座布団を枕にラノベを読む。俺の生活の中でも三指に入る至高の瞬間だ。
休日で授業は無いしバイトも明日だ。つまり今日は何も無い。日々磨耗する俺の心身を回復させる貴重な時間。
授業中やバイト中それに加えて友達付き合いは1時間が立つのが遅いというのに、休みの日には素早く過ぎ去ってしまう。
いっそ逆だったらどれだけ良かったんだろうか。と、哲学ってみる。
寝返りをうって逆向きになる。窓から差し込む朝日で視界が明るみ、曖昧だったページの影がより鮮明になる。
こういう天気のいい日には本能的な部分から「外に出ないと勿体無い」と訴えかけられるから困る。
出不精な俺だけど外に出ないと本やDVDは買えない。どうせ買いに行くなら天気のいい日が良い。といっても大抵はウィンドウショッピングで満足して帰ってしまうんだけど。
時刻は午前11時。明日まで、まだまだ時間はあるけど12時を超えるとそれも一気に加速する。
勿体無い。
あと2・3ページ読んだらどっかに出掛けようと何と無く決める。この間にいつも出て行くか出て行かないかという不毛な葛藤が俺の中で繰り広げられる。
ページを捲り話の核心に近づく。時折ページの厚みを確認してあとどの程度なのかを確認して一喜一憂する。
この幸せな瞬間を長く続けたいから外出するわけでもある。
そして邪魔な存在を排除したいから外出したいわけでもある。
体勢を変えて顎で座布団を掴む。中心の本以外の背景が切り替わり壁になる。
視線を本から外して端に寄せる。
すると白髪赤目の女の子と目が合った。
気まずかったのか目が合うとすぐに逸らされた。まるでずっとこっちを見ていたみたいだ。……そう考えるだけでも吐き気がするわけだが。
女の子は「見ていませんよ」と言いたげに視線を泳がせて手団扇で自分を扇いでいる。
暗くてよくわからんけど若干頬が赤くなっているのが見て取れた。まだ風邪が治ってないらしい。
しばらくすると指を弄り始めた。
「……ねえ」
何回も何回もチョロチョロと俺を見てきた挙句に話掛けて来た。この時点で俺の至福の時間は終わりを迎えた。
追い出そうとしても出て行かない無駄な問答が続き、俺は生活スタイルがズタズタになっていたのに気付いて一旦休憩を取る事にしていた。
そのためにちょっとの間だけ『置物』として認識してやったというのにこの娘は……。
置物が喋るなよ。と、軽く心の中で愚痴る。
「……無視するな」
無視無視。そいや知ってるかな。シカトの語源は花札の鹿がそっぽを向いてるところから来てるらしいよ。
「おーい」
お・き・も・の・が動いた。かるく動く石像並に驚愕する。嘘だけど。
女の子もとい置物……もう女の子でいいか。女の子は無視する俺に不満を覚えたのかハイハイして近寄ってくる。
顔もいいしその手の人達の前でやったら大人気になれそうな動きである。ハイハイなのに。無論その手の人達というのはXXX的な人達である。
「おいったら。たらたら」
近くに来た女の子は、軽く俺の背を叩いて反応を伺ってくる。
構わずページを捲る。
女の子は怒ったのか頬を膨らませている。テラキモス。
ムキになってペシペシと叩いてくる女の子。不快感ゲージが着実に蓄積する俺。
ペシンと頭を叩かれた。スイッチオン。
「ガーーーーーーーーーーー!!!」
「ギャーーーーーーーーーー!!?」
突然大声を出した俺に女の子も驚いて絶叫する。五月蝿すぎ。
尻餅をついてガクガクと震える女の子。無表情気味な顔に困惑が張り付く。
「何々? 唯一な話相手である俺に構ってもらえなくて寂しかったの?」
女の子が赤ら顔になり俯いて数秒した後に「……うん」と答えた。
そんな女の子の図星を突かれた羞恥心に内心、というか外面にも出てるけど笑いが止まらない。
女の子の顔が不機嫌MAXになる。ちょっとでも俺の苦しみを味わえバカ野郎。
「今のお前の反応で激しく気分を害した。損害賠償としてお風呂を使わせるニダ」
「この家は外国人お断りでアル」
「家の主が外国人で本末転倒」
「えー! ニダとかアルとかで外国人になれると思ってるのー! キモーイ! そんな自由な発想が許されるのは小・学・生までだよねー!」
「会話もロクにこなせない人間は真っ直ぐに育たないって誰かが言ってた」
「きっとのお前のことですね。わかります」
「鏡を見てみると面白いから見るべき」
「イケメンが映ってました」
「認めよう」
「認めるんですか」
「多分」
「……多分は余計だろ」
「けど心が汚いのは明白」
「人の家に勝手に居座ろうとする人の心は汚れていないのかすごく気になる」
「後で劇的ビフォーアフターで驚きの白さに変貌する」
「変貌ってすごく悪的な響きですよね」
「変身」
「もう遅いので修正不可能です」
「わたしの辞書に修正不可能という文字は無い」
「えらく細かい辞書だな」
「なので泊めてください」
「脈絡、脈絡」
「ステイさせてください」
「言い換えろって言ったわけじゃねーよっ?」
相変わらず転がり込む気満々であるこの女の子。その根性だけは買ってやってもいいかも知れん。
ラノベも区切りがいい所終わっていたので栞を挟んで部屋の隅に置いておく。外は相変わらず良い天気である。
寝巻きから外着に着替え、携帯財布家の鍵を確認する。
「出掛けるけどどっちがいい?」
「じゃあ留守番する」
「違うから。生きるか死ぬか聞いてるんだよ」
「前フリも無く生死に関わる質問をされたのは初めて」
「世の中サバイバルだぞ」
「身をもって経験中」
そうだったね。
「訂正、世の中バトルロワイアルだぞ」
「もっと酷くなってる件について」
「きっとお前も体験する」
「既に体験してる相手が目の前に居て驚きを隠せない」
そしてさり気なく部屋の柱にしがみ付く女の子。当然慈悲の心などは無く、両足を掴んで引きずり出す。
「そーれ取って来い」
玄関に残された靴を明後日の方向に投げ飛ばすとマッハな勢いで女の子は走っていった。
心に余裕を持って鍵を閉めれる、という不思議体験をして下に置いてある自転車へと乗り込む。
軽快に走り出そうとするが、予想よりも早く戻ってきた女の子が進路を塞ぐ。っち。
「鬼」
「よく言われる」
「それは人としてどうかと思う」
頭に肩にと青々とした木の葉を張り付かせている所から見るに、靴はどっかの木にでも引っかかっていたらしい。
それを考慮すると恐るべき速さである。もうくのいちと呼んだほうがしっくりくる。
進路を変えてペダルを漕ぐが、女の子を通り過ぎた所で急に自転車が重くなる。もしかしたらエコーズact3が居るのかもしれない。
しかし現実は残酷であり荷台部分を渾身の力で引っ張っている女の子が居るだけだった。
夢も希望もありゃしない。
「どこいくの」
「さっき出掛けるって言っただろ。低脳はこれだから困る」
「わたし今暇。ついていく」
「年中暇そうなのは気のせいなんだろうか」
「生きていくのに必死」
「じゃあ暇じゃないだろ常識的に考えて」
「常識で考えない。自分で考えるべき」
「同じ答えが出た件について」
この会話中ずっと荷台を握る指を引っぺがす作業をしていました。
誰がつれていくと言うのか。2人で出掛けて知り合いにでも見られたら俺の人生お終いだ。フラグ進行的な意味で。
最終的に走り出すことには成功したわけだけど、加速をつけて荷台に座り込んできた女の子の行動力に恐怖が拭えず一緒に行くことになった。
ヘタに抵抗すれば怪我をするのはこっちだ。背に腹は変えられない。
ジャンピング土下座もビックリなダッシュ乗り込みである。
流石に電気街にまで行く元気は(女の子のせいで)無いので、最寄の電気店と本屋が融合した店で我慢することにした。それでも遠いのだけれど。
今回の目的は散歩みたいなものなので、DVDや本を見るのはオマケだ。なのでこの選択はベターだ。
空調の効いた店内をうろついて色々見て周る。
その間も女の子は俺の後ろをついてまわっていた。他人のフリをするので必死だったのであんまり商品を見れなかった。
そして手ぶらで行って手ぶらで帰ることになる。
自分の安全のために女の子を荷台に乗せて帰る途中、いきなり女の子が大きく腹の虫を鳴らしたので振り返ってみると鯛焼き屋があった。1個100円。
鯛焼きか。食いたいな。
女の子はヨダレを垂らしそうな勢いで鯛焼き屋を見ている。
……。
財布から500円玉を取り出しグっと握る。
「お前鯛焼き買ってきてくんない?」
「パシりはヤダ」
「微妙にプライドもってくんじゃねーよ」
「買いに行ったら逃げられる」
「いかねーって」
「嘘」
「お前の分も買っていいからさ。ホラ」
「!」
握った500円玉を女の子に渡す。
両手で受け取った女の子はプルプルと震えて目を輝かす。
「いいのいいのいいのっ!?」
「ここで待っとくからな。俺アンコとカスタード。……言っとくけど1つだけぞ」
「う、うん!」
荷台から飛び降りて鯛焼き屋へと駆け出す女の子。その後ろ姿にも歓喜の色が見て取れた。
鯛焼き1つであの喜びようとは安い奴だ。
ほんとうに、安い奴だなぁ。
「待ってるなんてうっそー。じゃーあねぇー」
俺はそのまま自転車のペダルを漕いだ。後ろは振り向かない。女の子よ、永遠に。
厄介払いも出来たのでルンルン気分で家路を辿る。
しかし、いきなり、自転車が、重くなった。
まるで、誰かに、後ろから引っ張られているような、そんな感覚。
ギリギリと急に錆び付いた首を回転させて後ろを振り向くと、
女の子が居た。
泣いた。俺が。
大粒の汗を流して、前髪を額に引っ付けた女の子は荒い息を吐きながら自転車の荷台を片腕で引っ張っていた。
もう片方には鯛焼き屋のだと思われる紙袋が握られていた。
「わ、っわたしをっ舐めない、ほうがっいいっ!!」
昨日か一昨日くらいに聞いたことのある言葉を吐かれる。
声も息も絶え絶えに喋る。成績オール5のくのいちで疲れは知っているらしい。
走りに向かないローファーでここまでやるとは。
鋼鉄のような意志の硬さだ。
「……お釣り」
荷台から手が離れ、さらに差し出される。恐怖で思考が低下している俺はそれを安易に受け取ってしまう。
渡されたのは汗でヌルッとした100円玉が2枚。
……律儀な奴だな。
次いで紙袋を漁って鯛焼きを2枚渡される。正直汗まみれの手で渡された鯛焼きなんて食う気がしない。
女の子はキョロキョロと何かを辺りを見渡して何かを探す。
すぐに視線は近くにあった公園へと向けられる。
「ちょっと、待ってて欲しい」
「……何しに行く気?」
「髪、洗う」
「水で?」
「水しか出ない」
「シャンプーは?」
「そんなの無い」
「ふぅ~ん」
「今度は待ってて欲しい」
相当疲れているのか警戒もせずにフラフラと公園へと寄っていく女の子。
両肩をダラりとさせている姿は、さっきの鯛焼きを買いに行った時のとは大違いである。
俺は何故だか急いで鯛焼きを2枚纏めて食った。
喉詰まって死ぬかと思った。
どっちもカスタードだった。多分女の子のだと思う。
チャリを急発進させて女の子の隣へと走らせる。
「お前臭い」
「……」
女の子はブーたれた顔をして俺を無視した。
「汗乾いたらもっと臭いんだろうな」
「……そう」
「それだと超迷惑。臭いストーカーとか最悪すぎね?」
女の子は泣きそうな顔をしている。
*選択肢
Aもっと罵る
Bそっとしておく
Cどうでもいい
「迷惑だから俺ん家の風呂使ったら?」
▽△
2・3部構成の短編集的に作りたいです。出来れば。