「―――これで、わたしが言いたいことは全部……です」
そう言って女の子は顔を再度伏せた。
思考が一瞬フリーズする。『頭が真っ白になる』というのはこの事かと、後に心底理解した。
成程、たしかにこれは何も考えられない。
女の子の搾り出すような声量で紡がれる言葉は、纏まりが大きく欠けるが、俺への思慕を募った告白だと言う事は理解出来ないほうが無理がある。
ありのままで加工されて無いためか、より一層にそれは俺の耳にを通して脳に染み渡る。
嵐の後の静けさとでも言うべきか、女の子が喋り終わると辺りがシーンと静まり返る。……深夜だと言うのもあるが。
俺も女の子も終始無言。
状況から言えば俺が何かを答えるべきなのだけど、行き成りな出来事で言葉が思いつかない。
それになぜか、クーラーが点いているにも関わらず、背中からはジットリと汗が滲み出ている。
自分で自分の精神状態がどうなっているのか、よくわからず焦る。
普段は聞こえない女の子の息遣いが聞こえる。多少荒れているようにも聞こえるのは酸素を多く使ったからだろう。
女の子が身じろぎ、絡み合うように重なっていた脚の接触面が増える。
それと同時にブルッ、と寒気を感じそうな震えが胸を走った。
震えは伝播するように体を支える腕に伝わり、肘の疲労感を増させる。
雰囲気的に体勢を変えるわけにも行かず、少し位置をズラそうと腕に力を入れてから気付く。
体がガチガチに固まっていることに。
解すように少しづつ指先から力を入れると、ギギギ、と音がしそうなほどに強張っていた。
思っている以上に、俺は緊張しているのかもしれない。
「っ……」
前髪の間から、覗く様にチラリと見て来た女の子の赤い瞳と目を合わせて確信する。
恐怖していると言ってもいい。
多分、昔のことを体のほうが先に思い出したんだろう。
たしか、あの時も部屋で2人きりの時に言われたっけな。
こんな強引じゃなかったけど、有無を言わせぬ迫力はあった。俺が弱かっただけなのだけれど。
分からなかった自分の精神状態に気付くと、心臓がざわめき立つように早鐘を打ち始める。手も震えているのが分かった。
女の子の変化の予兆に気付くことが出来なかった。
だから心構えを持つこと出来なかった。本当に俺は鈍感だったらしい。
はっきり言おう。
怖い。
とても、すごく、有り得ないほどに。
変化するのが怖い。怖い。怖い。怖い。
でも、またあの時のようになるのはもっと怖い。
自分の意思を跳ね除けて、安易に場に流されて腐り落ちるのは嫌だ。
だから、確認する。
「なぁ」
呼びかけると、すぐに女の子は顔を上げた。
涙を拭取るために擦っていたためか、目元が薄っすらと赤く腫れ上がっていた。
女の子は僅かに鼻をすすり上げる音と共に「ん」と声を漏らす。
表情は覚悟を決めたように硬くなっている。
「変なこと聞くけど」
「……うん?」
「これって、初恋って奴か?」
数瞬黙った後、赤みを増させた顔でコクンと頷いた。
「よく考えたか?」
「え?」
「ちゃんと俺のことが好きだって、理解したのか?」
「何、言って……」
「置かれている環境が環境なんだ。こんな特殊な環境、滅多にあるもんじゃない」
女の子が凍ったような表情をしているが続ける。
「詰まる所酔っているだけだろ、この状況に。
拾った……というのは変だけど、相手がたまたま俺なだけで、それを運命だって感じただけなんじゃないか。
こういうのは発作的なもんだ。すぐに収まる。
俺のことが好きだってのもただの早とちりの勘違いで、目が眩んでるだけだ。
近くに居る異性が俺だけだったから。それだけだ。お前は、俺のことを好きでも何でもないんだよ」
「……本気で言ってる?」
「冗談で言うかよ。本気って分かった言葉に冗談で返すか」
「そうっ」
「第一こんな俺のどこが良いんだよ」
「優しいところ」
「ほらな、そんな抽象的な部分しか挙げられないだろ。中学高校で良くある別れやすいカップルの言いそうなことじゃねーか。
俺が面倒くさいから安易に対応して、お前がそういう風に受け取ってるだけだよ」
「……だって、本当に優しいんだもん」
「だからそれはお前の勘違いだから。お前14だろ、恋に恋する年頃真っ盛りだよ。すぐに冷めるぞ、そんなの。もっかい考え―――」
「うるさーーーーーいッ!!!」
女の子が吠えた。
大口を開けて大音量で発するその言葉に、迫りくる風圧の錯覚を受ける。
吐き出していた言葉を飲み込みざるを得なくなり、グッと喉を鳴らして奥へと仕舞い込む。
女の子はついていたベットのシーツを握りこみワナワナと震えだす。
表情が険しくなるのが見て取れ、僅かに眉間に皺も寄せていた。
女の子の怒っている表情は初めてじゃなかろうか、今にも噛み付いてきそうな威圧感を感じさせる。
「わたしがこれ以上無い位の一世一代な告白をしたのにっ! どんな答えが返ってきても受け止めようって覚悟でっ、貴方の答えを待っていたのにっ!」
「だから」
「黙れッ!」
「……あぁはい」
「それなのに帰ってきた答えが何っ? わたしの気持ちが勘違い? 早とちり? 恋に恋? ……貴方はバカすぎるっ!
恋心なんて形の無いものをどうやって偽者だって判断するの? ましてやわたしの気持ちを貴方がどうやって判断するのっ!?
わたしの気持ちはわたしの物なのっ、それをわたしが本物だって思えば本物なの。貴方に指図されるものじゃないっ!
すぐ冷めるから……何? じゃあ恋をしたらいけないの? 冷めるから、傷つくから、諦めろ?
貴方のそれは親切じゃないっ。ただのお節介っ。ありがた迷惑なのっ!
今大事なのはそんなことじゃないっ!!
わたしは貴方のことが好きです。大好きです。告白をしたっ!
それに対してっ!
貴方はわたしのことをどう思っているのか、それをハッキリ答えるのが今大事なことっ!」
「だ」
「好きっ! 嫌いっ! どっちっ!?」
告白の時とは違うベクトルで勢いのある言葉に気圧されてしまい、俺は言葉を失う。
「答えて」
催促を食らうが、どう答えていいものか迷う。中間とかは無いのだろうか。
―――というか、女の子の言うとおり俺は女の子のことをどう思っているのだろう。
……考えたことも無かったな。
出会いはアレだったし、人間性も鬱陶しいことこの上なかったけど。
……今じゃ居るのが当たり前だって思ってるし、居てくれないと困る。
紆余曲折はあったけど、女の子の事情を知ろうと思ったのは俺だし。
俺が敷く他人と知人との境界線の内側に居るのもたしかだ。
女の子が出て行った件なんかが顕著だ。消えた女の子のことが心配で堪らなかったしな。
行く当ても無く探しに行って、見つけれたのはほぼ奇跡だろう。
見つかった時は本当に滅茶苦茶安心した。
だからまぁ、大切な存在ではあるんだろうな。不本意だけど。
でも大切と好きがイコールで繋がるって言うと、どうなんだろうか。
そりゃどっちかと言えば、好きだ。でもそれは異性に対するものじゃないだろ。
それってもう、女の子が一番望んでいる答えを俺は持ち合わせてないってことにならないだろうか。
第一、女の子に俺は似合わない。歳の面もあるけど、性格面が問題だ。
俺は面倒臭がりだし、それを直すつもりは無い。直すという表現自体おかしいくらいに、それが俺の性分だ。
だから俺以外の奴でいい奴を見つけてくれたほうがいい。その方が女の子も幸せだろう。
女の子を見るとまだ怒った顔をしていたが、目は不安そうにずっと潤んでいる。
……そんな顔するなよ。
しかし、今は答えが2つしか用意されていない。
誤解は後から解けばいい。
「……好き、だな」
充分に下の上で言葉を転がした後に答えを吐き出す。
一瞬、女の子の顔に喜色が混じるがすぐに消え去りまた答えを待っている時と同じ表情になる。
「なんも言わないのか?」
「だって、貴方まだ何か言いたそう」
「顔に出てたか?」
「うん。貴方は顔に出やすい」
「そうかい」
「優しいところだけじゃない。わたしは貴方のそういうところも好き」
胸に痛いセリフだ。
女の子から追加発言の許可も貰ったことだし、言わせて貰うことにしよう。
「お前のことは、好きか嫌いのどっちかと言えば好きだ。嫌いなんてことは嘘でだって言わない。
でもその好きは異性に対するソレじゃない。友達に対する、とかそういうニュアンスのほうが近い。
だから俺なんかより、もっと良い奴を見つけてソイツと幸せになってもらったほうがいい。
それだったら俺も応援するしな」
自分なりに考えて、誤解を与えないように短く纏めて言う。
正直胸がかなり痛いな。女の子が泣くような表情に変化しないか、心配でならない。
「俺なんかより?」
女の子は言葉の一文を抜き出し、首を傾げた。
「まぁな。さっきも言ったけど、俺に良いとこなんか無いぞ。無関心だし無神経だし、それはお前が一番わかってるところだろ」
「……そうかな」
「そうだよ。だから、」
「『だから俺なんかより、もっと良い奴を見つけてソイツと幸せになってもらったほうがいい』今さっきそう言った。無関心で無神経な人は言わない」
……。
「面倒臭がりだし」
「にしては料理してくれる」
「お前が出来ないからだろ」
「廃棄を持って帰ってくれば良い。賞味期限は美味しく食べれる期間」
「廃棄ばっかじゃ飽きるだろお前」
「面倒臭がりがそんな心配をするの?」
……。
「貴方は何でそんなに自分を卑下するの?」
「お前は俺の良い所しか見てないからそう言えるんだよ」
「良い所あるって自分で今言った。人間良い所しかなかったら気持ち悪いと思う」
「……」
「それに貴方が本当に酷い人だったら、わたしはこの家には居ない」
「そうか」
「そんな貴方を優しいって言って何がおかしい?」
「……」
「そんな貴方だからわたしは貴方のことが好きになった」
「そうか」
「言いたいことはそれだけ?」
いつの間にか、女の子は微笑んでいた。
子供を相手にするような諭す態度で言葉を返してくる。
それが俺にはどうにも眩しくて、自然と顔を逸らしてしまう。
「俺は……お前のことを」
「わたしのことを?」
「ちゃんとした女の子として好きかわからないんだよ」
「……」
「そんなんで付き合えるわけないだろ。中途半端すぎる」
「ふふ」
クスクスと笑い始めた女の子が。
両手で俺の両頬を挟んで正面を向かせる。
「貴方は本当にバカ」
「なにが」
「アニメの見すぎ」
「それがなんだよ」
「両思いから恋人になるのが全部じゃない。自由恋愛が全てじゃない、お見合いで初見同士で恋人になることだってある。だからそんな心配しなくていい」
「……」
「ってテレビで言ってた」
「お前もテレビの見すぎじゃねーか」
「あはは……ん、だからその―――貴方との時間をわたしにください。そうしたらきっと、貴方はわたしのことを好きになる」
「……」
「わたしは貴方のことをもっと好きになる」
「大した自信だな」
覗きこむ様に女の子の顔が近づいてくる。
体に女の子の体が覆いかぶさってくる。
視界が女の子の白い髪と、赤い瞳に占領される。
ちゅ、と水音と一緒に唇に柔らかい感触が当たった。
嫌では無かった。
10秒もしない内に頬から女の子の手が離れ、顔が離れた。
起き上がった女の子は真っ赤な顔で「にへへ」と笑って、
「わたしを舐めないほうがいい」
そう言った。
不思議と納得しそうな俺が居た。
というか、もうこの時点で俺も女の子に惚れてるんだろうな。
そんな確信があった。
だから、俺は体を起こして女の子の腕の引いて顔を近づけた。
「貴方からキスされるのは初めて」
「そうか」
「ファーストキッス」
「それは無いわ」
「……これは、そういう風に受け取ってもいいの?」
「勝手にしてくれ」
「うん。そうする」
「……というかもう滅茶苦茶眠いんだが」
「わたしも」
時計を見れば時刻は既に4時を指していた。
延長された蛍光灯の紐を引っ張り、暗闇になった所で2人して俺のベットに倒れこんだ。
△▽
イチャイチャ編2回と、元気があれば俺と婦警さん編1回と俺とイケメン編1回して完結でしょうか。
白い話ばっかり書いてると無性に黒い話を書きたくなる。