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No.8422の一覧
[0] 百年戦争史・シャルルマーニュ伝[サザエ](2009/07/20 01:47)
[1] プロローグ[サザエ](2009/06/07 03:41)
[2] 師匠[サザエ](2009/06/07 03:42)
[3] 王族[サザエ](2009/10/25 20:47)
[4] 外伝1.シャルル危機一髪[サザエ](2009/05/04 21:06)
[5] 追放[サザエ](2009/06/07 03:43)
[6] ブルゴーニュの陰謀[サザエ](2009/06/07 03:43)
[7] 初めての諸々[サザエ](2009/06/07 03:44)
[8] 説得[サザエ](2009/06/07 03:45)
[9] 大都市ミラノ[サザエ](2009/06/07 03:46)
[10] 出会い、そして内政①[サザエ](2009/06/07 11:44)
[11] 蠢き始めた獅子[サザエ](2009/06/07 04:07)
[12] 外伝2. 母の思い[サザエ](2009/06/07 04:12)
[13] シャルルの軍[サザエ](2009/10/25 20:48)
[14] 内政②通信革命と傭兵の集い[サザエ](2009/06/21 22:40)
[15] イングランド政変[サザエ](2009/06/13 21:56)
[16] 交渉準備[サザエ](2009/06/28 12:58)
[17] 会談・大貴族ブルゴーニュ公[サザエ](2009/10/25 20:48)
[18] 祭りの後の地団駄[サザエ](2009/07/13 02:24)
[19] ギヨーム恋愛教室[サザエ](2009/07/06 14:55)
[20] 少年リッシュモン・英雄の原点[サザエ](2009/07/19 03:49)
[21] 婚約と社交会[サザエ](2009/07/20 01:39)
[22] 外伝3.薔薇の少女イザベラ[サザエ](2009/07/20 01:47)
[23] 外伝4.その頃イタリア・カルマニョーラ[サザエ](2009/10/13 00:22)
[24] ミラノ帰還~リッシュモン編~[サザエ](2009/09/06 21:44)
[25] ミラノ帰還~ガレアッツォ・イザベラ編~[サザエ](2009/11/25 04:21)
[26] フィレンツェの事情・戦争の開幕[サザエ](2009/11/25 04:21)
[27] ボローニャ攻略戦[サザエ](2009/09/26 03:23)
[28] 戦後処理[サザエ](2009/10/09 16:51)
[29] フィレンツェ戦前夜[サザエ](2009/10/13 00:22)
[30] 急転する世界[サザエ](2009/11/25 04:22)
[31] 事変後の世界[サザエ](2009/10/19 09:32)
[32] 謀・その大家と初心者[サザエ](2009/10/25 20:46)
[33] 外伝5.軍師~謀・その陰と陽~[サザエ](2009/11/07 22:19)
[34] 大乱の幕開け[サザエ](2009/11/07 22:18)
[35] 皇帝廃位[サザエ](2009/11/19 14:07)
[36] シャティヨンの戦い[サザエ](2009/11/25 11:12)
[37] 外伝6.屍が蘇った日[サザエ](2009/11/30 21:36)
[38] 戦火の後に[サザエ](2009/12/25 17:37)
[39] ブルグント王国復興の宴[サザエ](2009/12/11 18:57)
[40] 塗り換わった勢力図[サザエ](2009/12/16 18:39)
[41] 同盟締結[サザエ](2009/12/22 00:05)
[42] 外伝7.最期の望み[サザエ](2009/12/25 17:40)
[43] 黒い年末[サザエ](2010/05/30 17:44)
[44] 外伝8.エンファントの日常[サザエ](2010/01/12 18:12)
[45] 派閥の贄[サザエ](2010/01/24 00:18)
[46] 嵐の前[サザエ](2010/01/31 21:20)
[47] 陽炎の軍[サザエ](2010/02/15 22:04)
[48] 揺れる王国(加筆)[サザエ](2010/05/30 17:45)
[49] 闇夜の開戦[サザエ](2010/05/30 17:49)
[50] 決戦前夜[サザエ](2010/07/11 05:01)
[51] 決戦は遥か[サザエ](2010/08/28 19:43)
[52] 雛は歩き出す[サザエ](2010/11/19 17:57)
[53] 騎士の道[サザエ](2010/12/09 21:40)
[54] 作中登場人物・史実バージョン[サザエ](2009/09/26 03:27)
[55] 年表(暫定版)[サザエ](2010/02/17 18:17)
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[8422] 黒い年末
Name: サザエ◆d857c520 ID:14833451 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/05/30 17:44
ブルグント王国とポーランド王国。
現在ヨーロッパで最もその動向を注目される二国の婚姻は、雪が降り積もる12月に行われた。
片やジャン・ガレアッツォ・ヴィスコンティが嫡男ジョヴァンニ。
片やヴワディスワフ2世ヨガイラが養女フローラ。
思慕もなく情愛もない両者の結婚は、偏に両国の政治的妥協によって為されたものだ。
そこには庶民が思い描く様なロマンもなければ、親が子を思うといった情念もない。
色で表すなら漆黒。
ただ利害の一致によって為されたもの。
この婚姻はそういったものであった。
しかしそういった裏事情に目を瞑れば、ジョヴァンニとフローラの結婚式はこの上もなく素晴らしいものだった。
東方から取り寄せた珍味。
目を惹かずにはおれない純白の陶器。
宴にはそういった目を剥く様な貴重品が並べられた。
世界が断絶していたこの時代において、アジアの物品はそれだけで神秘の対象である。
それらは嵐や荒波に翻弄される大海を越えて、盗賊が跋扈し異教徒が支配する大陸を越えて運ばれてくる。
その道程が如何に厳しいものか想像することは容易いだろう。
そこに存在することが既に奇跡。
そういった品々なのだ。
参列した貴族達が二大国の誇る力の程を感じ取るには、その一事だけで十分過ぎた。
もはや時代の中心はローマに非ず。
この結婚式は両国がそう宣言し、我こそ次代の覇者であると示す絶好の機会であった。













一歩引いた立場から宴を眺めると様々なことが見えてくる。
例えば、向こうでは周囲に紛れて腹に一物を抱えてそうな者同士が密談をしている。
あちらでは騎士に叙任されたばかりの若者と貴婦人がひっそりと出て行っている、といった俗物的な秘密。
人々は一定の集団を形作っており、そこに対立の図式が露骨に表れているといった政治的なこと。
等など宴から見て取れることは様々であるが、何れにせよ多くの者が集う席は絶好の観察の場である。
この結婚式でオレは脇役であるという立場を利用し、周囲を観察し続けた。
その中で富に注目されたのは、ミラノ貴族達の振る舞いだ。
一言で表すなら傲慢。
彼等は明らかに驕り昂ぶっていた。
イタリアという地域は、他の地域とは隔絶した様々な特性を持っている。
それは都市国家という極めて小さなコミュニティーによって醸造されたものなのだろう。
イタリア貴族は同国人意識というものが、他国に比べて早く形成されていた。
連帯感と言い換えてもいい。
彼等にとっての戦争とは常に故郷を守るための戦いであり、故郷に利益を齎すための戦いであった。
だからいつも必死だった。
死力を尽くせた。
それが度重なる神聖ローマ帝国の圧力にイタリア諸都市が抗い続けられた理由だった。
だが、その連帯感は同時に内輪意識というものも生み出していたようだ。
ミラノ人であるか否か。
彼等はそれだけを判断基準として他を排斥し始めていた。
急速に膨れ上がった結果誕生したブルグント王国。
その内部は様々な問題を抱え込んでいた。


「まずいな」

「ええ。非常に憂慮すべき事態です」


オレとフリッツは壁の花となって人々から身を離し、互いにひっそりと囁きあった。
宴の脇役であるからこそできる行為である。


「あのにやけ切った顔を見ただけで連中の頭の中身が分かろうというものだ。程度が知れる」


ポーランドに見縊られるわけにはいかないというのに、自分達がここまで大身になったということに喜んでばかりいる。
さすがに年を取った貴族達は老獪で鉄の表情を保っているが、若い者達の有様は目に余るものがあった。


「ですが、指標としては役に立っております。彼等の背後に控える老人達の考えも大体において大差ないでしょうから」


フリッツは彼等の行状をそう皮肉った。
言いえて妙である。
オレはうんざりとした顔で王妃カテリーナとその取り巻き達の得意顔を眺めた。
近視眼的な考えしか持たない者達。
ガレアッツォと比ぶれば、同じ血族とは思えない愚か者共だ。
この婚姻が外交で押し切られた結果であることすら忘れ ――あるいは気付いてすらいないのか―― 自らの現状にただ喜んでいる。


「・・・・・・忌々しい」


土台となっている王国がポーランドに飲み込まれては元も子もないというのに、侵略の橋頭堡を築かれてはしゃいでいる者がいることに。
あんな連中に計画が邪魔されていることに。
オレは二重の苛立ちを感じていた。


「しかし、彼等の勢力は馬鹿にできません」


フリッツが言う通りであった。
ミラノは征服先の富を奪い、既得権益を己のものにすることでその勢力を拡大してきた。
その利益を最も多く享受したのは当然ガレアッツォであるが、ミラノ貴族達もそれなりの利益を得てきているのだ。
特に住民ごと殲滅したフィレンツェでは、少しでもその権勢の名残を掠め取ろうと禿鷹のように集り莫大な富を掠め取っている。
彼等がその浅ましさの分だけ力を付けたことは確かであり、ミラノ貴族連は決して無視できる勢力ではないのだ。


「それに比べればむこうは慎まやかだな。好感が持てる」


そう言ってオレが目をやったのはブルグント王国内で割りを喰っている者達だ。
彼等は謂わば外様の貴族である。
略奪され、組み伏せられた者達。
それでも精一杯虚勢を張り、今の自分に出来る限りの装いで権勢を維持していることをアピールしている。
その一種悲壮な様子が尚更彼等の窮状を表していた。


「増長した者共との対比でそう見えるだけなのだろうがな・・・・・・」

「実際好ましい者達でしょう。いずれ殿下の味方となるのですから」


オレはフリッツの合いの手に薄っすらと笑った。


「その通りだ。彼等は私の熱心な支持者となってもらうのだからな」


そのための席は既に用意してある。


「今は彼等を観察するとしよう。狩りを成功させる秘訣は獣の習性を知ることだ」


フリッツに笑いかけてからオレは人間観察に戻った。
外様貴族の集まり、会話、表情。
それら一つ一つを頭に刻み付けるように。








「皆に集まってもらったのは他でもない。
 この度めでたくポーランドとの同盟も成り、我がブルグント王国は磐石の体勢を築きつつある。
 戦火は治まり、一先ずの平穏が訪れたわけだ。
 そこで今後どうようにすれば王国の発展に尽くすことが出来るかを話し合おうではないか。
 諸君等は一人一人、ブルグント王の下へ降った経緯、時期が違う。
 失ったもの、得たものもそれぞれあるだろう。 
 しかし、は共に一つの王を戴く同国人である。
 そこに優劣はない。
 どうか忌憚のない意見を述べ合い、より良い未来を語り合おうではないか」


そう言って音頭を取ったフランチェスコ・バルバヴァーラは、傍らに座るオレを指し示すと皆に再度語り掛けた。


「皆よ、喜びたまえ。
 シャルル殿下が我等と語り合うべくいらして下さった。
 殿下はこれまで数多くの進言をなされ、陛下にそれを取り入れられておられる。
 正に王国の柱石。
 次代を担うに相応しい御方だ。
 そして、殿下は先立って私にこう仰られた。
 今宵の我等の意見に有用なものがあれば進言し奉ろう、と。
 これはまたとない機会ぞ。
 さぁ、皆よ。その幸運を無駄にせず、大いに意見を出し合おうではないか」


フランチェスコの大仰な演説は盛大な拍手で迎えられた。
仕込んでおいたサクラの拍手だ。
場をオレに好意的な雰囲気にするための演出である。
こういった小細工が意外と効いてしまうのは人の心の弱さ故なのだろう。
何れにせよオレは有効な手立ては全て打つつもりでいた。
今夜の狩りは成功させねばならない。
この会合は未だオレに靡かない貴族の心を射止めるため態々開いたのだ。 
集められているのはミラノ以外の外様貴族達ばかり。
彼等は皆、既得権益を掠め取られ戦火で疲弊し、寄るべき大樹を探している。
ならばオレがそれになろうではないか。
それが互いの利益のためになる。
オレはそのことを彼等に分からせる必要があった。


「諸君」


オレは徐に立ち上がると、両手を広げ皆に語り掛けた。
注目を存分に集めるまで姿勢を維持し、息を溜める。
会場の空気、一人一人の表情。
無数の要素を全身で感じ取り、最良の機を待ってオレは口を開いた。


「諸君。ここに集いし貴き血に連なる者達よ。
 君達は支配者であった。
 君達は統治者であった。
 父祖より受け継ぎし土地を治めるべく腐心し、苦心し、その上で良き領主として君臨してきた。
 今、窺い知れない神の御心によってその領土を召し上げられたとしても、君達には今まで統治を為してきた歴史と誇りがある筈だ。
 私はそれを買いたい。
 幼き時はその身で駆け回り、成長してからは親の背中越しに覗き見、長じて後は自らの手でそれを切り盛りしてきた。
 自信を持っていい。
 君達は誰よりも己が領土に詳しい。
 その点に措いて君達はあらゆる賢人をも上回る。
 賢者たる者達よ。私にその知恵を貸してくれないか」


オレの言葉には彼等が強烈に欲しているものが込められている。

『私は君達を粗略には扱わない。むしろ君達を買っているのだ』

この演説にはそういったメッセージが含まれているのだ。
彼等は間違いなくそれを嗅ぎ取るだろう。
自己保身に長け、機に敏感な者。
貴族とはそんな人種だからだ。


「おぉ、殿下。
 このエッセル伯、領地を献じたりと雖も心は彼の地の領主。
 領民を安んじる義務を忘れたことは片時もありませぬ。
 浅薄なる我が知恵がその役に立つというのならば、どうか殿下。
 このワシをお使いください」


それに彼のような純な人間もいる。
全くの本気で理想論を語り、空気を作り出してしまう。
エッセル伯はそんな貴重な人材であった。
彼の言葉に後押しされ、次々にオレに賛同する声があがる。
最初に声を出したのは案の定サクラ役の貴族だ。
全て計算通りに進んでいる。
彼等の心を掴む、その切欠をオレは手に入れた。
あとは有力な者を一人ずつ落としていけばいい。
偏屈で一本気のある者はオレ自ら篭絡しよう。
派閥の構築。
そのスタートがここに始まったのだ。













室内に二人の男がいた。
立派な身なりをした壮年の男にもう一人が話し掛けている。
その声は密やかで、ともすれば音を発せずに会話をしているかのように見えた。
それ程に男は用心深く行動していた。
これは外交官である男の習性である。
相手の情報を掴むことは交渉を極めて有利に運ぶ。
何を目的としているのか、それだけを知っているだけでも交渉が大分楽になるのだ。
故に男は盗聴を警戒する。
外交官たる者は敵地で一時も心を休めない。
それが男の常識だった。
現に、この部屋の壁には仕掛けが施され会話は筒抜けになるようになっている。
それを踏まえて偽の情報を掴ませる、といった駆引きが行われるのもまた外交の常であった。
尤も、今の彼等の会話を聞いたとしても何の益にもありはしないだろう。
一人の親が延々と愚痴っているだけなのだから。


「ワシとて分かってはおるのだ。
 全ては国のため、ポーランドの発展のためだと・・・・・・。
 だがな、一人の親として心に痛みを持つことをワシは止めることが出来ん。
 御主も見たであろう!!
 あの坊主の締りのない顔を。
 あれはきっと盆暗だ。ろくでなしだ。間違いない。
 おぉ、フローラ。可愛いフローラよ。
 苦労をかける父を許せ」


そう言って壮年の男は頭を抱えている。
立派な身なりも相まって、その姿はかなり情けないものだった。
今の彼を見てリトアニア大公ヴィータウタスその人であると分かる者はいないだろう。
そこに居るのは娘可愛さに嘆く一人の親であった。


「いい加減気持ちを切り替えたらどうですか、大公。
 出立以来、延々と同じことを嘆いて・・・・・・。
 あなたも納得しての婚姻でありましょう」


そう言ったパウルス・ヴラジーミリの声は苛立たしげなものだった。
彼はポーランド王の腹心として縦横に活躍する外交官である。
今回の婚姻を取り纏めたのも彼で、事前交渉でミラノを屈した凄腕であった。
パウルスは出立以来、延々とヴィータウタスの愚痴に付き合わされていた。
彼も本心では無視を決め込みたい。
だが、身分上そうもいかない。
そこでヴィータウタスの感情に整理を付けるべく切りの無い問答に明け暮れているのだった。


「貴様は人事だからそんなに平然としていられるのだ。
 フローラの身にこれから降りかかる不幸を思えば・・・・・・、ワシはいくら謝っても謝りきれん」

「心配せずとも我が国が強大である限り粗略に扱われることはありませんよ。
 10年余りの辛抱です。
 ブルグント王が死にさえすれば、我が大帝が岳父としてこの国を支配するのも難しくないでしょう。
 それを思えば盆暗で大いに結構ではありませんか。
 むしろ望むところですよ」


肩を竦めて嘯くパウルスの言い草は素っ気無かったが、その内容は実に物騒なものであった。
ポーランドの狙い。
それはシャルルの読み通りブルグントへの外交的侵攻であったのだ。
ヴィータウタスが愛娘を嫁に出したのもその大事のためだった。
パウルスはいい加減付き合いきれず気を逸らせることにしたのか、真面目な話題を振った。


「問題は件の少年です。大公は彼をどう思いましたか?」

「オルレアン公子シャルルか」


パウルスが出した話題は今回の旅の重大事であった。
さしものヴィータウタスも表情を引き締まったものへと変える。
その顔はさすがヨガイラの従兄弟と言える精悍さで、彼が一筋縄ではいかない人物であることを伺わせた。
実際、ヴィータウタスはその有能さを買われ実力でヨガイラの右腕となった人物であった。


「奴はいかん。御主の方でも確認は取ったのであろう?」

「新たな通信技術開発の提案者。
 それが少年であるなど、単なる噂だと思っていたのですがね・・・・・・。
 残念ながら事実のようです」

「それだけではないぞ。
 彼の公子は自前の軍と資金源を持っているそうだ。
 既にある程度の力を持っておると見ていい」


ヴィータウタスが付け加えた情報にパウルスは辟易とした様子で首を振った。


「大帝陛下の読みは当たったようですね。シャルル公子は実に厄介な少年だ」

「味方であれば良かったのだがな」

「冗談ではありません。危うくて却って始末に負えませんよ。・・・・・・しかし、これで決まりですね」


彼等はヨガイラから一つの蜜命を帯びて来ていた。
それは新型通信技術とその開発者と噂されるシャルル公子の調査である。
ポーランド上層部では、先の大乱におけるミラノの異様な対応に多大な関心を寄せていた。
現在の常識では考えられない早さ。
その秘密をヨガイラは数年前から設置された奇怪な施設に見ていた。
これを通信施設であると推論し調査を進めていたのだ。
その結果辿り着いたのが、シャルル公子が開発したという噂であった。
正直、情報の真偽はかなり疑わしかった。
パウルスなどはっきり偽りであると思っていたのだ。
しかし、ポーランド王ヨガイラは真であるとした。
情報の機密さが噂を真実であると訴えている。
そう主張したのだ。
ならば確認せねばならない。
ヨガイラにそう感じさせたのは、ポーランドが抱える内患にあった。
嫡子の不在。
それが大国ポーランドの抱える唯一の欠点だった。
二代続けて王を余所から迎えるわけにもいかない以上、なんとしても子を生さねばならない。
だが、ヨガイラは今年で52歳である。
子を生せたとしても、その子が長じるまで庇護することは難しいだろう。
それ故、彼は周辺国の後継者に一際関心を抱いていた。


「ブルグント王国はこれからも伸び続けるでしょう。
 フィレンツェの経済力。
 皇帝という大義。
 更にアウグスブルクを征服した暁には、銀山まで手にしてしまいます。
 大国となる要因は整っている」


ブルグントとポーランドは手を結んだが、それは一時的なものだ。
同時に互いを最も警戒すべき相手と考えてもいる。 
所詮、何れは相まみえねばならない敵同士なのだ。


「それを継承する者は無能であった方がいい。
 いえ、そこまで贅沢は言いません。
 有能でなければいい。
 シャルル公子。彼がブルグント王となることは我等にとって望ましくない」


パウルスは厳しい表情で断じた。
それはヨガイラの腹心としての最終判断であった。


「ならば・・・・・・」

「ジョヴァンニ王子への援助を大々的にします。
 同時にミラノ貴族を尽く味方に付け、彼等の勢力拡大を手助けするとしましょう。
 この国はその成り立ち上、少々王権が強過ぎます。
 梃入れをしなければ危ういことになりそうですし」


強固な王権。
それがガレアッツォの征服を支える大きな要因である。
王権の弱体化はブルグントの国力低下に直結していた。
パウルスは既にその鋭い洞察力でブルグントへの攻め手を見付けていたのだ。


「ヴェネツィアにも影から手を貸しておいた方がよかろう。
 彼の国は此度の戦で直接の被害は被っておらぬが、少なくない損害を出したであろうからな。
 せいぜい頑張ってブルグントを抑えておいてもらわねばならぬ」


ヴィータウタスは間接的にブルグントを苦しめる戦略を即座に提示した。
ヨガイラがガレアッツォを上回る英傑ならば、ヴィータウタスとてガレアッツォに匹敵する傑物である。
彼も一国の王の器なのだ。
この層の厚さが、ポーランドを東欧屈指の大国たらしめる最大の要因であった。


「シャルル公子が如何に優秀であっても所詮は一人の幼子です」

「何程の事やあらん・・・・・・か」


そう言って両者はにやりと笑いあった。
その笑顔はどこまでも頼もしげで、確固たる実力に裏打ちされた自信に満ちている。
シャルルの前に立ち塞がる壁は果てしなく厚く、険しかった。













会合は大成功の内に終わった。
感触は極めて良好。
貴族連をホクホク顔で帰宅させたということは、彼等がオレの掌で踊ってくれた証拠といえよう。
現在の彼等を結び付けているのは一つの感情に過ぎない。
即ち、反ミラノである。
敗北し、故郷を荒らされた恨み。
栄華を誇っている者への嫉み。
そういった負の感情でのみ彼等は繋がっている。
オレはそこに手を加え、一つの集団へと昇華させねばならない。
王位継承者シャルルを頂点とする派閥。
その一員であることを彼等一人一人に自覚してもらわねばならないのだ。
そのために一番いいのは戦争だ。
外敵を用意し、一つの目標に一丸となって当たる。
これ程人々を纏めさせるものはない。
何せ命が懸かっているのだ。
そして、そのための手は既に打ってある。
オレはその結果を聞くため、自室にて吉報の訪れを待っていた。


「殿下」


フリッツの声を聞いたオレは入室を促すとすぐさま成果を尋ねた。
その成否が策の成否に繋がる。
重要な報告だった。


「アウグスブルクへの流言、完了致しました」


それを聞いたオレは身を乗り出して続きを促す。


「首尾はどうだった?」

「上々です。
 今は小さな火ですが、直に劫火となって広がることでしょう」


フリッツの報告にオレは満足気に頷いた。
流言は古来より使い古された戦の常套手段である。
その効果は類を見ない程に絶大。
使い様によっては、それだけで敵を滅ぼせる恐ろしい武器だ。


「発信源は特定されることはないな」

「複数の者を経由していますし、元々が大した内容でもないので心配はないかと」


オレが最も恐れているのはガレアッツォの方針に故意に反して戦を起こしたことを知られることだ。
ガレアッツォにのみ知られるのならまだ構わない。
彼は結果を出しさえすれば黙認してくれる目算が高いからだ。
しかし、オレを疎む貴族に知られたら目も当てられない。
そうなった場合、彼等はオレを糾弾するだろうし、ガレアッツォもオレを処罰せざるを得なくなる。
だからこそオレは火元の特定されない間接的手段、流言を用いた。
流言とは噂のことである。
それは極々身近なものであるが実際に戦で戦術として用いられる立派な策だ。
その代表的な特徴は二つ。
拡散性と情報の変質だ。
火のような勢いで伝播し、人の口を通る内に尾ひれが付き、全く別の内容へと変わっていく。
この性質は噂の内容が不吉なものであればあるほど顕著で、それが他人に教えて回避させてあげようという善意の行動からのものであったりする分性質が悪い。
そう、『旧エスト伯領に兵が集まっている』という程度の噂でいいのだ。
それが軍勢が集まっているとなり、ブルグントがアウグスブルクに攻め込む準備をしているになり、もう間もなく戦争が起こるという噂へと変じていく。
そして、現在の情勢がその信憑性を高めてくれる。
何せブルグントがいずれアウグスブルクに攻め込むことも、旧エスト伯領に兵が集まっていることも事実なのだ。
オレがエンファントを集結させて演習をさせているのだから。


「さて、後は結果を待つだけか・・・・・・」


人事は尽くした。
次は天命を待つだけだ。


「ここからは賭けですからね。
 アウグスブルクが暴発して攻め込んでくれないことには噂を流した意味がありません」

「そう分の悪い賭けではないはずだ。
 アウグスブルクを支配しているのは都市貴族の集団で、その中に強烈なリーダーシップの持ち主はいない。
 先の見える者が血気に逸る者達を力で押さえ込むといったことは起きないだろう。
 となればフィレンツェのように打って出て来る可能性は高い」


アウグスブルクを取り巻く状況。
細部は違えど、それはかつてフィレンツェが陥った事態に似ている。
時が過ぎれば過ぎるほど状況は悪くなり、詰んでいく。
ならば取る行動も酷似したものになる筈だ。
そう、フィレンツェが未来を切り開くべく自ら攻勢に出たようにアウグスブルクも自ら攻め込んで来る。
その場合の目標は間違いなくミュンヘンだ。
ニュルンベルクは未だループレヒトの直轄領であり、そこに攻め込むとは考えられない。
それは皇帝より認められた自治権を自ら否定するに等しいからだ。
だからアウグスブルクの標的をミュンヘンと断定できる。
恐らく彼等は一直線にミュンヘンに駆け込み、最短でこれを落とそうとするだろう。
だが、そうはいかない。
アウグスブルクとミュンヘンの間にはオレの領地、旧エッセル伯領が存在しているからだ。


「簡素な砦を作って防衛に備えておけ。
 最初は守勢に徹し、侵攻の名分と許可を取るぞ」

「既に工事を始めております」

「よし。一次侵攻を押し返したら駆けつけるドイツ諸侯を組み込んで一気に攻め入る。
 諸侯への根回しはフランチェスコ・バルバヴァーラに一任しているが、奴がジョヴァンニ側の回し者である可能性は捨てきれない。
 御前も目を光らせ、必要ならば介入しろ。
 だが私がフランチェスコを疑っていることは決して悟らせるな」

「御意」


アウグスブルクを落としたら本格的にオレの陣営を構築することが出来る。
教皇派の強いアルプス地帯、オレが総督を勤めるボローニャ、そして南部ドイツ諸侯。
いかにミラノ貴族が強勢を誇っていても、これ程の勢力を築けば決してオレを無視できない。


「これから忙しくなるな」


激動の1403年も終わりが近付いている。
来る1404年。
ガレアッツォはそれを平安の年、治世の年と定めた。
しかし、オレにとって来年は更なる動乱の年となるだろう。
ブルグント王位を手に入れ確固たる地位を得るまで、オレに立ち止まることを許されないのだ。






------後書き------
新年あけましておめでとう御座いますm(_ _)m
年末、年始と病を得て更新が遅れてしまいまして申し訳ありませんでした。
こんな作者でありますが、今年も温かい目で見て下されば幸いです。
少々病気がちなのでこれ以降、更新が遅れる可能性があります。
前もってお詫びしておきます。
それでは改めまして、今年も宜しくお願いします。


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