9歳の夏
草木の匂いが咽るほど香る季節になった。
グリモリ草が青々と茂るその場所で、私は絶賛草刈中である。
グリモリ草は夏になるとヌルヌルとした油のような分泌液をその葉孔から出すようになる。恐らく秋から冬に掛けて葉を守り乾燥を防ぐ役割になるのだろうと思われるのだが、その分泌液は火に当てると燃えやすい性質を持っていて、それは葉が乾燥しても変わらない。
グリモリ草は結構な大きさに生長し、その茎は太く向日葵の茎を想像してみると良い。茎から枝分かれした葉は、もっさりと生えるのだが、どことなく紫蘇の葉の生え方に似ている。
乾燥した葉は、紙に油を染み込ませて乾燥させたような感触を持ち、着火材として使うのに便利であることから、夏になると生えているグリモリ草はほとんどが刈られるわけなのだが、なぜ私がこの草を刈っているのかというと、新しく作ってもらった鎌の試運転を兼ねて遊んでいるといった具合である。
死神の鎌のような馬鹿でかい鎌を、遠心力を利用してザッザッと刈るのはとても楽しい。
最初この鎌をモルド爺さんに注文してみたときは、必要な鉄の量に若干渋い顔をされたのだが
「使えなかったら溶かせばいいじゃない」
の一言で、割と問題なく作ってもらえたこの一品。刃渡り半キュビット強ほどの大きさを誇るそれは、刃を薄めに作ったがそれでも10kg弱程度の重さはあるだろう。
余りにも巨大な鎌はちょっとしたミスで大怪我の元になるという理由で、今鎌を振るっている私の後ろには、鍛冶工房の職人全員とついでに長も見守っているという状況であった。
私が単純に持つには少し重い鎌の柄を、肩と首で挟んで左手を添えて固定して、柄の中間辺りを右手で握って固定し、体を使って鎌を振る。
私の前面を一気に薙ぎ倒すそれは、ある種の快感である。
振り切った後はその重さで多少ふらつくが、首と肩それと柄を握ることで固定しているので、鎌の刃で私が怪我をすることは無い。
傍目もっさりと生えていたグリモリ草の半分を短時間で刈り終えて、長達が見守っている所に鎌を慎重に扱いながら戻ると、私の手の中にある鎌をしげしげと見ながら
「これは・・・なかなかいいな」「沢山作るべきか?」「そんなに作ったら鉄が足りなくなるわ」「ちょっと俺にもやらせてくれ」「いや、俺がやる」
などと騒ぎ出した。
使ってみたいというミケーネに鎌を渡し
「力で振るんじゃなくて、重さで振る感じで。力込めてると下手すると自分の足切っちゃうよ。あと、柄はしっかりと持ってね」
とアドバイスする。
喧々諤々と意見交換をしている長と鍛冶工房メンバー
結局作ってもらった鎌は鍛冶工房預かりとなり、それを目安にしていくつか造ることになった。私が使いたい場合は工房まで取りに来いということになった。
なぜ私がこれを作ろうとしたかといえば、理由は勿論ある。
窯を作るために整地した場所は、整地したがために雑草が生い茂る魔窟と化してしまったのだ。
ウージの木が伐採された斜面を掘り、ある程度水平になるように整地したのだが、切り株などを排除しながら掘削したその場所は、土もふかふかな上に林の近くというわけで水分も多く、伐採されて日がよく当たるようになって、その上で掘り返したときにそこら中に雑草の根等がほどよく散らばって。のような因果関係が複雑に絡み合い、春にチョコチョコ雑草生えているなぁと思っていたその場所は、夏になって日差しが強くなると一斉に隆盛するが如く繁殖し、普段人が歩くことも無いその場所は気がつくと背丈を越えるほどの雑草が生い茂る場所と化していた。
いつかやろう、今度やろうと先延ばし先延ばしにしていた結果がこれである。
まるで夏休みの宿題の如く積み重なったそれは、ある種の絶望感を感じさせるほどの威圧感を放ち、小さい鎌でちまちまやっていたらどれだけ時間がかかるのか?と自問してみるも、刈った傍から成長されても割に合わないことから、鎌の発注に至ったというわけである。
作ってもらった鎌を利用し、整地だけはしていた窯をつくるために開いた土地を、一斉に刈りつくした。
雑草とはいっても、中には薬に使える草等もあったので、適当に分けながら土地の脇に積んでいく。
刈った草を運んでいるのはファーガスである。
トニ&メルそれに最近2人と一緒につるんでいるファーガスの弟のエギスが、3人で積んである雑草の上に乗り、簡易ベットとして寝転んでいる。
その上にファーガスがにやにやと笑いながら草を積んだりして遊んであげていた。
雑草を刈った後は、刈った後の茎を引っ張って出来る限り根をほじりだす。
根についてきた土を払いながら作業をすること半日、終わった頃には私は泥だらけの有様であった。
夏なので上半身裸になりたいという欲求もあったのだが、雑草が生い茂る場所を舐めてはいけない。
藪蚊や下手するとヒルのような生き物も存在しているし、ヘビが出てくる可能性も無いとは言えない。
ヘビくらいは畑でもたまに見かける事はあるが、雑草の中から突然現れたりしたら当然びっくりするし、噛まれたら痛い。この辺りに生息しているヘビは、毒を持っていないという話なのでそれほど危険ではないが、警戒するに越したことは無いし噛まれれば痛いのは当然の事なので、余り意味は無いと知りつつも、私は薄手の長袖の服を着ていたのだが、それが汗と土埃で混ざり合ってベタベタと上半身に張り付き、微妙な不快感をもたらしてくれていた。
額に掛かる汗も土の付いた手でぬぐっていたので、顔も土がついてひどいことになっているだろう。現に同じ作業をしていたファーガスも、私と似たり寄ったりのドロドロの姿であり、顔にも土がついて半分乾いていたからである。
盛り草で昼寝をしていた3人がウージの実を持ってきたので、半分に割ってその片方を3人に渡し、もう片方をファーガスと二人で分けて食べた。
土が付いた手を、適当にぬぐった後に手をつけて食べたのだが、指で掬って食べると若干土のジャリっとした感触と味を感じた。
ウージの実もまだ甘味がそれほど強くなく、ねっとりとした食感も薄かったが、労働の後に食べるそれは、少なくとも気力を回復させる効果はあった。
一口食べた後、掬ったそれをウォルフとウィフに差し出すと、指ごと咥えてニュルニュル舐められるのに微妙な快感を覚えた。
「あー・・・疲れたなあ」
「そうだねえ、家の手伝いよりも疲れたよ」
「まあこんな日もあるさ」
「いや、いいんだけどね。それで、明日からその窯っていうのを作るの?」
「そうだなあ、明日はとりあえず下地だな」
「そうかー、今日よりも大変?」
「どうだろ?どっちみちレンガも運んでこなければいかんし、まだまだ大変だろうなあ」
「うへぇー」
「がんばろう?」
「僕には先が見えないからなあ、どれくらいの日数かかるんだろ?」
「えーと・・・下地作ってレンガ積んで・・・えーと・・・わからん」
「ひぃ、なんかすごく大変そうなのがわかってちょっと絶望的だよ、僕は」
「ファーガス、いつもありがとう。キミが居てくれるとすごく助かるよ」
「なんていい笑顔・・・むしろなんで僕の腕を掴むの?なにその逃がさないぞ!っていう感じの笑顔!?怖いよ!?」
「ファーガス、いつも助かるよ。何も言わなくても手伝ってくれるもんな」
「ちょっと!腕はなして!?怖い!怖いから!わかったよ、逃げないから!」
最近ファーガスと心通じ合えるようになった気がした、そんな初夏の出来事