第二十八話
『怪人が複数出現しました!現在、怪人対策課が対処に向かっています!ヒーローの皆さんも至急出動願います!」
オペレーターの通信を聞き、良二は多少緊張していた。
これが復帰してから初の実戦になる。
仲間の足手纏いにならないようにしないと。
お、ゴールドじゃないか。
そういえばあいつも初陣だったな。
瞬を見かけたので、声を掛ける。
「よ、ゴールド」
「ブルーか。何?」
さほど緊張しているようには見えない。
「いやな、ゴールドは初陣だろ?大丈夫かなって」
「大丈夫じゃないように見えるか?」
いや、全然。
「俺の初陣の時よりよっぽどしっかりしてるよ」
瞬はしばらく黙っていたが、少し口元を緩めた。
「あんた、普通だな」
「・・・意味合いによっては怒るぞ」
ゴールドにまで普通って言われたよ・・・。
自分にはやはり威厳が無いのだろうか。
「普通に良い奴って意味だよ。黒澤は最低限事務的な事しか言ってくれなかったからな」
「・・・まあ、ブラックもあれで結構良い奴だぞ、多分。頼りになるから、安心していいと思う」
ブラック・・・。
お前さぁ、せめてもう少し気遣ってやれよな・・・。
「良い奴ねぇ・・・。今回は一箇所に纏まってるらしいな。行こうぜ、先輩」
「・・・ああ!」
口調はまだ荒っぽいけど、少しは認めてもらったのかな。
今回の人口怪人の襲撃は、主に瞬のサブマシンガンの性能実験が目的だ。
今後量産される主力武器として人工怪人に充分な成果を示せば、外国はこぞって手に入れようとするだろう。
現在裏ルートで取引しているのはポリスリボルバーと同程度の性能だ。
無論こちら側に都合がいいように進めるが、テロリストに横流しして対立国の治安を悪化させる事もできる。
その際被害がどれ程出ようが知った事ではない。
まあ、今回のは多少怪人の性能を落としてあるから問題無く勝てると思うけどね。
出来レースを演出するのも疲れるよ。
今までの物より多少弱いとはいえ、今回の人口怪人の襲撃でも犠牲者は既に出ている。
だが、それは光にとって大事の前の小事なのだ。
健は現場に到着するとすぐに部下達に指示を出す。
「A小隊は避難の補助を!B小隊は怪人二体の相手を!俺とC小隊は怪人三体を!」
それぞれが自分の役目を果たすべく奮闘する。
皆、俺はちゃんとやれてるか?
襲い掛かってきた一体をトンファーで殴りつけて後退させる。
C小隊は残りの二体を銃撃で寄せ付けない。
「このっ!」
敵の打撃を回避してリボルバーを至近距離から撃ち込む。
健はよろけた隙を逃さず、そこをトンファーで一気に畳み込んだ。
「C小隊!今だ!」
指示を受けたC小隊は健の攻撃で弱った一体を集中的に銃撃し、さらに追い込む。
「お前等は、地球からいなくなれ!」
止めに健がポリスロングロッドを脳天に振り下ろしてやっと一体を倒す事ができた。
「はぁ、はぁ・・・」
やっと一体か・・・。
部下達も実戦経験の少なさが災いして形勢が不利になっていく。
健も一人気を吐くが劣勢を覆すまでには至らない。
でも、戦闘員がいないだけマシだよな!
指揮官用装備の機能からも、まだ部下は一人も死んでいない事が分かる。
他力本願な話だが、後はヒーローが来るまで持ちこたえるのが自分達の仕事だ。
怪人を一体だけでも減らせたのが僥倖だったのだろう。
負けないさ・・・、俺達は警察官だ!
現場に着くと、早速チーム別に掃討を始める。
最も、今回は味方の戦闘員もいるし数でも勝っている。
後は確実に殲滅するだけだ。
「ブルー、ヒーローハンドボムを!」
「おう!」
春美の指示を聞いた良二は怪人が二体固まっている所にハンドボムを投げ込んで分散させる。
くっ、倒せなかったか・・・。
「ぼんやりしてないでイエローの補助をお願い!」
「ああ!」
気持ちを切り替えて接近戦を挑むきいろをサポートする。
怪人を二本のランスを使って牽制し、その隙にきいろがアックスを叩き込んだ。
「Gyaaaa!」
「ピンク!」
きいろの合図が出ると春美はライフルで弱った怪人を撃ち抜いた。
よし、まず一体目だ!
「ヒーローバインド!」
瞬は戦闘員に命令して怪人を押さえつけさせた。
怪人も抵抗するが、そうすぐに解放されるような物ではない。
どれ、専用武器の実戦初披露だ!
バッテリーパックをサブマシンガンに装着して動けなくなった怪人を戦闘員ごと蜂の巣にする。
強化された弾は容易く怪人の表皮を貫通し、戦闘員をミンチに変えた。
見たか黒澤!
俺だってやればお前と同じぐらいの事は出来るんだ!
ゴールドも、それなりに戦力にはなるみたいですね。
こっちも片付けましょうか。
薫が指示を出す前に瞬は彼自身の判断でヒーローバインドを使った。
その方針自体は評価する。
僕に自分の実力でも見せつけるつもりだったんでしょうね。
自分は、瞬の実力には使えるかそうでないか程度の関心しか無い。
「グリーンはヒーローハンドボムを敵の目前に放り投げてください。僕はヒーローガンでそれを撃ち抜いて目くらましにします。その隙にオレンジが接近戦を」
瞬が怪人一体を倒すのに景気良く戦闘員を使ってしまったせいで節約しなければならなくなった。
消耗品とはそういうものだが。
「分かりました」
「オッケー」
優子が指示通りの位置にハンドボムを投げ込み、衝撃を受ける前に薫がそれを撃ち抜く。
爆炎が怪人の身体を覆い隠し、敵の視界を閉ざす。
「じゃ、行って来るね!」
茜はその間に接近し、煙が晴れた瞬間まだ体勢が不十分な怪人を切り裂く。
怪人は苦し紛れに反撃しようとするも、薫が放ったランチャーの通常砲撃で阻まれる。
「黒澤!止めは俺が刺す!」
「御自由に」
こちらに向かって来た瞬がサブマシンガンを怪人にばら撒く。
誰が倒そうが結果は同じだ。
薫はそこには拘っていない。
「きゃあ!」
茜の声がしたので視線を移すと、彼女が危うく被弾しかける所であった。
見た所怪我は無いようだが。
怪人は見事に蜂の巣になっていた。
「黒澤、俺もヒーローとして戦力になるだろう!?」
「そうですね。戦力になると思います」
薫の言葉を聞いた瞬はどこか誇らしげであった。
瞬自体に興味は無いが、せっかくの手駒に傷を付けられそうだったのは少々腹立たしい。
薫自身の行動によって傷つくのは構わない、しかし茜の事は気に入ってるので瞬に僅かではあるが殺意を抱いた。
優子の場合は別になんとも思わないが。
僕が駒を傷つけるのは構いませんが、他人に傷つけられるのは面白くありませんね。
怪人の残りは一体だけとなり、それからは一方的だった。
チーム1が追い詰めた怪人を合流した怪人対策課とチーム2が囲み、一斉射撃を浴びせたのだ。
自分達でやっておいてなんだが、これは酷い。
まあ今回は戦闘員の被害も少ないようだし、ヒーロー、警察双方怪我人一人出ていない。
良二にとっても納得のいく戦果だったと言えるだろう。
警察側を見ると、部下達に指示を出している健の元気が無いようだ。
今ではたった一人生き残った自分の教え子という事もあり、注意して見ていたのだ。
「田中」
「あ、教官・・・」
「報告は、済んだのか?」
「はい」
どうして元気が無いのかは分からないが、知ろうとする事はできる。
「どうした?」
「・・・俺は、あいつ等に恥ずかしくないような隊長ですか?」
あいつ等とは、殉職してしまった二郎達四人を指すのだろう。
「何でまたそんな事を」
「この前ブラックさん達と怪人の戦いを見たんですが、俺が負けそうになった怪人を瞬殺していました」
それって、ブラックと自分を比べたって事か?
・・・比較対象が悪いと思うぞ。
あいつは、色々と規格外だ。
そんな事は言えないので、なんとか元気づけようと自分の乏しい言語の中から言葉を選ぶ。
「警察の装備は威力がヒーローと比べて控えめだしな。怪人を瞬殺出来ないのは仕方が無い事だと思うぞ。それに、今日だって田中達は怪人を倒したじゃないか」
健の隊長適性は一定の基準を満たしていると思う。
この数ヶ月間で努力もしていたようだし、彼が引け目を感じる事は無いのだ。
「後な、田中。そういう事で悩んだ時は、今度から俺の顔を思い出せ」
「教官の顔、ですか・・・?」
怪訝そうな顔をされる。
「他のヒーローと同レベルの武器を使ってるけど、俺だってヒーローの中で一番弱いぞ」
そうだ、以前清水隆から言われた事だ。
ヒーローの中で一番格下、と。
・・・思い出したら切なくなる、否定できないからな。
「そんな、教官が自分を卑下する必要は無いと思います!俺達に教導をしてくれたし、今だってヒーローとして立派に戦っているじゃないですか!教官には教官の役割が有ります!」
健は少し憤慨した様子だ。
それでも一番弱いという事は否定してくれなかったが。
「だったらさ、お前にもお前の役割が有るんじゃないか?」
「俺の、役割?」
「そう。皆、怪人達と戦うヒーローなんだよ」
誰一人、そうでないものはいないと思う。
科学者達は武器を作り、警察関係者は避難誘導。
直接戦闘をしなくても、皆何らかの形で戦っているのだ。
それぞれの意志とは無関係だが戦闘員もヒーローに使われる道具として戦っているのだろう。
戦闘員についてそう考えると、良二は自分の欺瞞に吐き気がした。
・・・だからさ、鈴木、佐藤、山田、中村。
お前達はヒーローだったよ。
少なくとも、俺はそう思っている。
俺みたいな中途半端なやつより、よっぽどな。
「教官、有難うございます」
「まあ、俺だって偉そうな事言ってる割には結構な頻度でうじうじ悩むけどな」
お互いに苦笑して、それぞれの仕事に戻った。
少しは健の心理的負担を取り除く事ができただろうか。
元教官として、それが気がかりだった。
「ちょっとゴールド!さっきアタシにアンタの撃った弾が当たりそうになったよ!」
瞬は目の前で自分に苦情を言う茜を苦々しく思った。
当たらなかったんだから、いいじゃないか。
顔は中々高レベルだとも思うが、恐らく薫のお手つきなのは少々残念だ。
積極的に肯定はしていないが、薫も特に関係を隠すつもりは無いのだろう。
ヒーローになって薫を観察しているとそれが分かった。
自分の所有物が傷つけられそうになってどんな反応をするのだろうか。
そう思って横目で薫の様子を窺った。
また、あの目か・・・。
アレと目を合わせるつもりは無い。
「悪いな」
そう言って踵を返した。
でも、今日は無機物を見る目の中に、ほんの僅かではあったが少しだけ殺意が感じられた。
薫にも少しは人間らしい所が有るのだろうか。
全く相手にされないより、百倍マシだ。
瞬は誰にも見られないように口元を歪めた。
続く
閑話28
「お疲れ様」
帰還した良二はきいろに話しかけられた。
それから、今回の戦闘では戦闘員以外の犠牲が出なかった事を喜びあった。
「そういえば、最近レッドを見かけないな」
「うん。どうしたんだろうね?」
現在チーム1は春美が纏めており、きいろはその補佐をしている。
太陽がいた時よりも円滑に動いてはいるのだが、やはり人手が足りなくなってきた。
怪人達の出現頻度が増えているからだ。
レッドも、いないと寂しいものだな。
無くなってから初めてありがたみに気がつく、というやつだろうか。
思えばうざったい奴だったが、他のメンバーには無いそのハイテンションさがムードを盛り上げていなかったというわけでも無い。
鬱陶しかったのは確かだが。
あれで迷惑がこっちまで来なければなぁ・・・。
太陽が嫌いというわけではないのだ。
「ねぇブルー」
「どうした?」
きいろは良二とは別の方向を見ながら話を続ける。
「最近、怪人が増えてきたよね?」
「ああ・・・」
それに伴い、犠牲者も増えていた。
「皆さ、怪人との戦いが終わるまで死なないといいね」
その『皆』の中に、イエローは入っているのか?
「そうだな。イエローもな」
そっちも死ぬなよ、という意味を込めて返答する。
「・・・うん。できるだけがんばるね」
こう言ったからには、俺も自分の発言に責任を持って死なないようにしないとな。
だからレッド、俺の生存率を上げるためになるべく早めに帰ってきてくれ。
今の良二は藁にも縋る気分であった。
薫は未だに不機嫌そうな茜を観察していた。
さっきの瞬の態度を根に持っているらしい。
言葉には出していないが、彼女の表情は冷たさを増していた。
「行きましょうか。今夜は明日の業務に支障が出ない程度なら付き合いますよ」
「・・・うん」
多少表情に喜色が混じる。
この程度で機嫌が良くなるなら時間を割く価値は有るだろう。
ゴールドも一応戦力になる間は煽てておきますか。
あっちから喧嘩を売ってこなければ、の話ですが。
もし瞬が入院するような事があれば、斉藤医師と先日手懐けた看護師に処理させようと思った。
別に瞬が嫌いなわけではない。
自分の中ではどうでもいい寄りの普通、といった所だ。
高校時代でもクラスメイトという以外に接点は無かった筈だ。
それでも瞬が絡んできたので、彼の友人や好意を抱いていた女生徒を奪ってみた。
理由は瞬が薫にとって邪魔だったから。
それだけである。
瞬が憔悴していく過程を見るのが楽しかった、という事は否定しないが。
女生徒を堕とすのは楽だったが、元々そんなに興味を持っていたわけでもなかったので高校卒業時に自然解消という後腐れの無い形で別れた。
本当に、どうして僕に絡んできたんでしょうね?
薫は、瞬にあまり関心を持っていなかった。
言い方はアレだが、瞬の片思いである。