7歳 冬
子狼達は順調にスクスクと成長中である。
当初、ノエルと私で子狼の面倒を見るという話に落ち着いたのではあるが、とある原因のおかげか、2匹とも私が面倒を見ることになってしまっていた。
その原因というのは、今私が着ている毛皮である。
当初、毛皮をどうしようかという話になった際。その毛皮の大きさでは子供用を2着作れるかどうかという按配だったらしいのだが、毛皮を加工する際に母と祖母がこんな綺麗な毛皮を切るのも忍びないと言い出した。
そうして出来上がったのが、なんと着ぐるみである。
何故?と思ったが、まぁどうせ着るのは姉だろうと多寡を括っていたのではあるが、姉はその着ぐるみを試着して一言「獣くさい」と、言ってそれ以降着ようとはしなかった。
私も一度着てみたのだが、確かに獣臭がキツかった。私も着るのを敬遠しようとしたのではあるが、折角作ったのに着ないのは勿体無いと、私にそれを母が着せるのである。
半分以上諦めの境地でそれを身に着けていたのだが、子狼たちは着ぐるみを着た私にすごく懐いた。
一時すら離れるものか!といった執念をもって着ぐるみを着た私に纏わりついてきた子狼を見て、それなら私が着る!と、ノエルが言い出して着ぐるみを着た。
着ぐるみを着たノエルに近寄ることは近寄るのであるが、近寄ってフンフンと子狼が匂いを嗅ぐと、これは違うと感じたのか少し距離を置き、そこらじゅうの匂いを嗅ぎながら親を呼ぶかのごとくキューンキューンと鳴くのである。
そこで私が着ぐるみを受け取って着ると、またもや近づいてきて匂いを嗅ぐ。すると安心したかのごとく私の足に体をすりつけはじめたのである。
これを見て、ノエルは癇癪をおこしたわけであるが、そんなこんなで色々あって結局2匹の面倒を私が見ているというわけだ。・・・着ぐるみ常時着用で。
無論、春になったら脱ぐつもりである。
冬だからこそ、毛皮を着ていても暖かい程度で済むのではあるが、春~夏になったら暑い処の騒ぎではない。冬の今でも少し運動すると体温で蒸されたガワが、汗の蒸発と重なってなんとも言えない匂いを醸し出す。変な細菌とか沸いていないよな?と、心配になる。
獣臭は多少慣れたが、汗と混合された匂いはちょっとキツイのだ。
子狼達の名前は、姉がつけた。
2匹はオスとメスで分かれており、オスはウォルフ メスはウィフ。
ウォルフが暴風 ウィフは風の意味である。
いい名前ではあると思うのだが、名前負けしないよう成長してもらいたいものである。
当初、彼らのエサをどうするかという話になり、ギムルに聞きに行く等の事もあったのだが、彼らは雑食の類で結構なんでも食べるらしいという事を聞いたので、まずは何を食べさせるかということから始まった彼らのエサ問題であるが、歯がそれほど生え揃っていなかった当初は、肉を噛み切るのも一苦労といった有様だった彼らも今では生魚をガブガブ食べている。
狼なのだから肉が好きであろうとは思ったのであるが、本当に何でも食べるようだった
心情としてはお肉を与えてあげたいのは吝かではないのであるが、なんせ私は子供である。ギムリの様に狩りをすることもできないし、行なうための道具も与えてもらえない。
かといって、両親や知人に子狼を育てるために肉をくれと言ったとして、彼らの財産でもあるヤギや羊を屠殺していただくわけにもいかない。
苦肉の策というか、最終手段と云うべきか。最終手段しか選べない時点で色々と駄目な気がするが、生魚を与えてみるという手段を選んだわけである。
子狼達は当初ピチピチ跳ねる魚を見て、近寄ろうとしてはピチンと跳ねる魚に驚いたりして、見ている私は微笑ましいやらなんやらでほんわかとした気持ちになっていたのであるが、そのうち慣れてくると私が釣り上げて陸に魚が上がった瞬間に『ドスリ』という擬音が聞こえそうな勢いで前足で魚を押さえつけ、針を取るまえに魚のハラワタに食らいつくという、ふてぶてしさを発揮するようになってしまって悲しい。
ちなみに与えている魚はボーラタと呼ばれるマス系の魚である。
ボーラタは、成魚になると大きさ1m弱にもなるのであるが、大きさによって棲み分けをする珍しい魚である。
川の上流に行くほど大きくなっていくのであるが、春になると大人のボーラタは汽水域近くまで川を下り、そこで産卵して上流に戻っていくようだ。
好むエサは虫の類、朝や夕方頃に川面に川蚊が集まって交配しているようなシーンを良く見かけるが、その下ではボーラタがライズしているのも良く見る光景である。
ディアリスの近くを流れる川は、幅50mほどもある。割合広い川で、氾濫もたまに起こすのであるが、ディアリスは川の曲がった先の少し上に位置しているためか氾濫がディアリスの居住区を直撃した歴史はいまのところ無いらしい。
氾濫後の土壌は、作物が良く実るということで畑にするのであるが、たまに氾濫を起こすと流されてディアリスの民が涙目になるというのは、10年に1度くらいの頻度でよくあることとして流されているらしい。一昨年にそれが起こり、酒用に育てていた大麦が全て流れて父が泣いたのは思い出深い出来事であった。
ディアリス近辺のボーラタは、大きさ40cmほど。ほどよく釣りの手ごたえを感じることができる良いサイズである。
むしろ、大物がかかると私の筋力では松平健も真っ青のマグロバトルのようなデッドヒートを味わう事もよくある。大概が糸の耐久に耐えられなくて逃がしてしまい、針を取られて泣きそうになるなんてことも頻繁に起こるのだが。
ボーラタを狙っていたのに、体長2m弱ほどのオオサンショウウオのようなトカゲっぽいのを釣り上げてしまったときは、正直言って驚いたを超えて腰が抜けた。
俗に言う地球を釣ったような感覚を感じて、そういう時は糸を手繰って川の中に針を外しに向かうのであるが、どうも動かないわけではないということでそのまま釣り上げてみたら浮かんできたのがそれである。
開いた口が塞がらないとでもいうべきか。この川にそんな生き物が居た事に驚いたというべきか。
糸はそのでかいトカゲの口に繋がっていたのであるが、後で判明することだが釣り針にかかったボーラタを捕食した大トカゲという構図になっていた。
子狼達は、興味半分興奮半分でその大トカゲにちょっかいをかけようとその周りをウロウロしており、ある意味とても危険な遊びをしようとしていた。
釣り竿を立てることで糸を緊張状態にして、トカゲの行動を封じていたわけであるが、子狼達は恐れを知らないためかトカゲを前足でつついては逃げる行動を繰り返していた。
すると突然、糸を咥えたままフイと横を向いたトカゲはウォルフの尻尾をカプリと咥えたのである。
それはもう情けない声で「ヒャイーン」と鳴いたウォルフに、腰が抜けていた私は慌てて駆け寄りトカゲの横腹を蹴った、その拍子に咥えていた尻尾を離し、ついでに飲み込んでいたボーラタも飛び出し、私の後ろに隠れたウォルフとウィフを尻目にゆっくりと川に戻っていったトカゲ様。私の顔は恐らく青かったであろうと思う。血の気が引いたとはこのことだろう。
幸いなことに、トカゲに咥えられたウォルフの尻尾は特に異常はなかった。
微妙な粘液みたいなものはついていたが、洗えば問題は無い。
トカゲが飲み込んでいたボーラタも、粘液ダクダクの状態で息を引き取っておられたのであるが、さすがにソレを子狼達は食べる気にならなかったようで、私も持ち帰る気持ちには到底なれなかったから針をとって川に流させていただいた。
なんとなしに手を合わせてお見送りしたのは余談である。
問題はその後のことである、私は川に入るのが少し怖くなってしまったのである。
近辺の生態系を全て把握しているわけでもないので、珍しい動植物を見つけたときは喜びが大きいのであるが、今回ばかりは恐怖が先立ってしまった。
川に引っかかった針を外しにいくのが恐ろしくて堪らない。
いつもホイホイと入っていたのであるが、まさかあんな生物がいるとは思っていなかった。まさに知らぬが仏であると言わざるを得ない。
それでも、結局数十分悩んだりした末に川に入っていくのだが。
針の価値は私の足が齧られることに比べて重いのである という公式が夜寝入る前に浮かんでしまい、少し泣いた。
ちなみに、着ぐるみは数分程度なら防水も可能にする優れものである。
これのおかげで、冬の川に入り込めることに、毛皮の元の主に感謝している。
会話とかの練習もしたいのであるが、そこまで世界が広がっていないという。
大仰な話にするつもりはないのと、世界観等をある程度作らないとエピソードを作っていけない私の筆力の無さが悲しいですね