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No.8422の一覧
[0] 百年戦争史・シャルルマーニュ伝[サザエ](2009/07/20 01:47)
[1] プロローグ[サザエ](2009/06/07 03:41)
[2] 師匠[サザエ](2009/06/07 03:42)
[3] 王族[サザエ](2009/10/25 20:47)
[4] 外伝1.シャルル危機一髪[サザエ](2009/05/04 21:06)
[5] 追放[サザエ](2009/06/07 03:43)
[6] ブルゴーニュの陰謀[サザエ](2009/06/07 03:43)
[7] 初めての諸々[サザエ](2009/06/07 03:44)
[8] 説得[サザエ](2009/06/07 03:45)
[9] 大都市ミラノ[サザエ](2009/06/07 03:46)
[10] 出会い、そして内政①[サザエ](2009/06/07 11:44)
[11] 蠢き始めた獅子[サザエ](2009/06/07 04:07)
[12] 外伝2. 母の思い[サザエ](2009/06/07 04:12)
[13] シャルルの軍[サザエ](2009/10/25 20:48)
[14] 内政②通信革命と傭兵の集い[サザエ](2009/06/21 22:40)
[15] イングランド政変[サザエ](2009/06/13 21:56)
[16] 交渉準備[サザエ](2009/06/28 12:58)
[17] 会談・大貴族ブルゴーニュ公[サザエ](2009/10/25 20:48)
[18] 祭りの後の地団駄[サザエ](2009/07/13 02:24)
[19] ギヨーム恋愛教室[サザエ](2009/07/06 14:55)
[20] 少年リッシュモン・英雄の原点[サザエ](2009/07/19 03:49)
[21] 婚約と社交会[サザエ](2009/07/20 01:39)
[22] 外伝3.薔薇の少女イザベラ[サザエ](2009/07/20 01:47)
[23] 外伝4.その頃イタリア・カルマニョーラ[サザエ](2009/10/13 00:22)
[24] ミラノ帰還~リッシュモン編~[サザエ](2009/09/06 21:44)
[25] ミラノ帰還~ガレアッツォ・イザベラ編~[サザエ](2009/11/25 04:21)
[26] フィレンツェの事情・戦争の開幕[サザエ](2009/11/25 04:21)
[27] ボローニャ攻略戦[サザエ](2009/09/26 03:23)
[28] 戦後処理[サザエ](2009/10/09 16:51)
[29] フィレンツェ戦前夜[サザエ](2009/10/13 00:22)
[30] 急転する世界[サザエ](2009/11/25 04:22)
[31] 事変後の世界[サザエ](2009/10/19 09:32)
[32] 謀・その大家と初心者[サザエ](2009/10/25 20:46)
[33] 外伝5.軍師~謀・その陰と陽~[サザエ](2009/11/07 22:19)
[34] 大乱の幕開け[サザエ](2009/11/07 22:18)
[35] 皇帝廃位[サザエ](2009/11/19 14:07)
[36] シャティヨンの戦い[サザエ](2009/11/25 11:12)
[37] 外伝6.屍が蘇った日[サザエ](2009/11/30 21:36)
[38] 戦火の後に[サザエ](2009/12/25 17:37)
[39] ブルグント王国復興の宴[サザエ](2009/12/11 18:57)
[40] 塗り換わった勢力図[サザエ](2009/12/16 18:39)
[41] 同盟締結[サザエ](2009/12/22 00:05)
[42] 外伝7.最期の望み[サザエ](2009/12/25 17:40)
[43] 黒い年末[サザエ](2010/05/30 17:44)
[44] 外伝8.エンファントの日常[サザエ](2010/01/12 18:12)
[45] 派閥の贄[サザエ](2010/01/24 00:18)
[46] 嵐の前[サザエ](2010/01/31 21:20)
[47] 陽炎の軍[サザエ](2010/02/15 22:04)
[48] 揺れる王国(加筆)[サザエ](2010/05/30 17:45)
[49] 闇夜の開戦[サザエ](2010/05/30 17:49)
[50] 決戦前夜[サザエ](2010/07/11 05:01)
[51] 決戦は遥か[サザエ](2010/08/28 19:43)
[52] 雛は歩き出す[サザエ](2010/11/19 17:57)
[53] 騎士の道[サザエ](2010/12/09 21:40)
[54] 作中登場人物・史実バージョン[サザエ](2009/09/26 03:27)
[55] 年表(暫定版)[サザエ](2010/02/17 18:17)
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[8422] 嵐の前
Name: サザエ◆d857c520 ID:14833451 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/01/31 21:20
人の心理というものは実に不思議なものだ。
生まれも育ちも違うにも関らず、人はある条件の下で共通した反応を示す。
我々はそれぞれ相異なる人格を持ち、互いにこんなにも違うというのにだ。
人の心理にそういった共通性があることは心理学の存在が証明している。
人間の精神が学問として成立している、という事実が心理の作用に何らかの法則性があるという証左なのだ。
その法則を実感することは容易い。
最も卑近な例は損害を被ったときの反応であろう。
ギャンブルの心理といえば分かりやすいだろうか。
人は何らかの損をしたときある一定の思考が芽生える。
それに突き動かされるか、あるいは押さえ込むかはその者の理性に依るが、誰もが同じ思いを抱く。
すなわち『この損を取り返すまでは・・・・・・』という考えだ。
この思考に囚われる者が如何に多いかは、ギャンブルで身を滅ぼした者の数がどれ程多いかを鑑みれば一目瞭然であろう。
では、この損害が他者から与えられたものだったら?
人はこう考えるのだ。
『この借りは必ず返す』と。
1403年、ヨーロッパに吹き荒れた戦乱にてブルグント王国は勝者となった。
未曾有の繁栄。
人々がそれを享受する傍らで、何時しか帝国による復讐が実しやかに囁かれるようになっていた。
歴史ある帝国が新興勢力に敗れたまま大人しくしているであろうか。彼等の誇りがそれを許すだろうか。
否。帝国の境遇を自分に置き換えてみれば分かる。
とても耐えられない。
必ず逆襲せんとするだろう。
人の心理として共感を抱く内容であっただけに、この噂は確かな信憑性を以って王国中をその周辺国を駆け巡ったのだ。





「・・・・・・そういった理由で、オレはニュルンベルクまで行かなきゃならんわけだ」


何故かシャルルの執務室で酒を飲んでいたガッタメラータは辟易とした様子でそう言った。
彼の様子からはありありと不満、という文字が透けて見える。
ニュルンベルク及びバイエルン公国は皇帝ループレヒトの直轄領である。
それ故、本来ならばガレアッツォがそれを守護する筋合いはない。
そうはいってもそれは建前論の話で、ループレヒトがミラノに軟禁同然で保護されている現在、
彼の地が実質的にブルグント王国の領域となっていることからガレアッツォはその防衛に兵を割く必要があった。


「陛下としても皇帝に泣き付かれては軍を出さざるを得ないのでしょう」


形式上ガレアッツォはループレヒトの臣下であるし、バイエルンを守護することはブルグントの利益でもある。
噂の真偽は怪しいものの切り捨てるには躊躇われる内容であることが、誰かしかを派遣せねばならない必要性を生み出していた。


「しかし、珍しいですね。皇帝が陛下に何かを指示することは滅多にないというのに」


ループレヒトは自分の立場を深く理解しているようで、借りてきた猫のように大人しく生活している。
頼みごとをするなど本当に稀有なことであった。
シャルルが疑問を率直に口にするとガッタメラータは心底忌々しそうに唸った。


「皇帝直々の御指名なんだとよ」

「は? なんでまたそんなことに?」

「オレが知るか! 暫くはボローニャに腰を落ち着けてゆっくりしようと思ってたのによ・・・・・・、これでご破算だぜ」


気落ちしてぼやいたガッタメラータの表情は、心底訳が分からないといった様子だ。
実際、彼はループレヒトから信頼を寄せられるような行動をした覚えは無かった。
むしろ可能性としては恨まれている確率の方が高いと思っていた。
シャティヨンでループレヒトを捕らえたのは他ならぬガッタメラータであったからだ。
しかし、ループレヒトが態々ガッタメラータを指名したのは真実彼を信頼しているからであった。
それも単なる信頼ではなく、全幅のそれである。
ガッタメラータが考えている以上に、彼がループレヒトに与えた衝撃は大きかったのだ。
信頼にも様々な形がある。
ループレヒトはガッタメラータの人格は欠片たりとも知らなかったが、その力だけは心底信頼していたのだ。
あの戦い、ループレヒトの人生を変えたシャティヨンの奇襲戦で、ガッタメラータはループレヒトに夜も眠れず震え上がるほどの恐怖を与えた。
そのことが、皇帝の頭の中にガッタメラータを悪鬼羅刹の化け物と同レベルの存在として記憶させたのである。
自身の領地の防衛を任せるのだ。
どうせならば最も強い男に頼みたい。
そして、皇帝の中でそれはガッタメラータであった。
かつては自分を脅かす存在であったが、今は立派な味方だ。
抱いていた恐怖はそのまま頼もしさに転じている。
ループレヒトにしてみれば、ガッタメラータ以外の存在を指名することは有り得なかったのだ。


「まぁ、派遣されるのは貴方だけではありませんし。ぼやいた所で仕様がないでしょう。
 ファチーノ殿は教皇領の方に出向かねばならないそうですから。
 戦巧者を休ませておく暇は今の我が国に無いようですよ」


ガッタメラータは自分と同じく休ませてもらえないない者がいるという事実に薄暗い慰めを見出したようだ。
願わくば自分よりも苦労を、というような意味がたっぷり篭もった笑みを浮かべた。


「へぇ。ファチーノの旦那の方は何の用なんだ?」

「ナポリ王がまた野心をもたげさせ始めたらしく、その救援とのことです。
 猊下も余裕がないのでしょう。
 昨年追い返すことができたのも本当にギリギリだったようですから。
 火のような援軍の催促、それ自体が教皇の窮地を証明する何よりの証拠ですよ」


シャルルは肩を竦めて教会の危機を嘲笑った。
彼に云わせれば、教会は寄生虫に等しい存在である。
近年の教皇庁は、自身では動かずに各都市の勢力バランスを利用することでその権威を高めていた。
フィレンツェ戦での停戦要請もその一環である。
勢力を均衡させ、窮地に陥った都市が出れば手を差し延べて恩を売り、庶民にその権威の健在振りをアピールしてきたのだ。
シャルルは教会のこういった遣り口の大嫌いであった。
有効性は認める。
だが、やられた側としては堪ったものではない。
そして、シャルルはやられる側なのだった。
強制力はないが、かといって無碍にすることもできない。教皇庁の権威とはそんな心底忌々しいものなのだ。
しかし、その伝家の宝刀も今では刃毀れした鈍らである。
ブルグント王国の勃興でイタリアに一つの巨大勢力が誕生した結果、教皇庁の望んだ勢力均衡の構図が崩れたからだ。
最早、生臭坊主から居丈高に命じられることもない。
その無駄に長かった鼻っ柱は粉々になり、こうしてブルグントに擦り寄らざるを得なくなっている。
その小気味いい事実が、シャルルをひどく満足させていた。


「無視するわけにもいきませんし、適当に体裁を整えるためにファチーノ殿を派遣するのでしょう。
 何せファチーノ殿はミラノ以来の腹心としてその名を知られておりますから」


ガレアッツォの誠意をアピールするには適任である、とシャルルは締め括った。
シャルルの発言はいつもどこか教会を軽視しているような匂いが漂っている。
ガレアッツォですら教会を疎ましく思っていても何処か敬意を持って接しているのにだ。
こういった言動の端々に最もシャルルの異質性が表れていた。
どこか無神論者的な――といっても全く神を信じていないというわけではなく―― 宗教に無頓着な態度。
精神の根幹に根付くそういった気質が無意識の内に滲み出ていているのだった。
宗教の大切さを理解してはいる。だが、実感はしていない。
彼の教皇を軽んずる態度は、そういった根深い理由に端を発していた。
もし彼のブレインに教会関係者がいたら手厳しく諫言されたことだろう。
しかし幸いというべきか、今ここに居るのはそういった難しい話題に無頓着なガッタメラータだけであった。
そして、そのガッタメラータは眉を顰めるようなシャルルの発言に居合わせたにも関らず、
相変わらず気の向かない様子で酒を飲み、来るかどうかも分からぬ敵に備えて遠方に出向くことへの不平を並べ立てていた。


「しかし、あれだ。
 陛下が暫くの間は内政に専念するって宣言したっていうのに旨くいかねぇもんだな。 
 アウグスブルクが片付いたと思ったら、次は北に南にってな具合で大忙しだぜ」

「世界は我が国だけで回っているわけではありませんから。諸国はこちらの都合などお構いなしに動いてきます。
 それに対応せねばならない以上、予定が狂ってしまうこともまた必然でしょう」


救援軍を送るには矢張り戦費が掛かる。
外征を行うのに比べれば僅かな額であるが、それでも内政に充てる筈だった金銭が減ることに変わりはなく、国内整備の遅延が予想された。


「まぁ、それはそうなんだがよ・・・・・・。なんか嫌な感じがするんだよ」


ガッタメラータは首を捻って表情を歪めた。
穏やかならぬ発言にシャルルも気を引かれる。


「何か不安を覚える根拠でも?」

「いや、唯の勘さ」


ガッタメラータの答えにシャルルは肩透かしを食らったように力を落とした。
不穏な噂でも流れているか、と身構えていたのだ。
ガッタメラータは弟分の反応に心外な様子で反論した。


「おいおい、勘ってやつは馬鹿にできねぇんだぜ。
 特にオレのはよく当たるんだ。
 実際、戦場でこの勘に何度も助けられてる。
 そのオレの第六感がこう・・・・・・何とも言えねぇ嫌な感じを訴えてんだ」

「けど何の根拠もないのでしょう?」

「矢が飛んでくるときだって何の根拠もねぇだろうが。それでも何か嫌な感じがして身を捻るんだ。
 それと一緒さ。
 とにかく警戒だけしておけよ。心構えしておくだけなら損はしねぇんだ」


確かに損は無い。
むしろ不測の事態が起こった場合益になるだろう。
シャルルはいまいち釈然としない思いを覚えながらもしぶしぶ頷いた。
とはいえ、シャルルは然程の心配はしていない。
今のブルグントを脅かす要因に心当たりは無かったからだ。
アウグスブルクを制圧したことで、ブルグントの勢力圏は更に広く強固なものとなった。
北はドイツ南部から南はイタリア中部まで、その国土面積はイタリア半島全体とほぼ等しい。
アルプス山脈を領有することで得た銀山に交易都市フィレンツェをも押さえていることから、財政もヨーロッパ屈指のものを手にしている。
その国力は現段階でも十分に強国レベル。
数年後には国内整備も一段落し、国力を倍化させていることだろう。
脅威となる国といえばポーランドが挙げられるが、この国とは同盟を組んだばかりだ。
干戈を交えるとしても暫く先の話、今は注意を払っておけばいい程度の相手である。
この状況で一体どのような災厄が訪れるのか。
シャルルには検討も付かず、矢張りガッタメラータの杞憂に過ぎないと警告を頭の隅に追いやった。



しかし、そんなシャルルの見立ては実に安易なものであったといえよう。
ガッタメラータの不吉な予感通り脅威は静かにブルグントを取り巻き始めていたのだ。
内に、外に。
誰にも気付かれないよう密やかに、確実に仕留める様な猛々しさを秘めて。
蛇の如く、獅子の如く策謀は張り巡らされていた。
繁栄を享受するその背後からは、王国建国以来最初の危機が近付きつつあったのだ。













ミラノ貴族とは要するにヴィスコンティ家縁の者達のことである。
当主となれなかった者の子孫。庶子の末裔。あるいはその婚家。
ミラノにおける貴族はそういった者達の集まりであった。
皇帝派を標榜している彼等は、親族ということもあってそれなりの結束を誇っている。
勿論、内部では主流を争った諍いも存在する。
しかし、それも所詮は内輪での争いに過ぎず、彼等は決定的な分裂を起こすことなく一つの勢力として纏まっていた。
現在の代表格はアントニオ・ヴィスコンティとフランチェスコ・ヴィスコンティ。
ガレアッツォの伯父マッテオ2世の曾孫にあたる人物である。
彼等は実に微妙な立場に生まれた、ある意味悲劇の男達であった。
およそ半世紀前、ミラノに君臨した偉大な統治者ジョヴァンニは周辺諸国を屈服させ、権力の絶頂のうちにこの世を去った。
彼は聡明で鋭い洞察力と指導力に溢れた理想的な統治者であったが、彼の後継者はそうではなかった。
そこでジョヴァンニは後継者として三人の甥全員を指名し、共同でミラノを統治することにした。
長男マッテオ2世、次男ベルナボ、末弟ガレアッツォ2世。
ミラノはこの共同統治時代からマッテオ2世とガレアッツォ2世の死去によりベルナボの時代に、そしてベルナボを排したガレアッツォの時代へと移り変わっていく。
現在のブルグント王ガレアッツォはこの末弟ガレアッツォ2世の嫡子としてミラノの支配権を受け継ぎ、力で以って全てを手にしたのであった。



その日、アントニオ・ヴィスコンティの機嫌は悪かった。
教皇派とドイツ諸侯が手を結びシャルルを担ぎ上げたという事実が彼は気に喰わなかったのだ。
そもそもアントニオはシャルルが好かなかった。
子供のくせに政治に口出しをする。そんなシャルルが彼は生意気で疎ましかった。
そもそも、シャルルはガレアッツォの孫であると同時にフランスの王族である。
アントニオからすれば、そんなシャルルが王位継承者に名を連ねていること自体が癇に障っていた。
折角ここまで育て上げた果実を態々フランスに差し出している。
彼の目にガレアッツォの決定はその様に映っており、常々これ程の愚挙はないと憤っていた。


「フランチェスコ。あのこまっしゃくれたガキを何としても排するぞ」


事ここに到り我慢の限界に達したアントニオは、己の片割れにその決意を打ち明けた。


「唐突だな」


いきなり鼻息荒く宣言されたフランチェスコは戸惑いつつも先を促した。
詳細な説明と沈静を求めてのことだが、アントニオはすっかりその気で演説を繰り広げている。
フランチェスコは思わず深い溜息を溢した。


「私と同じ考えを持つ者は少なくない。最早一刻の猶予も惜しいのだ。シャルルを排斥せねばミラノの輝ける未来はない!」


アントニオは断固たる口調でシャルルの排除を訴える。
それにフランチェスコは頭を抱えたくなった。
猪突猛進で事を性急に進めたがるアントニオに対し、フランチェスコは慎重で警戒心の強い男だった。
石橋を叩き過ぎる程の臆病者。
彼の慎重さはそう愚弄される程であったが、彼はいつもその慎重さで窮地を脱してきたのだった。
ガレアッツォという絶対的支配者がいる現状で不用意に動く愚、それをフランチェスコは知悉している。

――誰に何を吹き込まれたのやら・・・・・・。

アントニオがこのような行動に踏み切った理由を何となく察し、フランチェスコは慎重に片割れの心を探ることにした。


「排斥するといっても容易くはあるまい」


まずは賛同するような素振りを見せつつ計画を聞き出すとしよう。
どんな策を考え付いたのか、そう思いながらフランチェスコは話を聞いていく。
彼としてはどうせ癇癪を爆発させた程度に考えていた。
ところが、アントニオの発言はフランツェスコの予想を超えて壮大なものであった。
話が進むに連れて青くなっていく顔色。痛み出す頭。
アントニオの思考はフランチェスコの予想を斜め上に突っ切っていたのだ。


「なに、我等とポロ家。あとはそうだな・・・・・・アリプランディ家の私兵を合わせれば奴を討ち取ることなど造作もないことだ」


事も無げに言ったその内容は口調の軽さに反してどこまでも重かった。
聞きだしたフランチェスコも遂に耐え切れなくなって本当に頭を抱えてしまう。
彼は長年付き合ってきてアントニオの人となりを大体把握しているつもりでいた。
しかし、今日はその認識が誤っていたことを認めねばならない。
フランツェスコは胃が痛むような思いを感じていた。
アントニオはフランチェスコが考えていた以上に短絡的でどうしようもなかった。
更に忌々しいことに、既にアントニオの脳内でフランチェスコの協力が決定済みなようだった。
こんな破滅に向かって全力で走って行くような計画に、である。


「待て。少し落ち着いてよく考えろ」


フランチェスコの掛けた制止の言葉にアントニオはむっとした顔をした。


「私は別に取り乱してなどいない」


その反応を見て、フランチェスコは慌てて対応を変える。
臍を曲げられてはたまらないからだ。


「言い方が悪かったな。何せこれ程の大事だ。計画を練りすぎて困るということはなかろう」


まずは自分の話も聞いてくれ、と言うフランチェスコにアントニオも聞く姿勢に入った。


「シャルルを討ち取る。それはいい。だが、討ち取った後のことを考えているのか」

「討ち取った後、というと?」


あまりに無邪気に問い返され、フランチェスコは頭を掻き毟りたくなる衝動に駆られる。
それをぐっと堪え、アントニオに計画の不備を説いた。


「仮にもシャルルはオルレアン公子だぞ。フランス王の甥だ。それを討ち取ってみろ。どうなるか予想が付くだろう」


フランチェスコはまず利で以って踏み止まらせようとした。
しかし、アントニオは剛毅である。
彼は腕捲りをする振りをして頼もし気な笑みを浮かべてみせた。


「フランスが何だ。今の我等の力なら容易く屈することが出来る。ごちゃごちゃ言うようなら征服してしまえばいい」


確かにブルグントとフランスの国力差を考えれば不可能ではない。
但し、それは他国が介入してこなければの話だ。
それにもしフランスを併合出来たとしても、残されるのは焦土と化した荒野と疲弊し隣国の餌となる日を待つまでに落ちぶれた新興国である。
どう考えても割に合わない。


「アントニオ、よく聞け。それを決めることが出来るのは陛下だけだ」


それ以前に、そのような一大事をガレアッツォの承認抜きで決められる筈が無い。
下手をしなくても幽閉。
悪ければ即刻処刑される。
フランチェスコはアントニオの立てた計画が如何に穴だらけでガレアッツォの怒りを買う内容かを説き伏せようとした。
しかし、それはアントニオの激烈な反応によって中断を余儀なくされる。


「何故ガレアッツォの顔色をびくびく窺わねばならない!
 不都合があるなら殺してしまえ!!
 そもそも我等がガレアッツォの風下に立たねばならぬ理由が何処にあるというのだ」


フランチェスコはその科白からアントニオが何を吹き込まれたのかを悟った。
アントニオは元々今の境遇に不満を抱いていた。
元来、彼らの曽祖父マッテオ2世とガレアッツォ2世は共同統治者の関係で、上も下もなかった。
それなのに今はこれ程の差がある。
それはマッテオ2世の子、つまり彼らの祖父が相続の際まだ幼かったことをから共同統治者を外されたためだった。
アントニオの中ではその過去が忸怩たるものとして何時までも残っていたのだ。
世が世なら自分がミラノ公に、ブルグント王になっていても可笑しくは無かった。
百歩譲ってもガレアッツォと互角の立場であった筈。
アントニオは常々そう思い、不平を洩らしていたのだ。
フランチェスコから見ればこれ程愚かな考えもなかった。
中世において、力のある者が当主の座を得るというのは常識である。
自分達の祖父は力がなかったから排され、ガレアッツォは力があったから権力を握った。
それは弱肉強食という自然の摂理に沿った正当な流れだ。
そこに文句を付けたところで負け犬の遠吠えというものだろう。
フランチェスコは呆れ返ると同時に、アントニオを焚き付けた者に対してふつふつと怒りが湧いてきた。
こんなくだらない理由で巻き添えを喰らっては堪らない。
しかし、怒りに茹だる頭の片隅で冷静な部分がフランチェスコに囁いた。
これはチャンスだ、と。
アントニオを使えば自らの手を汚すことなくシャルルの影響力を削ぎ落とすことが出来る。
勿論、殺す気はない。
ただ失態を演じてくれればいいのだ。
フランチェスコとて皇帝派の一人、ジョヴァンニを王にと押す者の一人である。
功績を打ち立てているシャルルをいつまでも放置しておくつもりはない。
そう考えているという点では、フランチェスコとアントニオの見解は一致していた。


「御前の気持ちはよく分かった。しかし、私の話を聞け。
 シャルルにはエンファントという私兵がいる。斯様な重大事だ。万一にも失敗は許されない」

「何を弱気な。万一などあり得ない」

「いや、何も頭ごなしに否定しているわけではない。ただ私にも一案があるのだ。一先ずそれを考慮してみてくれ」


そう言ってフランチェスコはアントニオの説得に掛かった。
飽く迄もアントニオを立てながら、それでいて自分の思うところを説いていく。
彼には最終的にアントニオを頷かせる自信があった。
幼い頃より計画を立てるのがフランチェスコ、実行するのがアントニオという役割分担をしてきたのだ。
そして、その計画はいつも成功してきた。
フランチェスコにはその信頼と実績がある。
結局、その過去を散らつかせることで、フランチェスコはアントニオの手綱を握ることに成功した。
アントニオは物事を考えるのに向かない。
それを本人も知っていたため、折れたのだった。













ブルグント王ガレアッツォが当代有数の傑物であることは間違いない。
彼がミラノを継承したとき、彼は21都市を治める大領主であった。
それから15年余り。シャルルがミラノへ来たときには、彼の支配都市は30を越えていた。
そして今では都市国家の集合体の長という不安定な地位から脱却し、ブルグントという由緒ある王の位に就いている。
そこに至る過程は決して平坦なものではなかった。
汚いこともかなりやっている。
恨みも相当数買った。
イタリアに現存する領主の中で、ガレアッツォに煮え湯を飲まされたことのない者はいないと言っても過言ではない。
現実論とは別に感情論的にもガレアッツォに屈することをよしとしない領主は多かった。
しかし、それも時が経つにつれて変化してきていた。
現在、イタリア半島では大きなうねりが巻き起こっている。
過去を忘れ、矜持を捨ててでもガレアッツォに降り生き残りを計る者。
敵わぬ公算が高くとも徹底抗戦を決意する者。
領主達はその二極に分かれつつあるのだ。
前者の代表であり、先駆けともなったのはウルビーノである。
ガレアッツォはウルビーノ伯を殊更手厚く遇した。
己に降れば疎かにしない、という政治的メッセージであり反ブルグント諸侯への切り崩し工作である。
ウルビーノ伯自身も役目を知悉し、周囲に待遇の良さを吹聴してガレアッツォへの感謝と忠誠の誓いを喧伝している。
フィレンツェ戦で見せた寡兵での獅子奮迅の活躍も、ガレアッツォの寵を得る切欠となったことから、ウルビーノ伯は旨く立ち回った好例といえよう。
一方、徹底抗戦の構えを見せる者の代表はマントヴァ僭主フランチェスコ1世ゴンザーガだ。
彼はミラノ公時代からガレアッツォと何度も干戈を交え、その侵攻を撃退し続けてきた宿敵であった。
どちらかといえば物静かで学者然とした容貌であるが、そこから想像も出来ないような激しい戦をする猛将である。
ゴンザーガはイタリアにおけるブルグントの東進を妨げる大きな要因であった。


「では、諸君。今後は以上の結論の下に一団となって行動する、ということでよろしいかな?」

「異議はない」

「同意します」


薄暗い密室の中で、三人の男達が各々の意思統一を確認した。
数ヶ月前、ガレアッツォがブルグント王の冠を戴いて以来重ねてきた協議が終わった瞬間だった。
この会議の音頭を取ったのが同意を求めた壮年の男、マントヴァのフランチェスコ1世ゴンザーガである。
彼はガレアッツォが帝国軍を破ったという報を聞くや否や、直ぐに近隣の有力諸侯へ文を出し会談を求めた。
幾度となく戦った好敵手として、ゴンザーガはガレアッツォがこれから為すであろう行動を予測したのだ。
最早独立で渡り合うのは難しくなる。
そう判断したゴンザーガは来るべき未来に素早く備えたのだ。
彼の行動は実質ガレアッツォへの敗北宣言である。
それを認めることは君主としてのゴンザーガのプライドを手痛く傷付けた。
しかし、そういった情緒に拘っていて生きていける甘い時代ではない。
ゴンザーガは実利を取った。
当初、マントヴァ僭主の招集に応じた者は多かった。
それは反ミラノの気運が以前から高まっていたことも多大に影響していただろう。
しかし、ガレアッツォの勢力が想像以上に伸張していくにつれ風向きは変わっていった。
一人、また一人と抜け静観に転じていく領主達。
結局残ったのは二人だけだった。
あるいは二人も残ったというべきか。
命を賭けてまで抗う。
それ程の覚悟を持った者が多くないことをゴンザーガは知っていたし、またその覚悟のない者は却って邪魔となる。
有象無象を除いた粒で以って当たらねば勝機はない。ゴンザーガはそう思っていた。
そんな彼と志を共にするのは、フェラーラのニッコロ3世デステとパドヴァのフランチェスコ・カッラーラだ。
デステはフェラーラを支配するエステ家、その当主であった。
この若干20歳の若き侯爵は、青年らしい果断さで以ってガレアッツォに屈することを敢然と拒絶した。
そこには教皇をも影響下に組み入れたガレアッツォへの反感が見え隠れしている。
エステ家はローマ教皇と縁が深く、デステ自身も教皇に重用されていた。
当然信仰も深い。
ガレアッツォの行動はデステの目には教皇を蔑ろにする背信者と映っていた。
一方のカッラーラはもっと現実的な理由で参加を決めた。
パドヴァは吹けば立ち消える蝋燭の火のような弱小勢力である。
彼はかつてガレアッツォに破れパドヴァの支配権を奪われた経験を持っていた。
辛うじて失地を回復したものの、敗戦によって落とした勢力は小さくはない。
またガレアッツォ撃退後も、その窮状を好機と捉えた周辺都市が定期的に攻め込んで来たためパドヴァは更なる衰退を余儀なくされていた。
最早単独での生存は難しい。
カッラーラがゴンザーガとの共闘に同意したのは依るべき大樹を求めてのことだった。
共闘態勢ならば上下はなく独立という体面を保てる。
例えそれがゴンザーガの下へ降るのと同義であったとしても、だ。
どうせ征服されるのを待つ身ならば、という苦肉の策であった。
こうして三者三様それぞれの理由はあるものの、反ガレアッツォという点で一致して結束することとなったのである。


「指揮系統を統一せねばならぬことから指揮権を我輩に預けるということもよろしいですな」


続くゴンザーガの問いにも二人は同意した。
はっきり言って協議が数ヶ月に渡り長引いた理由はこれである。
単純に戦闘力を高めるためならば、指揮権を一人に委託し一本化した方がいい。
どんな場合でも、寡頭態勢というのはあまりよろしくない結果を生むからだ。
しかし、政治的な事情を鑑みれば道理通りにはいかないのが世の侭ならさである。
三人の中で最も優れた人物がゴンザーガであることは誰もが認めるところだ。
デステは経験が足りないから論外であるし、カッラーラはガレアッツォに対する恐怖が既にトラウマの域に達してしまっている。
その点、何度となくガレアッツォの侵攻を阻んできたゴンザーガは全軍の統率者として申し分ない。
だが、ゴンザーガのその優秀さこそが事態をややこしくする要因であった。
幸か不幸かゴンザーガは政治家としても優秀だった。
気に敏で抜け目ない男。
そんな周辺国のゴンザーガへの認識は、無邪気に全幅の信頼を預けることを不可能にしてしまったのだ。
藁にもすがる思いのカッラーラは兎も角、侯爵として一角の地位にあるデステは相当の難色を示した。
虎から身を守るために狼を招き寄せた。
そんな間抜けな結果になられては堪らない。
一方のゴンザーガとしても、全軍の指揮権を貰わねば勝てる戦も勝てないので必死である。
互いの議論は紛糾し、ともすれば共闘すら頓挫しかねない事態にまで発展しかけた。
仲裁者の存在抜きにはこの日を迎えることは出来なかっただろう。
そういった経緯もあって、彼等はようやく合意に漕ぎ着けたのだ。


「これより我等は一丸となって、ブルグント王に挑戦する!
 明後日に連名で挑戦状を送り、その日を以って戦闘状態に移行しようと思う。各々そのように御心得あれ」


ゴンザーガの宣言にデステとカッラーラも呼応した。
マントヴァを頂点にした反ブルグント連合の誕生である。
今現在の参加都市はたった3つだが、ゴンザーガは悲観していなかった。
ガレアッツォに反感を持ちながらも、その力を恐れて日和見を決め込んでいる都市は多い。
戦況の推移如何によっては、そんな彼等も尻馬に乗るべく決起することだろう。
また、自分達の他にもブルグントを掣肘せんと動いている者がいる。
そういった諸々の懸案を考えれば、勝算は十分にあった。
フランチェスコ1世ゴンザーガ。
ガレアッツォの宿敵である男は胸に業火を秘めながら静かに立ち上がった。
1404年初頭。
戦乱の波は収まることなく、昨年に続き半島を血で染まることとなる。
その行く末がどうなるか。
この時点でそれを予測出来た者は誰もいなかった。






------後書き------
最近執筆速度が遅い気がする作者です。
書き慣れてきた分、言い回しとかが気になって気になって・・・・・・。
悩んだだけの出来になってくれればいいのですが。
今回は新規登場人物が多かったですが、分かりにくくなかったでしょうか?
まぁ、名前だけで重要でない人もいるので気にしなくてもいいですが、分かりにくい場合は御指摘下さい。
それでは御意見、御批判、御感想をお待ちしております。


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