9歳の春 3
窯を整地することはしたものの、どれくらいの大きさの窯を作るかという事で悩んだ私は、大体3畳分の広さの窯でいいや、と適当に決定し現在残っているレンガの数とこれから作成しなければならないレンガの数を計算してみることにした。
レンガの大きさは、縦8cm 長辺20cm 短辺10cmの大きさで規格統一しているので、粘土を練ったときの水分含有量の差なのか数ミリ程度の誤差はあるが問題にならない程度には出来が良いものと私は思っている。
それを使用して幅160cm 深さ240cm 高さ160cmほどで、熱効率を考えて高さ1mのあたりから半円状のアーチ型の窯を作成することにしようと決めた。
さしあたってレンガの必要量を計算すると、とりあえず1mの高さで4方の壁を作るだけで480個のレンガが必要。
そこから半円状のアーチを作る分を円周の長さを計算して、半円分のレンガの量と円周分のレンガの数と正面と奥の壁の半円の部分を埋めるレンガの数をアバウトに考えて、全体で大体800個強くらいは必要だということが分かった。
モルド爺さんと持ち帰った粘土の量では、微妙に足りなかった事が判明し、微妙に萎えた。
ウォルフとウィフが狩ったウサギを焚き火に当てながら、暇つぶしに地面に木の棒を使って計算をしているのを、横目に眺めていたファーガスは、私がいったい何をしているのかを聞いてきたので、窯を作るのにいったいいくつのレンガが必要なのか計算していたことを教えると、何がどうなってその数になったのかということが理解することが出来ないようで、得体の知れないものを見たような顔で私と地面を見詰めていた。
そもそもディアリスでは数の概念は非常にアバウトである。
穀物庫にどれくらいの作物が納入されたかによってその年の豊作、不作を判別しているし、数の数え方も万の単位までは一通り一応あるのだが、ある程度以上になると『いっぱい』という言葉で済ませられたりするのだ。
例えば、母が「今日は木イチゴのパンを食べたいからいっぱい取ってきてほしい」と言ったとする。
それに答えて100個以上の木イチゴを摘んでくると、「多すぎ」と窘められることもあるのだ。
個人の裁量でいっぱいの価値が微妙に異なってくるので、何を指していっぱいとするのかは難しいと言わざるを得ない。
筆記もそれほど発展しているわけでもないし、主に手紙として使用されているものは皮紙で、集落と集落の連絡手段として共通の文字も一応あるのだが、それを教える手段がほとんど無いといった現状で、ディアリスの民全員が文字を扱えるわけでもなく、ディアリスで文字を使えるのは長を含めた一部の大人達くらいのものである。それも数人くらいのものだ。
私は勿論使えるわけが無い、そして識字率すら低い集落に、計算という概念が浸透していないのも仕方が無いといえば仕方が無い。
有体に言えば、ほぼ自給自足の生活に計算などほとんど必要ないのである。
私が地面に描いていた数式は、ファーガスにとっては得体の知れない絵を描いている私にしか見えなかっただろう。
地面に描かれた数式を眺めながら、頭を傾げてそれを理解しようとしているファーガスに
「あんまり無理に考えすぎても仕方ないさ」と、煙に巻いて
考えても仕方ないから明日は粘土を取りに遠出しようかーということで話を纏めて、パチパチと音を立てて燃える焚き火の音に心を委ねる。
浮かんでくるのはこの先の事。
窯を作るのはいい、最初からそれに向けて井戸を掘ったりレンガを作ったりしてきたのだから、途中途中に横槍が入ったりはしたものの、窯を作った後のことを考えれば、モルド爺さんから鉄器の優先的供与等の副収入が得られるであろうことは喜ばしい限りである。
陶器を作るといっても、それに合った粘土や、陶器を作成する段階でロクロのようなものを用意するのか否か?といった問題も、そのうち解決していけば良い問題だ。
窯を作るといった知識があっても、陶器にあった粘土などの知識は私には無い。
恐らく何度も失敗しながら、試行錯誤の日々になるのだろう。と、考えていると
焚き火を見詰めながら、その実焚き火を全く見ていなかった私の意識を戻すように、ウォルフが私の背中に覆いかぶさるように体重を掛けてきた。
「ヘッヘッヘッヘ」と、私の顔の横で舌をだして「肉!肉まだ?」とでも言っているようにも見える彼は、私の頬をペロッと舐めると私の背から折り、切り株に座っている私の膝の上に顔を乗せて上目遣いで私の顔を見詰める。
そんな彼の頭をワシャワシャっと撫でて、火に当てていた獲物の様子を確かめると、丁度焼け頃のようだった。
次の日、私は朝からファーガスを伴って粘土掘りに出発した。
できるだけ急いで向かった為に、前に来たときよりは幾分早く断崖に到着し、前回来たときに断崖から落としたままで残っていた少量の粘土を台車に乗せるのをファーガスに任せると、採掘用に掘られている足場に足を掛け、粘土の断層まで上がるとそこから粘土をほじりだす。
粘土を台車に乗せながら、山盛りの粘土を運ぶことは無理なことは承知していたので、台車を動かせるか確かめながら積んでいくと、いつもモルド爺さん達が持ち帰る大体半分弱くらいの量ならば運べることを確かめた。
そして台車を引いて帰る道
「んぐぐぐぐぐ・・・!ノル君。これ遊びでやる作業・・・なのか・・なあ!」
「んぎぎぎぎ・・・・っくう!いや、もはや子供の作業ですら・・・・ないよね!っと」
「だよ・・・ねぇぇぇぇ!っふ」
「ふぁーがすー、僕と・・・一緒に・・・遊んでる時点・・・で・・・普通とかかんがえないほうが・・・・いいぞぉーう、そいやー!」
「「ウォルフ!ウィフ!台車にのるんじゃない!」」
等と話しながら、ディアリスに帰った。
身長は伸びないが、体力は付き始めた春の出来事