8歳の秋
鍛冶工房での炉作りを見れたことは僥倖だった・・・が
初めて使うだろうレンガを、うまいこと組み合わせて成形された炉は、それまで使っていた炉と比べて遜色なく使えるということでモルド爺他の鍛冶士たちにも好評で、これはこのまま使うから、鉱山で炉を作る分のレンガも作れや坊主 というありがたいお言葉をいただき、窯を作る分にとっておこうと思っていたレンガも彼らに譲ることになってしまい、涙目の私であった。
粘土が足りなくなるという懸念は、モルド爺さんが川を上ったところに土の露出している所が在り、そこにいけば私が使っていた粘土に似たものがいくらでも取れるので取ってきてやるというモルド爺の一声で、今後の粘土不足を嘆く心配は無くなったようだ。
恐らく、断層が露出している場所があるのだろうと思うが、私はそこに連れて行ってもらえないそうなので、大人しくモルド爺さんが粘土を持ってきてくれるのを待つしかない。
レンガを毎日作っていたら、いつのまにか秋になっていた。
夢中になると日が経つのも早いもので、空を見上げれば空が高く感じられる。夏の積乱雲が流れ行く様を眺めるのも良いが、秋の霞んだような雲を眺めるのも悪くない。
夕方になると、霞んだ雲に夕日の色が映えてとても美しいと感じる。
前世を生きていた頃、こうやって夕日を眺めるというゆったりとした時間はとれていただろうか?忙しい日々に流されるように生きていたあの頃とは違い、様々な自然をダイレクトに感じられる今は、とても幸せであると感じるのだ。
それは兎も角、粘土がもう無くなった。
爺さんが早く作って欲しいというので毎日せっせと作成して、気がつけば500個ほどのレンガが裏庭の隅に鎮座している。
せっせと作ったコレも、モルド爺さんに持っていかれてしまうので、私の窯作りはさらに遠のいた。
窯を作ろうと整地した場所も、レンガ作りのために放置したためか今では草が生えてきてえらい有様である。
どんどん理想から遠のく現状に、どことなく悲しみを感じないことも無いのだが、昔の偉い人曰く「回り道ほど近道である」という意味の分からない言葉でもって納得しておこう。・・・納得するんだ!俺!仕方ないじゃないか、必要な所に必要な物資を流すのは当然のことだ!たぶん・・・きっと
夕日をバックに背中が泣いていた。と、夕飯ができたので呼びに来た祖母にが、食事中に家族(私を含む)に語った。
次の日、粘土の催促に工房に向かうと、倉庫に粘土が積まれていた。
「こんにちはー」と挨拶をして工房に侵入すると
それぞれ皆から「おーう」やら「うーす」等、なにやら体育会系の挨拶が返ってきた。流石鍛冶師、体力仕事だけはある。と、意味不明な感想を抱いていると、入ってきた私の後ろからモルド爺さんが現れて私の頭に手を置くと、グリグリとこね回してきた。
毎日ハンマーを持って鉄を叩く爺さんの手は、幾重にも重ねられたマメが硬質化して、その掌には柔らかさを感じる要素がほとんど見受けられないわけだが、そんな手で頭をこねくりまわされると、頭を撫でられているという感覚ではなく、頭を擦られていると感じる。
軽石で頭を撫でられていると思えばいい、微妙に痛いのだ。
「よう坊主」と言ってくる爺さんに、粘土持っていって良いか?と聞くと
「もっていくのは構わんが、運べるのか?」と、聞いてきた
「え、運んでくれないの?」と、聞きかえすと
「ここで作ればいいじゃないか」という返答を頂く。
「こっちで井戸も掘れたし、水にも困らないだろ」と、続ける爺さんに
その発想は無かった、と思わず唸ってしまった。
というか、いつのまに井戸を掘ったのだろうか?と聞くと「ピエフに占ってもらった!」と、自信満々に答えた。
適当に頼んでみたら?と言ったのに、本当に水が出る所を占って見せたピエフ恐るべしである。今後、ピエフを見る目が少し変わりそうな話だ。
「レンガ作れる分は作って家に置いてあるけど、それを取りに行くついでに粘土も置いてこればいいんじゃないの?」と、言うと
「お!それじゃ貰いに行かないとな!」と言ったモルド爺さんは、台車を引いて日陰になっている倉庫の東側に台車を傾けるとドバーと粘土を空けてしまった。
私はそれを見ながら「あぁー」と心で嘆いた。これでここでレンガを作るのが確定である。別段家でレンガを作る理由はほとんど無いといってもいいが、善意でここで作れば良いといってくれているに違いないモルド爺さんの心意気に、反論する材料も無い。
あえて言えば、工房まで作りに来るのが面倒くさいといった程度である。あと、トニとメルに会う機会が少なくなるくらいか?
やっちゃったものは仕方ないので、私は諦めた。前世の父曰く「諦めこそが人生である」・・・あれ?なんか違ったかな?
工程がひと段落したら、皆でレンガを取りに行こうか という話になって、私はもう帰っても構わないかな?とは思ったのだが、暇つぶしを兼ねて彼らの作業を見物することにした。
鉄の塊を熱しては、ハンマーで叩くダルセンを眺めていたときに、その火元を見て疑問に思った。使われているのは炭だったのだ。
ディアリスでは、炭は作られていないはずである。
大概の場所を散歩と称して徘徊している私は、ディアリスのどこでどんなものが作られているかは大体把握しているし、炭焼きをしている人がいるのなら知っていなければおかしいのだ、炭焼き用の窯も見たことはなく、炭焼きが成されているのならいずこかで煙が昇ったりするはずなのでわからないはずもない。
おかしいな?と思ってそれを見ていると、モルド爺さんがそれについて教えてくれた。
ディアリスでは作っていないが、川を遡った所にある集落と交易して手に入れるという事らしい。
ディアリスでは作らないのか?という話もしてみたのだが、炭を作るのに適した原木がここら近辺では生えていないとの事。
なので、ディアリスで取れた作物、穀物、シアリィ等と交換して炭を手に入れるという話だった。
ディアリス以外の集落の話はあまり聞かないが、こうして聞く所によるとそれなりに交易らしきものは行なわれているようだ。
「ディアリスでも炭が作れたらいいのにね」という話をして、その日はそのまま釣りに行き、釣針を3本失うという事態に陥って涙目で鍛冶工房に戻るなんてことがあったりした秋に入った頃の出来事である。
話の後に感想に返事をするのもアレなので、以後は感想板のほうにレス返しを行なおうと思います