっている女の子へ向けて手刀を叩き落とす。
確保した容疑者の供述により、作り置きして置いた2日分のカレーが半日分へと減ったことが明らかになる。
俺と女の子、2人揃ってorzになる。
居候になってかれこれ2週間。女の子の料理スキルはフィクション並みという事が分かって数日、台所に触るなと言っているのにコレだ。一体何をしたいのかわからない。
カレーを別の器に移してから鍋がダメになる前にコゲを削る。
いつもだったら今頃本読みながら食事中だって言うのに……なんでこんなことを。
時間がけっこう経っているのか取れそうに無い。大人しく諦めることにする。
「べんしょうします! おおきくなったらべんしょうします!」
「なんでひらがな……まぁ別にいいよ、許さないから」
「……こういう時は許すのが基本」
「お前のその一瞬で素に戻る態度からして許してもらう気皆無だろ」
「罪悪感、は感じている」
「そのままスルーしてたら追い出してるところだよ」
「鍋に」
「俺に悪いと思えよ」
とりあえず話を切り上げて夕食にする。カレーは明日に取って置いて、持ち帰った弁当をチンして食べる。
元が0円なので女の子の分もちゃんと用意してある。
既製品でも文句を言わずに食べてくれるのは楽でいい。
「服が欲しいです。安西先生」
「諦めて試合終了ですね」
「実も蓋も無さ過ぎて理解が及ばない」
「と言いたい所だけど。給料も入ったし明日買いに行こうとちょうど思ってた」
女の子が目を見開く。この反応からして俺を普段どう思ってるのか一目で分かる。
人が服1着で生活出来るわけが無い(その人の常識に寄る)ということぐらい俺でも理解している。
前に欲しいと言われたけど、いきなり転がり込んでこれられても金が無いんじゃしょうがない。貸したくも無いしな。
ましてや米3キロを無駄にされれば諦めざるお得ない。
バイト代が出て懐にも余裕が出来たので、1・2着程度なら買ってやってもいいだろう。
「やっとわたしの想いが通じたのね。うれすぃーわ、抱いて頂戴」
よよよ、と嬉し泣きをしながら寄ってきたのでチョップを喰らわす。
絨毯の敷かれた床に頭から沈む女の子。だが何事も無かったようにすぐ起き上がる。
「言っとくけどお前のためじゃねーから」
「はいはいツンデレツンデレ」
「毎度毎度そこに繋げるのなお前。―――ゲームの世界じゃないんだから、毎回同じ服で居たら周囲の人の評判も気になるだろ」
「これもフィク」
「おっとそこまでだ」
という理由で女の子のために何かを買ってやろうという気はまったく無い。あくまで自分のためである。
例を挙げればいつも裸で寝る女の子だろうか。捜せば居そうだけど、普通はそんな寝方をするのは変態の類だしそれを強制してる人間は大変態だろう。
もし万が一そのことが女の子の口から他人に漏れれば、俺は大変態確定だ。
「でも物を買ってもらうのは素直に嬉しい。理由が何であっても」
「キモいので素に戻ってください」
「わたしのような女の子はそうそう居ない。光栄に思え」
「キモいので猫被ってください」
「注文多すぎて壊れちゃう」
「もう全体的にキモい」
夕食も終わり、風呂を沸かして来る様に伝える。女の子は嬉しそうに頷いて風呂場へと向かう。
ただ単に風呂好きなだけなのか、はたまた風呂しか楽しみが無いからなのか、これだけは屁理屈を言わずに毎回やってくれる。
……それ以外は毎回屁理屈捏ねて共同でするように言ってくるんだけどな。
あの時に言った条件、本当に分かってんのかな。
今任せてあるのは掃除だけだ。それも毎日やってれば仕事量も減ってくるわけだけど。
で。色々キングクリムゾンして翌日。
服を買えるためかハイテンションな女の子に起こされる。俺はと言えば、寝不足で激しくローテンションである。
時計を見れば予定していた午後2時よりも早い早朝7時。
5時間しか寝てないんだけど。どんだけだよ。どんだけだよ。
とっくに準備を済ませて待っている女の子がなぜだか憎たらしく見える。
「早起きは3文の得」
「現代の基準に直すと60円くらいだそうですが」
「60円は大きい。お金の価値が分かってない」
「手持ちの金考えなしに使い切ったお前に言われたくない」
起きてしまった以上寝るのも勿体無い。大事なのは起きて何かする時間だ。
とにかく目がシパシパするので顔を洗いにいく。
「明らかに1人殺った人の顔になってる件について」
洗面所の鏡を見ると、後ろからヒョコヒョコと付いて来た女の子に言われる。
寝不足のせいですほっといてください。
ちゃっちゃと準備を終わらせて外へ出る。飯はあっちで食うつもりだ。
自転車に跨りいざ出発。
途中振り返ると、もの凄い勢い走ってきている女の子が見えたので以前のトラウマが蘇ったので止まることにした。
再度荷台に女の子を乗せて走り出す。
空は良く晴れていて春特有の過ごしやすい気温だ。いつもなら寝ている時間のためか、朝日がやたらと眩しく感じる。
あの時の公園を通り過ぎて以前俺が向かった隣町への道のりを辿る。
漕ぐペダルに重みの違いは感じられず、女の子の体重の軽さが伺える。ちなみに横乗りだ。
途中コンビ二へと寄りATMで3万ほど金を下ろす。
朝何も食べていないせいか、外で待っていた女の子は俺が手ぶらなのを見てガックリとしていた。
「朝食無しですか。1日2食ですか。戦時中ですか」
「畳み掛けて聞いてくるな鬱陶しい。あっちで食うんだよ」
「外食わーい」
「お前は具無しうどんな」
「!?」
そうこう言ってる内に目的地である総合スーパーに到着する。残念なことにジュネスでは無い。
路上自転車を増やす要因になりさがったロック式の自転車置き場に愛車を固定する。会計機の所には3時間無料と書かれている。
早足な女の子を先行させて、ガラス張りの自動ドアを潜る。冷房が効いていて少し寒い。
案内板を見て早速服売り場に行こうとする女の子の頭を押さえて、先に最上階にある食堂へと向かう。
女の子は、エレベーターを上る途中に服売り場が見えてソワソワしていた。
マクドナルドで朝マックを注文。2つで1000円を取られる。
……1人分だと500円で済むんだぜ。
より取り見取りな席取りを任せておいた女の子は、もってきた朝マックを見て不思議そうに見上げてきた。
「うどんは?」
どうやら途中で言った言葉を真に受けていたらしい。
女の子の額を人差し指で突いてから、彼女の分のセットを前に置く。
「……今日は凄く凄く優しい。なんで?」
「はぁ?」
「出前のうどんも具無しだったし、オカズも少なかった。でも今日は貴方と同じものを食べさせてくれる」
「……お前なぁ。俺が好き好んで意地悪してると思ってんのか?」
頷かれた。コイツ……。
「金が無かったんだからしょうがないだろうが。人1人転がり込んで来て、いつも通り対応出来るほどの余裕は俺には無いんだよ」
「それは、ごめん」
「米も洗剤ご飯になって先月めちゃくちゃ苦しかったんだぞ」
「……悪いことをした」
「まぁダメにした罰って部分もあるんだけどな」
ションボリと肩を落としてポテトを齧る女の子。だがしかし俺の良心は痛まない。
外に出てまで漫画や小説を持ってくる気は無いので、携帯で暇を潰しながら食事を済ませる。パケット定額美味しいです。
口が小さいからか、食の進みが遅い女の子がコーラのストローに口を付けるが、
中身を吸い上げた後すぐに「んっ……」と呻いて苦そうに眉を顰めた。
「炭酸飲めない」
……本当に居るんだそんな人。聞いてみると、シュワシュワがダメだそうだ。
むしろそのシュワシュワが美味しいんだろと抗議の声を上げたいが、苦手なら仕方ない。
俺は飲んでたコーヒーを差し出して、コーラを取り上げる。
ストローを吸い上げて炭酸を味わう。
うん美味い。
炭酸が飲めない人は人生の7割を損してるよな。
ハンバーガーもポテトも食い尽くしているので、一気にコーラを飲みつくす。
女の子を見るとなんかボーっとしていた。
「……まさか、コーヒーも飲めないとか言うなよ」
「いやその……間接キス」
ハッとした女の子は何かを言うが、消え入りそうに呟いていたので後半が聞こえなかった。
「よく聞こえなかったんだけど」
「だ、だから……―――もういい、なんでもない」
何故かヤケクソ気味にコーヒーを一気に呷って咳き込む女の子。
何がしたいのかよくわからん。
△▽
後半へ続きます。女の子の会話のタネが無くなって来たので婦警さん登場するかもしれない。
1部コメディ
2部ラブコメ ←いまここ
3部未定