秋の収穫祭
取り立てて述べるほどのことでもないが、今日は秋の収穫祭である。
2日間かけて行なわれるこの祭りは、春の収穫祭と違う所といえば丸々と肥えた家畜を屠殺したお肉料理が並ぶ所と、今年の様々な出来高を計り、今年一番輝いていた(働いていた)男を発表したりするのである。
ちなみに、酒職人や鍛冶屋、木工職人とか交易をしている人なんかは、出来高がわかりにくいので除外である。彼らは彼らで、それなりの収入をディアリスから受け取ることで生活を賄っているし、有体な言い方をしてしまうとディアリスに飼われている。と、言っても通用してしまう暮らしなわけだが、彼らはその家族も含めてディアリスにその暮らし保障されているので文句はでていない。大概のものは時給も可能なので、欲しいものがあれば自分で作るか創れば良いのだ。
なぜこんな制度が設けられているかというと、なんというべきか女性にアピールをするための目安みたいなものである。
未婚の男性は、仕事をがんばればがんばっただけ財産を増やすことが可能である。例えば農家では、自らの家で消費する分以上の作物はディアリスが買い取るような形で穀物庫に送られる。変わりに、対価としてディアリスが所有する家畜を貸し出す。それを世話をして、乳を搾ろうがその毛を毟ろうがOKで、さらに子供を産めばそれはその家の財産として扱うのだ。
もちろん一番がんばった家には若く子供を産みやすい番いや、乳を良く出す雌家畜が貸し出されるというわけだ。
がんばればがんばっただけ見返りも大きいので、つまるところ収穫祭で一番輝いている男というのは、仕事ができる良い男というわけである。
モテたきゃ働け と、言われているのと大差がないわけだが、大多数の若い男共は必死で働いて輝いた男になろうとがんばるのだ。
・・・見ているだけで踊らされている彼らの滑稽さに私は涙を流さざるをえない。
そしてこの制度を始めた人が、女性だったことも聞いている私は倍率ドン!さらに倍で悲しくなってくるのである。踊らされる彼らに。
秋の収穫祭。それは未婚の男共が未婚の女性に自分の有能性をアピールする場でもあるのである。
今回も一つのテーブルを家族で占領している。家族と言っても親族や友人も含むので、結構な人数でそのテーブルに集まり、今年の出来や来年の展望について語り合ったりしていたが、シアリィが回り始めると半分以上が顔を赤くして陽気に笑っていた。
私の家族や親類の中には、未婚の男性はいないので輝き男ランキングにはあまり興味をしめしてはいなかった。未婚の女性は一人いるが、今年成人したばかりのフロルというお嬢さんで、母の妹の娘ということで従兄弟にあたる。彼女は未だ好きな男はいないというのを、さきほどこの場で明確に発言していた。
人口300人強ほどのディアリスにおいては家族数もそんなに多くないので、輝いている男ランキングで上位に上がってくるのはやはり未婚の男性を抱える家族が多いともいえる。
まぁ、若い男がいない家族でも輝いている男ランキングに食い込むことは可能なのだが、大概の家庭は空気を読んで若い男のいる家族に花を持たせてあげる的な工作は行なわれている。収穫祭後に作物を収めるだけであるが。
男のアピールの意味もあるけれど、女性が声を掛ける切欠にもなるのでこれによってカップルが誕生することも珍しくは無い。
ランキングを発表しているのはピエフのホラットさん。カルト嬢のお母さんで、ディアリスの大概の出来事の司会やなんかも勤める元気な女性である。
彼女に呼ばれるたびに、彼女の前に集まって静まり返っている若い男どもは一喜一憂して、叫んだり落ち込んだりして忙しそうだ。
それを微妙な顔で見ながら
「男って悲しい生き物だよな」と、呟いた
「なにが悲しいのかの?」
「ばあちゃん?んとさ、みんな必死になってがんばってるのに優劣つけられちゃって、そりゃがんばった証をたてれるのだから名誉みたいなもんかもしれないけれど、結局得してるのは女の子だよねっていう話?」
「ほう?なんで女の子が得なのかな?」
「まぁ結果を出す男の確認ができることとか、ランキング上位にいる男の家族は素直で真面目な家族なんだろうなと推測できそうなところとかかな?それが証拠のようにがんばった男の子は女の子に声掛けられたりしてモテモテだよね」
そういうと、テーブルに置いてあったウニの実をスッと掴んだ祖母は、私の口に蓋をするようにして私の口にウニの実を入れ込み、私の口を押さえたままで
「ノルエン、その話は若い娘の前ではしちゃいけないよ?」と、言った。
目で何故?と、聞くと
「その話は女の子の間だけで考えられた話でね、もちろんランキングも良い男を捜すための口実のようなもんじゃが、この話に気がついた男がその話を女性に語った場合、その子に求婚されることになるのさね」
私がハッと理解したような目で祖母を見ると
「二重の仕掛けなわけじゃな、頭の良い男はよく働く男と比べて結果をだすし苦労をしないと伝えられとるわけじゃ。女の間でな、わかったかい?」
そう言う祖母に口の中のウニの実をモゴモゴさせながら頷いた。
なんという罠だ、教えてもらって助かった。偉そうに語っていたら、下手するとえらいこっちゃの事態に陥っていた可能性もあるようだ。ありがとう婆ちゃん。私は沈黙は金也という言葉を思い出したよ
そんなお話をしながらも、収穫祭は酒の匂いに包まれつつドンドン熱気が加速してゆく、それを眺めながらアルコールの匂いで私もそこそこ酔っ払っていた。勿論飲んではいない、匂いだけである。
ウォルフとウィフが並んで座っているところにもたれかかるように体を預け、ウォルフの首筋に抱きついて首筋を撫でたり、ウィフの尾てい骨の辺りを撫でて微妙に腰が浮き上がるのを眺めて楽しんだりしていると、唐突に服の首筋を掴まれてヒョイっと持ち上げられた。
母が酔っ払った私を持ち上げて笑っている。彼女も随分酔っ払っているようだった。
そのまま椅子の上に立たされて、微妙にニヤケがとまらない私の顔を眺めると。母は私の頬にムチューとキスをした、顔を離すと笑いながらスパーンと背中を叩かれて「アハハハ」と笑いながら去っていく。結局何がしたかったのだろうか?と、思うこともなく、なんとなく頭が酔っ払って・・・・酔っ払って?酔ってなんかいないよ!
なんだか楽しくなってきた私は、さきほどランキングを発表していた台座の横に据えてあるブッフェという木の中身をくり抜いて作られた打楽器を見つけるとフラフラとその前に歩いていって座ると、適当なリズムで激しくそれを叩き始めた。酔ってなんかいないんだからね!
左から右にゆくほどに中空を多く掘られていくブッフェは、叩く場所が左から右にいくほどに音が高くなってゆく。
それをダンダンダダダダと独特のリズムで叩いていると、そのうち空いているブッフェにも幾人かの大人が座り、彼らは私のリズムに合わせるようにブッフェを叩き、さらにそれに合わせるように広場中央に据えられたキャンプファイヤーにも点火された。
気分の高揚しはじめた誰かが、テーブルにシアリィの入っていた木製のジョッキの底を叩きつけ、それが全体に広がっていくのにはそう時間はかからず、ディアリスの民全員でリズムに乗ってトランスし始めていた頃、キャンプファイヤーの前にホラットさんが現れた。
先ほど司会をしていた格好とは違い、全体的に幅が短く長い布を巻きつけるように着こなした彼女は、リズムに合わせるように踊り始めた。
結構激しいリズムで、例えるならフラメンコやサンバに通じるものがある速さであったのだが、見事にそれに合わせるように踊る彼女を見ながら、腕が痛くなっても気にせずにブッフェを叩き続けていた。
踊るうちに巻きついていた布が幾分解けるのだが、くるりと彼女が回転すると元に戻るように布は巻きついてゆく、微妙にエロチズムをも感じられるようなその踊りは、見ているだけで魅了されるような雰囲気を放ち、私もそれだけしか目に入らないような錯覚に陥りながらも、やがて彼女が少しずつゆっくりになってゆき、それに合わせるように私がブッフェを叩くのも終わった。
なにか知らないけど、がんばった!という気分になり息を吐くと、私の体は汗まみれで、腕はピリピリと痺れるような感触を伝えてきた。今日は物を持つのは無理かもしれない、と思って立ち上がろうとすると、私の目の前にホラットさんが居て
「早いわよ、少年」
と、極上の笑顔でデコピンされた。
なんだか恥ずかしくなった私が、ほとんど酔いの覚めた頭でテーブルに戻ろうとすると、両肩を掴まれてストンとその場に座らせられて、私の後ろに誰かが座る。
あれ?と思って顔を見ると、鍛冶師のミケーネだった。動けないように顎で私の頭を押さえ込み「ここは特等席だぜ?」と、言うと私がさっきまで叩いていた太目の木の棒を構え、すでに叩かれ始めていた他のブッフェの音に合わせて音が乱舞しはじめる。
結局、入れ替わり立ち代り踊る住民を、特等席と呼ばれるその場所で眺めていた。
時にはチラリズムを刺激する服装の娘が踊ったりして、立ち込めた酒の匂いで酔っ払い状態が復活した私は、それを見て鼻の下を伸ばしたりしながらも、たまにブッフェを叩いたり、ミケーネがお前酔ってるだろと聞いてくるのに、酔ってないよ!と真剣な顔で返答したりしていた・・・らしい。
記憶はあるが、細かい所までは何をしていたかわからない、そんな秋の収穫祭1日目の事
少し修正