(シャルル3歳)
思えば朝起きた時からおかしかったのだ。
頭が重く、常に倦怠感が付きまとって何をするにも億劫だった。
前世なら体温計で熱を測り自分の状態を把握したところだが……、ない物ねだりをしても仕方がない。
それに、少々体調が悪くても勉学を休むわけにはいかない。
スケジュールが狂うし、なにより家庭教師は既に屋敷に着いて自分を待っているのだ。
庶民的感覚が抜けきらないので来てもらう、という状況だけでも引け目を感じてしまうのに追い返すなんてできるわけがない。
既に十分も遅刻している。急がなくちゃ……。
そう思って走り出そうとした瞬間、今までにない強烈な目眩が襲ってきた。
周囲の景色がピカソの絵のように歪み、オレはいつのまにか床にキスをしていた。
転生人生で初の風邪だった。
「シャルル、大丈夫ですか? シャルル?」
母の鈴の音のような声で目が覚めた。
頭はボウッとして体全体が熱っぽい。完全に風邪の症状だ。
「シャルル気が付きましたか? 先生をお呼びしましたからね」
先生?……今まで見たことがなかったが医者がいるのか?なんにせよありがたい。
「あ、先生。シャルルが熱を……。宜しくお願いします」
「ご安心ください、公爵夫人。」
どうやら来たようだ。
オレはどんな人物か確認しようと霞む視界を先生の方へ向けた。
「おお。シャルル様。お初に御目にかかります。ロウラと申します」
神父?……何で?
そこにいたのはいかにも金のかかった衣装を身にまとった初老の神父だった。
体はでっぷりと肥え、甲高い声が頭に響く。
「御安心ください。私が全てお世話いたします。さぁ、始めましょう」
そう言うと神父は何を思ったのか説教を始めた。
「そもそも神の愛というのは…」
やばい、こいつ愛から始めやがった。絶対長くなる! ていうか、オレは風邪なんだ。
病んでるのは体であって精神じゃない!
「ロウラ殿。私は病なのですが、神の愛と関わりがあるのでしょうか?」
オレは遠まわしに立ち去るように要求した。
しかし、神父は満面の笑みで頬肉を揺らしながら答えた。
「勿論でございます。病とは体内に悪魔が入り込み、誘惑せんとしている状態であります。
快癒するにはあなた様がより深く神の愛を理解し、誘惑に打ち勝つ必要があるのです。
私はその手助けをするまでのこと。さぁ、続けましょう」
ダメだこいつ、早く何とかしないとorz
「ロウラ殿、お話はわかりました。しかし、悪魔が誘惑しているというのならば私は自力でこれに打ち勝ちたく存じます。
これは神が私に与えたもうた試練。神の使いたるあなたの手助けがあっては私は神への愛を証明できません」
どうだ、この屁理屈は!?
神父を見ると何やらプルプル震えている。ヤバい、怒らせたか?
「素晴らしい心がけです。このロウラ、殿下を見くびっておりました。
その年でそこまで深く神の御心を理解していようとは……。感動しました!! 」
感極まった神父は甲高い声で叫び、オレを抱きしめて去って行った。
潰れるかと思ったぞ、くそ神父め!! あぁ、やばい、熱が上がってきた。
「母上、母上。医者をお呼びください。お願いします」
オレは神父の退室と同時に部屋に入ってきた母に頼んだ。
しかし、母は訝しげな顔をしている。何でだ……?
「シャルル、医者なぞ呼んでどうするのです?」
どうするって、治療してもらうに決まってるじゃないか。
しかし、母にはそれがわからないらしく聞き分けのない子に対応するかのように接してくる。
オレは努めて冷静に繰り返し母を説得した。
「そこまで言うのなら呼んできますが……。少々お待ちなさい」
二十分程して、ドアが控えめにノックされた。
ああ、これで楽になる!! オレは入室を許可し、医者を見た。
……そこには熊のような大男がいた。腕は太く、何故か斧を持ってる。
白いエプロンを着けてはいるものの、それには血が飛び散り殺人鬼の衣装のようだ。
そして、極めつけはその匂いだ。全身から明らかに腐臭を発している。
オレは恐怖から思わず立ち上がって叫んだ。
「貴様、何の真似だ?何をしに来た!?」
男は斧の柄でこめかみをかきながら戸惑うように答えた。
「何って、医者でごぜぇますが。お呼びになっていると伺ったんですがね……」
こ、これが医者?馬鹿な!!
「くっ、もういい。出て行ってくれ!!」
オレは薄れいく意識のなかでなんとか退室を促し、ベッドに倒れこんだ。
そして、一つの決意をした。
もはや勉学は二の次だ。医者の実態調査と可能な範囲での改善、これをしなくては今後のオレの命が危ない。
しかし、今はこの極限まで悪化させられた風邪が問題だった……。。