馬車に揺られながら考える。
人の罪深さ、業の深さを。
オレが改めてそれを認識する出来事があったのだ。
ミラノ公国はブルグント王国へと生まれ変わる。
オレはその戴冠式に出席するため、ボローニャからミラノへと向かっていた。
随伴しているのはフリッツのみ。
貴族から嫌われているラングは、ボローニャに残り新たに増えた領土を整備するべく書類と格闘している。
窓から物憂げに外を眺めていると、フリッツがオレに話しかけてきた。
「フィレンツェの事を御考えで?」
「あぁ」
オレはそれに御座なりに答える。
フィレンツェは落ちた。
ジャン・ガレアッツォ・ヴィスコンティ最大の宿敵であった彼の国の終端は実に呆気なく、オレにとっては衝撃的なものであった。
ミラノに奇襲を仕掛けた帝国軍に呼応するようにフィレンツェは打って出た。
シエナまで迫り、一息にこれを占領しようとしたのだ。
だが、失敗した。
元々フィレンツェとシエナの二つの都市はライバル同士であった。
シエナ市民はミラノの支配下となった今でも長年争った過去を忘れていない。
フィレンツェの誤算がここにあった。
シエナの頑強な城壁と兵民一体となった防衛は、数に利する攻め手を撃退し撤退を余儀なくさせた。
ファチーノに防衛を任されていた傭兵隊長は即座にこれを追撃。
ウルビーノ伯が巧みな指揮によって甚大な被害を与えたものの、衆寡敵せず捕虜となった。
このシエナ戦の失敗がフィレンツェ陥落の遠因となった。
いや、もっと言えばウルビーノ伯の不在がフィレンツェを破滅させたのだ。
「人の心理とは恐ろしいものだ。
だがな、フリッツ。
私は何もあそこまでする必要はあったのか、と思うのだよ。
あの様な事態になる前に止めることが出来た。少なくとも我等にはその力があったのではないか、とな」
伝え聞いただけでも怖気が走るようなフィレンツェの惨状は、オレの心を憂鬱にさせるに十分なものだった。
こういったとき、自分の心の弱さを実感する。
何かにつけ人道が重視された現代を知るだけに、この時代の戦争観は受け入れがたいものだった。
「お優しいのは美徳ですが過ぎると悪徳です。
フィレンツェ市民は我々の敵でした。
それも貴族を殺し、上に立つことを覚えた者達だったのです。
彼等は無条件に従う羊ではなくなってしまった。
ならば排除する他無かったではないですか。
それを最小の労力で行ったファチーノ様の判断は間違ってはいなかったと思います」
フィレンツェの最後は自滅。
ファチーノがやったことは、戦に負けボロボロになって帰ってきた傭兵は素通りさせ、中からは誰も出れないように街を囲んだだけだった。
それだけでフィレンツェは内部崩壊していったのだ。
切っ掛けは些細なことだったらしい。
逃げ帰った傭兵に心無い市民が罵声を浴びせた。
役立たず、これだから余所者は、自分達の街を守るのは矢張り自分達だけなのだ、と。
元々対立の下地はあったのだ。
しかし、ウルビーノ伯とジョヴァンニという二つの重石がそれを塞いでいた。
その片方が除かれたとき、亀裂は一気に深まり、傭兵と市民は激突し始めた。
冷静に考えれば益の無い抗争だ。
だが、ジョヴァンニにはそれを止めるだけの力が無かった。
理由は一つ。
ジョヴァンニは市民に選ばれたリーダーだったからだ。
市民の意識、その根底にはジョヴァンニは自分達が選んだ、という考えがあった。
その考えはジョヴァンニと自分達は対等である、という認識に繋がっている。
抗争を止めるには強烈なリーダーシップを発揮するしかなく、ジョヴァンニにその力は無かった。
そして、ミラノ軍は疲弊し防衛力の低下した都市に一気に雪崩れ込み、傭兵も市民も諸共に虐殺した。
男も女も、老いも若きも関係なく。
戦闘は二時間も掛からなかったそうだ。
「殺しを覚えた市民は人肉の味を知った犬と同じです。
危険すぎて、放置してはおけない。
彼等は事あるごとに力に訴えるでしょう。
最も簡潔で、最も分かりやすい手段を知ってしまったのですから。
治安を維持する上でも、そんな連中が居てもらっては困るのです。
殿下、これは仕方の無いことでした。
それに非戦闘民は街から出して隔離するのが戦の常識です。
都市内部に居た以上、殺されても文句は言えません」
フリッツの言葉にオレの理性は納得している。
そう、必要な措置ではあった。
「……そうだな」
それでも遣る瀬無い感情を持ってしまうことは否めず、オレはそんな気のない返事をした。
■
オレの祖父ジャン・ガレアッツォ・ヴィスコンティがブルグント王になったことでオレの計画は大きな変更を余儀なくされた。
最も、嬉しい変更だ。
ブルグント王国の復興。
そして、神聖ローマ皇帝を戴いての北征。
もはや教皇派や皇帝派といった枠組みを超越した新たな段階にガレアッツォは進んだのだ。
これを継承すれば、オレは大きな地盤を手にすることが出来る。
ブルゴーニュ公も越える、フランス王妃イザボーですら問題とならない巨大な権力を有することが出来るのだ。
「だが、障害となる者もいる。そうだな」
「御意」
戴冠式も終わり、開かれた盛大なパーティーを抜け出して、オレとフリッツは二人だけで密談をしていた。
フリッツにはオレの目的が、ミラノで力を付け母の名誉を回復することであることは告げてある。
ここ数ヶ月、彼とは寝食を共にするも同然に過ごしてきた。
その間の言動やちょっとした仕草、報告されたオレの前に居ないときの行動等から、フリッツは信頼に値すると結論付けたのだ。
正直、ここまでしないと他人を信用できないのはどうかとも思う。
だが、転生後の短い人生を顧みると、ここまでしなくては足下を掬われかねないということをオレは分かっていた。
「ジョヴァンニ・マリーアとカテリーナ王妃。
立ち塞がるのはこの二人だろう。
ジョヴァンニは凡夫だ。
彼個人は大した敵ではない。
問題は甘言を弄し、ジョヴァンニを操らんと画策する者だ。
そう、ガレアッツォの強権に抑え付けられてきた大貴族達とかな。
だが、そのような連中が打てる手は限られている。
真に警戒すべきはカテリーナ王妃の方だ」
ブルグント王妃となったカテリーナはガレアッツォの従兄弟であり、二番目の妻だ。
一人目の妻はオレの母を産んだ一年後に亡くなっていた。
カテリーナとの結婚はガレアッツォがまだ若く力の無かった頃、権勢を揮っていた叔父から無理矢理押し付けられたものだった。
それは若き日のガレアッツォにとって、どれ程の屈辱であっただろうか。
一方のカテリーナも、やがて力を付けたガレアッツォによって父を討ち滅ぼされている。
これで仲睦まじい夫婦になれというのが無理な話だ。
二人の夫婦生活は最初から破綻していた。
現に、ジョヴァンニもフィリッポも愛人の子である。
オレの言葉にフリッツも頷いた。
「ジョヴァンニ様が王位を継いだ場合、カテリーナ様は摂政として権力を握ることが出来ます。
だが、殿下の場合はそうはいかない。
ヴァレンティーヌ様とカテリーナ様は血の繋がりも無く関係も希薄ですし、間違いなくオルレアン公が文句を付けるでしょう。
カテリーナ様にとって、殿下が王位に就くことは都合が悪い。何としても阻止したい筈です」
これは推論ではない。
確信だ。
二時間ほど前、パーティー会場でオレはカテリーナの敵意を肌で感じたのだ。
オレがミラノに来て約3年。
宴にはそれなりに参加してきたのだが、驚くことにカテリーナと会うのはこれが初めてだった。
相手が避けていたのか、偶然なのかは分からない。
少なくともカテリーナが母に友好的ではないことは確かなようだった。
カテリーナに会った時、オレは母とイザベラと一緒に居た。
そのときオレは、はっきり見た。
頭を下げ、挨拶をする母とオレに向けたカテリーナの暗い眼差しを。
「お久し振りに御座います、お母様。
体調が優れぬとのことで長く御目にかかることは御座いませんでしたが、こうしてお元気そうな姿を見ることが出来て嬉しう御座います」
そう言った母の横で、オレはそれとなくカテリーナを観察していた。
軽く頭を下げながら母に返答する祖母の態度を窺う。
「本当に久し振りだこと。心配して下さって有難う」
穏やかな口調と言葉とは裏腹に、オレ達を見るカテリーナの目は真逆の感情を伝えていた。
今年でカテリーナは42歳。
その容貌は、従兄弟だから当然なのかもしれないが、ガレアッツォとよく似ている。
母はカテリーナの冷たい視線を感じていないかのように振る舞いながら、オレとイザベラの背に手を回すとカテリーナに紹介した。
「こちらは、息子のシャルル。
そして、その婚約者でシャルル王の娘であるイザベラです」
「初めましてお婆様。シャルル・ド・ヴァロワに御座います」
「初めまして。イザベラ・ド・ヴァロワです」
オレ達は前に進み出ると、それぞれ自己紹介をした。
伏せた頭越しに降り注ぐ視線の圧力を感じ、イザベラは僅かに居心地が悪そうにしている。
この時点ではカテリーナの態度は、友好的とはいえないといった程度だった。
「ブルグント王妃カテリーナ・ヴィスコンティです」
カテリーナがそう言ってからやっと、オレ達は顔を上げた。
ここまで彼女に気を遣うのは、ガレアッツォがブルグント王の座に昇ったからだ。
身分の上下というのは厳格なもので、公の場においてはどんな時でもそれを意識した対応をしなくてはならない。
例え戦場で捕虜となろうとも、戦が終わってしまえば身分の上下がものをいう。
敗者の捕虜の身分が高ければ、勝者が敗者に頭を垂れるという事態が生じるのだ。
現代の感覚でいえば奇異に映る慣例であるが、それがこの時代の常識であった。
無論現実としてその者が捕虜の立場にあり、その身が勝者の一存に預けられていることには変わりない。
だが、建前としてそのように扱わねばならなかった。
そして、ブルグント王の格付けはフランス王よりも上である。
フランス王女であるイザベラといえど、今やブルグント王妃となったカテリーナに頭を下げる立場であった。
挨拶が終わると、カテリーナがオレに話し掛けてきた。
「シャルル殿は利発であると聞き及んでいます。まだお小さいのに政務に参加して実に立派なことですね」
「御爺様の名を汚さぬよう、努力する日々です」
「聞けば、此度の勝利にも大きく貢献なされたとか。何といいましたかね……、そう腕木通信とかいうものを御考案なされたとか」
「私は案を出しただけに御座います。真に称せられるべきは、それを実用段階までこぎつけた御爺様でありましょう」
オレとカテリーナは表面上穏やかな、実情は限りなく寒々とした会話を展開させていた。
鍔迫り合いのように互いの出方を窺う。
ちょっとした言葉が命取りになりかねない。
社交界は貴族にとってもう一つの戦場であった。
そこには男も女も、大人も子供も存在しない。
一人一人が兵士であり、一人一人が将師。
各々が己の名誉のために戦う、それが社交である。
オレはカテリーナが優しげな言葉の影に潜めるであろう刃を見極めんと神経を集中させた。
「御爺様は地方都市であったミラノを公国に、そして王国にまで発展させました。
その功績は古今の英雄と比べても遜色ないものでしょう。
こうして王国誕生の宴に出席し、私もその孫として恥ずかしくないようにせねば、と思いを新たにする次第です」
カテリーナの内心がどうであれ、オレも彼女もガレアッツォを立てなければいけない身であることに変わりはない。
ブルグント王国はミラノ公国である時から変わらずガレアッツォの独裁体制にある。
その成り立ち上、王権が強く政治体系は後年の絶対王政に近かった。
取り敢えずガレアッツォの名を盾にしておけば大抵の攻撃は交わせるのだ。
「感心な心掛けです。シャルル殿は幼いのに臣下としての心構えが出来ていらっしゃる」
オレとカテリーナの会話に、周囲の貴族は耳を欹てている。
王妃と王位継承者、それも互いに接点の無かった者同士の会話だ。
今後の立ち回りを考える上でも、彼等はオレ達の遣り取りを無視できない
そのことをオレもカテリーナも意識していた。
注目を集めているというこの状況は、攻撃において大いに利用できるからだ。
先に仕掛けたのはカテリーナだった。
彼女の言葉はどのようにも取れる微妙な言い回しをしていた。
露骨に王位への野心を見せるわけにはいかない。
かといって全く興味がないと示すわけにもいかない。
ここで素直に頷けば、ジョヴァンニかフィリッポに臣従するつもりであると吹聴されかねないからだ。
子供の言を誇張して、と眉を顰める者はいない。
子供という立場を利用するには、オレは些か功績をあげ過ぎていた。
「いえ、御爺様への尊敬の念があればこその心構えです」
オレはここでもガレアッツォを盾に取り、自身の立場を明確にすることを避けた。
ブルグント王国は成立して間もない。
大胆な行動をするには早すぎる、そう判断したのだ。
カテリーナは鷹揚に頷いてオレの態度を褒めてみせつつ、切り口を変えて攻撃してきた。
「ところでシャルル殿は国本を離れ、ミラノに来てもう3年になりますね。
それだけの期間、外国にいると誰しも寂しさが募るもの。
そろそろ故郷や父君が恋しくなられたのでは?」
カテリーナはオレがフランス人であることを突いて来た。
これはオレの弱点だ。
まだ民族意識が確立していないとはいえ、外国人に対する壁というのは確かに存在する。
カテリーナは貴族達の意識にオレが外国人であることを植え付けるつもりなのだ。
フランスを故国と言い、あくまでもオレは外国人であると匂わせているところにカテリーナの巧みさと嫌らしさがあった。
オレは返答に窮した。
ここにはフランス貴族も大勢いる。
もはや自分はミラノの人間だ、などという下手な返答をすればフランス社交界に飛び火してしまうだろう。
次期オルレアン公がフランス人であることを捨てた、と受け止められかねない発言は絶対に出来なかった。
かといって外国人であることを認めてしまうのも不味い。
いくらガレアッツォの独裁体制とはいえ、貴族を全く無視して王位継承レースに参加することは出来ないからだ。
追い込まれたオレを救ったのは母だった。
「息子への温かい心配り、本当にありがとう御座います。
シャルルは母思いで、私に付いてミラノまで来てくれました。
私もシャルルが住み慣れたフランスから離れることに対し心配の念がありましたが、お父様の格別の御計らいでそのように寂しい思いをさせることはなかったと思います。
様々なことを体験したこのミラノは、シャルルにとって第二の故郷となったことでしょう。
故郷とは生まれ育った地のこと。
その意味で二つの故郷を持てたこの子は幸せだと思いますわ」
そう言った母は御機嫌よう、と告げてオレの背中を押して立ち去った。
オレは機転を利かせてくれた母に感謝しつつ胸を撫で下ろしたのだった。
このようにカテリーナはオレに対して牽制をしてきている。
露骨なものではないにしても対応を誤れば傷になりかねないものだっただけに、先程のパーティーは実に神経を磨り減らすものだった。
「フリッツの方はどうだった?」
オレはフリッツにパーティーの成果を聞いた。
フリッツはミラノに来てから日も浅く、人脈を築ききれていない。
今日という日は、そのための絶好の機会だった。
貴族としてのフリッツは決して身分が高くない。
だからこそフリッツは鏡となり得る。
フリッツにオレという後ろ盾がいることは衆知のこと。
そのフリッツへの対応で、その者のオレへの感情が分かるのだ。
「下級貴族は問題ありませんでした。
むしろ向こうから積極的に繋ぎを取ろうとしてきた位です。
中級以上となると流石に慎重でしたね。
ある程度距離を置いて様子を見ようというのが7割、今の内に派閥に入ろうとするのが1割、既に他の王子に付いているのが2割といったところでしょうか」
「他の王子といっても殆んどはジョヴァンニに付いているのだろう」
「まぁ、そうですね。
ジョヴァンニ様は扱いやすそうな人物ですし、大貴族にとっては実に有り難い王になってくれそうですから。
一方のフィリッポ様は警戒心が強く、気難しいときています。
ジョヴァンニ様は兄でもありますし、そちらに取り入ろうとするのは自然でしょう。
それに、フィリッポ様が殿下贔屓なのは有名ですから」
貴族の対応は予想通りのものだった。
若くないとはいえガレアッツォが死ぬまでもう暫くの猶予がある。
多くの貴族にとって、今は中立を保ち情勢を見極める時機だった。
王位継承レースはオレとジョヴァンニの直接対決という形でほぼ決まりかけている。
ミラノの大貴族が支持し、嫡子という強みのあるジョヴァンニ。
功績があり、オルレアン公である父が背後にいるオレ。
互いの勢力は拮抗していた。
「殿下の方はどうだったのですか?」
今度はフリッツがオレの成果を尋ねた。
オレが担当したのはフリッツが話しかけることも憚られる大貴族や馴染みのある者達だ。
「サヴォイア伯との接触に成功した」
サヴォイア伯はオレがこのパーティーで繋ぎを取ることを熱望していた者の一人だ。
現在の当主は早逝した父の後を継いだアメデーオ8世。
20歳という若さの俊英である。
サヴォイア家は400年前のブルグント王国崩壊以来からなるブルグント貴族であり、欧州屈指の名門だ。
その領土の大部分がミラノ公国西方に接しており、フランス東部辺境からアルプスを跨いでイタリアのトリノ周辺までを有している。
歴史的経緯からも、地理的にも決して無視できない存在であった。
しかし、オレからすればそれ以上にサヴォイア伯はブルゴーニュ公の派閥であるという事実が大きい。
サヴォイア伯領はブルゴーニュ公の領土とも接していて、彼はその娘を娶っているのだ。
何れフランスに戻り、政争に参加しなくてはならないことを考えると、ブルグント王位継承者の地位を利用して彼を取り込んでおくことは必要なことであった。
「感触としてはまずまずといった所だな。
あくまでブルグント王国の復活をそれに連なる貴族として祝福する、という領分から出て来てはくれなかったが友好的ではあった。
ファーストコンタクトとしては上々というものだろう」
ガレアッツォはナポリ王に攻められていた教皇に助力し恩を売りつけると同時に、ループレヒトを正式に皇帝として戴冠させるなどここ数ヶ月政治的な活動を精力的に行ってきた。
更にかつてブルグント王国であった地域の領有権も獲得したことで、今後の征服活動の大義名分も得ている。
ブルグント王国は成立して間もないにも関らず着実に地盤を固めつつあった。
サヴォイア伯としても、オレと友誼を結ぶことは大きな意義がある筈なのだが、やはりブルゴーニュ公の威勢も考慮すると慎重にならざるを得ないのだろう。
オレの意見にフリッツも同意した。
「殿下がまだ王になられると決まったわけではない、ということもあるのでしょう。
ブルグント王国は様々な機会を手にしている代わりに火種も抱えています。
皇帝を懐に入れていることなどはその最たるもの。
大貴族である程、慎重な対応にならざるを得ないということは必然でしょう。
今後はガレアッツォ様の勢力安定を応援すると共に、確実に地歩を築いていかなくてはなりません」
フリッツの考えはオレと一致するものだ。
「わかっている。
下級貴族に関しては今後も御前に一任する。
あまり好き勝手するわけにはいかないが、王国の利益になるのならある程度御爺様も裁量を任せてくださるだろう。
大貴族に関しては……御爺様の手腕に期待する他ないな。
下手に手を出してはお叱りを受けかねない」
ブルグント王国の安定と拡大。
それが直接オレの影響力の強化に繋がる。
「本当に御爺様には頑張って頂きたいよ」
そうぼやいたオレにフリッツが釘を刺した。
「殿下もボローニャを任されている以上、重い責任を負っております。
そのことを常に自覚し、行動なされますよう。
それが王座へと繋がっておりますれば」
オレはその忠言に分かっている、と頷いた。
引き続き要衝ボローニャの総督を任されたということは、これまでオレがボローニャで過ごした日々が認められたということだ。
それだけ期待されているということでもある。
大きな期待は容易く失望に変わることを考えれば、気を抜くわけにはいかなかった。
「暫くはボローニャで過ごすことになりそうだな。
今度はリッシュモンとフィリッポ、エンファントの全員もボローニャに連れて行くとするか」
「それが宜しいでしょう」
政務を間近に見ることはフィリッポとリッシュモンにとっていい勉強になるだろう。
それにモルト老に扱かれるのなら、共に地獄を見てくれるリッシュモンは精神的にも一緒に居て欲しい人物だ。
オレはボローニャに戻った後の日々を思って、その目まぐるしさにぼやいた。
「これから忙しくなるな」
今度は口を挟むこともなく、フリッツも恭しく頷く。
「御意」
復活した古の王国。
誕生したミラノ側の皇帝ループレヒトと帝国側の皇帝ジギスムントという二帝時代の到来。
様々な火種を生み出しながらブルグント王国は発進した。
不安はある。
だが、そこにはそれ以上に発展への気概があった。
王国誕生記念日となるこの日、オレの心も未来への決意に満ち溢れている。
決意の杯を腹心と交わしながらミラノの夜は更けていった。
------後書き------
少し時間軸を飛ばしすぎたかな……。
そんな心配もありますが、だらだら続けるのもどうかと思うので思い切ってみました。
どうだったでしょうか?
今回はシャルル編ということで、周辺諸国の変化は次回以降に描写したいと思います。
それでは御意見、御感想、御批判をお待ちしています。