7歳の冬 2
収穫祭が終わり、川沿いの畑に蒔いた大麦や小麦の苗が生え揃った。
冬の中盤に差し掛かると、麦踏みの時期である。
この頃になると、子供達は総出で麦畑で遊ぶようになる。
ある程度決められた区画を、数人の子供とそれを見守る数人の大人で麦踏み競争なるゲームが開かれるのだ。
麦を踏んだほうが育ちが良いと気がついたのは誰なのだろうか?等と考えながらも、私も参加している。
私も前世で何度か祖母が麦踏みを行なっているのを見学していた記憶はあるが、これは意外と楽しいものである。
いくつかのグループに分かれて、歌ったりしながらリズムに合わせてギュムギュムと麦の苗を踏んでゆくのだ。
なんかこう、成長途中の小さい生き物を虐げているような背徳感ともいうか、込み上げるものが無くも無い気がする。
たまに小憎らしい子狼を虐げたい気持ちになる・・・なんてことはない。
大体子供は、5~13歳くらいで50人ほどいる。
年齢やなんかの兼ね合いもあるが、仲が良かったりする子供達が集まって5~7人くらいのグループに分かれて麦踏みを行なうのだ、子供のお祭りみたいなイメージを浮かべてもらえると判るかもしれない。
ちなみに、友人と呼べる子のいない私はノエルが所属する女の子グループに入れてもらった。
子狼達は、今日は留守番である。
麦踏みが終わると、麦の枯れ穂を持った巫女が祝詞のようなものを詠いながら畑を巡る。
カルトという名の少女で歳は12、白い長袖のワンピースのような服を着て歩く様は、冬の季節を鑑みるに私から見ると寒そうに見えてならない。
肩甲骨あたりまでかかる長い髪が冬風に揺れながら静々と歩くのをボンヤリと眺めた。
彼女はピエフの家系の娘である。
ピエフというのは所謂シャーマンのようなものと私は認識しているが、薬師も兼ねたり占い等も行なうらしい。
ピエフの家系の一番年若い娘が毎年畑で巫女をする。というのが、習慣になっているようである。
私は、彼女と面識はあるがあまり話をした記憶は無い。
むしろ、彼女の祖母であるコルミお婆さんと良く話をする。
様々な草木を煎じて薬の調合をするコルミお婆さんに、そういう知識を教えてもらったりしているからだ。
様々な祭事をピエフは行なうわけだが、年齢もあり彼女の娘。つまりカルトの母親にほとんどを任せているコルミお婆さんは、いつも集会所の軒先に座ってボンヤリと人々の行き交うそれを眺めたり、手持ち無沙汰に薬を調合したりして過ごしている。
私は薬になる草木の話を聞いたり色々な伝記のようなものを教えてもらったりしているのだ、歳を召されているだけあって彼女の話は為になるものも多いのである。
彼女は祝詞が終わると、畑の真ん中に枯れ穂を突き刺して私達がいる方に歩いてくる。
最後の遊びである、枯れ穂奪いのゲームがこれから始まるのだ。
ルールは簡単。ピエフである彼女が鐘を鳴らし、もう一度なるまでにその手に枯れ穂を持っていたものが勝利である。
枯れ穂を得た者の家族は1年間幸運が訪れるという言い伝えと、ヤギが番いで贈られる。
言い伝えは兎も角、ヤギを獲得するために子供達は奮闘するのだ。
獲得したヤギは、獲得した子の財産として扱われる。結婚したときの婿入り、嫁入り等にヤギの番は大いに助けになるので、大人たちは発破をかけてヤギとってこい!と、言うわけだ。
ちなみに私はやる気は全くゼロである。
お祭り感覚で楽しんでいる低年齢層の子供は兎も角、成人を控えた子供達は割合必死に奪い合う。財産は魅力の一つでもあるからである。
私は年齢も低いこともあるが圧倒的に体格が小柄であるので、目を血走しらせて奪い合う亡者の群れに飛び込む根性は無い。
いつか、取れそうな体格になったときに参加してみようかな?といった具合で傍観するのだ。
そうこうしているうちに、カルトが始まりの鐘を鳴らした。
『カーン』と響き渡る鐘の音と共に走り出す彼らを眺める。
やはり年長組の足が速く、ヤンチャ系男の子グループのリーダー格であるガトという少年が最初に穂を掴んだ。
だがしかし、ススッと走り寄った女の子がその手を払う。すると穂は宙に浮かび、追いついた男の子の手に渡るか!というところで、その男の子を別の女の子が薙ぎ払った。
混戦の模様を呈してきたそれを脳内実況しながら見ていると、ふと私に影が射したのでそちらを見ると、そこにはカルトがいた。
「あなたは行かないの?」
と、聞いてきたので
「どう考えても無理だよ、いくなら4年後くらいにしたいな」
「でも、もしかしたらっていうのはどんなときでもあるものよ。私があなたが穂を手にしたときに鐘を鳴らしてあげるかもしれないしね」
「それは素敵な提案だけれど、あっちでがんばっているあの子達が聞いたらなんていうかな」
そういって彼女と私は苦笑しあった。
しばらくして彼女が鐘を鳴らすと、穂を手にもっていたのはメリンという13歳の少女であった。
穂を片手に勝利を吼える彼女は、随分と勇ましかったとだけ言っておく。
むしろ成人しても婚期は遅そうだな・・・なんて思っても言ってはいけない。