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No.8422の一覧
[0] 百年戦争史・シャルルマーニュ伝[サザエ](2009/07/20 01:47)
[1] プロローグ[サザエ](2009/06/07 03:41)
[2] 師匠[サザエ](2009/06/07 03:42)
[3] 王族[サザエ](2009/10/25 20:47)
[4] 外伝1.シャルル危機一髪[サザエ](2009/05/04 21:06)
[5] 追放[サザエ](2009/06/07 03:43)
[6] ブルゴーニュの陰謀[サザエ](2009/06/07 03:43)
[7] 初めての諸々[サザエ](2009/06/07 03:44)
[8] 説得[サザエ](2009/06/07 03:45)
[9] 大都市ミラノ[サザエ](2009/06/07 03:46)
[10] 出会い、そして内政①[サザエ](2009/06/07 11:44)
[11] 蠢き始めた獅子[サザエ](2009/06/07 04:07)
[12] 外伝2. 母の思い[サザエ](2009/06/07 04:12)
[13] シャルルの軍[サザエ](2009/10/25 20:48)
[14] 内政②通信革命と傭兵の集い[サザエ](2009/06/21 22:40)
[15] イングランド政変[サザエ](2009/06/13 21:56)
[16] 交渉準備[サザエ](2009/06/28 12:58)
[17] 会談・大貴族ブルゴーニュ公[サザエ](2009/10/25 20:48)
[18] 祭りの後の地団駄[サザエ](2009/07/13 02:24)
[19] ギヨーム恋愛教室[サザエ](2009/07/06 14:55)
[20] 少年リッシュモン・英雄の原点[サザエ](2009/07/19 03:49)
[21] 婚約と社交会[サザエ](2009/07/20 01:39)
[22] 外伝3.薔薇の少女イザベラ[サザエ](2009/07/20 01:47)
[23] 外伝4.その頃イタリア・カルマニョーラ[サザエ](2009/10/13 00:22)
[24] ミラノ帰還~リッシュモン編~[サザエ](2009/09/06 21:44)
[25] ミラノ帰還~ガレアッツォ・イザベラ編~[サザエ](2009/11/25 04:21)
[26] フィレンツェの事情・戦争の開幕[サザエ](2009/11/25 04:21)
[27] ボローニャ攻略戦[サザエ](2009/09/26 03:23)
[28] 戦後処理[サザエ](2009/10/09 16:51)
[29] フィレンツェ戦前夜[サザエ](2009/10/13 00:22)
[30] 急転する世界[サザエ](2009/11/25 04:22)
[31] 事変後の世界[サザエ](2009/10/19 09:32)
[32] 謀・その大家と初心者[サザエ](2009/10/25 20:46)
[33] 外伝5.軍師~謀・その陰と陽~[サザエ](2009/11/07 22:19)
[34] 大乱の幕開け[サザエ](2009/11/07 22:18)
[35] 皇帝廃位[サザエ](2009/11/19 14:07)
[36] シャティヨンの戦い[サザエ](2009/11/25 11:12)
[37] 外伝6.屍が蘇った日[サザエ](2009/11/30 21:36)
[38] 戦火の後に[サザエ](2009/12/25 17:37)
[39] ブルグント王国復興の宴[サザエ](2009/12/11 18:57)
[40] 塗り換わった勢力図[サザエ](2009/12/16 18:39)
[41] 同盟締結[サザエ](2009/12/22 00:05)
[42] 外伝7.最期の望み[サザエ](2009/12/25 17:40)
[43] 黒い年末[サザエ](2010/05/30 17:44)
[44] 外伝8.エンファントの日常[サザエ](2010/01/12 18:12)
[45] 派閥の贄[サザエ](2010/01/24 00:18)
[46] 嵐の前[サザエ](2010/01/31 21:20)
[47] 陽炎の軍[サザエ](2010/02/15 22:04)
[48] 揺れる王国(加筆)[サザエ](2010/05/30 17:45)
[49] 闇夜の開戦[サザエ](2010/05/30 17:49)
[50] 決戦前夜[サザエ](2010/07/11 05:01)
[51] 決戦は遥か[サザエ](2010/08/28 19:43)
[52] 雛は歩き出す[サザエ](2010/11/19 17:57)
[53] 騎士の道[サザエ](2010/12/09 21:40)
[54] 作中登場人物・史実バージョン[サザエ](2009/09/26 03:27)
[55] 年表(暫定版)[サザエ](2010/02/17 18:17)
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[8422] 決戦は遥か
Name: サザエ◆d857c520 ID:eb17fe46 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/08/28 19:43
その週はやけに暑かった。
数ヶ月にも及ぶ膠着は王国に徒に時だけを浪費させ、季節はいつしか秋に差し掛かろうかとしている。
時の歩みは残酷さすら感じさせる程に淡々と刻まれる。
兵士達はいつしか肌寒さを感じ始めた己に気付き、自然と外に出ることを控えるようになる。
そうして増え続ける給金に頬を綻ばせつつ、酒場に集まりその金を賭け事で増やしたり減らしたりする日々に興じていくのだ。
突然の猛暑が訪れたのは、そんな寒さが兵に怠惰を覚えさせつつなってから暫らくしてからだった。
ボローニャを出発したシャルルの遊撃隊が、前線から離れた比較的後方の砦へ入ったまさにその週。
長きに渡る戦は遂に大きく動き出したのである。



食糧と多数の消耗品を抱えたシャルルの役割は、名目上は遊撃とされているが実質的には後方支援といったものであった。
10000という兵数を動かす。
例え目標が目と鼻の先にあるフェラーラであったとしても、それは膨大なエネルギーを要する一大事だ。
シャルルの隊はそのエネルギーを支える云わば縁の下的な存在であった。
決して花形ではない。
手柄とも言えず、特別賞賛されるわけでもない。
しかし物資を司る者達の存在は、兵の士気ひいては戦の趨勢にすら影響を与える重要な戦力である。
再三言うように、人は物無くして戦をすることは適わないからだ。
そう、彼等は立派な役割を担っていた。
極めて重要であることが明白な仕事を任されていたのだ。
であるにも関わらず、


「ったく、何でこんな夜通しで警備しなきゃならねぇんだ」

「そう言うな。雇い主の、つまりは殿下の指示だ。それに従うのがオレ達の仕事さ。それに、突っ立ってるだけで金になる仕事なんてそうないぜ」

「だが、退屈だ」

「そりゃあ、もっともだがね。オレも退屈で死にそうさ。まぁ、給金は差し詰め我慢の駄賃ってわけだ」

「違いない」


兵達はだらけ切っていた。
飲酒の末に泥酔、という最悪の醜態こそ晒してはいないものの、差し入れが誰かからあったとしたら規律を忘れて喜んで飛びつくであろう想像が容易に為される程に。
その怠慢が誰の目にも明らかな程に彼等は気を抜いていた。
上役の監視が緩む夜警とはいえ、あまりにも目に余る様である。
現に今も外界に気を配ることなく内輪での会話に興じていた。
しかし彼等の気の緩み、その原因を指揮官であるシャルルの統率力の欠如にのみ求めるのは些か酷というものであろう。
そもそもからして、傭兵という人種は勤勉さから最も程遠い人種なのだ。
指揮官はそういった怠け者達をある時は金で釣り、ある時は恐怖で縛り、宥めすかし、尻をひっ叩いて使っていかねばならないのだ。
その手法は獣使いと似る。
少しでも気を抜けば油断し、果ては飼い主に牙を剥きかねない。
そして、野に放たれれば夜盗と化し人に襲い掛かる。
傭兵と獣には意外と類似する所が多い。
正味な話、今のシャルルにとって訓練を受けぬ云わば野性のままの傭兵という者達は些か手に余る存在であった。


「正直お手上げです。何とか出張ってもらうわけにはいきませんか」


ほとほと困り果てたシャルルは遂に最終手段に訴えることにした。
モルト老への懇願である。
しかし、タイミングが悪かった。
物資の整理、悪足掻きといっていい隊の再編と訓示といった作業を終わらせたシャルルが部屋へ訪れたとき、時刻は既に深夜を回り、モルト老は寝酒も済ましまさに横になろうとする瞬間であったのだ。
自然彼の機嫌は斜めになっていた。


「甘えるんじゃねぇ。これも経験だろ」

「そう言われましても……。自分で言うのも何ですが、見た目がこんなに可愛らしい我が身では嘗められるな、というのが無理な話ですよ」


シャルルは未だ二次性徴すら来ていない少年である。
この歳の貴族の子息といえば、普通お飾りで何も考えていない餓鬼なのだ。
鍛錬の成果もあって少女と間違われることこそなかったが、傭兵の手綱を握るには大いに迫力が欠けている。
獣に嘗められてはならないように、指揮官もまた嘗められてはならないのだ。


「何ならドレス着て涙ながらにお願いしてみりゃいいじゃねぇか。女に飢えた野郎共だ。喜んで言うことを聞くかもしれねぇぜ」

「それどころではなくなりそうなので御免被りますよ。不幸にも私にその手の趣味はないのでね」

「なら無駄な努力と悟ってさっさと諦めるんだな」


モルト老の返答には愛想の欠片もない。
シャルルはこれ以上の説得は無理だと悟らざるを得なかった。
モルト老はのらりくらりとかわし、憎まれ口しか叩いてくれない。
加えて機嫌もよろしくない。
こうなると梃子でも動かないことを彼は長年の付き合いから知っていた。


「練度の低い奴等を連れて来た以上、こうなることは予想済みだった筈だろ。」


更に加えられたモルト老の鋭い指摘にシャルルは口をまごつかせることしかできなくなる。
否定し難く、自分が泣き言を言っているという自覚もあった。
それを真っ向から突きつけられたシャルルの頬は薄っすらと赤くなっていた。
精兵と呼べる者はその殆どをガッタメラータに提供し、また残った数少ない者達も要衝ボローニャの守護に残さねばならない。
例えそれで自由に出来る精兵が手持ちのエンファントのみになろうとも、シャルルにはそうするしかなかった。
結果、連れて来た者達が使い物にならないであろうことは承知の上でこうして出兵したのだ。


「いつもいつもお利口な兵を率いれるわけじゃねぇ。大体傭兵って奴等は大抵が今この砦にいるような連中なんだ。
 怠け者で、ろくでなしで、旨い話って見れば後先も考えないで飛び付く。そんな馬鹿の集まりばかりだ。
 農民に奴等が恐れられるのは奴等がそんな手合いだからよ。まぁ、物事には必ず理由があるってことさ」


そう語るモルト老の言葉にはひどく実感が篭もっていた。
彼の人生はその手綱との戦いであったのだろう。
シャルルはこの時代の指揮官達が直面する問題に今初めて真正面から向き合ったのである。


「エンファントと一緒に教官の爺を何人か連れて来ただろう。
 オレに頼み込むくらいならあいつらを使えや。あの爺達は御前の部下なんだからよ」


そう言うとモルト老はごろりと横になりシャルルに背を向け、すぐに高鼾をかいて寝てしまった。
驚異的な寝付きのよさである。
しかし、そんな素っ気無い態度とは裏腹に何だかんだで助言をしている辺り、この老爺も見かけに反した心の持ち主であった。
相変わらず素直ではない師匠に苦笑いが零れる。
何はともあれ一定の方向性を示されたシャルルは、苦笑を真面目な顔に直すと一礼して出て行った。













「野戦に引きずり出す」


開口一番ガッタメラータは切り出した。
ゴンザーガとの決闘の傷も未だ癒えず、胸元を包帯で覆われた彼の姿は痛々しげですらある。
実際、傷口の熱はまだ引いておらず、時折視界が霞む様な虚脱感に襲われることもある。
しかし、体調を押してでも軍議を開かねばならないのは部下に弱みを見せられないという指揮官の宿命であった。
そして、その目的は戦意に溢れた彼の眼光によって見事に成功していた。
敗戦に近かった先の夜戦は侮りという悪影響で現出しかねなかったが、部下達の様子からはそういった負の感情は見受けられない。
皆等しくガッタメラータに畏怖し、彼の言葉を黙して待っていることが一目で分かる。
目線だけでそれを確認し、彼は密かに胸を撫で下ろした。
統率力。
カリスマとも言い換えられるそれは、生半なことで身に付けられるものではない。
天性のものを除き、ただ勝利を積み重ねることによってしか得られない。
それはそういった類のものなのだ。
この将の下でなら勝てる。
その確信 ―― あるいは信仰と言ってもいいかもしれない ―― が兵を平伏させ、縦横に用いることを可能とするのである。
今回の失態では、一先ず傭兵達の信頼は失われていないらしい。
それを確認出来ただけでも、ガッタメラータにとっては無理を押して軍議を開いた価値はあった。
ボローニャは出立したガッタメラータ率いる一軍は、フェラーラの喉下に突き付ける場所に位置するこの地域最大の砦へと入り、そこで兵の慰労と戦の詰めを行っていた。
フェラーラは古い都市である。
この時代の常識通り、都市を城壁で覆った都市国家であり、常に戦時体制にあるような城塞都市だ。
尤も、そのレベルはあくまで一般的な範疇でのもの。
ボローニャのように経済的に高度に発展しているわけでも、幾重にも張り巡らされた堅牢極まりない壁に囲まれているわけでもない。
もしフェラーラ単独であるならば、この大軍で一気呵成に攻めかかることで容易く陥落させることも出来る。
フェラーラという都市はその程度の障害に過ぎなかった。
実際、作戦立案当初のガッタメラータの脳裏にはその選択肢も存在した。
何といっても彼の都市は連合国の本拠一つである。奪取した後の利益は果てしなく大きい。
敵陣に大きな楔を打ち込めようし、体制の動揺も見込むことが出来るだろう。
狙う価値は十二分にある。
それでも敢えてガッタメラータは野戦を主張した。


「ゴンザーガはフェラーラに居るかもしれねぇし、居ないかもしれねぇ。まぁ、オレの考えでは居ない可能性の方が高いと思う。が、可能性は厭くまでも五分五分だ」


ニッコロ3世デステとゴンザーガ。
連合を組んでいるとはいえ、彼等は共に国を率いる者、押しも押されぬ一国家の長である。
その二人が同じ地で同じ戦に臨むとなったとき、互いに憚るものがないわけがない。
まして、デステは正式に支配権を認められた侯爵である。
僭主に過ぎないゴンザーガに比ぶればその身分が遥かに高い以上、どうしてもゴンザーガが一歩引かざるを得ない場面が出てくる。
例え事前に指揮権を委ねられていようともそれはそれ、これはこれ。
身分という絶対の壁は泰然と存在し、二人の間に横たわっているのだ。
如何にゴンザーガが戦上手と讃えられ、彼に全てを委ねた方がよいと分かっていようとも、デステは彼の本拠地フェラーラでその理屈通り動くわけにはいかない。
デステにも面子があるからだ。
ガッタメラータの読みには根拠があった。


「攻城戦には時間がかかる。もし手間取ってゴンザーガと城側から挟み撃ちにされたら、結果は……分かるだろ」


前後からの挟み撃ち。まして相手はゴンザーガ。
結果、待つのは確実な死である。
彼の猛将は完璧なタイミングで、完膚なきまでにこちらの息の根を止めにくるだろう。
居並ぶ隊長達はそのぞっとしない想像に首を竦めた。


「そして、もし仮にゴンザーガがフェラーラに居た場合だが……こっちはもっと最悪だ。
 奴に城を背に戦われたとすると、正直手持ちの倍以上の兵力がなけりゃ話にならねぇ。
 少なくともそれ位の差がなけりゃあ、オレは戦わない。怖くて仕様がないからな」


名将に城砦。
それは想像することすら躊躇われる先の事態をも遥かに超えた恐怖だ。
また、十分有り得る事態である。
デステが面子よりも実利を取った場合、つまり彼の決断一つで実現し得る未来なのだ。
そのような条件下でゴンザーガと戦うことは絶対に避けたい。
ガッタメラータの想定した最悪は衆目も一致するところであった。


「しかし、どうやって野戦に持ち込むんで?」


嫌な想像に冷たい空気が流れた始めたのを打ち消すように隊長の一人が声を発した。


「我等が考えることは敵も当然考える筈。まして時は敵方を利する。生半なことでは野戦に応じてこないでしょう」


男の問いに確かにその通りだ、とガッタメラータも頷いた。
その前提条件を成さずしてこの戦略は描けない。


「何か方策がおありで?」


確認するような声に、ガッタメラータは無言で地図を指し示すことで答えた。
皆の視線が答えを求めてそこに吸い寄せられる。
そして、そこに答えは示されていた。


「戦争っていうのは要するに陣地取りよ。幾つもの拠点があって、オレ達はその取り合いをしてるに過ぎねぇ。
 そして、その中にはどうしても取られてはならない場所ってもんが存在するのさ」


領土というのは結局の所点と点が繋がり合った集合体だ。
どんなに巨大な帝国であろうと、またいつの時代であろうともそれは変わらない不変の真理なのだ。
そして、それ等無数の点の中には必ず急所となる拠点が存在することも不変なのである。


「そこを落とす」


ガッタメラータは片頬を歪め淡々と宣言した。


「そして、その先に連合の弱みが出てくる。デステ候は真綿で首を絞められるような苦しみを想像し、焦ってゴンザーガをせっつく様になる。必ずな。」


断言するガッタメラータには根拠があった。
ポー川。
地図上に置かれた彼の手の下には、ロンバルディアを横断するその川の名があった。













文明は川と分かち難く結びついている。
その誕生から発展に至るまで、川は母のような存在として人を育んできたのである。
原初には土地を富ませることで農業を興隆させた。
そして、次第に人がその生活圏を広げ商業を営むようになると、その雄大な体で以って大量の荷駄を運び経済活動の血流となった。
この時代、水運とは経済を回す最重要素だったのだ。
港町であるヴェネツィアが貿易で栄えたように、川に隣接する都市の多くは川の経済的恩恵を大きな収入源としていた。
通行税や行き交う商人達の落とす金銭。
経済のパイプラインとしての役割に加えて、川にはこれ等の副次的な収入が付随している。
こういった何重もの恩恵に預かろうと人が集まり、都市を栄えさせる。
フェラーラもまたそういった街の一つであった。


「ポー川を押さえればフェラーラの首下を押さえたも同然だ。勝つためにはここを落とすしかねぇ」

「しかし、そう旨くいくか? 敵さんもそのことは重々承知だ。固めてるぜ」


苦言を呈する副官ウォランを一瞥したガッタメラータは獰猛な笑みを浮かべることでその疑問に答えた。
ウォランはガッタメラータがミラノで雇われる前から行動を共にしてきた男だ。
副官といっても数多の戦を一緒に乗り越えてきた戦友である。その関係性は上司と部下ではなく、あくまでも対等な仲間に近い。
ともすれば血気に逸りがちなガッタメラータにとって、何事にも警戒を怠らない、ともすれば慎重過ぎるほどに慎重なウォランという男は己の欠点を埋めてくれる最良のパートナーだった。


「なら聞くがよ、御前目の前の砦と本丸のフェラーラそのものと、どっちと戦いてぇ?」

「……そりゃあ、こっちの砦さ。重要拠点とはいえ本拠地と比べれば流石に薄い。どっちを選ぶかってんなら間違いなくこっちだ」


得たりと頷く。
それこそガッタメラータの望んだ答えだった。


「要は選択の問題さ。あっちとこっち、比べてどちらがいいのかっていうな。
 フェラーラを攻めるよりも目の前にあるこの砦を落とした方が遥かに楽。どうだ、シンプルな答えだろう」


余りにも簡潔な理由に絶句するウォランを見て、ガッタメラータはにたにたとした笑みを更に深くする。
彼は戦いを前に気が昂ぶっていた。
それを落ち着かせるためにウォランとの会話に興じているのだ。


「まぁ、理由はこれだけじゃねぇさ。
 もしフェラーラにゴンザーガがいない場合、奴が守らされるのは間違いなくここだ。
 それも意外と少ない手勢でな。
 何たってオレ達がフェラーラまで攻めて来てるのは周知の事実で、ここら一帯に知れ渡っている。
 デステはいつあるか分からねぇ襲撃に備えて、自分の本拠地を固めなきゃならねぇ。
 となると、当然こっちに割ける兵数は限られてくる。
 恐らくそうだな、ゴンザーガがマントヴァから連れて来た兵と少しって所だろうさ。
 更にだ。オレは寡聞にもデステ候が剛毅果断な人物という風評は聞いたことがない。慎重な臆病者とは聞いたがね。
 臆病者の考えることはいつだって一緒だ。
 多くの者に守られたい。でないと安心出来ない。
 だからガッタメラータがこの砦にいるとしても大した兵力はないのさ」


ウォランはなるほど、と頷いた。
確かに理に適っている。
だが、一つ穴があった。


「ゴンザーガがいない場合はどうするんだ?」


その懸念をもガッタメラータは一蹴する。


「それなら話はもっと簡単だ。ゴンザーガが駆けつける前に一気に砦を落とせばいいんだからな」


ゴンザーガ以外の守将ならば恐れるに足らない。
詰らない茶々を入れてしまったと悟ったウォランは頭を掻いて指揮官に脱帽した。






砦に詰めた守備兵を斬り捨て、人の波を裂くように突き進む。
そして、ガッタメラータは一際華美な装束を身に纏った男を一太刀の下斬り殺した。
血飛沫を派手にあげ散った男を打ち捨て、周囲を見回すと部下達も自分と同じく敵を打ち倒していた。
振り返ってみれば一刻程しか経っていない。
砦にゴンザーガはいなかった。
目的を達しはしたが当てが外れた。
そんな結果になんだか肩透かしを食らったようで虚無感を覚える。
目深に被った兜を取り、隙間から入った血を手で拭うとがガッタメラータは大きく息を吐いた。


「随分旨くいったな」

「ウォランか」


振り返ると同じように全身を血で染めたウォランが居た。
目立った傷もなく、疲労も然程感じられない。
ウォランはガッタメラータの横に並ぶと遠くフェラーラを見据えながら呟いた。


「出来過ぎな戦だった」


確かに全てが旨く行き過ぎている気がした。
ゴンザーガもおらず、目算以上にあっさりと勝てた。被害も軽微。
最近の戦の中では最上の出来と言える。


「だからこそ、怖い。妙な薄ら寒さを感じる」


ウォランの懸念はガッタメラータも感じていた。
良い事が続くと不安になる。
成功を自らの策の結果に過ぎないと断じ斬り捨てられる者もいるだろう。
あるいは歴史に名を馳せる英雄とはそういった常人から逸脱した感覚を備えた者なのかもしれない。
しかし、幸か不幸か二人は一般的感覚を有する者だった。
望外の幸運の後には不幸が待つように思えて仕方がないのだ。


「だが、わざわざここを取らせるか?」


懸念は理で以って打ち消すしかない。
ガッタメラータはこの砦の戦略的価値を考え、不安を否定する。
この砦の陥落。
それは単なる一拠点の陥落では終わらない。
フェラーラでポー川に関わる商人全てが悲鳴を上げ、そして彼等に関わる者全てが顔を青褪めさせることだろう。
彼等はデステ候を急かし、その不手際を詰るに違いない。
候の威信は間違いなく大いに傷付けられる。
経済の停滞と名誉。策のためと割り切れる程安い犠牲ではない。


「オレ達は敵の喉下に噛み付いたんだ。見事に、手傷一つ負わずに。それが一先ずの事実……だろう?」

「まぁ、確かにその通りだ」

「なら、それを歓ぼうぜ。警戒は密にする。何かがあると思っておく。そうすれば対処も出来るさ」


先に不安から脱したガッタメラータはウォランをそう励ました。
肩を軽く叩き、兵の下へ向かおうと促す。


「皆に酒も振舞わなきゃな。勿論、羽目を外させるわけにはいかんが……」

「待て、ガッタメラータ」


視線を外したガッタメラータを引き止めたのは鋭いウォランの声であった。


「あれを見ろ」


フェラーラの方から土煙が見える。
遠目に見える旗印は見覚えのある物のようだった。


「ゴンザーガだ。野郎、来やがった」


猛るガッタメラータの声には隠しようもない歓喜、そして僅かな安堵が滲み出ていた。
あぁ、矢張り先の思考は杞憂だったのだ。
策は成功していて、けれど十全な結果ではなかった。すぐに敵が来た。
連戦だ。
疲労を抱えた状態での戦。状況は先だっての敗戦と符合し、いらぬ不安を喚起させる。
だが同時に、これぞ現実という思いがその不安を払拭した。
ゴンザーガの掌にいたわけではなかった。
その一事が担保されただけで、ガッタメラータの心境は大分違った。
自ずと気合が乗り、こちらに優位な点が見えてくる。繰り出す戦術が次々と浮かんだ。


「ウォラン、戦闘準備だ。軍を3つに分けて疲労順にローテーションを組め。
 ほぼ無傷の砦を最大限に活かして敵を引っ掻き回すぞ。
 それとシャルルに援軍要請だ。
 ボローニャから1500程度引っ張って来て後背を掻き回させろ。そうすりゃあ、戦況が大きく動く。
 そうなったら打って出て、予定通り野戦で決着だ」

「了解だ。猛将殿に借りを返すとしよう」

「あぁ。この腕と背中の矢傷の分たっぷりとな」


迫る兵は決して少なくない。
しかし、その事実が逆に敵の内情を伝えてくれている。
どれだけ本気で砦を奪還しようとしているかを教えてくれているのだ。


「やっと反撃の時間だぜ」


そう吼えたガッタメラータは心底楽しげに笑った。
獲物を待ち構える虎のように。
だが、舌なめずりをする彼は知らない。
今この瞬間、僅か数キロ先の地で一体何が起こっているのか。
戦の趨勢を決める決戦が、己の与り知らぬ他の地で行われようとしていることを、神ならぬ身のガッタメラータは知る由もなかったのだ。






------後書き------
時の流れは早いですね。書いては消し、書いては消し……としているうちにいつも間にかこんなに時間が経ってました。
相変わらず牛の如き進行ですが、もう少しでこの章も終わりです。
展開遅いよと御思いかもしれませんが、何卒御付き合い下さい。
それでは、御意見、御感想、御批判をお待ちしています。






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