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No.8512の一覧
[0] 日出ずる国の興隆 第六天魔王再生記 <仮想戦記>[Ika](2010/03/19 22:49)
[1] 第1話[Ika](2009/10/26 02:15)
[2] 第2話[Ika](2009/10/26 02:21)
[3] 第3話[Ika](2009/09/20 17:54)
[4] 第4話[Ika](2009/09/21 00:24)
[5] 第5話[Ika](2009/09/27 15:48)
[6] 第6話[Ika](2009/10/03 01:03)
[7] 第7話[Ika](2009/10/10 02:52)
[8] 第8話[Ika](2009/10/15 02:22)
[9] 第9話[Ika](2009/11/03 23:38)
[10] 第10話[Ika](2009/11/09 01:36)
[11] 第11話[Ika](2009/11/15 17:37)
[12] 第12話[Ika](2009/12/06 19:17)
[13] 第13話[Ika](2009/10/26 02:05)
[14] 第14話[Ika](2009/11/01 17:19)
[15] 第15話[Ika](2010/01/27 02:52)
[16] 第16話[Ika](2010/03/24 02:33)
[17] 第17話[Ika](2009/07/06 03:14)
[18] 第18話[Ika](2009/07/19 21:44)
[19] 第19話[Ika](2009/07/19 21:39)
[20] 第20話[Ika](2009/08/10 01:09)
[21] 第21話[Ika](2009/08/16 17:55)
[22] 第22話[Ika](2009/08/23 19:18)
[23] 第23話[Ika](2009/08/23 19:16)
[24] 第24話[Ika](2009/09/21 17:09)
[25] 第25話[Ika](2009/10/15 02:11)
[26] 第26話[Ika](2009/10/10 02:44)
[27] 第27話[Ika](2009/10/11 19:23)
[28] 第28話[Ika](2009/10/18 19:21)
[29] 第29話[Ika](2010/01/17 20:08)
[30] 第30話[Ika](2010/01/12 02:27)
[31] 第31話[Ika](2010/03/19 22:12)
[32] 第32話[Ika](2010/03/28 22:36)
[33] 第33話[Ika](2010/05/23 15:07)
[34] 第34話[Ika](2010/07/11 17:21)
[35] 第35話[Ika](2010/09/27 19:30)
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[8512] 第14話
Name: Ika◆b42da0e3 ID:233c190d 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/11/01 17:19

<第14話>



鉄砲の大音声が、兵達の発する雄叫びが、悲鳴が、断末魔が、普段は静かな金ケ崎の地に響き渡る。
戦場では浅井家の絶望的な戦いが続いてはいたが、これはもはや戦いというよりも虐殺であった。
隘路に嵌った浅井軍に向けて、高所に陣取った織田軍から矢・鉄砲の雨が間断無く降り注ぐ。

後方は包囲していなかったので、浅井軍はその十字砲火から一応は出る事はできたが、その先にも抜け目は無く伏兵が配されていた。
浅井軍の後方には逃げてくる者の掃討用に、大きく廻り込んで進出した明智隊・蒲生隊が配されていたのである。

状況は絶望的であった。




「皆、聞けぃ! 離れていては織田の鉄砲隊の的になるだけじゃ! 突撃じゃ! できるだけ近づけ! 接近戦に持ち込めば鉄砲は使えぬ!」

だが、そのような中でも独自の判断で血路を開こうとする部隊もあった。浅井家の名将・赤尾清綱が率いる部隊である。
清綱は今のままでは成す術も無く、ただ織田軍の攻撃の餌食になるだけであると判断。
すぐさま自部隊に反撃を指示したのだ。

「浅井の勇敢なる将兵達よ! 生き残りたくば、前へ進めぃ! 後ろは死地、前こそが我等が活路なり! 恐怖を飲み込んで唯、突き進めぃ!」 

清綱は突撃し、織田軍の陣列に突入する事によって、その鉄砲隊の攻撃を無効化する事を狙う。つまり乱戦に持ち込む事でこの危機を乗り切ろうとしたのである。
少なくとも今の状態では、殺されるのをただ待つだけだ。それは愚策である。

それにもしかしたら、伏撃する為に浅井軍を広く包み込むように布陣した織田軍の陣列は、考えているよりも薄いかもしれない。であれば、その包囲を突破して、逆に織田包囲軍の後方に廻り込んで攻撃する事が可能になるかもしれないのだ。
さらに言えばこの突撃が成功すれば二進も三進も(にっちもさっちも)行かなくなった他の浅井軍部隊の救援もできるかもしれない。
そう考えての清綱の突撃指示であったのだ。

清綱の指示を受けた赤尾隊は大打撃を受けながらも、織田軍に対して反撃に転じようとする。
だが彼らの反撃は、その先ですぐに障害にぶち当たってしまった。

「な、なんじゃこれは!」

先頭を走っていた者が何かを見つけ、その動きを止める。そのせいで後ろを勢い良く走っていた者とぶつかり、少なからぬ混乱がおきてしまった。
それは茂みや少し低くなった窪地などに巧妙に隠され、配置されていた逆茂木だったのである。
その障害物に行き足を止められ、足止めされてしまう。

これは織田軍が野戦築城に使用する為に開発した物であった。
形自体は今までの物とほとんど変わらない。歩兵・騎兵の足を止める為の柵(本体 高さ約1m)と大きく前方に突き出す杭から出来ている。
ただ織田家で使用する物には、戦場ですぐに使えるように事前に組み立てる為の切り込みや差し込み穴、固定用の杭などを事前に作ってあるのだ。
最初はバラバラの状態で軽く持ち運べ、それを戦場で組み立て固定用の杭を差しこめばすぐに使用できるように工夫が為されているのである。
それによって戦場などでも極めて手早く、そして静かに騒音を出す事無く組み立てる事が可能となったのだ。

防衛戦においてそういった類の物が一つでも有るのと無いのとでは雲泥の差である。
その柵は見上げる程高くもないが、かといって乗り越えるには高い。押し倒せないようにできているし、簡単には壊せない。
各所に並べられたそれによって足止めされ、団子状態になってしまった赤尾隊将兵は鉄砲の格好の的であった。

「放て!」

織田の将の命令の号令と共に鉄砲が一斉に放たれる。
その銃弾は混乱し、密集した赤尾清綱隊の者達をバタバタと撃ち倒していく。
そしてそれは赤尾清綱も例外では無かった。清綱もその身体に数発の銃弾を受けてもんどり打って倒れる。
結局の所、赤尾隊は逆茂木を乗り越える時間すら与えられず撃ち倒され、清綱は織田家の島左近の手によって討ち取られた。














<織田軍 滝川隊>


「うおおおおおおおお!!」

「うむ、あれはなんじゃ?」

部隊を指揮していた滝川一益は一人の騎馬武者が自軍に向かって突っ込んで来るのを見つけた。
滝川隊は信長本陣の前に位置しており、浅井軍の進行方向前面に位置する重要な地点を任されている。当然激戦が予想される地点であり、絶望的になった浅井軍部隊がせめて一矢と、織田信長の首級を狙って無茶な突撃をかけてくる事が考えられた事から厚い防備がしかれていた。
その滝川一益の陣に騎馬武者が単身突撃して来たのである。現在想像以上に浅井軍が上手く奇襲に嵌ってしまった為、ほとんど反撃らしい反撃も受けない中、直経の単身での突撃だ。
これは流石に予想していなかった。無謀すぎる行動である。

それは浅井長政を看取った遠藤直経であった。
あの後、すぐに長政は直経の腕の内で死んだのである。

「覚悟の突撃であろう。哀れな……。」

滝川一益はすぐにその遠藤直経の心底を察する。
つまりは覚悟の上での突撃、この敗戦に絶望した者の、ただ死に場所を得る為だけの突撃だ。

そしてその一益の予想は完全に正鵠を得た物だったのである。
直経の心の内にはもはや絶望しかなかった。
もちろんこの戦場での敗戦の事もあるが、なにより聡明な頭脳を持つ直経には、浅井長政亡き後の浅井家にはもはや滅亡が待つのみである事が判っていたのである。

致命的なのは長政に嫡男がいない事だ。これでは誰が家督を継ごうが必ず家中は乱れる。そしてそれはこの強大な織田家と敵対した今、致命傷なのだ。
前当主の久政がまた当主に返り咲きで就任などという事にでもなれば、もはや終わりである。

どちらにしろ浅井家はこの敗戦で、もはや詰みの状態だ。ここからの逆転は無い。
そして直経は主家・浅井家の滅亡する様なぞ見たくは無かった。そんな物は死んでも御免である。文字通りそんな事になるぐらいなら死んだ方がマシだ。
なれば覚悟を決め、万が一、億が一の奇跡を信じて織田信長の首級を上げる。上げてみせよう。

そのように考えての突撃であった。






だが直経がどうのような悲壮な覚悟を持って突っ込んで来ようと、はいそうですかと容易く通す滝川一益では無い。

「楽にしてやろうぞ…。鉄砲隊、放て!」

一益の号令一下、待ち構えていた鉄砲隊が一斉に火を噴いた。その銃弾は狙いを違わず直経に吸い込まれて行く。

「ぐあっ!!」

直経はいくつもの銃弾に身体を抉られ、たまらず馬から転げ落ちる。
だが驚くべき事に、それでも直経は止まらなかった。その身体に奔る激痛を押し殺し、その身体より溢れだす血もそのままに、すぐに立ち上がり徒歩(かち)のまま再度、走り出したのである。

「うおおおおおおおお!!」

「あれでまだ動けるのか! なんと見事な武士(もののふ)よ!!」

すでにかなりの深手を負っている筈の直経のその戦意溢れる行動に驚愕する一益。
直経の負った傷は間違いなく致命傷のはずである。現に直経の乗ってきた馬はその身体に何発もの弾丸を受けて既に事切れていた。
それなのにだ、立つのですら驚嘆に値するのに、それどころかまだ突撃してくるとは…。
その直経の勇壮な姿に一益は感動を覚えると共に、滅びゆく浅井家、誇り高い江北武士の最後の意地を見た心持ちであった。



とうとう滝川隊の陣のすぐ手前まで単身突撃してくる遠藤直経。
だが次に加えられた斉射には耐えられなかったのである。

「ぐっ……、長政様っ…! 長政様ぁぁぁあぁ…!!」

本日何度目になるのかも判らない鉄砲斉射の轟音と共に、さらに全身に十数発の弾丸を受けた遠藤直経は、その叫びを最後に力尽きた。
最後まで槍を手放さず、最後まで織田信長の本陣を向いたままの討ち死にであった。
その直経の突撃が、浅井軍がこの地で示した最後の意地だったのである。


















<信長本陣>


「勝ったな」

小高い丘に本陣を据えていた信長は、眼下に広がる完全に崩れ去った浅井軍の状況を眺めながら一人呟く。
そして次の瞬間、座っていた床机椅子から勢いよく立ち上がると同時に叫んだ。

「頃合いや良し! 総攻めの法螺貝を吹け! 全軍突撃じゃ! 各隊に伝令! 「殺せ!」 それだけを伝えよ!」

「はっ!」

信長の命令を受けた伝令達が即座に馬に飛び乗り、物凄い勢いで丘を下って行く。
そしてその後を追うように金ヶ崎の地に法螺貝の音が高らかに響き渡った。




その合図はこの地で戦っていた織田の各将の元に届く。

「むっ、総攻めの合図の法螺貝じゃ! いくぞ者共! これより追い首ぞ! 存分に手柄を立てよ! 突撃じゃ!」

法螺貝の音を聞いた織田軍将兵達はいきり立つ。これは軍令で定められている総攻めの合図だ。
その音を聞き、突撃を今か今かと待ちわびていた織田軍将兵達が一斉に突撃に移る。

元々、兵の数は織田軍の方が圧倒的なのだ。その上、浅井軍は奇襲され、その混乱から抜け出せないまま織田軍に叩かれ続けてもはや瀕死状態。
その明確な勝ち戦の予感・確信に織田軍将兵は逸り狂っていたのである。
誰もが名のある武将の首級を上げてやる、軍功を立ててやると、我先に今までいた斜面を下り混乱して瓦解寸前の浅井軍に向かって突っ込んで行く。

そしてすぐさま織田軍の蹂躙が始まった。
必死に逃げる者も後ろから槍で貫かれ、傷を負い動けなくなっている者も織田軍将兵が馬乗りになって容赦無くその首を掻き切る。
浅井軍の将兵は唯々無慈悲に、騎馬の馬蹄で踏み躙られ、鉄砲の弾丸に蜂の巣にされ、槍衾に絡め取られ討ち取られていく。









勝敗は完全に決した。
















この戦いは後に <金ヶ崎の浅井家大崩れ> と呼ばれる事になる織田信長の大勝利の一つとなったのである。
金ヶ崎の地で行われたこの戦いでの浅井家の被害は甚大という言葉を超え、もはや哀れな程であった。


浅井長政    討ち死
浅井政澄    討ち死
日根野弘就   討ち死
赤尾清綱    討ち死
磯野員昌    討ち死
遠藤直経    討ち死
海北綱親    討ち死
雨森清貞    討ち死

他将兵  千五百名死亡




なんと出陣した武将(総大将を含む)の全てが討ち死にしたのである。
織田家の損害は雑兵五十名が死亡、負傷が二百五十名のみであった。
織田軍の完勝である。










「皆の者、大儀であった。ようやった」

浅井軍の掃討を終えた将達が続々と織田軍本陣に戻って来る。各員が挙げた首級も次々と信長の元へと届けられる。
その集められる首級に皆が一様に驚いた。浅井軍の名の有る武将の殆どがここにその首級を晒しているのである。
皆、今回の戦では始めに奇襲が成功してから大勝を予感していた。だが、ここまでの戦果があがるとは考えていなかったのである。

信長は集まった各将に労いの言葉を掛けた。
するとその信長の言葉に、打てば響くが如く、すぐさま羽柴秀吉が調子良い合いの手を入れて来る。

「いや、しかし此度の戦、この秀吉感服仕りました! このような大勝利、古今類を見ない物にございまする!」

「褒め過ぎじゃ、秀吉。まあ情報がいかに大事かといった所じゃの」

「それはそうと信長様! これよりは如何いたしましょうや!? 北の朝倉家か、東の浅井家か、それともその両方か!? 浅井家はもはや虫の息にございまするぞ!」

「おう、それでござる! 今なら浅井家が所領、容易う落とせまする!」

その二人の会話の間をぬって、明智光秀や滝川一益等の将が口々に浅井領への侵攻を進言してくる。
この大勝利に皆がいきり立ち、意気軒昂、浅井領への進撃の指示を待っているのだ。皆がさらなる武功を立て、新たな所領を得んと張り切っているのである。
しかし信長はそれを一旦押し留めた。

「まあ待て。慌てるな。それについては算段がある」

信長は一度、全員を見渡し、おもむろに口を開く。

「これより我等はこの地の守備に羽柴隊・明智隊を残し、また北の柴田隊はそのままとしてそれ以外の者は一旦京に戻る」

「なっ!? 何故にござりまするか!?」

「浅井家は虫の息! 攻めれば落ちますぞ!」

その信長の言葉に次々に異論が起こった。
だがそれも当然と言えよう。もはや浅井家は虫の息なのである。攻めれば落とせる。
そのような中でのこの信長の発言に皆が訝(いぶか)しがむ。

「たわけ。その虫の息というのが曲者よ。今の浅井家はいわば窮鼠。下手に近づけば噛まれるわ。なに、そう長い事では無い。長くて一月よ。それで大将のいない浅井家は自壊しよる」

「それに京付近の情勢も少しキナ臭くなっております。我等が北に兵を出している隙をついて、比叡山と石山本願寺が妙な動きを見せております。一旦、京に戻り牽制するのが得策かと」

その皆の様子に一喝するか如くのその信長の言葉。
そしてその信長の言葉を補足するように百地丹波が言葉をつなげる。

「なるほど……。今の浅井家は言わば自暴自棄。絶望した者どもが死兵となって抵抗してくるかもしれませんな」

信長のその言葉を聞き、明晰な頭脳を持つ明智光秀がすぐさま賛同してきた。
このまま攻めても落とせるであろうが、あえて時間を置くのも一つの手である。そうすれば今はこの敗戦を受けて小谷城で悲壮な覚悟を決めている者達の熱も冷めだろう。
そして一旦その戦意が失われてしまえば、その者達は織田への戦意をそのまま保っていられるだろうか?
光秀は思う、それは無い、否である、と。

勿論、主家に忠節を尽し、最後までその義理を尽くして果てるのも武士の精神である。
しかしそれと同じか、若しくはそれ以上に武士達は自家の安泰、自家の存続を求める本能があるのだ。ここであえて彼らに考える時間を与える事で、冷静になった浅井家諸将の幾人が絶望的な戦いを選択するのか?
それは多くはあるまい。特に核となる当主、その能力を持った当主がいない浅井家ではなおの事だ。

光秀はその考えを皆に説明する。その発言にすぐさま信長が賛同した。

「その通りよ。それにその間に、何もしない訳ではない。秀吉、お主は阿閉貞征を調略せよ。光秀、お主は宮部継潤だ。それぞれ条件は本領安堵。一月の間に口説き落とせ」

「はっ! かしこまりました!」

「お任せ下さいませ! この秀吉、必ずや成し遂げてご覧に入れます!」

光秀・秀吉共、信長より与えられたその任務に、張り切って了承の意を示す。
それにそれ程難しい任務でも無い。この状態であらば、むしろ向こうの方から食いついてくるような好条件だ。
そしてその二将が内応すれば、主力がここ金ヶ崎で壊滅した浅井家にはもはや戦力は残っていない。どこからか援軍が来るあてがある訳でもない。完全に詰みである。

「よし! それ以外の者は一旦京に戻る! 急ぎ準備せよ!」

「はっ!」
















そして信長の本隊は方針通り、一旦金ヶ崎より反転し、京の町に入った。
これには信長が北に軍を進めている隙に一騒動おこそうとしていた比叡山と石山本願寺共に驚愕し、その動きを止めてしまう。
彼らはこんなにも織田軍が早く帰って来るとは考えていなかったのである。一様に今動くのは得策にあらず、と表面上は平静を保ち何も無かったかの如く振舞う。
石山本願寺に至っては、信長の元に戦勝の祝いの使者すら送ってきたのである。ここら辺りは、流石本願寺顕如の機転、その政治力恐るべし、と言った所だ。

そして京の周辺の状況を一応は鎮めた織田軍は金ヶ崎の合戦の一月後、ゆうゆうと浅井領北近江に侵攻を開始したのである。





「何故じゃ!? 何故誰も出仕して来ぬのじゃ!?」

浅井久政が小谷城で一人激昂し、吼える。
信長の読み通り、この後に及んでは織田家の侵攻に抵抗しようという者は浅井家において殆ど残っていなかった。
死んだ当主・浅井長政に嫡男がいなかった為、浅井家の当主には前当主の浅井久政が返り咲きで就任。

だが元々、彼は決断力が無く、無能な人物である。彼ではこの難局を乗り越えられる訳もなかった。浅井久政はこの一月の間、結局の所は何一つ有効な手を打てず、ただ不平不満を口にするだけで無為に時を過ごしてしまったのである。
そしてその状態で織田家の再侵攻を迎えてしまったのだ。

「阿閉貞征はどうした!? 宮部継潤は!? もう一度使者を送れぃ! さっさと兵を率いて来るように催促せよ!」

「無駄にございます。物見の報告によりますとその両名の旗印が織田の陣列にあったとの由。阿閉貞征・宮部継潤の両名、謀反にございます」

「なんじゃと!? おのれ、あの不忠者どもめがぁ!」

浅井久政のその叫びに側近の者が答える。その側近の者の答えにさらに激昂する久政。
この報告の通りに、この一月の間に金ケ崎の戦いの折、南部国境いの防備に残っていた事により難を逃れた浅井家生き残りの将である阿閉貞征・宮部継潤は両名共、織田家に調略され内応。
他の国人衆も陣触れに,まったく応じようとせず、結局の所、久政がいる居城・小谷城に参集してきたのは僅か二百名程にすぎなかったのである。
対する織田の数は二万五千。到底、太刀打ちできる数では無い。万が一の勝ち目すら見えない、絶望的な状況だ。

「久政様、この後に及んではもはや万事休すでございます。残る道は二つ。この城を枕に華々しく討ち死にするか、越前の朝倉殿を頼って再起を期すかのどちらかと心得まする」

この状況を受け、側近の一人が進言してくる。その言葉に深く考え込む久政。
ようは名誉を重んじ城を枕に死すか、一時の恥辱を堪えて未来の可能性に賭けるか、だ。
そして考えた末、久政は一つの答えを出す。

「ここは朝倉殿を頼ろうぞ。まだ終わってはおらぬ。越前に行けばまだまだ逆転は可能ぞ」

結局の所、浅井久政は越前に逃げる事を選択、早々に抗戦を断念したのだ。
そして方針が決まればこの危急の折、後は素早く動くだけである。織田軍が小谷城を囲んでからでは遅いのだ。
久政は居城・小谷城に火を放った上で放棄し、残兵を纏めて一族衆と共に越前・朝倉家を頼って落ちて行ったのである。

だが浅井家の悲劇はこれで終わらなかった。
道すがら兵達は一人欠け、二人欠けしていき、近江と越前の国境の山中に入る頃には五十名程になっていたのだ。
そしてその近江・越前の国境の山中において落ち武者狩りに遭い、全員討ち取られ全滅してしまったのである。
後に首級は信長の元に送られた。

北近江の雄・浅井家のあまりにも呆気無い幕切れである。













こうして永禄10年(1567年)の織田家の北への遠征は終わった。

織田家は浅井家の領地であった北近江を制圧し、そのさらに北についても若狭の国を制圧。
柴田隊には西越前・木ノ芽峠での築城のみを指示し、これもその後撤退させた。越前は雪国であり、また一向宗の力が強い為、今の所は手を出す気は無いのである。

そう、今回の遠征の本当の標的は朝倉家では無く、浅井家だったのだ。
以前に記した通り、浅井家の所領は畿内において極めて戦略的に重要な位置にあり、最初から見逃すつもりはなかったのである。
同盟を結んだのも、上洛する折に北の安全を手に入れるのと同時に、この罠に嵌めるのが目的であったのだ。

浅井家は朝倉家を攻めれば激発し、裏切るのは判っていたので罠にかけるのは簡単である。
ようはこのまま上洛を終えて、利用価値が無くなった、いつ裏切るか判らない浅井家をそのままにしておくか? 滅ぼすのか?
どちらが織田家にとってのメリットになるかだけであった。

そして信長は浅井家を滅ぼす方を選んだのである。
勿論、浅井家が同盟国・織田家と大恩ある朝倉家を天秤に掛け、織田家を選んだならそれはそれでも良い。その時は織田家としてもその友誼に感謝し、篤く報いてやろうとも思っていた。
だが結果は件(くだん)の如しである。
いくら精強といえども、戦略的要地にあり、さらにはたかだか15万石の家中を統制もできていない君主が治める同盟国など必要無いのだ(但し同じ同盟国である徳川家については、今の所、含む所は何も無い。これからも十分織田家の役にたってくれるだろう)

しかれども、このままでは織田家の外聞が悪くなる可能性もある。よってそれに対する報道にも力を入れる事にした。
織田家の負い目は唯一つ。浅井家への連絡無しに朝倉家は攻めないという条文を破った事である。
ただし、それについては朝倉家が信長より上洛を度々要請されておきながら、それに一度も応じなかったという事実。それと戦場となったのが朝倉領の越前・金ヶ崎の地であり、織田家は浅井領には一歩たりとも足を踏み入れていないという純然たる事実。

つまりはわざわざ浅井長政が金ヶ崎の地にまで織田家に奇襲を仕掛けに来ていたのだ。それも今まで同盟を結んでいたにも関わらず、一方的に連絡も無しにその同盟を破棄してである。
それは卑劣で卑怯な裏切り行為であり、あくまで先に裏切ったのは浅井家なのだ。その部分に力を入れて報道すれば大丈夫であろう。

それに浅井長政が死んでいるのも大きい。死人に口なしである。
この織田・浅井家の間でどのような事があり、どのような経緯でこのような状況に陥ったのかなど他の者達のは知りようも無い。知る術も無い。
だからこそ正義を主張できるのは勝って生き残った織田家だけなのだ。
十分対処可能である。







こうして江北の雄、浅井家は滅亡したのである











<後書き>

現在の織田家の所領

尾張56万石 美濃55万石 伊勢52万石 志摩2万石 伊賀10万石 近江75万石 大和38万石 山城22万石 摂津28万石 和泉14万石 河内30万石
若狭8万石 西越前6万石 

総石高:396万石
(但し、実際にはまだ支配の及んでいない寺社領・公家領等も含まれており、あくまで目安です)






<お知らせ>

6月はちょっと私事で忙しくなりますので、今週の土曜か日曜にもう一話投稿した後は、少しあいて6月末頃が7月初めの投稿になります。
ちょっと6月中頃は海外にいますので、その間はネットができません。
その間、お休みさせて頂きます。
その間に構想を練り、さらに良い作品が書けるように頑張ります。





<感想にあった指摘への追記 丁度良いので技術に対する作者の考え>

技術へのご助言ですが、作者が書き足りませんでした。申し訳ございません。
作者の考えもほぼ感想の通りです。ゲームの技術系統ツリーのように段階をおっての開発、そして試行錯誤の時間が必要であると思っています。
だからいきなりドンと凄い秘密兵器が…という物は出さない予定ではあります。

但し開発についてはかなりのアドバンテージがあるとは思っています。
例えばまず発明にはそこにいたる発想が必要です。ようはその原初・原点・原理を発見するのが一番大変ですから。
さらには新しい事をする時は必ず妨害が入ります。
それは欧州の場合、宗教勢力(カトリック等)であったり、または支配者国主・貴族階級であったり(彼らは総じて保守的であり、変化を嫌う)、または端から馬鹿だ・非常識だと否定してかかる

自称常識人達であったり様々な障害・妨害があると思います。

発明というのはコロンブスの卵的な要素を多分に含んでいると作者は思っています。
ようは一番最初のとっかかりを思いつくのが一番難しいのです。
思いつきさえすれば後はその場にある技術でそれを実現できるかどうかだけです。

その点を考えてみれば作者の考えとしては、技術の開発を例えるなら

他の織田家以外の勢力 → 真っ暗な障害物ばかりの暗闇の中を手探りで歩きまわるような物
織田家の場合 → 真っ暗な、しかし障害物があまりない(最高権力者である信長の命令で研究を進めている為)暗闇の中を提灯を持って(原理が判っている為)歩きまわるような物ぐらいであると思っています。

少しネタばれ?(まだ本格的に決めていませんが)でいえば、信長が死ぬまでにできるのは産業革命の入口か初期段階くらいまでかな…と思っていたりします。
あくまで思っているだけですが(変更する可能性はあります)





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