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No.8422の一覧
[0] 百年戦争史・シャルルマーニュ伝[サザエ](2009/07/20 01:47)
[1] プロローグ[サザエ](2009/06/07 03:41)
[2] 師匠[サザエ](2009/06/07 03:42)
[3] 王族[サザエ](2009/10/25 20:47)
[4] 外伝1.シャルル危機一髪[サザエ](2009/05/04 21:06)
[5] 追放[サザエ](2009/06/07 03:43)
[6] ブルゴーニュの陰謀[サザエ](2009/06/07 03:43)
[7] 初めての諸々[サザエ](2009/06/07 03:44)
[8] 説得[サザエ](2009/06/07 03:45)
[9] 大都市ミラノ[サザエ](2009/06/07 03:46)
[10] 出会い、そして内政①[サザエ](2009/06/07 11:44)
[11] 蠢き始めた獅子[サザエ](2009/06/07 04:07)
[12] 外伝2. 母の思い[サザエ](2009/06/07 04:12)
[13] シャルルの軍[サザエ](2009/10/25 20:48)
[14] 内政②通信革命と傭兵の集い[サザエ](2009/06/21 22:40)
[15] イングランド政変[サザエ](2009/06/13 21:56)
[16] 交渉準備[サザエ](2009/06/28 12:58)
[17] 会談・大貴族ブルゴーニュ公[サザエ](2009/10/25 20:48)
[18] 祭りの後の地団駄[サザエ](2009/07/13 02:24)
[19] ギヨーム恋愛教室[サザエ](2009/07/06 14:55)
[20] 少年リッシュモン・英雄の原点[サザエ](2009/07/19 03:49)
[21] 婚約と社交会[サザエ](2009/07/20 01:39)
[22] 外伝3.薔薇の少女イザベラ[サザエ](2009/07/20 01:47)
[23] 外伝4.その頃イタリア・カルマニョーラ[サザエ](2009/10/13 00:22)
[24] ミラノ帰還~リッシュモン編~[サザエ](2009/09/06 21:44)
[25] ミラノ帰還~ガレアッツォ・イザベラ編~[サザエ](2009/11/25 04:21)
[26] フィレンツェの事情・戦争の開幕[サザエ](2009/11/25 04:21)
[27] ボローニャ攻略戦[サザエ](2009/09/26 03:23)
[28] 戦後処理[サザエ](2009/10/09 16:51)
[29] フィレンツェ戦前夜[サザエ](2009/10/13 00:22)
[30] 急転する世界[サザエ](2009/11/25 04:22)
[31] 事変後の世界[サザエ](2009/10/19 09:32)
[32] 謀・その大家と初心者[サザエ](2009/10/25 20:46)
[33] 外伝5.軍師~謀・その陰と陽~[サザエ](2009/11/07 22:19)
[34] 大乱の幕開け[サザエ](2009/11/07 22:18)
[35] 皇帝廃位[サザエ](2009/11/19 14:07)
[36] シャティヨンの戦い[サザエ](2009/11/25 11:12)
[37] 外伝6.屍が蘇った日[サザエ](2009/11/30 21:36)
[38] 戦火の後に[サザエ](2009/12/25 17:37)
[39] ブルグント王国復興の宴[サザエ](2009/12/11 18:57)
[40] 塗り換わった勢力図[サザエ](2009/12/16 18:39)
[41] 同盟締結[サザエ](2009/12/22 00:05)
[42] 外伝7.最期の望み[サザエ](2009/12/25 17:40)
[43] 黒い年末[サザエ](2010/05/30 17:44)
[44] 外伝8.エンファントの日常[サザエ](2010/01/12 18:12)
[45] 派閥の贄[サザエ](2010/01/24 00:18)
[46] 嵐の前[サザエ](2010/01/31 21:20)
[47] 陽炎の軍[サザエ](2010/02/15 22:04)
[48] 揺れる王国(加筆)[サザエ](2010/05/30 17:45)
[49] 闇夜の開戦[サザエ](2010/05/30 17:49)
[50] 決戦前夜[サザエ](2010/07/11 05:01)
[51] 決戦は遥か[サザエ](2010/08/28 19:43)
[52] 雛は歩き出す[サザエ](2010/11/19 17:57)
[53] 騎士の道[サザエ](2010/12/09 21:40)
[54] 作中登場人物・史実バージョン[サザエ](2009/09/26 03:27)
[55] 年表(暫定版)[サザエ](2010/02/17 18:17)
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[8422] 塗り換わった勢力図
Name: サザエ◆d857c520 ID:14833451 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/12/16 18:39
ボローニャに戻ったオレを待っていたのは大量の書類……ではなく、モルト老による熱烈な鍛錬であった。


「オレは御前を鍛えるのを止めたわけじゃねぇ。
 ただ御前の体がまだ小せぇもんだから、これ以上続けても効果が見込めねぇと思って中断していただけだ」


青天の霹靂とはこのことだ。
今までも継続して稽古を付けて貰っていたというのに、それは修行ではなかったというのだ。
では、この3年余りの稽古は何だったのか。
そう問うとモルト老は事も無げに答えた。


「あれは力量を維持するためのものだ。技も筋肉も、使わなければ錆付いちまうからな」

「しかし、私も政務を執らなければ……」

「安心しろ。ガレアッツォに話は通してある。
 そもそも、御前が政治の真似事をしていたのは武術修行の代わりだっただろうが」


それはそうなのだが、政治の勉強というのも始めてみれば実に興味深く、最近は結構楽しんでいたのだ。
それに個人的には、同じ地獄のような苦しみなら精神的にきつい座学の方が肉体的にきつい修行よりもずっと好みだ。
しかし、オレの趣向などモルト老には関係ないらしい。


「いいから、ぼさっとしてねぇで仕度しやがれ。
 どんなに頭良くても戦で討ち取られれば御仕舞いだっていうのは、手前も分かってるだろうが。
 心配しなくても、今ブルグント王国は増えた領土の整備で一杯一杯で、どっかに戦争吹っかけることも新しい何かを始めることもできやしねぇ。
 御前がやれることは御前じゃなくても出切ることばかりだし、学べることもボローニャを落とした後に学んだことと同じだ。
 わかったか。今が修行の、絶好の機会なんだよ。
 くだくだ言ってないで表に出やがれ」


そう怒鳴りつけられて、オレは従容としてモルト老の後に続いた。
ふと、肩を落としたオレの背を誰かが叩くのを感じる。
力無く振り向くと、そこには実にいい笑顔を浮かべたリッシュモンがいた。


「諦めろ」


生き生きとそんな事をのたまってきたことにむっとしたオレは、反射的にリッシュモンの弱点を突っついた。
正義に過剰反応する彼の特性。
それを利用して一太刀浴びせようとしたのだ。


「力に屈するのは正義の在り方としてどうなんだ?」


今までのリッシュモンならばこのフレーズを聞いただけで少しは動揺した筈だ。
しかし、人は常に成長するもの。
リッシュモンもその御多分に漏れずこの2年で成長していた。


「長い者に巻かれることも時にはあるさ。
 私は学んだんだ。
 圧倒的力の前には思想も理想も意味を為さない、ということをな。それに……」

「それに、何だ?」

「地獄に落ちるなら一人より二人がいい」


きっぱりと言い切ったリッシュモンの表情は全てを受け入れた聖者のようだった。
清々しく爽やかなその様子は、やっと修行仲間が増えたことへの喜びに満ちている。


「そういえば御前は一人だけ付きっ切りで面倒見てもらってたんだよな」

「あぁ。御蔭で強くはなれたよ。その分きつかったがな」


実感の篭もった科白に、リッシュモンの2年余りの苦節と努力が透けて見える。
モルト老は嬉々として才能溢れるこの少年を鍛えたに違いない。
掛けられる期待が大きい分、リッシュモンに課せられた鍛錬はさぞきついものだっただろう。
意気揚々と前を歩くモルト老を見ながら、オレは深い溜息を吐いた。


「安心しろ。暫くは一緒だ」















ジャン・ガレアッツォ・ヴィスコンティ。
数百年振りにブルグント王の地位に就いたこの老人は執務室に腹心を集め、今後の戦略を練っていた。
重厚で大作りな台の上に地図が二枚広げてある。
片方は精巧に書き込まれたものだが、もう片方は疎らで白紙に近い。
前者は動乱以前の地図、後者は動乱後用に作成中の地図だった。
彼等はここ数ヶ月の戦乱によって書き換えられた勢力図を確認しているのだ。
文官が立ち並び、それぞれが調査した内容の書類を持っている。
ガレアッツォはそれを音読させながら、自らの手で地図に情報を書き加えていた。
そうすることで変化した情勢を整理しているのだ。


「まず、我が王国はバイエルン領の半分を獲得いたしました。
 領域はミュンヘンを含む南部、更にノイマルクトからホーフ以東です」


ミュンヘンはバイエルンの公都にあたる都市だ。
それを割譲したということは、ループレヒトは己が領土の中枢を明け渡したということを意味する。
彼の行動には理由があった。
バイエルンには三つの大都市がある。
ニュルンベルク、ミュンヘン、そして帝国自由都市アウグスブルク。
ガレアッツォはループレヒトのこれ等の内二つの領有権を要求したのだ。
実際にはループレヒトに選択肢は存在しなかった。
アウグスブルクは皇帝直轄と銘打たれているものの、自治都市である以上ループレヒトの統制下にあるわけではなく、明け渡そうとしても渡せるものでない。
アウグスブルクを要求したのはガレアッツォが征服の大義名分を欲したに過ぎず、ループレヒトとしても割譲して全く問題のない都市であった。
この問いはニュルンベルクとミュンヘンのどちら選ぶか、という二択だった。
この選択は非常に難しかった。
都市としての重要性は勿論公都であるミュンヘンが上である。
だが、政治的意味合いとしてはニュルンベルクの方がずっと上だったのだ。
ニュルンベルクは、カール4世の公布した金印勅書に皇帝即位後に第一回目の帝国議会を開催する地と明記されている都市であり、
更に歴代の皇帝が好んで居館に選んだことから『皇帝の街』と呼ばれている。
そう、ニュルンベルクは皇帝の象徴なのだ。
お飾りの皇帝と化したループレヒトにとって、ニュルンベルクの領有は最後の砦だった。
たとえ公都を失おうとも、皇帝の証となるものならば一つでも確保しておきたい。
皇帝であることは、敗れ去り虚脱したループレヒトの生命線だった。


「ミュンヘンを得たことは大きい。
 あそこはアウグスブルクにも近いからな。軍を集結させるにも適しているだろう」


ガレアッツォから見れば、ミュンヘンの方が発達していて旨みもある。
経済的にはアウグスブルクを征服すれば十二分なものが得られるし、強いてニュルンベルクに拘る理由もなかった。
こうしてガレアッツォはミュンヘンとアウグスブルクの領有権を得たのだ。


「しかし、ミュンヘンは長きに渡りバイエルンの公都として機能してきました。
 それ故、住民達の我々に対する強い反発が予想されます」


早くも次なる征服戦争について触れるガレアッツォに文官か注意を促した。
ミュンヘンは今までガレアッツォが征してきた都市、分裂し互いに独立したイタリア都市とは違う。
そこには帝国領土であった歴史があった。
これまでのように容易く飼いならせるとは限らない。


「分かっておる。
 ただでさえ領土が凡そ三倍となり、未だ各地域の把握も出来ておらぬのだ。
 少なくとも今後3年は戦争をしたくはないし、出来ぬ。
 これ程に領土が不安定では思わぬ落とし穴に嵌りかねないからな。
 今やるべきは誕生した王国を揺るがぬものにすることだ。
 それは分かっておる。
 だが、何れはアウグスブルクも完全に手に入れるのだ。
 その事を視野に入れてドイツ方面は整備しなくてはならぬ。
 それは確かなことであろう?
 各々もそう心得よ」


ガレアッツォがそう締め括った所で新たに増えた帝国領域についての話題は終わった。


「次はイタリア方面で拡大した領土です。
 まずこの度征服したフィレンツェと直後に帰順を表明したウルビーノ。
 そして、王国成立後に帰順したフォルリが増加した地域となります。
 また、フォルリに関しましては在住ユダヤ人が保護を申し出ておりますことをご報告いたします。
 これ等を以って、我が王国は北部イタリアの過半と中部イタリアの3/7を支配したことになります」

「重畳である。
 イタリア方面への拡大はこの程度にしておくとしよう。
 これ以上南へ進んでも旨みがあるまい。
 もし狙うとしたら東進し、パドヴァなどを攻めることとする……が、それも暫く後だ。
 先も言った通り、今は国内の安定が第一故な」


ガレアッツォの言葉に文官達が深く頷いた。
これから彼等にとっての戦争が始まるのだ。
その表情には、やっと来た大仕事への気概が宿っていた。


「さて、我が国についての話はこれ位にして次なる話に移るとしよう。
 ポーランドは最終的にどこまで来た?」


ガレアッツォが皇帝を捕虜とし、それを以って領土を大幅に増やしたのと同時期に、ポーランドもまた神聖ローマ帝国領に侵攻し破竹の勢いでその領土を削り取っていた。
しかし、ブルグントとポーランドには決定的な違いがある。
それはブルグントが自衛のために撃退し皇帝という身柄への代償として領土を得たのに対し、ポーランドは侵略によって領土を拡大したことだ。
一般的に、例え勝者となったとしても侵略の過程で支配した領域全てを得ることは出来ない。
それは戦後の外交によって幾分返還されるからだった。


「ドイツ騎士団領は完全に併合した模様です。
 我々が皇帝を捕虜としたことによって帝国内に少なくない混乱が生じ、そこに付け込んだのでしょう。
 更に、帝国北部はハンブルク、リューベクも含め全て獲得。
 辛うじてベルリンは死守したようですが、帝国領が大きく削られたことに変わりはなく、凡そ1/3がポーランド領となったことになります。
 尚、これによってポーランドは北欧連合王国と領土を直接接することになりました」


北欧連合王国。
それは1397年カルマル同盟によって成立したデンマーク、ノルウェー、スウェーデンから成る北方の雄である。
国王はエーリク7世であるが、実質的支配者はその伯母で女傑マルグレーテであり、北欧連合王国は『女王』と呼ばれる彼女が取り仕切る大国であった。
この国は、北方ドイツ諸都市から成る経済連合ハンザ同盟とバルト海貿易の主導権を巡って激しく対立しており、ハンザ同盟を征したポーランドとも引き続き対立することが予想された。


「さて、北欧とポーランド。その何れかとは結ばねばならぬ。
 我々は国内安定の暁には、皇帝を戴いて帝国領を切り取りにいく。
 横槍を入れられては困るからな。
 そして、ワシはポーランドと結ぶことにした。
 近々同盟の打診をするのでそのつもりで準備をしておけ」


この言葉によって、ブルグント王国の方針は定まった。
ガレアッツォはこれまでとは打って変わって、数年は内に篭もるという内政重視の姿勢を打ち出した。
国内安定化。
それがブルグント王国の至上命題であったからだ。
そのためには戦争はむしろ障害であった。
しかし、そんなガレアッツォの思惑に反して戦争は起きる。
操り師は未だ健在で、その牙を収めていなかったからだ。
  












シャルルが訓練場で扱かれているその頃、フリッツは動けない主に代わって蠢動していた。
王座。
唯一人のみしか得られぬその座を巡る暗闘は、例え現王が存命中であろうとも激しく行われる。
あるいはそれが人の性なのだろうか。
農民は塵芥に等しい財産を巡って、商人は商会の主の座を巡って、貴族は当主の座を巡って、王族は王位を巡って。
身分の高低、国の大小。
それらの区別無く繰り広げられる戦い、人の上に立たんと行われるその争いは何れも陰惨で醜く、そして浅ましい。
しかし、フリッツはそんな人の闇部を決して嫌っていなかった。
むしろ……


「この暗闇こそ我が住処である」


と豪語出来る程、フリッツは薄暗い活動に染まりきっている。
それは風采の上がらない貧乏貴族の四男、というややもすれば農民以上に惨めな地位に生まれついたフリッツが進んで被った泥であった。
身一つで家を出た少年が、王族に仲介してくれる程高位な者に辿り着くまでにどれ程の苦労があったか。
最初に行ったのは盗みだった。
次に手を染めたのは詐欺だった。
やがて殺しにも手を染めた。
そうして、その日のパンを手に入れるために始めた所業を続けているうちにフリッツは気付いたのだ。
己の適正、才は何処にあるかを。
反社会的活動。
一般に罪悪と捉えられる行いにおいて、フリッツは並々ならぬ才を持っていた。








「おぉ、ローワン。息子よ。何故死んだのだ!?
 死ぬのであればこの老いぼれで良かった。
 まだ若い御前には未来があったのに……。
 神よ何故息子をその御手に召された!!」


そう叫んで泣き崩れた老人を眺めるフリッツの顔は痛ましげなもので、目の前で起こった悲劇に対する同情に満ちていた。
誰もがこの男は心底胸を痛めているのだろう、そう思う表情をしている。
しかし、よく見ると目だけは冷たい光を放っていた。
それは彼が事象を観察し、脳裏で怜悧な計算を行っていることを示していた。
そう、哀れなローワン。
老人が抱きすくめている青年を殺したのはフリッツだった。


「何と言ってよいのか……ただ御悔やみ申し上げます、エッセル伯。
 私が御見かけしたときには既に手遅れで。何も出来ませんでした」


フリッツは沈痛な口調で声を掛けた。
その声を聞いたエッセル伯は、人前であったことを思い出したのか慌てて涙を拭った。
そして、実も世も無く泣き叫んでしまったことに罰の悪そうな素振りを見せながらフリッツに礼を言った。


「見苦しい所を見せましたな。
 何分一人息子であったもので……少々取り乱しました。
 さぁ、顔を上げられよ。
 己を見付けて頂いた恩人にそのような事をさせたとあっては息子に叱られまする。
 どうか御気になさるな。
 これが神の御意思であったのでしょう。
 例えどんなに残酷なものであったにせよ、それが運命であったのなら受け入れる他ありますまい」


エッセル家は武人で馴らすドイツ貴族であった。
その格は高くもなければ低くもなかったが、歴史だけは古い中流貴族である。
ローワンはその唯一の跡取りであった。
エッセル伯は前妻との間にも前々妻との間にも子に恵まれず、年を取ってから迎えた後妻との間にやっと生まれた子であった。
エッセル伯はローワンを溺愛した。
例え重度の喘息持ちで周囲の貴族から軟弱と馬鹿にされようとも、エッセル伯にとっては待望の我が子であったのだ。
その愛情は、妻が産後に健康を崩し他界したことで更に強まった。
ローワンはエッセル伯の全てだった。


「息子はな、せめて乗馬だけでも人並みにと言って練習しておったのだ。
 この様なことになるのであれば止めるべきであったわ」


ローワンは暴れ馬と化した乗馬と共に行方知れずとなっていた。
およそ半日、エッセル伯は部下の失態を叱りつつ、その安否に気を揉み続けていた。
まさか最悪の結果になろうとは……。
伯の顔はそんな絶望がありありと浮かんでいた。


「居合わせた者として残念でなりません。
 将来有望そうな、利発さを感じる顔立ちをした青年でした。
 改めて御悔やみ申しあげます」


フリッツは最後まで傷心のエッセル伯を労わり、その下を辞去した。
その様子からは悪意が欠片たりとも感じられない。
見事なまでの演技であった。






後日、フリッツは再びエッセル伯の下を訪れた。
出迎えたエッセル伯の姿は痛ましいものだった。
憔悴し痩せ衰えたその佇まいからは、老いてなお盛んな騎士として知られた様子はない。
そこに居たのは希望を奪われた一人の哀れな老人であった。


「おぉ、よくぞいらっしゃいました。
 何の御構いも出来ませんが、どうぞお掛けくだされ」


張りのない声でそう言ったエッセル伯にフリッツは一つの提案をするつもりでいた。
慎重に、距離感を測るように言葉を紡いでいく。
全ての所業はこの提案のためであった。


「エッセル伯。私がシャルル殿下に御仕えしていることは御存知でしょうか?」

「勿論ですとも。
 残念ながらローエンブーム家と親交は御座いませんので貴殿を見知り置きはしませんでしたが、
 如何に社交に疎くとも貴殿がシャルル殿下の腹心であると噂されていることは知っております」


そう、だからこそ見ず知らずのフリッツをエッセル伯は信用した。
背後にあるシャルルの名声が、フリッツへ疑いを持つことすら考えさせなかった。


「実は、先日殿下にエッセル家で起こった悲劇について御話したところ、殿下はいたく同情なされまして。
 何か手助けが出来ないかと申されたのです。
 そこで失礼とは存知つつも、御家の財政状況を調べさせてもらいました。
 借金がおありですね?」


確認を込めた問いに、エッセル伯は怒気を見えることもなく認めた。
彼には怒りというようなエネルギーを要する行為をする力は無かったのだ。


「恥ずかしながら私には領地経営の才が無かったようでして。
 いや、代々の当主にもそういった能力はありませんでした。
 武門の家柄。
 そう誇りつつも、その実我が家は頭の鈍い武辺者の家だったのです。
 だからこそ私はローエンに期待していた」

「ですが、ローエン殿は失われてしまった。
 御家には最早跡取りは無く、家を存続させることは出来ない。
 そうですね?」

「えぇ。領地は返済のために売り払うこととなるでしょう。
 この様なことで父祖の地を手放すことになろうとは思いもしませんでしたが……」


商人に貴族の地位と共に奪われる。
老人の未来は何処までも暗かった。


「そこで、殿下から提案があるのです。
 どうでしょう?
 同じ手放すのであれば、いっそシャルル殿下に譲られた方がずっといいとは思いませんか。
 殿下は借金を肩代わりし、年金も払って下さると仰っております。
 領地の中心であるこの館からは引き払って頂かねばなりませんが、過ごし易いミュンヘンの街にでも屋敷を御用意しましょう。
 そこで芸術に親しみながら静かに老後を過ごされてはどうですか?」


破格の提案であった。
厚遇過ぎる。
喜びよりも先に立ったエッセル伯の疑問をフリッツは先んじて制した。


「実はこの提案は我々としましても益のあることなのです。
 この領地はアウグスブルクに近い。
 王が彼の地の領有権を手に入れられたことは御存知でしょう。
 何れアウグスブルクとは干戈を交えることとなります。
 殿下はそのための準備を為さろうとしており、そのためにこの地が丁度良かったのです。
 我々は目的のために貴殿の事情に付けこんでいるのです。
 どうかお気になさらず、我等の提案を受け入れて頂きたい」


フリッツはエッセル伯の精神に逃げ道を用意した。
真から武人である伯に、戦争の準備のためという分かりやすい理由付けと誇りを傷付けないための配慮をしたのだ。


「しかし……」


それでもまだ躊躇うエッセル伯にフリッツは更なる攻勢を掛ける。


「先祖の思いを御考え下さい。
 王家に献上した、という形にすれば彼等の名誉も守られるのですよ。
 御返事は急ぎません。
 ゆっくりと御検討下さい」


その日は提案だけしてフリッツは立ち去った。
時間が掛かろうともエッセル伯は受け入れる。
そんな確信があったからだ。






フリッツがシャルルの居室に入ると、部屋の主は椅子に座って呻いていた。
その様子から、本当は横たわってしまいたいという思いがありありと伝わってきたが、いつ誰が面会を申し出てくるか分からない身がそれを許してくれなかった。


「フリッツか。どうした?」

「エッセル伯が領地を献上したいとのことです。その代わり借金を払ってもらいたい、と」


シャルルはフリッツが持ってきた急な話に驚く素振りすら見せなかった。


「大した額でもあるまい。任せる。
 どうせ御前が献上するように仕向けたのだろう?」


フリッツはシャルルの言葉に薄っすらと笑うだけで答えなかった。


「エッセル伯領か……。どの辺りの土地であったかな」

「アウグスブルク近郊の小さな領地です。
 特産品も無く、農地として特別優れているわけでもない。
 そんな土地ですが、位置がいい」

「獲物の近くに領地を持っていればオレが討伐を任せられる可能性も高まる、か」


シャルルの言葉にフリッツは恭しく頭を下げた。


「アウグスブルクは経済と交通の要衝。
 ボローニャを支配していることには大きな意義があります。
 ですが、これから我が国がドイツ方面に侵攻していくことも考えますればドイツにも、一つ拠点が欲しいかと思いまして」


そう、エッセル伯への申し出はそのための布石だった。
勿論狙った効果はそれだけではない。
歴史のあるエッセル家は、その家格に関らず一定の敬意を払われている。
彼に慈愛の手を差し延べれば、自然とドイツ社交会にシャルルの名声が響き渡るだろう。
そんな計算も働いてのことだった。


「成る程な。いや、よくやった」


シャルルから掛けられた労いの言葉はそれだけだった。
されど、それだけでフリッツにとっては十分過ぎた。
シャルルは過程を問わない。
報酬も与えない。
それがフリッツへの信頼の証であり、フリッツへの理解の証左だった。
フリッツは報いなど求めていない。


「裁量は任す。私が動けない分、御前が動け」

「御意」


主への献身、主からの信頼。
フリッツの望みはそれだけであった。






------後書き------
フリッツが外道になってしまったかな……。
やり過ぎていないか心配です。
しかし、自分の中で彼は裏事担当ですしこれ位は許容範囲かと。
敢えて殺害シーンやその詳細は記述しませんでしたが、そこの所どう感じましたでしょうか?
御意見・御批判・御感想をお待ちしています。


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