春の収穫祭にて
春の収穫祭と秋の収穫祭は、少しだけ違うところがある。
秋の収穫祭はお肉が出るが、春の収穫祭はでない。それだけのことだが
実際は春に収穫した麦を穀物庫に入れる際に、前年入れた分を放出して食べるからである。
貯蔵するにしても時間が経てば穀物も劣化していくのは当たり前の事で、悪くなる前に食べてしまおう。ただそれだけの意義で始まったのが春の収穫祭というわけだ。
春の収穫祭も秋の収穫祭と同じく2日ほどかけて行なわれる。シアリィ工房のタルの蓋も緩み、いつも以上に飲んだくれが増える2日間でもある。
そして私はこの春の収穫祭は大好きだった。
小麦を使った料理が広場に設けられたテーブルにどかどかと盛られ、ディアリス中からパンの匂いが漂い、皆がシアリィを飲みながら歌い踊り、皆が陽気で笑顔に溢れている。
いつまでも続けばよいと思う日々が、ここにあるような気がするのだ。
我が家の家族が1つのテーブルを占拠するように座り、それぞれが訪れるそれぞれの友人達と雑談しつつ飲めや歌えで騒いでいるのをBGMにして、私は私でウォルフとウィフを相手にパンを千切っては投げ与え、それを空中でパクパクと食べるのを眺めて楽しんでいた。
ちなみに飲み物はシアリィではない。サーパというグレープフルーツに良く似た匂いと味の果物を搾った果汁に、シアリィを作る前段階でできる麦芽糖を混ぜた甘いジュースである。
ちなみに、シアリィに使われる保存料はサーパの皮を干したものが使われているので、味は兎も角匂いはシアリィに似ていなくも無い。
ウォルフとウィフにパンを投げ与え終えて、私の前にちょこんとお座りした2匹の頭をガシガシと撫ぜていると、パンを与えているのを遠めでじっと見ていた子供が2人、こちらに寄ってきた。
双子のトニとメル、双子の2卵生双生児の5歳児である。
トニもメルも良く似ているがトニは男の子だし、メルは女の子だ。二人とも好奇心で生きてます!といった様に目を爛々と輝かせながら
「おにいちゃん、触ってもいーい?」「い~い?」
と、とても可愛らしく聞いてくるので、ウォルフとウィフに伏せを命令して
「いいよ」と、笑顔を答えてあげた。
子狼達は、最初は私以外に対しては警戒心を抱いているようだったが、警戒しなくても良い相手には伏せをさせてまず触らせる。その後に、触っている相手の匂いを嗅ぐことで相手のことを覚えると、あまり警戒しなくなるという傾向にあった。現に家族はそうすることで警戒しなくなったのだ。
トニはウィフの背中を撫ぜ、メルはウォルフの背中を撫ぜながら『わぁ~』と、異口同音で感嘆の声を上げる。
なんとも微笑ましい光景である。
2人が満足するほど触ったのが目に取れたので、2人に
「じゃあ交代だ」と、告げてトニとメルをその場に座らせた。
そうすると、今度はウォルフとウィフが立ち上がり、トニとメルの匂いを嗅ぎ始める。
腕や足に鼻先を近づけてフンフンと匂いを嗅ぐ2匹、お尻の匂いを嗅いでいた時はなんともなしに笑えた。
双方の匂いを嗅いで満足したウォルフとウィフの2匹は、トニとメルの眼前に座り、彼らの鼻先をペロリと舐めた。
するとトニとメルはウォルフとウィフに抱きついて満面の笑みを浮かべていた。
私もきっと微笑んでいたはずだ。
そんなこんながあったりもしたが、子狼の相手をしながら祭りの雰囲気に浸っていると、ドルーミという男がシアリィの入った木製のジョッキを片手に現れた。通称、モルソイの盆暗息子である。
ドルーミの何を持って盆暗とするかというと、働かない・体力が無い・甲斐性が無い、の3点である。と、祖父が言っているのを聞いたことがあった。
この場合、働かないのと甲斐性が無いというのは同義である。働かないわけではないのだが、なんといえば良いのか・・・財産を得ようとしない態度?ちなみに彼は26歳だ。すでに嫁さんをもらったり婿入りしていてもおかしくは無い年である。
彼自身嫁さんは欲しいような態度を見せてはいるのであるが、長男はすでに結婚しているというのに未だに親元の家から巣立つこともなく、親の脛を齧っているあたりがダメダメだ。と、祖父が語っていた。
ついでにいうと、彼と同年代の女性はほぼ結婚を終えており、彼が結婚したいといえば必然的に年下から選ぶことになるのだが、ドルーミときたら成人前の女の子にすら色目を使っておこうとする始末である。
盆暗に次いで年下趣味のレッテルも貼られた彼に、春が来る気配は見えない・・・
今も、一昨年成人を迎えたカーネちゃん(16歳美少女)にコナを掛けて見事に振られていた。もう少し空気を読めと、思わざるをえない。
大体、会話もしたことが無いであろう程の年齢差の女の子に、酒に酔いながらナンパしてどうにかなると思っているのだろうか?
それを見るだけで彼がモテナイ理由が垣間見える。
カーネちゃんに振られて、チッと舌打ちした彼はこちらにフラフラと歩いてきて、私の足元で寝そべっていたウィフを見ると、唐突に足を振り上げた。
「あっ!」と、声をあげる間も無く蹴り上げられようとしていたウィフは、すっと立ち上がるとバックステップで華麗にそれを避ける。
そして、ドルーミの背中側からウォルフが飛び掛り、彼の衣服を咥えるとドルーミを強かに投げ飛ばした。
ビターンと投げ飛ばされたドルーミを見て、思わず「ぶふっ」と笑ってしまったのは仕方ないと思いたい。なんというか、哀れを誘うかのような無様な喜劇だったのだ。
顔を真っ赤に染めたドルーミは立ち上がり、私の襟元を掴んで腕を振り上げたが、私の視線は俄然冷たいままである。おまえ空気読めよと言いたい。でも言わない。
何が起こっていたかなんて、証人はそこらじゅうにいるだろうし、私の座っているテーブル周りは音も無くシンとしており、それぞれがドルーミに冷めた視線を送っていた。
26歳大人、8歳の子供に殴りかかる!
・・・なんという格好の悪さ。
ドルーミも辺りの様子に気がついたのか、腕をプルプルさせて私を見ていた。きっと事態の収拾方法を悩んでいるのだろう。
やがて、ドルーミが
「おまえがお・・・」
何かを言おうとしたところで、頭をグワシと何者かに掴まれて彼は投げ飛ばされた。
「いよーう!祭りなのに肉が無いのは寂しいから、とってきたぜ!」
と、朗らかに現れたのは猪を引き摺ったギムリである。
後方からギムリの猟師仲間数人も、それぞれの獲物を持ちながら歩いてきていた。
俄然広場の雰囲気は盛り上がり「薪だ!薪もってこい!」と叫ぶ誰かや、その場で解体をはじめて「キャー」と喚く幾人の声があがったり、私の座っていたテーブル近辺は喧騒につつまれてゆく。
ウォルフとウィフは、ギムリに猪の心臓の肉を貰ってグイグイと奪い合いをしていた。
「災難だったな、ノルよ」
と、言いながら髭でジョリジョリしてくるギムリの行動を、祭りであるからという広い心で受け止める私であった。
なんとなく構想が浮かんだので書いてみた春の収穫祭編