9歳の春 収穫祭
今年の収穫祭は去年と比べるとあきらかに違う部分がある。
何が違うかと言われれば、まず出回っている小麦食品の量が少ない。
春の収穫祭は、前年に収穫されて貯蔵されていた穀物を放出して行なわれるものであったが、今年は交易の輸出品として小麦を大量に消費したので、貯蔵量は例年より少なかったようである。
今年の収穫量は去年と比べると些か少なかったようだが、住民の顔色を見る限りは問題ない程度の収穫だったようだった。
そして小麦が足らない代わりに、肉が多かった。
きっと猟師達が奮闘したのだろうと思われるほどの肉の量である。広場の中心には、全長2キュビット強ほどの大猪が焚き火に当たっている。
ある種の獣臭を広場全体に広げながらも、その肉から落ちる油が焚き火に落ちてジュウジュウと音がする様を眺めているだけでも、涎を啜りたくなるような光景であった。
猪の丸焼きが行なわれている焚き火の横には、比較的小さな獲物を焼いている焚き火もあり、鳥、兎、鹿等が焼かれている。
住民達はそれぞれ好きな肉を選んで食べることが出来る。
家族が座っているテーブルの脇で、ウォルフとウィフは焼ける肉の匂いに興奮しているのか、私を見詰めながら俗に言う「金ちゃん走り」のような行動をしていた。
「フッフッフッフッ」と鼻息も荒く、いつ 辛抱たまらん!とばかりに、焼いている焚き火に特攻するかも分からないほどである。ここに来る前に、魚を2匹ずつ与えてきたというのに、お肉は別腹なのだろうか?と、思いつつ、私は私でそんな彼らを見ながらお肉が焼けるのが待ちきれなく、腹の虫がキューキュー泣くのを我慢していた。
そろそろ焼けそうだった鹿の丸焼きの前で、座った私を挟んでウォルフとウィフがお座りし、体育座りをしながらじっと見詰めていると、私のお腹の虫がラストスパートを掛けるが如くグルグルキュキューと音を出す。それに合わせるかのようにウォルフとウィフがクーンクーンと鼻で泣き、グルグルキューキュークーンクーンと合唱を始めてしまった。
それを見て苦笑した肉が焼ける様を見ていたおじさんが、鹿のモモ肉を切り分けてくれたので、それを受け取ろうと手を伸ばした隙に横からウォルフが掻っ攫っていった。
ウィフも加わり2匹で引っ張り合いをしているのをあっけにとられて見ているおじさんを尻目に、腰から私のナイフを取り出してもう片方のモモ肉を、後ろ足ごと奪取してさっさと退散する。
賢い男は欲しいものを取るときは躊躇しないのである。
焼けたモモ肉の足首の部分を掴んですたこらさっさと逃げる私に後ろから「こらー!」と怒声が聞こえてきたが、肉を咥えたウォルフとウィフを従えて「うはははははは!」と笑いながら逃走する私であった。
そして現在。私が奪取してきたお肉は、私の口に入る前に姉とメリスとファーガスと、ついでにトニ&メル、そしてファーガスの弟と妹のエギスとディアにその大半を奪われ、ナイフで肉を切り分けた後にトニに
「骨の周りが一番美味しいんだよね?おにいちゃんにあげるよ!」と笑顔で言われてしまい、骨についた肉をガリガリ削って食べている私と、切り分けられた肉を食べながら談笑する彼らを見詰める涙目の私という状況になっていた。
ファーガスの兄弟のエギスは6歳で、トニとメルの同い年であるためか比較的早く打ち解けたようだったが、ディアは最初の頃のファーガスに似て大人しい引っ込み思案な少女である。歳は私の1つ下の8歳だ。
最初出合った時は、この頃富に明るくなったファーガスの服を掴みながら、恐る恐る顔を覗かせるようにファーガスの後ろに隠れてしまっていたような子で大変可愛らしかった。
姉とメリスが面倒を見てあげているようで、いつかその二人のようにずうずうしくがさつな子に育ってしまわないことを信じても居ない神に祈るような気持ちである。
ウォルフとウィフに興味があるようで、近寄ろうとしては2匹が身じろぎすると驚いて身を引き、また近寄ろうとして身を引き を繰り返し、傍目にはなんかの儀式にすら見えるそれを毎回行なうために私の中では面白い子である。
お腹が膨れたのか、テーブルの近くに生えていたノボセリの木陰で体を横たえたウォルフに、体を預けてもたれかかりながら、広場の様子を眺める。
それぞれが思い思いにシアリィを飲んだり肉を食べたりしながら騒いでいる。
別の木の木陰に座って話し込んでいるカップルのような2人組みもチラホラいるのも見えた。
収穫祭はある意味そういうカップルが誕生しやすい行事でもあるのだ。普段は野良仕事等が忙しく面識があっても頻繁に会うことは少ない集落の中で、収穫祭の酒の勢いとか雰囲気とかでカップルが出来上がる例は少なくない。
春の陽気とシアリィの匂いで半分酔っ払った頭で、彼らに幸がありますようにとぼんやりと考えながら、ウォルフの毛皮の柔らかさに溺れ、眠りに付いた。
ふと、何か違和感を感じて目を覚ますと、ノエルが私の顔の前に手をかざしていた。
「なにしてるの?」と聞くと
「本当に寝てるのかな?と思って確かめてたの」
「ふうん。何か用事?」そう聞きながら辺りを見回すと、先ほど肉を奪っていった面子に加えてなぜかカルトが増えていた。
「別に用事は無いけど、気持ちよさそうに横たわっていたからなんとなく?」
「そっか」
寝起きでぼんやりしながら、私のお腹に頭を乗せて目を閉じているウィフの背中を撫でると、薄目を開けて私が撫でているのを確認したウィフは、再び目を閉じてされるがままに寝そべっている。
「んで、カルトさんはなぜここに?」
寝そべっている私の横に腰を降ろしている彼女に聞く
「ここが一番安全だと思ったからよ、ほら私は今年成人したじゃない?だから・・・」
「ああ、そういうことか。大変だねえ」
彼女はピエフの娘である。そしてありきたりな言い方をすれば美少女であり、未だ成長途中とはいえ将来性を感じさせる体つきなのだ。つまり、様々な独身男性からモーションをかけられて当然であろう。
私を含めて未成年の少年と少女が集まっているここにいれば、そういった話をしたい独身男性も近寄りにくいだろうというわけだ。
「そういえば、ガトもカルトさんが好きみたいだったなぁ」と、ファーガスが言うと
「私は興味ないわ」
バッサリである。ガトが聞いたらどんな顔をするだろうか?
独身男性の中には彼女を嫁にしたい人は多いらしく、他の女性に声を掛けずに彼女が成人になるのを待っていた者も居るという噂話も聞いていたが「興味が無い」等と言われてしまったらどうすることもできないのではなかろうか?
ノエルとメリスはそれを聞いて堪えきれないとばかりに笑った。
「ガトも可哀想に・・・」と呟くと
「でも本当に興味ないもの、ほとんど話しをしたこともないし、共通のなにかがあるわけでもないわ、しいて言えば年が一緒なだけよ」
「ふうん、じゃあ逆に興味のある子はいないの?」
「いないわね、ああでも、別の意味であなたには興味があるわ」
「ほほう、それは恋愛的な意味で?」
「いいえ、でもあなたが何をしているのかは気になるわ。端から見れば遊んでいるように見えて、その実はなにか目的があってやっているように見える事があるし」
「ふむ、目的かぁ・・・」
「私も姉ながらノルが何がしたいのかいつも不思議に思ってたけど、もってきてくれるお肉はおいしいから特に問題はないわ!」
「姉ちゃんは僕から肉を奪いすぎて太ればいいよ」
「あっ私最近胸が少し大きくなったよ!」とメリスが会話に加わり
「お肉を食べると胸が大きくなるの?私は大きくなってるのかな」と姉が返す
「あなたたちそんなにお肉食べてるの?」と聞いてくるカルトに
「2~3日に1回はウォルフとウィフが何か捕まえるから、毎回ファーガスと丸焼きにして食べようとするんだけど、なぜか皆集まってくるんだよね。河原でやってても来るから、最近は諦めて家の庭で獲物を丸焼きにしてる」
「私もお肉食べれば大きくなるのかな?」
「「カルトさんは今でも十分大きいから大丈夫」」とノエルとメリスが同じ発言をした
何を想像したのか、顔が赤くなっているファーガスをからかい、ウォルフにもたれながら女の子4人集まってキャイキャイと話しているのをBGMに
「目的かー」と呟きながら、自分が何をしたいのか考える
「ファーガスは僕といつもいるけど、楽しいか?」と、私の近くに座り込んで頭を抱えていた彼に聞くと
きょとんとした顔で私を見て
「楽しいよ。ガト達といた頃より全然楽しい。ノル君と遊んでいると、面白いことばかりだよ、なにより肉が食べられるしね」
そう言って片目を閉じたファーガスに
「そっか」といって笑顔を交わした。
そんな春の収穫祭