「ひつまぶし?」
「ひまつぶし。貴方、ワザと間違えてる」
「どうせロクなことじゃないしな」
「酷い」
女の子は俺から顔を逸らすように俯けると、いかにもワザとらしく「クスンクスン」と啜り泣きをし始めた。
しばらく放置する。具体的にはスペシウム光線撃てない人がスペシウム光線撃てる人になって、さらにまた撃てない人になるくらいの間。
女の子がチラリと視線を寄越してくる。見つめ返すとすぐに逸らされた。
「泣くぞ。すぐ泣くぞ。絶対泣くぞ。ほ~ら、泣くぞ」
「……」
また泣きの真似をしようとする女の子に被せるように言う。
女の子の動きがピタッた止まった。
硬直はすぐに解けたが、代わりに開き直るような態度でこっちを向き直ってきた。「それで?」とでも言いたげだ。
ペタンと尻を突いて四肢をだらけさせる姿にイライラが募る。何様ですか。
待っても何も言ってこないのでテレビに目を向けようとするが、女の子は途端に大きく鼻から息を吐いて注意を引きつけて来た。
向き直るとさらにジト目成分が追加されてた。
「……何なの? 俺鈍感だから口に出してくれないとわかんない」
「わたしの話真面目に聞いてくれるって言った」
「なに寝言言ってんの?」
「いふぁいいふぁい。頬をふぃっぱるな」
「夢か確かめさせてるんだよ。とか言うお前もふぃっぱるな」
「しょうぶでふゅね。わひゃります」
「根競べでふゅか」
力の関係で女の子がギブアップ。
コホンと咳払いを1つして女の子がさっきの体勢+ジト目に戻り、何事も無かったように話を続けてきた。
「わたしのこと責任持って扱ってくれるって言った」
「それは言ってない」
「それは……?」
「……耳聡い奴だなお前」
話は一瞬で終了した。
この前の、女の子を抱きしめた時を思い出す。
『あー……その、なんだ。あのオバサンの件に関しては俺の立場的にどうにも言えないけどさ。その……お前の話くらいなら真面目に―――』
……まぁたしかに言ってるんだよね。あのあとの腹の音で、まさか聞いてるとは思わなかったけど。
聞きたかった言葉を聞いて満足したのか、女の子は意地悪そうな笑みで近づいてきた。
ハイハイ歩きで見上げるように胸元に顔を寄せてくる。が、ウザいので掌で押し返す。
「ウググ……でも、負けない」
「お前は一体何のために戦っているんだ」
何がしたいのか、拒否の意思を見せても女の子は顔を押し付けてくる。
奇妙な攻防を繰り広げられる。この戦いに明日はあるだろうか。……無いな。絶対。
つっても女の子の力なんて高が知れている。文字通り余所見をしながら女の子の顔を抑える手にほどほどに力を入れて、押し続ける。
やがて諦めたのか、元の場所に女の子は元の女の子座りに戻って方を竦めて「はぁ……」と溜息を漏らした。
「雰囲気も何もあったものじゃない……」
「あれが雰囲気作りだったのかと小一時間」
「誰がどう見たって雰囲気作り」
「少なくとも俺はそう見えなかったわけですが」
「……もうっ!」
我慢弱いのかロケットのように跳ねてまた襲い掛かってきた。
俺は腕を構えて、頭を捕らえた。
「だから近寄るなって」
「わたしの話真面目に聞いてくれるって言ったっ!」
「それとこれにどーゆう関係が」
「雰囲気作りっ!」
「断固拒否」
「酷いっ!?」
「話は、聞いてやるよ。でもこれは違うだろうに」
「わたしとしては必要」
「俺としてはっ―――ぐぉっつっ!?」
突如女の子の両腕が俺の脇腹へと伸びる。その時の女の子の体勢は、押される頭を支えにして無理すぎるものでかなり笑えるものだった。
油断していた俺は脇腹をくすぐられる刺激に耐え切れず腕の力を弱めてしまう。
それを好機と見たか、女の子は頭をずらして拘束から逃げ出すと同時に俺の胸へと飛び込んできた。
「やっと出来た。えへ」
女の子は数度頭を胸に擦りつけた後、顔を上げて俺のことを見つめてきた。
その時の表情は……まぁ何故だかは解らないけど、幸せに満ちた晴れやかな表情だった。
好き合ったわけでもない相手に対して、なんでこんな表情が出来るのかはほとほと理解しかねる。
……まぁ、すごく可愛かったんだけどさ。
俺が脳内モノローグを語っている間に女の子は腕を背中に回して簡単に離れれないようにしてきた。
「これが雰囲気作りですか」
「うん。……嫌?」
「……別に。性格はアレだけど、仮にも顔は可愛いしな」
回された腕にギュッと力が入れられた。
「貴方は素直で大変よろしいですなっ!」
「歯に衣を着せないタイプです。ヨロシク」
「あ……硬くなってきた?」
「お前がな。ってか、戯言言わずにさっさと用件すませろよ」
俺が催促すると女の子は軽く目を伏せた後、力を抜いてしな垂れかかって来た。
「真面目に聞いて」
「出来るだけな」
「約束」
「はいはい」
女の子の体は触れなくても分かるほどに、触れているから充分に分かるほどに震えている。
いくら女の子の思考回路がショート寸前でも、何の意図も無しにこんなことをしてくるとは思っていない。
「始めは仕事が忙しいから帰ってこないんだと思ってた。電話が通じないのはいつものことだから、あんまり心配はしなかった―――」
多分だけど、怖いんだろう。
あのババアの件で女の子がどれだけ臆病なのかはわかったつもりだ。
あの家出(か?)の件で女の子が、実際は歳相応な精神をした女の子だとわかったつもりだ。
俺が話を真面目に聞くと言ったから、女の子も今度は包み隠さず過去を吐き出そうとしているんだろう。
これは一種信頼されていると言っていいのかもしれない。
といっても女の子の話はカットさせて頂く。面倒くさいからじゃなく、聞くに堪えないからだ。
思い返すようにして状況描写を濃く、父のこと破産のこと引き取られたことババアのこと虐められたこと登校拒否になった経緯などを語ってきた。
女の子の声が微かに震え始め、顔を寄せられた胸元のシャツが涙で濡れる。
話終わるころには、女の子はバイブレーション機能をMAXにしてブルブルと擬音が聞こえそうなほどに震えていた。
流石に俺も根まで非情じゃない。流れに任せて女の子の背中を撫でるように摩り続ける。
「ひっ、これでぜ、んぶ。ひっひぃっ……」
「あーはいはい。怖かったな苦しかったな、心細かったな寂しかったな」
「ひぃっひいぃっ……!」
「毎日は勘弁だけど。まぁ今日くらいは我慢しなくてもいいだろ」
既に1回この前の件で謝りに行ってるしな。
「ひっひいぃ~~~っ! ひ~~~~ぃっ!!」
嗚咽混じりに甲高い声を上げながら、女の子は顔を胸元に押し付けてきた。
なぜに女の子に泣き付かれないといけないのかほとほと疑問だけど、まぁこんなことがあったとさ。
20分後くらいには元通りの女の子に戻っていたし、さほど問題でもないだろう。
「―――でさ。いつまでこうしてるつもりだよ」
「もう少し」
「用件すんだろ」
「わたしこうしとくからライトノベルでも読んでるといい」
「集中できません」
「じゃあ我慢して」
時計を見やると結構な時間が経っていた。
なるほど、たしかに女の子の暇つぶしになってるな。俺からしたら時間の浪費でしかないんだけどさ。
△▽
今回25行前後少ないです。でも書き足せませんでした。