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No.8512の一覧
[0] 日出ずる国の興隆 第六天魔王再生記 <仮想戦記>[Ika](2010/03/19 22:49)
[1] 第1話[Ika](2009/10/26 02:15)
[2] 第2話[Ika](2009/10/26 02:21)
[3] 第3話[Ika](2009/09/20 17:54)
[4] 第4話[Ika](2009/09/21 00:24)
[5] 第5話[Ika](2009/09/27 15:48)
[6] 第6話[Ika](2009/10/03 01:03)
[7] 第7話[Ika](2009/10/10 02:52)
[8] 第8話[Ika](2009/10/15 02:22)
[9] 第9話[Ika](2009/11/03 23:38)
[10] 第10話[Ika](2009/11/09 01:36)
[11] 第11話[Ika](2009/11/15 17:37)
[12] 第12話[Ika](2009/12/06 19:17)
[13] 第13話[Ika](2009/10/26 02:05)
[14] 第14話[Ika](2009/11/01 17:19)
[15] 第15話[Ika](2010/01/27 02:52)
[16] 第16話[Ika](2010/03/24 02:33)
[17] 第17話[Ika](2009/07/06 03:14)
[18] 第18話[Ika](2009/07/19 21:44)
[19] 第19話[Ika](2009/07/19 21:39)
[20] 第20話[Ika](2009/08/10 01:09)
[21] 第21話[Ika](2009/08/16 17:55)
[22] 第22話[Ika](2009/08/23 19:18)
[23] 第23話[Ika](2009/08/23 19:16)
[24] 第24話[Ika](2009/09/21 17:09)
[25] 第25話[Ika](2009/10/15 02:11)
[26] 第26話[Ika](2009/10/10 02:44)
[27] 第27話[Ika](2009/10/11 19:23)
[28] 第28話[Ika](2009/10/18 19:21)
[29] 第29話[Ika](2010/01/17 20:08)
[30] 第30話[Ika](2010/01/12 02:27)
[31] 第31話[Ika](2010/03/19 22:12)
[32] 第32話[Ika](2010/03/28 22:36)
[33] 第33話[Ika](2010/05/23 15:07)
[34] 第34話[Ika](2010/07/11 17:21)
[35] 第35話[Ika](2010/09/27 19:30)
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[8512] 第31話
Name: Ika◆b42da0e3 ID:233c190d 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/03/19 22:12






 <第31話>



 「久しぶりに来たけど、やっぱえらい活気やなぁ」

 ここは日本の中心・京の都。その町の凄まじいまでの活気を眺めながら、一人の壮年の男が呟く。
 彼の名前は権平。様々な商品を取り扱う堺の交易商人だ。今も織田領内で仕入れた商品、主に木綿や絹などを九州に運び、交易を行った上で帰ってきた所である。堺港に入港し、その後すぐにその足でこの京の町までやって来たのだ。
 理由は一つ。とある人物に呼び出されていたからである。
 向かう先は、織田家の兵器製造や鉄の製造を行っている京都工廠だ。
 織田家では情報収集の一環として、交易で日本全国を走り回る商人達を定期的に呼び出し、その情報を聞き出すという事をしているのである。実際に現地まで行き、見聞きしてきた情報という物は存外役に立つ物が多いからだ。
 それに加えて権平は一つの依頼を受け、その件と合わせてここまで来ていたのである。

 「失礼しますー。ワテ、堺の商人の権平と申します。今日は京都所司代・村井貞勝様に呼ばれて参りました。御取り次ぎ願えませんやろか?」

 「うむ? ああ、伺っております。しばしお待ち下され」

 目的地へと到着した権平は工廠入口に立つ門番に話しかける。すると話しは通っていたようで、すぐに取り次ぎがなされた。ほどなくして権平は奥に通される。
 ただ不思議な事に、連れていかれたのは製鉄の為の炉がある作業所の方であった。こちらで良いのか? と不思議に思う権平ではあったが、案内の者が迷いなくずんずんと進んで行くので静かにその後に付いて行く。しばらくして目的地に到着したのか、案内の者が一つの建物に入る。権平もすぐにその後を追い、その建物の中に入って行くと、入った瞬間に凄まじい程の熱気が権平の顔を叩いた。
 中は汗ばむほどの室温である。それもその筈、既に炉に火が入り、その中では炎が轟々と渦巻いていたのだ。その周りでは幾人もの工員達が忙しく走り回る。

 「おう権平、来たか? 待っておったぞ」

 そのような中で、忙しく働く工員達とは少し離れた所で立つ、皆の働きを眺めていた二人の男が権平の事を待ち構えていた。
 一人は権平を逸早く見つけて話し掛けてきた、この場に権平を呼び出した張本人である織田家・京都所司代の重職を務める初老の男・村井貞勝である。
 そしてもう一人、隣に立つ人物…。

 「権平、大儀」

 静かに、しかし威厳を多大に含んだ声で権平に話しかけてきたその人物とは、なんと織田信長であった。
 権平はその予想だにしていなかった織田信長の姿に驚愕し、慌てて一歩後ろに下がる。そしてすぐさま手を付き頭を地面に擦りつけ、平伏した。

 「こ、これは信長様! 私めのような木端商人がその麗しき御尊顔を拝し奉りまして、誠に恐悦至極に御座いまする!」

 「良い。面倒な礼節は不要。時間の無駄じゃ。面(おもて)を上げよ。近うに来て九州での事を話せぃ」

 「ははっ!」

 村井貞勝に呼ばれていたはずが、いきなりの中央の支配者・織田信長の登場である。それに驚き、面食らった権平であったが、すぐに気を取り直し顔を上げた。
 これは考えようによっては好機、日本でも有数の権勢を誇る権力者に自分の顔を売る絶好の機会である。
 勿論、京都所司代である村井貞勝とてこの京の都の差配をする身、かなりの権力者だ。だがこの信長はあきらかに別格なのである。
 この好機を見逃すようでは腕の良い商人とは言えない。
 気持ちを立て直し、自身に喝を入れる権平。気合いを入れ直し、報告を始める。

 「まずは御依頼を受けておりました品で御座いますが、ちゃんと届きましたでしょうか? 御急ぎとの事でしたので別路で御送り致しましたが?」

 「ああ、届いておる。大儀であった」

 「それはようございました。私も重き肩の荷がおりた心持ちです」

 権平はこの訪問に先駆け、船が堺の港に入ってすぐに、とある荷物をこの場所に送っていた。
 それは九州に交易に行く前に村井貞勝より直々に手に入れて来てくれと頼まれていた品である。九州の地に埋もれている、未だ特に何にも利用されていない隠れた資源。この何百年か先の未来には、黒の宝石・黒いダイヤとも評される事になる重要な資源。

 そう、石炭の事である。

 今回権平が手に入れてきたのは極々少量の石炭なのだ。
 九州では未だ確たる使用目的も無く、何にも利用されていない。その為その価値は認められておらず、当然ながら採掘も行われていない。現状において石炭という存在は、唯々そこに不思議な石があるといったような認識がなされているだけだ。
 それを権平が取引を行っている九州の国人領主や商人に頼み込んで掘ってもらい、持って帰って来たのである。

 こんな物を何に使うのかと訝(いぶかし)がむ九州の者達に、船の重石に使う・何かに使えるかもしれないので持って帰って調べてみる・織田信長が珍しい物好きなので喜ぶかもしれない等々の言い訳をしつつ、格安で手に入れてきたのだ。
 かく言う権平も、こんな小汚い石を何に使うのか? と不思議に思っていた所である。
 だがどのような物であれ、これを手に入れて来てくれ、と言われれば万難を排してでも手に入れてみせるのが良い商人の証し。この小汚い石を持って帰って来る事によって上客である織田家に喜んでもらえ、さらなる歓心を得られるのであらば安いものである。
 さらにそれを仕入れ値・経費以上の値段で買ってくれると言うのであれば権平に文句は無い。

 「それで頼みがあるのじゃが、これから九州に交易に行く際には毎回、この石炭を手に入れてきてほしいのじゃ。九州の国人達に怪しまれぬ程度で良い。無理の無い量でかまわん。船の片隅にでも積んで持って帰ってきてくれ」

 「は? まだ必要なのですか? いや、別に私は一向に構いませぬが、しかし一体全体、こんな物を何に使われますので?」

 「権平、それは聞くで無い。お主は知らんで良い事じゃ」

 「そ、そうで御座いますか…。申し訳御座いません、出過ぎました。御許し下さいませ」

 平伏し控える権平に貞勝が話しかけて来る。それはさらに継続的に、この石炭という石を手に入れてくるように、との言葉であった。
 当然ながらこんな汚い石を何に使うのか? と権平は疑問に思いそれを問い掛ける。しかし、それに返ってきた返答は切り捨てるかの如くの、一切の追及を禁ずる厳しい物であった。
 貞勝の想像以上にきつい口調に、これ以上この話題を話すのは危険と感じ、権平は早々にこの話題を切り上げる事にして謝罪する。

 ちなみにこの権平が九州より持って帰ってきた石炭が一体全体、何に使われているかというと、答えはこの製鉄炉であった。
 信長が目指していたのはコークス高炉だったのである。すでにこの場では蒸し焼きにされた石炭からコークスを作り、そのコークスと従来と同じ炉を用いての鉄の精錬実験が始まっていたのだ。
 だがその実験もすぐに中断される事となる。信長達の目線の先でずっと作業を行っていた職人達より、異変を告げる悲鳴のような報告の声が上がったからだ。

 「信長様、駄目です! まさかこんなに温度が上がるなんて! もう炉が持ちません! 壊れます! 皆、急ぎ炉から離れよ!」

 その叫び声に合わせて廻りの作業員が炉から一斉に離れた。その直後に炉に幾つもの亀裂が走り、中に入っていた中身が漏れだしてくる。高温に熱せられ、マグマのようにドロドロに溶けた鉄が後から後から炉から溢れだし、ジュウジュウという廻りの物を焦がす異臭と耳障りな音が辺りに響き渡った。

 「やはり持たなんだか…。だが工廠長よ、これは想像以上に温度が上がったのう。これを使えばさらに多くの鉄が出来そうではないか?」

 「ええ! これは凄いです! まさかこんなに温度が上がるなんて! 今までの炉とは比べ物になりません! この高温に耐えられる炉ができれば、今までよりさらに短い時間で、さらに何倍もの鉄を生産できましょうぞ! 素晴らしい! 凄い物ですよ、この 『こおくす』 と言う物は!」

 壊れてしまった炉を呆然と見つめていた工廠長に信長が声をかける。その信長の言葉に、興奮した様子の工廠長がすぐさま返答を返した。工廠長は我慢できないと言った塩梅で壊れた炉の周りを歩きまわる。
 温度が下がるまで危なくて近寄れた物ではないが、工廠長はそれでも一刻も早く自身の目の前にある、この新しい存在を調べたくて調べたくて仕方が無いのだ。
 そのような様子の工廠長に信長がさらに問い掛ける。

 「何か思案はあるか?」

 「…いえ、今の所は何も…。この炉は従来の物と比べ、おそらく倍は温度が上がっておりまする。それに耐えようと思えば、今までの物とはまったくの別物が必要です。炉本体は無論、新しき送風の仕組み、間仕切りの為の何か…。それ以外にも問題は山積み…。ほぼ一から造り直す覚悟が必要かと」

 「ふむ、であるか。相判った。急ぎはせぬ。時間は掛かっても良い。なんとしてでも作りだせ。その為に必要な金子(きんす)は全て出す。領内の陶工や刀鍛冶達も動員し、この炉作りに協力させようぞ。必ず成し遂げよ」

 「ははっ! 必ずや成し遂げて御覧に入れまする!」

 信長はこの京都の工廠長に、コークスを使用する製鉄炉の製造を命ずる。その信長の言葉にはっきりと工廠長が答えた。
 彼は技術者として職人として、この目の前の存在に心奪われていたのである。
 今まで自身が綿々と培ってきた様々な経験から、眼の前のこのまったく新しき存在が途轍も無い物であるという事が誰に教えられずとも理解できていたのだ。
 そして同時にその偉業を成すのが自分であるという事に途轍もない喜びを感じているのである。

 信長はそのような工廠長の様子を満足げに眺めた。この人物なら必ずやり遂げるげあろう、と。
 別に何年かかろうと構わない。いや、むしろこの革新的な技術が短時間で達成できるとは思っていない。おそらく最低でも数年は必要であろう。だがそれだけの価値はある。必ず達成しなければならない事柄なのだ。

 「では、工廠長、後は頼んだぞ。権平は付いて参れ」

 「はっ! お任せ下さいませ!」

 「はい、畏まりました」

 実験用の炉が壊れてしまった為、今の時点では特に何もする事の無くなった信長と貞勝は引き上げる事にする。工廠長に後始末を託し、二人は権平を伴い出口に向かう。
 そして作業所を出た三人は隣接した屋敷の応接間に入った。
 奥の一段高まった上座に信長が着座し、その下段脇に貞勝が、そして信長の正面の板間に権平が平伏して座る。

 「それでは権平、報告致せ」

 「はっ! まず私が交易に行って参りました北九州の各地ですが、結果から言いますと特に変った所はありませんでした。博多の町も変わりなく栄えてはおりますが、かと言って前よりと特に変わった所があるのか? と言われますと特には御座いません。むしろこの織田様の領内の方が変化と言う点で言えば凄い物です。他に耳にした情報で変わった所と言えば、私が取引きをしておる博多の商人が申すに、最近南蛮船の入港が急激に増えて来ているとの事です。特に現在の貿易港・博多だけでは無く、他にも薩摩や肥前の方にも入っているとの事です。数で言えば従来の数倍には増えているとの由」

 「南蛮船が? 積み荷は何か判るか?」

 「全部は判りませんが、私が聞いた博多商人が知っている限りでは、鉄砲と硝石との事です」

 「ふうむ…、鉄砲と硝石か…。従来通りだと言えばその通りであるし、その量がおかしいと言えばおかしい…」

 信長の問い掛けに権平が答える。
 まずは九州の各地の様子だ。これについて言えば、権平曰く、これと言って目立った変化は無いとの事である。それもその筈、九州も長く打ち続く戦乱の世において、現状維持で精一杯なのだ。これについてはどこかの勢力が九州を統一するなど、大きな環境の変化が起こらない限り、変化の仕様が無いだろう。
 むしろこの戦乱の世において年を追う毎に発展している織田領の方が特異なのである。

 この時代、普通は領内の安全どころか、通行も、治安ですら保障されていない。また移動だけを考えた場合においても、事あるごとに陸では関所で、海では海賊衆達に、通行料だ何だと一々お金を払わなければならない。
 さらにいつ何時(なんどき)、戦乱に巻き込まれるかもしれない。そのような時代においての今の織田領内は完全に別物なのである。
 織田領内では安全な治安を確保し、自由な移動、自由な商業の土台が出来てきているのだ。それはすなわち織田領内においては、すでに中世的封建制度が崩壊してきている事を意味している。
 従来では民衆達の移動は許可されていない。何故なら彼らの移動を許可してしまえば彼らは各々勝手に住みやすい所に移動してしまう可能性があるからだ。それがまだ同じ国内ならまだしも、他国に行かれたりした日には目も当てられない。そんな事を容認してしまえば国が崩壊してしまう。だからこそ彼らは民衆達を同じ所に括り付け、安定した税収が得られるように移動を許可しないのである。その上で教育も受けさせず、情報も封鎖するのだ。結果、極めて閉鎖的な社会が出来上がる。
 それが中世の民衆支配、所謂、封建制度という物なのだ。

 織田領内の信長により打ち出された現在の治世は、悉(ことごと)くそれの逆を行く。
 領民達に教育を与え、政府広報という極めて一方的ではあるが情報を伝える媒介もある。その上で行動の自由も完全では無いとは言え、あるのだ。さらには領民達から限界まで搾取するのでは無く、出来得る限り豊かになれるように取り計らっている。
 それらは施政者としては、あらゆる危険と隣り合わせの政策だと言ってもいいだろう。

 例えば織田家が悪政を行えば、自由に移動できる民衆達は国を捨て、出ていってしまうかもしれない。
 例えば農民達が町に出て働く方が儲かると思えば、都市部に人口が流出し、結果、農村が荒廃してしまう可能性もある。
 例えば民衆達の無秩序な移動は、今まで極めて閉鎖的であった社会に少なくない混乱をもたらし、治安が悪くなってしまうかもしれない。また豊かになった領民達は、織田家など必要無い、これよりは自分達で全てやっていく、と織田家の治世から離脱してしまうかもしれない。

 これらは実際に今の織田家にとって大きな枷となって存在しているのだ。そしてそれは同時に今までの強圧的な手法のみの支配との決別を意味している。
 織田家は民衆達が自国から出ていかないように良い政治をしなくてはならない。税金を安くし、関所を廃止し、徳政令を禁止し、高利貸しを禁止し、新田の開発を奨励し、自作農になれるように取り計らい、治安の維持に尽力する。その上で民衆達が日々の食事を得られ、立派な服を着て、人間的な住居に住めるように思案し行動する。
 その為に係る費用・手間たるや莫大な物だ。
 だがしかしである、それにより得られる利益はその不利益を大きく越え、途轍もない物となる。

 簡単に言えば、今までの中世的封建制度が民衆達を単なる家畜のような存在としてみなし、決まった場所に固定して囲い込み、民衆達はただ反抗せず静かに毎年決まった税金を払え、と過酷に取り扱ったのに対し、織田家のこの治世下においては民衆達は一人一人が人格を持った人間として自らの意思を持って生活し、自らの意思で持って国の為に尽くす。
 それは口の悪い言い方をしてしまえば、家畜と人間の違いである。もしくはただ惰性で生きる人間と、希望と未来を持った人間の違いだ。
 そしてその社会の空気の変化は、全ての民衆達が肌で感じとっている物である。
 特に商人達がそれらを強く感じていた。他の領内に行くと良く判る。織田の領内と比べると、何と言うか至極やりにくいのだ。他では移動するだけでも大仕事。さらにはなんやかんやと、その土地の領主より規制が入る。それにより生じる出費も馬鹿にならない。さらには言い掛りで財産を全て没収される事すら有り得るのだ。

 これらの現在の日本の状況を言えば、織田に統治してもらった方が商売しやすい、と商人達に思わせるには十分な実績だったのでる。彼らはやはり交易以外では織田領内からは出たくない、諸々の法度が整備されている織田領で商売したいと思っているのだ。
 それ故、国内、他国を問わず大部分の、それこそ他大名家抱え込みの大商人や特権商人を除いた殆どの商人達は織田家に対して多いに好意的である。
 だからこそ情報の提供にも積極的に答えてくれるという訳だ。

 続いての情報が九州の各地に南蛮船の入港が増えているとの情報である。
 この情報単体で言うとなんと言う程の物では無い。気に掛ける程の価値も無いといえる情報であろう。しかし信長は最近とある情報を竹中半兵衛から聞いていたのである。曰く、織田領に来る南蛮船の数がどうも減ってきている気がする、との彼の言葉だ。その半兵衛の言葉がこの権平の情報を聞き、信長の脳裏をよぎったのだ。
 半兵衛の報告を聞いた時は不確実なこの時代の交易船の事である、遅れているのか難破したのか、とりあえずそのような理由で一時的に減ったのであろう、とその報告自体を軽く聞き流していた。
 実際に信長にこの報告をした当の半兵衛自身にも、さして重要な情報であるとの認識は無かったのである。ただ気付いた統計的な事実を述べたに過ぎない。

 だがそれら二つの情報を繋げて一つの事象として見れば如何か? 
 この二つの情報が示す可能性、つまり南蛮の交易船自体の絶対数は減ってなどはいなく、織田領に来ていた分が九州に流れているのだとすれば…?
 すなわち南蛮人達の関心が何らかの切欠で、織田家重視から九州重視にシフトしたのだとすれば…?
 それが事実なのだとすれば途轍もない重大事だ。





 「どうもキナ臭いな…。少し力を入れて調べさせるか?」

 信長が考えながら一人ポツリと呟く。何故か悪い予感がする。それは言うなれば唯の感だ。だが唯の感と言えども、幾度もの危機・死線を乗り越えて来た者の第六感という物はけして馬鹿に出来ぬ物がある。
 その第六感がこの二つの情報に何かおかしな物を感じ取ったのだ。何らかの行動が必要である、と。
 その事を頭の片隅に収め、これに対する対応は後にし、信長はさらに権平に問いかける。

 「それはそうと、権平。我が領内での商売はどうだ? 何か変わった所、不便な所はあるか?」

 「いえいえ! 不便だなんて滅相も御座いません! どこよりも良くして頂きまして誠に商売がしやすく、本当に我等商人一同、いつも感謝の念に堪えませぬ! 最近も私の友人で堺で商売させてもろうてます庄蔵と申す男がおるんですけど、織田様の領内で新しい商売を始めさせてもらっており、えろう景気も良いらしく、本当に常日頃からありがたく思っておりまする!」

 「ほう、それは良き哉。何の商売を始めたのだ?」

 「木綿の取引きです。例の織田様の考案で始まりました木綿増産の為のアレでございます」

 「ああ、あれか。役に立ったのであれば重畳」

 ここで二人が話しているアレとは信長の発案によって始まったとある商売の事である。
 織田家領内において農村部での暮らしが大分上向きになって来た事は前にも書いたが、その事により農民達に少しづつではあるが、余力が出来てきているのだ。
 今回そこに目を付け、領内において新たな作物の生産を奨励しているのである。それは俗に言う商品作物と呼ばれる物だ。ちなみに商品作物とは、木綿や絹、菜種、茶、イグサといった、食べる為にでは無く市場に売りに出す事を前提に作られる作物の総称の事である。
 当然ながらそれらは農民達に余力が有り、且つ、市場経済がある程度の規模成長しており、さらに農業生産に人口以上の余剰生産が無いとできない。

 今までも木綿については交易の為に力を入れて生産させてきたが、ここに来てさらに幅広い生産を視野に入れ新たなる市場を作りだす為に動き始めたのだ。
 簡単に言うと、商人達が農村に行き、商品作物の苗や種、それに生産の為のノウハウをセットして農民達に売り、その生産された作物を一括して買い取る契約を結ぶ。
 今で言う、一種の生産委託のような状態である。
 これは双方に利点のある手法であり、静かに浸透していった。まず最大の利点が農民達のリスクが減る事である。
 当然ながら何か新しい事を始めようと思えばそこにはリスクが生じてしまう。それは無事に育つのか、育ってもどうやって売るのか、ちゃんと儲かるのか等々、色々な懸念の事だ。それを商人達がノウハウと共に、出来た作物を全て買い取る契約を結ぶ事によって、農民達はリスクを最低限にまで抑える事ができるのである。

 例を上げていくと、まず第一に農民達にとって初期投資は基本分割払い・後払いで良い為、小額で済む。これは信長の商人達への説得、曰く、短期的には損しても長期的に見てさらに大きな得を手に入れよ、との言葉からである。最初に商人達が初期投資の差額分、損をするが、その後は安定した商品調達・供給先を得る事ができるのだ。
 第二に農民達にとっても煩わしい様々な業務から解放される事も大きい。それは例えば種や苗を何処から手に入れるかや、出来た作物を売る為に買い手を探したり、その作物を町にまで運んだりといった作業からの解放である。それらは買取りにくる契約商人が全てやってくれるのだ。
 そのかわり全てを自分で手配してやるときよりも、商品の引き取り値は相場よりも安く設定されている。
 そこらへんは個人の好みだ。つまりは全部自分でやって不確実だが高い利益を取るか、商人と契約し協力しあって確実安定なそれなりの利益を取るか、の違いである。

 そして今回のこの試みは生活に余裕の出来た農民達の副業的な仕事、もしくはそれのみを生産する専業農家への転職と、様々な形で受け入れられ、順次その生産を増大させていた。
 ちなみにこれは織田家にもメリットがある。最初に口出しをした以外は特にこれと言って何もしておらず、費用も掛かっていないのだ。全て民衆達の独自の経済活動であり、織田家にとっては自らの懐を痛めずに税収のアップを目指す一石二鳥の政策なのである。







 「では権平、これよりも頼むぞ。特に九州で何か変事あらば、すぐに知らせよ」

 「ははっ! 勿論で御座います! 御任せ下さいませ!」

 それからしばらく色々な雑談をしていた三人であるが、最後にそう信長が権平に声を掛け会談は終わった。
 そして権平が退室したのを確認した後、信長はおもむろに貞勝に対して命令を下す。

 「貞勝、急ぎ岐阜におる半兵衛に使者を送れ。此度の情報と、それに九州に対する諜報を強化せよとだ。それと我が領内の南蛮人達の間に何か変わった所が無いかも同時に調べさせよ」

 「かしこまりました。急ぎそのように手配したしまする」

 命じられた貞勝も静かに下がって行く。そして一人室内に残った信長は静かに考え込む。考えるのは九州の情勢と、そして日本国内でカトリックの布教を行っているイエズス会の事だ。
 やはりキリスト教の布教を帝の影響下でよってのみ認めるというあの行動、外国勢力の影響力を封殺しようとしたあの政策が反感を買ったか?
 様々な事が信長の脳裏をよぎるが、それが信長の脳裏に一番に浮かんだ思いであった。
 もしかしたらここにきて要らぬ敵を造ってしまったか? もし彼奴らが敵に廻ればどれほどの不利益が生じるだろうか?
 後から後から様々な事が思い浮かぶ。

 彼らが敵に廻る事によって起こるであろう事は、敵対勢力、主に九州の大名達が今までよりさらに多くの鉄砲、硝石、鉄等を手に入れ、逆に織田家は鉄の殆どの輸入が途絶する事だ。
 もしかしたら大砲すら九州の大名達の手に渡るかもしれない。
 但し、大砲云々自体はそれほど問題にはならない。例え大砲を手に入れたとして、運用が出来ないからだ。兵器を単体で手に入れようが、補給(火薬・弾等)の態勢が無い。
 織田家はその運用の為の態勢作りに10年以上の時間を掛けて作ってきたのである。
 さらにはその多大な火力を必要とする戦いは多額の費用がかかるのだ。九州の大名達が現状においてそれを出来るとは思えない。自画自賛となってしまうが、それができるのは現状においてはこの織田家だけであろう。

 但し、一つだけ方法がある。全てを外国から輸入するという方法だ。ここに信長の一番懸念する問題がある。
 その購入の為の資金を彼らは如何するであろうか? 金には限りがある。ましてや織田程の経済力がある訳でも無い。早々に使いきってしまうであろう。そして金が尽きてしまえば、彼らに残された方法は唯一つ。すなわち奴隷貿易である。
 九州の大名達は今までも外国からの武器や硝石欲しさに自国の領民達を外国人達に奴隷として売っていたのだ。さらにそれが加速する可能性がある。それだけは許せない。

 そのような状況に陥らぬ為にも、いらぬ混乱を招かぬ為にも、出来れば外国勢力と敵対するような事にはなってほしくない。そう信長は願う。
 だがそれと同時に、おそらくそう何もかも自分の都合良く動いてはいかないだろう、という確信めいた思いも同時に抱いていた。
 なにせ織田家の政策は彼らの思惑、日本のキリスト教国化によるカトリックへの影響力化への組み込み。そしてそこからの植民地化という思惑を真っ向から打ち砕いてしまったからだ。
 これで日本がどこかの勢力の統一化にあって、つけ込む隙も無いと言う事であらば、彼らも諦めるであろうが、今だこの日本は戦乱の世である。

 「少し先走りすぎたか?」

 日本を統一してからにすべきであったか? 信長にほんの少しの後悔の念が浮かんで来た。だがそれを信長は即座に打ち消す。
 どの道、早いか遅いかの違いでしかない。いつかはこのイエズス会との関係は問題として挙がり、決着を付けなければいけなくなっていたであろう。ならば良し。向こうから旗色を鮮明にしてくれた分やり易くなったと考えよう。

 信長はその思いと共に、この日本の戦乱という大戦略のテーブルの上に突然上がってきた外国勢力に対しての戦略の練り直しを始める。彼らが介入して来た事によって今までの戦略は全て破綻したと考えるべきであろう。
 静かな部屋の中でこれからの事を、信長は一人考え続ける。












 <後書き>

 内政チートっぽい話しです。








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