八歳の春 3
体調が復活した春も終わりの頃、麦の収穫の時期になっていた。
今年の麦の出来映えは上々のようで、麦踏みをした成果も上がっているようで私としても喜ばしい限りである。
麦の収穫を終えると、春の収穫祭だ。ディアリスでは年に2回収穫祭があるのだ。
若い衆が麦を刈り取り、年長衆が刈り終わった畑に刈り取った麦穂を干すために丸太を組んで干し場をつくってゆく。
川沿いの麦畑はディアリス全体の有志によって刈り取りが行なわれるため、私も手伝いに参加した。
といっても木製の鎌でジョリジョリと茎を切り取っていく作業なので、鉄製の鎌の作業効率を前世の記憶としてとはいえ知っている私としては、なんとも切ない気持ちになる。
別段、鉄器による採取道具が無いというわけではない。現に私の周りで刈り取りを行なっている大人の中にもチラホラと鉄の刃のついた鎌で刈り取りを行なっている人もいる。
しかし、刃全体が鉄とかそういう作り方ではなく木製の鎌の刃の部分に鉄がついていて、それを研いだような形状だった。
鉄器の概念はあるが、使い方が洗練されていないとでも言えばいいのだろうか?そのうち鍛冶にも手を出してみたいものである。
ちなみに、子狼達は私が刈り取った穂を咥えて走り回っている。それを、ノエルや恐れを知らない幼子達がキャッキャと追い掛け回していた。
どうでもいいが、働けよ・・・姉。
刈り取りが終わると、収穫祭。それが終わる頃には程よく麦も乾いて脱穀しやすくなっていることだろう。
川沿いの畑から取れる麦は、大麦はシアリィの仕込み用。小麦はいざというときの為に穀物庫に保管される以外は各家庭に分配される。
父は麦が例年よりも豊作だったことにご満悦のようで、収穫祭前日から酔っ払い気味である。
ディアリスにおいては、飲み水の変わりにシアリィを飲むことも良くある。
真水を飲むよりは栄養があると言われているので、大人はもちろん時には子供ですら良く飲まれる飲料でもあるのだ。
酔っ払いの里である。
私自身今の体になってからというもの酒にはとんと弱い体質になってしまっているので、シアリィを味わったことは過去に1度しかない。コップ1杯で昏倒してから、母は私にシアリィを飲ませてくれないのである。
匂いでノックダウンしてしまうくらいなので、飲みたくてもそうそう気軽に飲むわけにはいかないのも事実ではあるのだが。
ワイワイガヤガヤと姦しい居間にて、壁に凭れて座っているとウィフが寄ってきて私の車に組んだ足に腹を上に向けて寝そべった。撫でてほしいときはそうやって私に甘えてくる。
ウィフのお腹をスリスリと撫でながら、さて次は何をするのだったかを考え始めた。
窯を作るためにレンガが必要で、レンガを作るために井戸を掘ったところまでだったな、と思い至ったときに、ふと違和感が頭をかすめた。
陶器を作るために、窯を作ろうとして、窯を作るためにレンガを作ろうとして、レンガを作るために井戸を掘った。
だがしかし、レンガを作る工程の中にも焼くという工程はなかっただろうか?という疑問である。
あれ?窯を作るためにレンガがいるのに、レンガを焼くにも窯がいる・・・だと・・!?
それ以前に、なぜ陶器という難しそうな方向から攻めようと思い至ったのかという疑問すら湧き出てきた。
まずは土器からで良かったのではないか?という疑問である。
土器なら、粘土と細かい砂があれば簡単に作ることが可能だった気がする。紐状にした粘土を重ねるようにして形状を作っていき、乾燥させて薪で焼くだけだ。
あれ・・・?
・・・考えすぎたようだ、初心貫徹初心貫徹。深く考えてはいけない、考えすぎは袋居士。どっかの偉い人がそんなことを言ってたはず。
ふと目線を足元に移すと、口を半開きにして舌をだらーんとさせたウィフが、体をピクピクとさせながら恍惚っぽい感じであった。どうやら考えながら撫でていたお腹が気持ちよかったようだ。