第四十三話
怪人対策課に、ヒーロー本部から連絡が入った。
犯罪者と怪人が、手を結んだというのだ。
既に量産型ヒーロー部隊の装備も強奪され、悪用されているらしい。
「怪人と手を組んだですって!?」
「ああ。このままでは不味い事になるぞ」
健と浩介も、その知らせを聞いて驚愕していた。
怪人が話せるようになったのは知っていたが、まさか協力体制ができるとは思わなかったのだ。
敵の敵は味方、ってわけか・・・。
どちらも人間社会から排斥される運命。
このまま座して死を待つよりは、と一か八かの凶行に及んだのだろう。
たとえ犯罪者を縛る法律や警察から逃れられたとしても、怪人が大手を振って歩くような世界になったらお前等もまともに生きていけるわけ無いじゃないか!
それとも怪人に人類を売って、自分達の立場だけを固めでもしたのか!?
「田中君、出動準備だ!」
「はい!」
見てろ、お前等の好きにはさせない!
健は、平和を脅かす二つの存在を倒す決意を固めた。
周りには人工怪人の実験体と犯罪者。
どちらも、屑だ。
トールは光の指示でその集団に紛れ込んで、人工怪人を統率していた。
今回装備は強奪されたのではなく、光が日本中に散らばっていた犯罪者組織を燻り出す為に各地に横流しして、意図的に武装蜂起させたのである。
当然市民の危険は増すが、光本人はヒーロー本部の安全なシェルターの中で、ゆっくりとこの光景を眺めている。
「いいか、俺達はヒーローや警察によって自由を奪われた!今こそ自由をこの手で掴み取るのだ!俺達の為の社会にするのだ!」
一人の犯罪者が勇ましく演説すると、取り巻きであろう犯罪者達も吼える。
犯罪者の分際で、何高尚な事言ってるんだか。
結局、自分が好きなようにしたいだけだろ。
それからトールは、自分の兄弟とも言える人工怪人の実験体を横目で見た。
お前達も可哀想だね。
さんざん使い倒された後は用済みで、こんな消耗前提の作戦に使われるなんて。
海外派遣した人工怪人からのデータは確保済みで、ここにいる人工怪人達は作戦で使われなかった余り物だった。
僕は運良く完成品として作られたけど、一歩間違えばこいつ等と同じ。
多少憐憫を覚えなくもないが、それも『自分はあいつらとは違う』、という事からくるものである。
これで国内の凶悪犯罪者は、全滅させる予定だ。
その後に本当の怪人も殲滅すれば、光の言うより良い世界とやらが待っているだろう。
僕も、所詮道具か。
自分の役目は認識している。
でも、道具だって使い方次第で色々な事ができるよ。
例えば、鋏は主に紙を切る為の道具だが、人を殺す事もできる。
ベルトでも、人は殺せる。
アイロンでも、殺せる。
考え付く用途は極端だが、自分には意志があるのだ。
今回は黒澤薫を殺すなって言われてるけど、どさくさに紛れて殺しても、いいよね?
寧ろ、あんな奴いなくなった方が人類の為だよ。
それに、そうすれば自分は本物になれる。
身体能力だって僕の方が強化されて作られた筈だし、僕は生きていていい筈なんだ。
後から作られた物の方が、問題点も解決されていて大概は優れているんだ。
オリジナルより、優れている筈なんだ。
敵の攻撃を集中させる囮として、戦闘員を先行させる。
数の上では劣ってはいないが、ヒーローの装備と怪人の攻撃力、どちらも侮れるものではない。
そこで、惜しげなく使える戦闘員が攻撃を受けている間に間合いを詰めるのだ。
「ブルー。分かってるとは思うけど、犯罪者はしっかりと殺しておかないと後々厄介な事になるわよ」
ライフルの点検をしながら春美が忠告する。
以前に、良二がヒーローの装備を着けた犯罪者の命を奪わなかったからだろう。
「・・・分かってるさ。怪人も犯罪者も、殺す」
戦闘員は、その身に銃撃を受けつつも愚直に前進することを止めない。
それしか選択肢がないからだ。
敵前逃亡は、それ即ち死に直結する。
「よし、そろそろいい頃合ですか」
ある程度敵まで接近すると、薫は次々と戦闘員を自爆させた。
爆発は怪人と犯罪者を巻き込み、こちらの侵攻を助けてくれる。
「行くぞ!」
「うん!」
良二ときいろが先陣を切って飛び出す。
薫、茜、瞬が戦闘員を引き連れてそれに続く。
そして春美は、健達警察と共に後方援護に回っていた。
「死になさい」
春美の容赦無い一言と共に放たれた銃弾が、良二と相対していた犯罪者の一人を撃ち抜く。
何だかんだ言ってはいるが、良二が『人間』を殺す事が辛いと分かっているからの処置だろう。
その春美の心遣いに感謝しつつも、自分が情けないと良二は思った。
「はぁああっ!」
隣では、きいろが二人の犯罪者を同時に相手していた。
左手に持ったヒーローロッドで攻撃をいなし、右手のイエローアックスで必殺の一撃を叩き込む。
敵も近接戦闘の心得ぐらいはあるのだろうが、為す術も無く痛撃を受けて沈黙した。
「・・・っ!」
良二は、後方からの支援を受けながら怪人と戦う。
今日の怪人は喋らないから少しだけ気が楽だ。
「ブルー、さっさと殺れ!」
瞬がサブマシンガンを連射して弾幕をばら撒き、その怪人と良二が一対一で向き合える状況を作り出す。
「サンキュー!」
僅かな時間だが周囲に気を配る必要が無くなったので、怪人の隙を見逃さずにランスでの攻撃が成功した。
トールは、腕に幼い少女を抱えていた。
無論、助ける為ではない。
「よぉ、あんた。その餓鬼どうすんだい?楽しむんだったら、後で俺等にもやらせてくれよ」
きひひっ、と下品な笑いを漏らす男達。
少女は、声も出ないほど怯えていた。
「ちょっと、ね。ヒーローを倒す為に使うんだよ」
「人質にでもすんのか?」
「まあね」
だが人質がいる程度で、薫が攻撃しない筈が無い事をトールは直感的に理解していた。
認めたくは無いが、もう一人の自分と言ってもいい存在だ。
その考え、行動パターンは自分と似通っている筈。
「でも、終わった後に生きてるかなぁ?」
少女の目から、はらはらと涙が零れ落ちた。
それを見ても、トールの心は動かない。
他人なんて、どうでもいいさ。
だって僕は人間じゃないからね。
本人は否定したいだろうが、紛れも無くその思考回路は薫に酷似していた。
薫と茜が戦闘員を率いて開けた空間に出ると、犯罪者と怪人の集団が待ち構えていた。
しかし、攻撃してくる様子は無い。
すると少女を抱えた一人の犯罪者が何事か言ってきた。
「この子供の命が惜しければ、武器を捨てろ!」
ああ、TVとかでよくありますよね、こういうの。
子供向けのヒーロー番組ならば、絶対に人質を救出しなければいけない場面だろう。
そしてある程度苦戦するが、何らかの行動の結果人質は無事に救出される。
だが、これは現実だ。
「嫌です」
決まりきっている事だ。
武器を捨てても人質の無事が保障されるわけではないし、何より自分達を倒してからどうにでもできるのだから。
僕は他人の命より、自分の命の方が大切なんですよ。
それに、今日初めて会った人間の為に命を懸ける義理なんて無いです。
ヒーローとしては最低だが、事故の生存を優先する人間としては当然の反応である。
「アンタ達馬鹿でしょ?そんな事でアタシ達をどうにかできると思ってんの?」
茜も同調し、敵を挑発する。
薫はランチャーを構え、先に怪人を始末するべく砲撃を放った。
「ひぃっ!?」
少女を抱えた男達のすぐ傍を閃光が通り過ぎる。
直撃を受けた怪人の集団は、攻撃に耐え切れずに全滅した。
とりあえず先に敵戦力を減らしておけば、後でどうなっても対処が楽ですしね。
「さあ、次は貴方達です」
ランチャーの砲身を男達へと向ける。
このまま発射すれば、少女も巻き添えになる事間違い無しだ。
「わ、分かった!こいつは解放する!」
「待ってください」
そう言って少女を解放しようとする男達を、薫は制した。
「薫、何で止めたの?」
茜が不思議そうに尋ねる。
「おかしいと思いませんか?自らの生命線である筈の人質をこうもあっさりと手放すなんて」
「そう言われればそうね」
マスク越しでよく分からないが、男達の様子が目に見えて変わった。
「先程慌てて見せたのも、演技でしょう?」
自分がそれに慣れているだけあって、他人の演技を見抜く事も容易である。
「大方、その子の体に爆弾でも取り付けてあるのでは?それで、こちらに充分近づいた所を爆破するとか」
「それに何の根拠がある!ただの推測だろうが!」
声を荒げて否定する男達に、薫は冷たく言い放った。
「こちらとしては、その子供ごと貴方達を葬り去ってあげても一向に構わないんですよ?」
「・・・っ!」
その言葉が脅しではなく、本気だという事が理解できたようだ。
事実、薫は本当にやる人間であり、その判断は間違ってないと言えよう。
程無くして、一人の男が少女から爆弾を取り外した。
「へえ、そこまで分かるなんてね」
どこか余裕がありそうな声だった。
「・・・?」
その声を聞いた茜は首を傾げ、薫も何か変な感覚を覚えた。
「まあ、いいさ。これから先に幾らでもチャンスはあるんだ」
そう言うと、その男は少女を先程まで抱えていた男から引っ手繰るように奪って逃走した。
「お、おい!あんた!」
「どっちにしろ君達はそいつ等に勝たないと未来が無いんだ、死ぬ気で足止めを頼むよ!」
鮮やかな逃走劇である。
「さて、後は掃討ですね」
「あいつ放っておいていいの?」
「一人ぐらい他の皆に任せましょう。僕達は、塵掃除です」
「あはっ、そうだね!」
もはやこれまでと悟ったのか、文字通り死ぬ気でこちらへ向かって来る犯罪者達を、二人は迎え撃った。
トールは、薫の行動について考えていた。
人質がいても構わずに攻撃してくるとは思ったけど、まさか、直接人質を攻撃しようとするなんてね。
あれには驚かされたよ。
薫が自分より勝っているのは、経験。
それと、容赦の無さ。
まあ、問答無用で撃ってこないだけましかな?
ただ単に状況判断をする時間が必要だったからかもしれないけど。
「あははははははっ」
哄笑を上げながら、トールは駆けて行く。
でも、このままじゃ収まりがつかないや。
今回、人工怪人と犯罪者は一応味方なので、手を出すわけにはいかない。
そんな事を思っていると、手近な獲物を発見した。
「見ぃつけた」
マスクの中で、獰猛な肉食獣のような笑みをトールは浮かべた。
あいつ、前に僕と黒澤薫が似てるなんて言ってくれた奴だ。
青山良二、どうせレッドのオマケでヒーローになったような奴だ、ここで死んでも構わないよね。
丁度いいから嬲ってあげるよ!
ポリスロングロッドで犯罪者をしたたかに打ちのめす。
自分達警察の役目は、敵の侵攻阻止。
止めは、ヒーローか戦闘員が刺してくれる。
「死ねぇ!」
犯罪者の一人がサブマシンガンを放ってくる。
健は、転がって可能な限りの弾を回避し、ポリスリボルバーを攻撃直後の隙のある相手に撃つ。
「ぐあっ!」
何発か、喰らったか・・・。
スペックは警察用の物よりも、量産型ヒーロー部隊の装備の方が高い。
警察は装備面では多少不利なのだ。
それでも、俺達には戦い続けた経験がある!
敵が取り落としたサブマシンガンを回収し、迫ってくる怪人の一団へと弾幕を張る。
既に多少使われていた事もあって、すぐに弾切れとなってしまった。
しかし、時間は稼げた。
「感謝するわ!」
春美が、その僅かな時間の間に全ての敵を狙撃して沈黙させる。
「おのれぇぇっ!」
側面からまた一人、犯罪者がヒーローロッドで殴りかかってくる。
役立たずのサブマシンガンを捨て、ポリストンファーで受け止める。
くっ・・・!
痛みに耐え、奥歯を噛み締める。
被弾した傷から、徐々に力が抜けていくのが分かる。
「どうした、国家権力の犬が!」
「・・・っ、たとえ犬でも、溝鼠よりは数千倍マシだ!」
トンファーを敵の武器ごと横方向へ払い、足払いを入れた。
未だに熟練しているとは言い難いが、蹴りと絡めるとなんとか実戦でも使い物になる領域まで持っていける。
スペックで、負けていても!
体勢が崩れた敵の顎目掛けて、渾身の力を込めたトンファーを叩き込む。
そして戦闘不能にした事を確認して、健は後退する。
「お疲れ様」
戻り際に、春美が自分の肩を叩いた事までは覚えていた。
少女を抱えた不審な男が、良二の前に進み出てきた。
あの子は!?
とにかく、助けなきゃ!
きいろともはぐれてしまい、この場にいるのは自分一人。
不意打ちも、敵が自分をはっきりと認識しているこの状況下では不可能。
何が狙いだ!?
「その子を放せ!」
「嫌だね」
そう言って、サブマシンガンを良二に向ける。
ヒーローガンを構えて対処しようとしたが、その時に再び男が口を開いた。
「武器を捨てないと、これ殺すよ?」
その言葉が事実だと示すように、今度は銃口を少女へと向けた。
少女は震えながら、助けを求めるように良二を見ている。
「卑怯だぞ!」
「それが?勝てばいいんだよ」
こんな時に薫ならば、少女を見捨てるか、鮮やかな策を考え付くのだろう。
だが、自分は凡人だ。
何も考えられない。
そう、理解はしているんだ・・・。
俺が戦闘不能になったら、犯罪者は人質を好きなようにできるって事を。
約束なんて、守る筈が無いって事を。
それでも、良二は少女を見捨てられなかった。
その選択が愚かな事だと分かっていても、彼の中の、磨耗していた良心がそうさせたのだ。
「・・・っ!」
ランス、ヒーローロッド、ヒーローガンを全て放り投げる。
ヒーローハンドボムは、今日は持っていない。
「あはっ!本当に捨てたよ!」
嘲笑と共にサブマシンガンが放たれ、良二の足に被弾する。
「ぐ、あっ・・・!」
威力を抑えてあるのか、多少痺れるが動けない事は無い。
「何のつもりだ・・・?」
「嬲り殺しにしてあげようと思って」
続けて、腕。
「ぐっ・・・!」
「おじさん!」
痛ましい様子の良二を見て、思わず少女が声を出してしまう。
「だ、大丈夫だ・・・。それと、俺はまだ、お兄さんだ・・・」
少女を安心させるべく、努めて軽い雰囲気を出す。
「まだ余裕あるのかい。もういい、飽きた。次ので殺すよ」
その様子が癇に障ったのか、敵は不機嫌そうな声音で良二に死刑宣告を下した。
俺も、終わりか・・・。
こんな所で死ぬのか、目の前の子供一人助けられないで・・・。
「っ!?」
良二が諦めかけた時、何かが恐ろしい速さで飛来して、敵のサブマシンガンを持った腕を切り飛ばした。
「何だ!?」
慌てて少女を手から離した時に、きいろが物陰から飛び出して少女を奪還した。
「ちっ・・・」
淡々と、残った左腕でサブマシンガンを回収する敵の無機質さが恐ろしい。
「大丈夫?」
「うん、でも、おじ・・・お兄さんが・・・」
きいろは少女の安否を確認し、少女はたどたどしくそれに答えた。
「イエロー・・・」
「ごめん、助けるタイミング見計らってたんだ」
そう言うと、彼女は少女を良二の方へ押しやった。
「動けるよね?」
「ああ・・・」
「この子を、どこかに逃がして。それに今のブルーは足手纏いだから」
「・・・悪い」
少女の手を引き、後ろを気にしながら良二は来た道を戻った。
「手の分は、高くつくよ」
トールが忌々しげに吐き捨てる。
「悪い事をしたからだよ。それとブルーの分、しっかりと償ってもらうから!」
その言葉に対して怒りを込めた声を発し、敵を睨みつける。
きいろはヒーローガンを、トールはサブマシンガンをそれぞれ互いに向け放った。
痛む足を引きずりながら、必死で少女の手を引いて逃げる。
「お兄さん、さっきの人大丈夫?」
「ああ。イエローは正攻法なら俺達の中で最強だからな!」
不安そうに尋ねる少女にそう言って安心させ、先を急ぐ。
きいろが食い止めてくれているとはいえ、何時敵が現れるのか気がかりでしょうがない。
今の自分の状態では、まともに戦えるかすら怪しいのだ。
イエローに迷惑掛けてるのも、俺が甘かったせいだ。
彼女が来てくれなかったら、この少女共々自分は殺されていただろう。
今は、この場を離れるしかない!
互いの火器が相手を抹殺するべく火を噴く。
連射力ではどうしてもヒーローガンではサブマシンガンに劣るが、敵は片腕というハンデがあり、稀にできる隙を突いて確実にダメージを蓄積させることには成功した。
「やるじゃないか、でも、君の方が手傷が多いようだけど?」
その言葉通り、きいろの身体には直撃こそ無いものの大小の弾痕ができている。
持ち前の身体能力から、戦闘そのものに支障は無いが、厄介である事に変わりは無い。
「うん、でも、そっちにもダメージが多い事は確かだよ?」
最初に腕をとった、このアドバンテージはあたしに有利に働いている。
出血量からして常人ならそう長く持たない筈だけど・・・。
間合いを詰め蹴りを放つが、敵も同じ行動をして互いの脚がぶつかり合う。
傷が少し開くが、構わずに殴り、拳が敵の顔面を捉えた。
このまま一気に決めてしまいたかったが、至近距離からサブマシンガンを撃たれる前にバックステップで距離を取って、ヒーローガンを撃つ。
敵は地面を転がって回避し、平然と立ち上がった。
「普通の人間なら、まともに動くことも出来ないと思うけど?」
「まあ、ね。そろそろきついのは否定しないよ」
「じゃあ大人しく」
死んで、と続けようとしたきいろの言葉を遮るように、新手の犯罪者と怪人が現れる。
「くっ!?こんな時に!」
「一人でも勝てないことは無いだろうけど、ちょっと傷が痛むからね。ついさっき呼んでおいたんだ。僕はさっき逃げた獲物を追う事にするよ」
「あ、逃げないでよ!」
素早く良二達が逃げた方向へと駆ける男を追おうとするが、その前に新手が立ちはだかる。
「このっ、邪魔、しないでよ!」
ヒーローロッドでまず一人目の頭部を強打して昏倒させ、続いて左手で二人目の頸部を掴んで一気に締め上げる。
「ひいぃっ!この化け物め!」
撃たれる前に、声が聞こえた所へ掴んだ人間を投げつけ、同時に戦闘不能にする。
三人目。
邪魔しないでよ。
あたし、怒ってるんだから。
どうして自分がここまで怒りを感じているのか分からないが、先程痛めつけられていた良二を見てから、こうだ。
あたしが来なかったら、ブルーは多分あの子と一緒に殺されてた。
薫なら、少女を見捨てていただろう。
そして、被害を最小限に抑えて勝つに違いない。
でも、確実に犠牲は出るよね。
今回は、偶々良二が死ぬ前に助けられたからいいが、今後このような事がある度に彼は傷つき、命を危険に晒すのだろう。
だから、そんなブルーだから!
あの『普通さ』は無くしちゃいけないんだ!
薫のようになりたい、今もそう思っている。
けど、それとは別の部分で、良二の在り方が愛おしく思えるのも事実なのだ。
「だから、どいてよ!」
迫る怪人を蹴り倒し、首を踏んで圧し折り止めを刺す。
ヒーローロッドを怪人の口内に突き刺し、横方向に頭部を引き裂く。
犯罪者の胸部にヒーローガンを零距離で撃つ。
いちいち数えるのも面倒になってきたよ。
きいろは全力で、立ち塞がる敵を排除する。
良二を助けたい、その一心で。
「・・・ここまで来れば、大丈夫か」
心臓の動悸が激しい。
少女も、息を吐いて呼吸を整えている。
「良く頑張ったな。後少しで安全な場所に着くから、待ってろよ」
「・・・うん」
きいろも気がかりだが、まずは少女を避難させる事が先決だ。
できれば味方と合流して、更に安全性を高めたい所だが自分で何とかするしかない。
「待ってよ」
そう思っていた矢先に背後から声を掛けられると共に、腹部を熱い何かが貫通した。
同時に聞こえた銃声で、自分が撃たれたのだと分かった。
「お兄さん!」
激痛に、倒れ伏す良二。
「お前、何で・・・」
「僕がここにいるって意味、ちょっと考えれば分かるんじゃない?」
イエローがやられた!?
「っ!よくも!」
「碌に動かない身体で、よくやったと思うよ。あの世で再会させてあげる」
「ふざけるな、俺は!」
ヒーローガンを抜き、撃つ前に腕を撃ち抜かれる。
「うあぁっ!」
「無駄な抵抗しないでよ」
無駄?
いいや、今の間に女の子は物陰まで行くことができたよ。
「・・・」
「だんまりかい?まあ、いいよ」
今度こそ、もう駄目かな。
そう都合良く何度も助けが来るとは思えない。
イエロー、ごめん・・・。
きいろに謝りつつ、目を閉じて最後の瞬間を待つ。
「勝手に、人を、殺さないでよ・・・」
「イエロー!?」
「馬鹿な!?」
満身創痍、そう呼ぶのが一番なのだろう。
バイザー部分が半壊して顔が露出し、可愛らしい顔にも傷が見える。
「あの人数を、たった一人で・・・?」
「うん。最初は突破口を開いて、真っ先にこっちへ来ようとしたけどね、後ろから撃たれるから全部倒してきたよ」
律儀に敵の質問に答えながら、少しずつきいろは歩みを進める。
「それ以上近づいたら、こいつを殺すよ」
「やってみたら?その瞬間にお前の頭を粉砕するから」
口調も普段より荒々しい。
アックスを投げつける構えを見せ、言葉と態度の両方で牽制する。
「ちっ・・・。次はただじゃ済まさないよ」
捨て台詞を残し立ち去った敵の姿が見えなくなると同時に、きいろは膝を着いた。
「イエロー!」
腹部の痛みを堪えて立ち上がり、彼女へ駆け寄る。
「・・・大丈夫だよ。それにしても、お互い酷い格好だね」
苦笑を浮かべられ、良二も安堵する。
「間に合ってよかったよ。ブルー、頼りない割に無茶するんだもん」
「すまん・・・」
「いいよ、そういう所に少なからずあたしも救われてるんだから・・・!?」
「それ、どういう」
きいろがいきなり良二を突き飛ばした。
聞きなれた銃声が響き、きいろの腹部、胸部に着弾して血飛沫を上げる。
「お姉ちゃん!」
「イエロー!」
弾が飛んできた方向には、片腕の無いあの男がいた。
「駄目だよ、気を抜いちゃ。命取りになる。こんな風にね?」
「・・・」
「イエロー!しっかりしろ!」
膝を着いた姿勢のまま動かないきいろに、良二は声を掛け続ける。
「イエロー!」
「じゃあ、今度こそお別れだ」
「・・・させない!」
きいろが立ち上がり、アックスを敵に投げつける。
不意に投げられたそれは、敵も視認していたにも関わらずに残ったもう一つの腕も切り飛ばした。
それほどの速度だったのだ。
「・・・さっきよりも速かった?明らかに身体は限界を超えてるのに?」
「・・・消えて。じゃないと、バラバラにするよ」
「・・・分かったよ。本当に、大人しく退散するよ」
きいろは、それを確認する前に倒れた。
胸の中で、何かが破れたのが分かる。
軽く咳き込むと、口から血の味がした。
鼻の奥も鉄臭い。
「お姉ちゃん!」
「イエロー、嫌だ、死ぬなよ!目、開けろよ!」
目を開くと、良二がマスクを外して泣きじゃくっていた。
少女も泣いている。
あ、今度こそあいつは行ったんだね。
「ブルー?」
「よかった、生きてたんだな!ブラック達もすぐ来る!連絡が取れたんだ!」
「もう、いいよ・・・」
「イエロー!?」
ただでさえ傷ついてた身体を酷使しすぎた。
常人ではまともに戦うのも難しかっただろうが、持ち前の身体能力でそれを何とか誤魔化してきたのだ。
「諦めんなよ!言ったろ、お前死んだら泣くぞって!本当に泣くぞ!」
「もう、泣いてるよ・・・」
確認するまでもなく、良二は己の身も気遣わずにきいろに寄り添っている。
「・・・ねえ、ブルーはあたしが死んだら嫌?」
「当然だろ!」
「そっか・・・」
ちょっと、今日は無理しすぎたかな。
何時もと同じで、あたしの体はそれができたから。
自分は、親の顔なんて分からない。
この身体だけが、頼りだった。
あたしの身体、ごめんね。
今までも、粗末に使ってきたから・・・。
自分の命に執着はしなかった。
それが、今日、遂に終わる。
「・・・ブルー」
「何だ!?どこか痛むのか!?」
「死ぬって、こういう感じなんだね」
「馬鹿!そんな事言うな!」
自分という存在が、無くなる。
他に表現しようが無い。
「・・・さっき、あたしが死んだら嫌だって、言ってくれたよね。少し、嬉しかった・・・」
「おい・・・」
これは、本音。
自分が、少しでも彼の心にそういう存在として残るのなら、最後に何か人の役に立って死ぬのなら。
でも・・・。
「・・・あたしね、今、死にたく、ないな」
「イエロー・・・っ!」
怖くは無い、でも、ブルーの重荷になるのは嫌だ。
「分からないよ・・・、今まで、何とも思わなかったのに、何で、今になって・・・」
涙が、零れた。
頬から口元にまで伝わったが、それも、ほとんど感じられなかった。
「嫌だよ・・、もっと、ブルーや、ピンク、ブラックと、皆といたいよ・・・」
一人は、嫌だよ。
ヒーローをやってきて、最初からいた三人。
太陽は死んでしまった。
途中で何人か新しく入ってきたけど、やっぱり、この三人との関わりが深かった。
何だかんだ言いつつ、ドライだけど世話を焼いてくれる春美。
どこか自分と似ていた薫。
そして、普通の『いい人』だったブルー。
気がつくと、誰かの腕の中にいた。
「あったかいね・・・」
「なあ、お前まで死んじまうのかよ・・・?嫌だよ、俺は」
良二が、静かに自分を抱きしめていた。
「ブルーは、いい人だね・・・」
「・・・違う、俺は、身近な人間が大切なだけの凡人だよ」
「それでも、優しいと思うよ・・・」
良二と、目が合った。
「最初で最後のお願い、するね」
「・・・何だ?」
「・・・ブルーは、そのままでいてね。普通の、いい人で、いてね」
変わらないで欲しかった。
今のまま、その優しさが何よりも、彼にとって大事だと思うから。
「・・・善処、するよ」
「うん、よかった」
最後に、聞いてもらえた。
「・・・ブルー、できれば」
また会おうね。
きいろの無意識に発せられた呟きは、彼女自身には聞こえなかった。
続く
閑話43
失った両腕の治療を受けながら、光からの詰問を聞く。
「トール、どうしてイエローを殺したんだい?」
「殺したかったわけじゃないけど、ブルーを殺そうとした時に邪魔されたからだよ」
ただ、それだけ。
出て来なければ殺さなかったのに。
包囲を一人で突破してきたのには驚いたが。
しかし、あれだけ出血しても死なないっていうのは便利だけど、改めて自分が人間じゃないって思い知らされるね。
身体のスペックの高さに助けられたのも、屈辱だった。
あの男のお陰で生かされた、という形だからだ。
感謝はしないよ。
僕が作られたのも、お前の所為なんだから。
「じゃあ、ブルーを殺そうとしたのは?」
「前に、僕を黒澤薫に似てるとか言ったからさ」
「・・・彼がそんな事を言うとは。まあ、死んでいてもたいして痛手にはならないだろうが・・・」
余計な事をしてくれた、というニュアンスできいろを殺した事を婉曲に責めているのだろう。
「君も、自分の意思で動くんだね」
「まあね」
「教官、止めてください!一体どうして!」
健が良二に縋り付いて静止させようとするも、それを力無く振り払って、また一人、捕縛した犯罪者の頭部にヒーローガンを撃ち込んだ。
「三人目・・・」
「教官!」
「止めろ、俺が悪かったからぁ!」
命乞いの言葉を無視し、次の犯罪者の頭部へと狙いをつける。
「ブルー!」
頬に衝撃が走る。
「・・・ピンク?」
「貴方、自分の怪我の治療もしないで何やってるの?」
「何って、人殺し」
「・・・もういいわ。ブラック」
「え?」
薫が素早く薬品を付着させた布を良二の顔面にあてがい、意識を強制的に失わせる。
なんだ、ブラック。
邪魔するなよ、俺は、イエローの仇を・・・。
「ん・・・?」
「気がつきましたか」
どうやら自分は、ヒーロー本部の病室に運び込まれたらしい。
何度も見慣れた造りの部屋だから、すぐ分かった。
「ブラック・・・?」
「他の誰に見えます?」
「・・・いや、お前以外の何者でもないよ」
全身の傷には、既に治療の形跡があった。
「・・・イエローは?」
「死にました」
きっぱりと言い放たれる。
薫の表情には変化が無い。
「そうか・・・、やっぱり、いなくなっちゃったんだな」
薫の容赦無い言葉に残酷な事実が突きつけられると、涙が溢れてきた。
「くっ・・・」
視界がぼやけたので、慌てて目を擦る。
「・・・すまん。他の皆は?」
「茜は休憩してます。確か、金井さんもどこかに行っていたと。警察の田中さんは怪我の治療を受けています」
「・・・、ピンクは?」
春美の名前が出ていなかったので、気になって尋ねる。
「それなりにショックだったのか、部屋に引き篭ってます」
「・・・」
春美も、本当に冷たいわけではない。
少なくとも、きいろの死を彼女なりに悲しんでいるのだろう。
「あの子は?」
「現場付近にいた子なら、保護してあります」
こちらの用途を明確に察し、迅速に返答する薫は普段と変わらない。
それだけに、つい苛立って声を張り上げてしまう。
「・・・、ブラックは、イエローが死んでも何とも思わないのか!?」
「まあ、それなりに好きでしたけど。僕はこういう人間なので。香典くらいは出しますが」
「悪い、感情的になりすぎた・・・」
「別に構いませんよ。それより、さっきは随分貴方らしくないことをしていましたね」
抵抗が出来ない犯罪者を、殺していた事か。
「イエローに、言われたんだ。そのままで、いてねって。・・・でも、できるわけ無いだろ!?イエローが死んで、やった奴はそのまま逃げて!それで、平気でいられるわけ無いだろ!?」
だから、八つ当たりだった。
片っ端から、彼女が死んだ原因を引き起こした奴を、殺してやりたかった。
「善処するって、言ったさ!せめて、イエローが安心して逝けるように!でも、やっぱり無理だったよ!」
「傷、開きますよ?」
「そんなのどうだっていい!」
息が荒くなり始めた。
「・・・なあ、ブラック。俺、イエローに嘘ついちまったよ。人、殺しちゃったよ」
「ブルー?」
「イエロー、俺、どうすればいいんだよ」
「聞いてないみたいですね。僕は出直しますので、後はお一人で御自由に」
薫が静かに立って、部屋を出て行く。
一人になった病室で、良二は嗚咽を漏らし続けた。
「う、くっ、・・・うぁああああああああああ!」