8歳春 2
地面を掘ったら水が出た。
という話は、井戸を作成して1週間もしないうちにディアリスの住民の間に広まったそうである。
どこを掘っても出るわけじゃないとは思うのだが、ダウジングして掘りましたなんていうのは微妙に眉唾くさく、ダウジングの方法を解説するのもどうやってすればよいのか分からない私は、「なぜそこを掘ろうと思ったのだ?」という父の質問に対してなんとなく掘ったという話にしてお茶を濁した。
わざわざ川に汲みにいく必要が無く、汲みたての水は澄んでいてさらに冷たい。
シアリィに使うのに丁度良いかもしれないという話になり、ディアリスの民は各々の家の近くで井戸を掘ることを試みているようだった。
でも私には関係ない。水がでなくても私の責任じゃないのだから!
井戸を掘るという行動の時点で(実際は穴を掘っているだけにしか見えない)アホの子扱いされていて、さらにダウジングの意味やら方法やら効果等をどうやって伝えたら良いのだと思わざるをえない。
ある意味占いに似た方法であるし、効果自体もたまたま成功しているが、私自身湿った土が出だすまでは半信半疑で掘っていたのだ。
半ば井戸を掘るのではなく、穴を掘ることを重視してしまっていたくらい辛い作業でもある。
どこやらの家庭が掘りました。水は出ませんでした。どうしてくれるんだ!と、言われても「知らんがな」で済ますつもりである。
『アホの子』扱いから、穴を掘ることで『かなりアホな子』扱いに変化して、最近は『よくわからない子』認定されているようだった。姉情報なので真偽のほどは不明である。
この場合、『アホの子』というのは頭の悪さではなく、行動的な意味である。私は基本的に大人受けが良いらしいというのを祖母から聞いた。
すれ違えばしっかりと挨拶をし、誰かに迷惑をかける行動も特に起こさず、年長者の話を良く聞いている。主に最後の行動が、ディアリス住民の高年者層の孫に構ってあげたい精神みたいなものを刺激しているとかなんとか。
私の知識欲を満たすための行動が、思わぬところで副産物を得ていたというわけだ。
爺さん婆さんにモテモテである。なんという不毛なイメージ。
井戸を掘り終えたことで燃え尽き症候群にかかっていた私は、井戸ができた日から2週間。子狼達と戯れて過ごした。
もう色々と酷い事になっていたのである。
マメの上にマメができてそれが何度も潰れることを繰り返した私の手は、そこらじゅうに傷跡が見える。
掘っている間は、痛くても掘っているうちに手の感覚がマヒし始めて痛みをそれほど感じることもなかったのだが、いざ穴掘りから開放されると途端に私の体は痛みを伝えてきたのだ。
筋肉痛すら超越して掘り続けていた私の背筋は、チリチリといつまでも痛みを訴え、二の腕の痛みなど何もしていなくても涙を誘うギリギリさ加減であった。何度も土を持ち上げた膝はプルプルと震え、腿の筋肉は立ち上がるのを拒否するが如く固まってしまっていた。
掘り終えて翌日、寝床から起き上がることができなかったほどである。まさに押して知るべし。もう一度言おう、子供のする作業じゃない。
仕方なく休養することにしたのであるが、その日の朝いつまでも起き上がってこない私を心配して寝床に見に来た母は私を見て
「ぎゃーノルが死んでるー!」
で、ある。
死んでないわ!と叫び返そうにも、体の痛みがひどい私は満足に声を出すことも叶わず、むしろ目開けてるだろう!と、言いたくても言えず。
私の胸に覆いかぶさるようにして泣く母の体重で、息も満足にできずに死に掛けているところを祖父の手で救われた。
九死に一生スペシャルである。なにがスペシャルなのかは知らない。語呂がいい
3日間寝床から起き上がれず、ノエルに子狼の面倒を任せた。が、子狼達は私の傍を離れようとせず、せめてエサの魚を釣ってきてと頼んだのであるが、ノエルは釣りが下手であった。
昼頃一度戻ってきて、「お魚さん釣れないよう」と祖父に泣きつき、祖父が魚を釣ってきてくれたほどである。
頼む相手を間違えたとは言うなかれ、「私が面倒見てあげる!」と、鼻息荒く宣言する彼女に、否と言えるはずもなかったのだ。
4日目、起き上がることはできた。歩くことも可能ではあった。しかし見た目は産まれたての小鹿の如くプルプルしていた。
それを祖父と祖母が慈しむ目で見つめていたのが、若干引いた。釣りに行くのは無理なので祖父にお願いしておいた。
7日目、動くことはそれほど苦痛ではなくなった。子供の体すごい。筋肉痛ひどい。
でも、川に行くほど体力が無い。
10日目、川に行ける程度には回復した。さっそく子狼達のために釣りに行く。万が一のために祖父も一緒だった。
私の釣りは、フライフィッシングのようなものである。釣り針に羊の毛と枯葉の薄皮を用いて川蚊のような形を作ったものを使用する。川蚊は一年中河原近辺に生息しているので、一年中それを捕食する魚の餌になる。つまり、川蚊の毛鉤はエサいらずで経済的で良く釣れる私だけの秘密である。・・・その日祖父に知られたが。
竿を良く振って川の中まで糸が伸びるように調節して投げるのであるが、それだけの行動がその時の私にとって苦痛であったことは言うまでも無い。
川面まで毛鉤が飛んだところまではいい、そこで私は一瞬気を抜いた。
結果、私は竿ごと川に引き込まれかけた。
いつも必死に釣り上げていたことをすっかりと忘れていた。踏ん張ることが不可能だった私の体は、釣り竿を握ったままつんのめるように川に寄っていくところを祖父が捕まえてくれなかったら、川の中に転倒して全身ビショ濡れになっていただろうということは確かである。
私の釣りを興味深げに眺めていた祖父に、竿を渡して釣り上げてもらった。
子狼達は、最近釣りあがった魚をジャンプして空中でキャッチする技術を会得しようとしている。
14日目
俺復活!俺復活!俺復活!俺復活!俺復活!俺復活!
そんな感じの2週間だった。