8歳の冬 7
麦踏み祭りも終わり、肌を刺すような冷たさを感じた風が幾分柔らかく感じてきた頃、私はファーガスを連れ立って毎日付近を散策していた。
冬になると冬眠する小動物も多いので林や森はいつもと比べて静かなもので、たまに小動物を主食とする中型の動物の糞や足跡等の痕跡が見受けられる程度だった。
ファーガスは毎日のように散策を繰り返していた私と違い、そういった林や山に入る場合の注意点のようなものを余り知ってはいなかったが、私について回ることで色々な知識を吸収しはじめ、一時は数時間もしないうちに青息吐息の有様だったが、最近は軽く息切れする程度でついてくる。
ファーガスはどちらかと言えば頭脳労働のほうが向いているようで、様々な知識を自分で噛み砕いて吸収していく様は見ていて面白い。
もちろん体力が無いというわけでもなく、単純な力比べなら私よりは強いし、田舎暮らしの少年のようなスタミナも持ち合わせている。ただしその年齢にしては、という注釈は付くが。
私のところに最初に現れた頃は、どこかびくびくして自分に自信がないような雰囲気を感じられたものだったが、最近の彼は何かに目覚めたかのように活き活きと日々を生きている。
長やコルミ婆さん等に昔話や生活の知恵の話を聞いている時も、疑問点を見出したらそれをすかさず質問しているし、私のように疑問に思っても「そういうものだ」と納得してしまう姿勢とはまた違った考え方を持つファーガスは、付き合っていても面白いのだ。
ウォルフやウィフが獲物を捕まえてくると、私は毛皮を剥いで彼は焚き木を拾いに行くという作業分担がいつの間にか決まり、二人と二匹で焼いて食べているという半野生生活にも順応しはじめ、成長期に差し掛かった彼はガツガツと肉を食べるし、下手すると足りないとか言ってウォルフやウィフが食べている獲物から少し肉を奪ってくる事もある。
奪ってくる際に、2匹に『がうっ』と怒られる事もあるが、彼は笑いながら2匹を宥めてそれでも肉はきっちり頂いてくるのを見て、狼から肉を奪う彼の姿に呆れることもあった。
このまま成長したら、きっとひとかどの人物になれることだろうと思われる。例えば長のような
今年の枯れ穂奪いは、来年成人のエラシアという女の子が勝利した。
下馬評では、ガト・マイル・ドラン達が取るだろうと言われていたが、毎日井戸掘りでへとへとの体の彼らは体力が回復していないのか、些か精彩を欠く結果になったようだ。
まぁ身から出た錆とでも思ってもらうしかない。
彼らはマイル以外は次男・三男にあたるために、井戸を掘ったとしてもやがて家を出て行く立場になる。掘って井戸ができたとしても、それが最終的には彼らの財産?にはならないのでドンマイといったところだ。
まあ、家を出た後でも実家に水を汲みに行けば済む話ではあるが、それはそれだ。
エニシダに交易に出ていたイグルドが帰還したが、炭以外の品を置くと3日とおかずにモルド爺さん達を追って西に向かって出立した。という話を長に聞いた。
エニシダに居る間に、炭作りのノウハウを教えてほしいとエニシダの長に頼んだが、返事は良くないものだったそうで、計画が一時頓挫して困っているという。
現時点ではどうにもならないことなので、エニシダの長と話し合ってその辺りの妥協点を探っていってもらいたいものである。
私がレンガを作って窯を作れば、いつか炭作りにも挑戦したいとは思っているが、先に作りたいのは陶器用の窯であるし、それは炭焼き用の窯とは違いこじんまりとした個人用の窯を作るつもりなので、できてもいないうちからそれを長に話す必要も無いし話すつもりもない。
炭を安定供給できるほどの大きい窯を作り、陶器を作るときだけレンガで敷居を作って小さい窯として使うという発想も浮かんだが、作るのは私である。
極力手間を掛けないで作りたかったので、それを長に話すことも無くとりあえず小さい窯を作ることを重点的に考えたかった。
炭作り用の木材は現在乾燥させるために木工工房の倉庫に積まれている。それらが活用の機会を与えられるのはいつになることだろうか?
先走りしすぎた結果と言えなくも無いが、木材を乾燥させるには大きいもので年単位の時間を必要とするものなので、あるに越したことは無いか・・・と思う。
ファーガスには窯を作るつもりであるという話はしてあるのだが、窯がどういう物なのかは分かっていない。
レンガを使って作るというところまでは話をしてあるが、そのレンガ作りも春になるまではお休みの予定であるし、粘土も無いのでどちらにせよ作ることはできないが。
なので私達は毎日林や森を駆け回り、春を待っている。
1年が過ぎてウォルフやウィフも随分成長した、私の膝下ほどの大きさだったのが、いまでは頭の高さが胸に届きそうなほど成長しており、ウォルフなんかは私を乗せて歩くことすら可能である。流石に走ることはできないようだが
オスとメスでは身体的特徴が微妙に異なり、オスは力が強くメスは素早さが強い種族なのかもしれない。
ウォルフはウィフと走ると若干遅れるが、ウィフはウォルフほどの力は無い。よくできたものである。
獲物を捕まえる頻度も、ウォルフよりウィフのほうが多く、しかし狩る様子を見ているとウォルフは獲物を狩るときの囮を務めているように見受けられる。
集団戦を得意とするといわれる狼の特徴を生かしたかのような狩りは、見ているだけでもなかなか面白い。
ただ、彼らの食事量も大きくなるにつれてどんどん多くなってきているので、魚を釣る時間が増えてきているのが少しネックである。
そこで、とってきた獲物を燻製にすることを試してみた。
午前中に採ってきて捌いたヘンネルを河原でよく水洗いし、後足だけを切り取って置く。
庭のノボセリの木に麻紐で結わえたヘンネルを吊るし、下で焚き火をするといった手法である。適度に生木を加えれば、煙がよくでることだろう。
火の番をしながら焚き火にあたり、ファーガスと話をしていると、ノエルが庭で何をやっているのか?と聞きにきたので「燻製を作っている」と言うと見学すると言ってきたので、3人で焚き火に当たりながらとりとめもないような話をした。
さきほど切り取った後足が、程よく焼けてきたのでそれをウォルフとウィフに投げ与える。
ムーンサルト半捻りキャッチを披露してくれた彼らだったが、肉の熱さに咥えた途端肉を離し、姿勢が崩れたまま地面に落ちて悶絶していた。
私を含め全員がそれを見ていて3人で大いに笑ったが、狼も悶絶するのだという事を学んだ。
ヘンネルを燻し続けて2時間。ノエルは「まだできないの?」と聞いてくるが、匂いをつけるだけの燻製ならばもう降ろしても良い。
私の言う燻製は保存のことも考えて作ろうと思っていたのだが、そのまま燻していたらメリスとトニ&メルが遊びに来てしまった。
煙を見て何をやっているか気になって遊びに来たという彼女達に、今日は燻製を作ることを諦めた私は、麻縄を外して薫蒸していた肉に木の棒を刺し、いつものように焼き始めた。
ほどよく表面が焦げるほどに焼かれた丸焼きが完成し、焦げるほどに焼かれた肉を家から取ってきたナイフで削るようにこそぎ落とし、肉片をノボセリの葉の上に置いていくと、全員が全員置いた端から食べて行き、私もこそげ落としながら食べてみたのだが燻製されたせいかいつも食べているものよりも味が幾分引き締まり、なかなか美味しかった。
ウォルフとウィフが私に縋りながら「ヨコセ!ヨコセ!」と言わんばかりにその毛並みを座っている私にこすり付けてきたので、鉈で胸から上の部分を叩き割り彼らに与えると、彼らも奪い合うようにそれをむさぼり食べていた、骨も残らないほどに。
トニとメルには「ここが一番おいしいんだよ」と言って骨の付いた肉を渡し、歯で削るように肉を食べている彼らに「食べ終わったら骨をウォルフとウィフ」にあげればいいよーと言っておく。
私もナイフで肉を削り終わった後に、骨に残っている肉を削るように食べて、ファーガスを見るとノエルとメリスに囲まれて3人で仲良く談笑していた。
両手に花でうらやましいことだ、と彼を見ていたら、会話の途中で私をふと見た彼が私を見て引きつった顔を見せてきて、会話の途切れた一瞬にすっと立ち上がると私の肩を掴んで「ちょっとトイレいってくるね」といってその場を後にする。
小用をしながら
「で、両手に花のファーガス先生。どっちが好みなん?」と聞くと
「どど、どっちってなに?それと両手にはははなってどういうことかな?」
「ファーガスは両方好きなのかー、将来女誑しになるかもな!」そう言いながらハッハッハと笑い、焚き火のほうに戻る私の後ろから
「どっちも好きだけど、女誑しってなんだよう!」と、小声でぼやきながら慌てて付いてくるファーガスに
「まあがんばれ?」と、意味の無い応援をしてあげて、焚き火に当たりながら朗らかに笑っている彼女達の元に歩き始めた。
そんな冬の日の出来事
さて、この話についてですが
伏線というほどのものではないが、今後に繋がる(主に春の話)お話として書きました
実際は、もう8歳の冬に書くべきことはほとんど無く、この話を書かずに9歳春に突入しても良かったのですが、ワンクッション置かないと次の話を書く際に行き成り説明くさい書き方をダラダラと続ける必要があるように感じられたので、書かれた話です
なので今回はそれほどのエピソードは特に無し。後半はきままに書いてみましたがw
前回の会話形式での文は、会話の練習も兼ねて会話主体の文はどのようなものになるか?という実験的な部分も含んだもので、会話に会話を重ねる手法としてホラットさんを出してみたという所です。
前回の話については肯定や批判の声がとても多く、中には作者が別の人ではないか?とおっしゃる方も居られましたが、中の人は同じ人でありますw
様々な意見に左右されて書き方を変える等の事は恐らく無いと思いますが、たまにああいった実験的な書き方も試してみたいとは思う次第ですので
今後書き方が微妙に違うな?というときも生暖かく見守るなり、激しく糾弾の意見を述べるなりおねがいします。
どちらにせよ私の作品を見てくださることはありがたいことですので、感想の言葉を胸に今後の展開を適当に捏造しながら書いていこうと思う次第です。