9歳の秋 収穫祭2
日が傾いて風が若干寒く感じて目が覚めた。
『くぁっ』と欠伸をして目を擦りながら上半身を起こすと、私が枕代わりにしていたウィフも立ち上がる。
ふと横を見れば、ウォルフに跨り全身でもって抱きついているファーガスがいた。
猿の親子か?と言いたくなる体勢で寝ているファーガスは、時折ピスピスと鼻を鳴らしながらウォルフの毛皮をしっかりと握っている。
むしろそんな体勢で寝られるファーガスを私は純粋にすごいと思った。
何がすごいというか、決して平らとは言えないウォルフの背でバランスをとりつつも寝ているということにである。
ウォルフは伏せをしながら前足に顔を埋めて目を閉じており、動いてないにしても寝かたというものがあるだろうと思わなくもないのだが、それを見ているうちにちょっとイタズラ心がむくりと沸いてきたので、実行してみることにしよう。
実はウォルフには弱点がある。
この場合弱点というよりもトラウマなのであるが、小さい頃にオオサンショウウオのようなものに尻尾をハミハミされた事が相当嫌だったらしく、意識していないときに尻尾を触ると飛び起きるのだ。
もちろん起きているときに、誰かが触るという程度ならそれほど動じなくなってきてはいるのだが、それでも尻尾を握るとビクッと全身を震わせ、なぜか両足をピーンと伸ばしてビシッとしたポーズで仁王立ちである。
私から見ると可愛らしいのであるが、見る人が見ると威圧感たっぷりに睨まれているような心持ちになるらしく、小さい子が見ると泣き出すかもしれないとそれを見ていたメリスに指摘されてしまったので、出来るだけ衆人環視の場では触らないことにしている。
伏せの状態のウォルフの後ろに回ってみると、尻尾を格納するがの如くお尻の下に隠していたウォルフだったが、尻尾の少し上の辺りをコシコシと撫でてやるとイヤイヤと腰を振る。
それで尻尾がでてきて、乾燥している地面を掃くようにたっぷりとした毛の尻尾が右に左に振られるのを、狙い定めるように素早く手を出して軽く握ると
飛び上がって起き上がったウォルフは握った何かから逃れるように前方に飛び出す。
ウォルフが体を起こした反動で伸び上がるように上半身が起き上がったファーガスは、ウォルフの毛を両手で握っていたために起き上がった時に振り落とされることはなかったが、ウォルフが飛び出して急制動をかけて立ち止ったのには抗うことは出来なかったのだが、うまい具合にウォルフの上で体をくるりと回り、体操選手のキメポーズの様なY字立ちを見事に決めた。
思わず『ぶふぅっ』と噴出してしまった。鼻水も出たのは余談である。
いや、よく考えれば下手すると大惨事を招きかねないかもしれなかった行動であるのだが、そんな事はとりあえず置いておいて、笑いの神が降臨したかのごとく綺麗に伸び上がったポーズで夕日をバックに手を広げるファーガスを見た瞬間に、もろにツボにはまった私が息をするのも苦しいほどに笑い転げていると、その声に反応したのかファーガスが気がついたのか、振り返ってこちらを見た。
夕日で翳ってよく見えないファーガスが
「なになに?なにがそんなに面白いの?」と言いながら、私のほうにに寄ってくるにしたがって顔が見えてくる。
その表情がにこやかな笑顔だったのがさらにツボにはまり、酸欠になったうえに横隔膜が痙攣しているような苦しさを味わい、思わず「殺す気か!」と叫びそうになった。
この場合、自業自得なので誰を責めようもないのであるが、人生で死ぬかと思った場面TOP5に入賞する出来事だったのは言うまでも無い。勿論嫌な死に方では一番だ、前世の記憶でも笑い死ぬ危機という体験は得ていなかったのであるが
まぁ前世の記憶も最後は笑いながら死ぬことが出来なかったので、今を生きるこの人生は出来ることなら笑いながら死ぬことができたら嬉しいとは思っているが。笑いながら死ぬという意味が微妙に違うこの死に方は、正直勘弁してもらいたいものだ。
まさか笑うことが苦しいなんて・・・、と笑いが治まってきた所で冷静になりつつある頭で考えてしまい、苦しいときになんでそんな微妙にクサいフレーズの上に微妙に哲学的なセリフが思い浮かぶのかとさらにツボにはまってしまい、悪夢のスパイラル状態に陥った。
笑いながら酸欠で悶えている私を、必死に介抱しようとするファーガスがさらにツボにはまったり、オロオロウロウロするウォルフとウィフが前方不注意でぶつかったりしているのをみて、もはや何を見ても笑いの種にしか見えなくなってしまった私は、地面に顔を押し付けて何も見ないようにしつつうずくまりながら必死で呼吸を整えようと試みるのであるが、箸が転げてもおかしいという状態になってしまっていて、微妙に半泣きの声で心配そうに私を揺するファーガスのおかげで次第に落ち着きを取り戻した。
酸素が足りなくて苦しい状態からなんとか復帰して顔をあげると、なぜか辺りがシンと静まり返り、酒を飲みながらワイワイと騒がしかったテーブルに座っていた大人達も、酒を飲む手を止めてなぜか私を見詰めていた。
遠くでガヤガヤと騒ぐ声は聞こえてきてはいたが、私の近くにいる大人たちは黙って私を見詰めている。
数十人という規模で見詰められる威圧感は凄まじい。
えっ何?なんか悪いことしたのか?という気持ちになってしまいそうな雰囲気であった。
私の近くにいたファーガスも衆人監視の威圧感が堪えているのか、私の肩に置いていた手がブルブルと震えていた
気まずい時間というものは長く感じられ、数分も経っていないはずなのに私の主観ではもう1時間も経っているのではないか?と思わずにはいられないと、微妙に思考逃避を試みていると、静まり返った大人たちの間をぬうように動く影が見えた。
その影はノエルに手を引かれたホラットさんで、ノエルに指を指されて私を見ると、引かれていた手をするりと振りほどいてこちらに歩み寄る。
私に近寄ってくるホラットさんは、もう少し後で行なわれる踊りの服装をしており、長い布を巻きつけたような姿であった。
巻いている布の切れ目から覗く肌は白く、露出している下腹部に見えるヘソは見るものによっては扇情的にも映るかも知れない。カルトを産んだとは思えないほどその体は引き締まっており、場合が違えばそれは目の保養になるだろうと思われる。が
近寄ってくるにつれて普段は目が細く薄目がちで朗らかに笑顔を浮かべているホラットの顔が、目を見開き顔は強張り口を引き結んでいた。
私の心中を言葉に表すとすれば『なんだこれ?』である
ウォルフとウィフもただ事ではない雰囲気を感じたのか、私の目の前に陣取り近寄ってくるホラットを威嚇しようとしたが、その耳は伏せられたうえに尻尾を丸めており、威嚇する前からどう見ても負けていた。
私の精神をどうにか奮い立たせているものは、私の肩に置かれたファーガスの掌の熱であった。雰囲気が重過ぎて強張っているのか、肩に置かれた手は意識的か無意識にかは分からないが強く掴み、痛みを感じるほどである。
訳が分からないまま状況は進み、ホラットが近寄ってくるとウォルフとウィフは威嚇の唸り声を上げてはいるがジリジリと後ずさり、彼女が歩く道筋を妨げる事も出来ない。
私の目の前にホラットが来ると、肩から自然と離れるファーガスの手。精神を奮い立たせ、或いは拘束していたその手が離れると無意識に「あ・・・」と呟いた。
ウォルフとウィフはいつでも飛びかかれるような体勢で、咄嗟にまずいと感じた私は
「伏せ!」と叫んだ
私の命令を聞いたウォルフとウィフは、その命令を瞬時に実行に移し、その場にペタリと蹲る。
そして私の目の前に佇むホラットの顔を見上げる。
いつになく真剣な表情で私を見下ろす彼女を見て、咄嗟に浮かんだ言葉は
『魔王からは逃げられない』であった
彼女が魔王ならば、コルミ婆ちゃんは大魔王でカルトは中ボスであろうか?と、現実逃避気味に浮かんだそのイメージが、先ほど続いていた笑いの発作と合わさってしまい、彼女から顔を背けながら口元に手をやって笑いを噛み殺そうとするも、漏れる吐息は留めることも出来ずに吐き出す。
状況が状況だけに必死で抑えようとするのだが、堪えようとすればするほど止まらないことはあるものだ、私もその例に漏れず笑いの発作が再び持ち上がろうとしていた。
先ほどから笑い続けた反動なのか、私の肺なのか横隔膜なのかはわからないが痛みを感じるほどである。
右手で口を塞ぎ、左手は胸を押さえ、目の前にはなにやら怒っているような雰囲気のホラット。
両手が塞がり逃げることも出来ない状況で、笑いの発作を堪えながら私の頭は酸欠になりつつも何が起こっているのか冷静に思考しようとするも、必死で口元を押さえる手の制御やら痛みを訴える胸やらの余計な情報が多すぎて冷静に思考をするという行動が可能なはずもなかった。
ふと口元を押さえていた右手がホラットに掴まれた。
私の右手を掴むホラットを見上げようとすると、次の瞬間目に映ったのは右手を振り上げるホラットの姿。
『ベチッ』と快音響く私の左頬。静まり返った周りのためかそれはとても良く響いた。
打たれた反動で微妙に右を傾いだ体を立て直し、意味が分からず彼女を見上げようとすると、私の顔をグワシと掴まれて押し倒される。
仰向けに転がった私に跨るような体勢で、なにやら呟きながら私の平らな胸をペチペチと平手で叩くホラットに、私は混乱した。
森の恵みやら大地に宿るなんたら等聞こえたが、なんのことやらである。
それよりも眼前にたわわに実る彼女の二つの果実やら、ムニムニとした感触の彼女の尻が私の股間部分にジャストフィットしていることのほうが重大で、笑いの発作はいつの間にやら収まり、むしろ私の股間がエレクトしてしまわないかのほうが心配であった。
未だ精通は訪れていないとはいえ、立つ時は立つ。意識的に立つことは皆無といっても良いし朝立ちすることもまだ無いが、ふとした瞬間になぜか硬くなっていることはあるのだ。
勿論ふんどしのような下着と、モノ自体がそれほど大きく成長しているわけでもないので傍目からはそうと見破られるものではないが、密着していれば別である。
彼女もいい大人なので、股間に固いものとくれば何であるか想像するのは簡単であろう。
何か気を紛らわすものは無いか!?と思考を回転させる。眼前で揺れる彼女の胸を見ながら
そうして、カルト嬢の体の発育状態は遺伝であろうとかコルミ婆ちゃんは昔どんな体型だったのだろうか?とか、ノエルの賓乳と意外といい体をしている母の体型の遺伝がなされそうも無い因果関係について思考を展開していると、ペチペチと胸を叩いていた平手が唐突に止まった。
終わったのかな?と、意識を戻して彼女の揺れる果実を見詰めながらそれを胸であると意識を逸らしていた視線を彼女の顔に戻す。
そして目に入ったのは、先ほどのように天高く振り上げられた彼女の右手。
『バチーン』と私の胸を叩く音は鳴り響いた。
そこから先は、良くわからないままに彼女に抱えられて広場に連れて行かれた。
蓑火が焚かれた広場の中央に座らせられ、ホラットと彼女と同じ格好のカルト嬢がブッフェという打楽器の奏でるリズムに合わせるように私の周りを舞う。
傍目には分からなかったが、彼女達が着ている長い布の先端は微妙に重りのようなものが入っているらしく、遠心力によってかその布を伸ばしたり巻き取ったりしながら踊っているのであるが、その布が座らせられている私の顔やら体にバシバシと何度も当たって痛かった。
彼女達の素肌を特等席で眺めることが出来るのであるが、幅広い布が当たるその場所は果たして特等席なのであろうか?
基本的に視線の外から放たれる布の攻撃は、体に当たるものは兎も角、顔に当たるものは予測不能である。
巻き込むように当たるそれは恐怖だ、顔にかぶさるように布がまとわり付くと、一瞬であるが呼吸も止まるし唐突なので回避のしようもない。
一度立ち上がってその場から逃れようとしたが、ホラットにその場を動いてはいけないと釘を刺されてしまい、逃げることも出来ない。
この状況に何か思い当たるものがあって、何であるか思い浮かべるとアレと良く似ているということに気がついた。
テレビでめ〇ゃイケという番組があった。その中のStamp8というコーナーで、サイコロで選ばれた人物がハリセンで叩かれる微妙に意味不明なものである。
芸人のテレビ番組は得てして誰得?と問いたくなるようなものが多い、しかし妙に惹かれるものがあり理不尽に叩かれている人物をなんとなく眺めていたものであるが、その状況に近い
私がベチベチと布で叩かれているのは、誰が得をするのであろうか?
くるくると私の周りを舞い踊る彼女達の間に、ウォルフとウィフも加わってピョンピョン跳ねながらぐるぐる回る。
それを眺めながら襲い来る理不尽な痛みに耐えた。彼女達の踊りが終わるまで
次回、叩かれた真相・・・(仮)
私事が忙しくなってきたので更新は不定期になります