ボローニャ戦において内応した大商人ヨブ・ポプランを通してシャルルはコロネ家の当主を陥れた。
ポプランは戦後もミラノ政府の手先となり、貴族の懐柔や切り崩し工作を担っていた。
彼はボローニャ有数の商人で、その人脈、能力、共に裏方として働くに十分なものを持っている。
ラングにそれとなくポプランを紹介されたシャルルは、コロネ家の次男ジョゼットを懐柔する。
父と兄である長男を排除する代わりに立身をを約束した。
ただでさえ将来の不安を抱える次男という立場であるのに、このままでは実家を取り潰され後ろ盾を失ってしまう。
そのジョゼットの未来を閉ざされる恐怖を利用し、父と長男を幽閉させる。
というのがシャルルの考えたシナリオであったが、事態はその斜め上をいってしまった。
穏便に済ませるつもりだったにも関わらず、ジョゼットは父と兄を殺害してしまったのだ。
どこにでもある権力闘争が一変、凄惨な殺戮劇となったコロネ家は醜聞に塗れて没落。
悲嘆に暮れたジョゼットは自害する。
こうして関係者全てを不幸のどん底に突き落としてシャルルの初謀略は終わった。
■
パーティーの席で群がる貴族に笑顔で応対するオレの気分は最悪だった。
コロネ家の思わぬ結末がオレの心に暗い影を落としていた。
まさかあのようなことになるとは思っていなかった。
そのような言い訳じみた思考が頭をよぎるほどに、今のオレの心は弱っている。
謀略で以って相手を殺してしまうのは、直接手を下すのとは別種の罪悪感があった。
もっと汚らわしく、罪深いような。
卑劣で、許されざる行いをしてしまったような。
オレの心にはコロネ家の結末を聞いたあの日から小さな棘が刺さり、終始苛んでいる。
はっきり言って向いていないののだろう。
自分だけが安全な高みにいて、他者を陥れる。
そういった謀略というものにオレはどうしようもない嫌悪感を抱いてしまったのだ。
こればかりは性質なのだからどうしようもない。
人には向き不向きがあり、オレには向いていなかった。
ただそれだけなのだが、現実問題としてはそれだけで済まされない。
ラングの言うように謀略は為政に不可欠だ。
だから、オレは割り切らなければならないのだろう。
それがどれほど難しいことでも……。
「シャルル殿下、御紹介したい者がおるのですが」
またか、そう思って声を掛けてきた方に振り向く。
今日だけで一体何人の人間を紹介されただろうか。
常ならばともかく、このように精神状態最悪なときは少々きつい。
それでも表情に笑みが張り付いているあたり自分でも大分貴族の世界に染まったな、と思う。
そんな自分がますます汚らしい存在な気がして、ますます憂鬱になりながら、オレは話しかけてきた老貴族に応対をすべく身構えた。
「これなるはロートブーム男爵家が四男フリッツ。
将来有望な若者です。是非ともお引き立てのほどを」
老貴族が紹介した男は10代半ば程の青年だった。
痩せてガリガリの体に不健康そうな顔色をしているが、口元に浮かんだ微笑がその印象を柔らかなものにしている。
体の弱い文学少年といった風体だ。
「フリッツ・ロートブームと申します」
そう挨拶する姿にも品があった。
しかし……とても大成するような人物には見えない。
毒にも薬にもならない。
人が良さそうなのでよくて留守居役、下手をすれば一生閑職で終わるだろう。
中級貴族の家に生まれた長男でない者の将来は非常に不透明だ。
実家には新たな家を興してやれる程の力はなく、飼っていてやる程の財力もない。
だから彼等の多くは騎士となって、自らの未来を自らの力で切り開いていくことになる。
だが、見るからに体の弱いフリッツにはそれは無理な選択だったのだろう。
彼は文官として生きるため、オレに渡りをつけてもらったに違いない。
これはオレにとっても喜ばしいことだった。
正直オレが個人として持っている手駒は軍事力であるエンファントしかない。
確かに彼等の中には文官としても使える者もいるが、その本質は軍人。
文官としての専門教育を施されていない。
今後のことを考えた場合、専門職としての文官は何人か揃えたい。
ちょうどいい機会だ。フリッツを手許に置き、使えるように仕込むことにしよう。
このときのオレは目の前の青年のことをその程度にしか考えていなかった。
「シャルル・ド・ヴァロワだ。フリッツは幾つになるのか?」
「17になります」
「私のおよそ倍、生きているわけか。ならばおよそ倍の知識、経験を持っているといってもいい。
愛読している書物も幾つかあることだろう。
一冊、私に紹介してくれないだろうか」
ここで何を答えるかでフリッツの能力が分かる。
何を読んでいるか、と聞くということはフリッツに軍人の能力は期待していないという示唆。
それを感じ取ってどのようなアピールをするか。
もし軍記を答えるようなら残念ながらフリッツはそこまで使えない。
「ローマ法大全は非常に興味深いと思います。
1000年も前の法ですが、統治の天才と呼ばれたローマ帝国の法。
その完成度は十分参考になります」
オレの求めていた回答だ。
法を勉強している、というアピールは自分に求められるものをフリッツが理解している証。
だが、満点の回答ではない。
ローマ法大全は完成度は高い法典であるが、その分難解だ。
その内容はどうか、といった突っ込んだ事を聞かれて拙い回答を返した場合、却って失望を買う。
勿論、優れた答えを言えればそれは逆の結果となるが。
「ローマ法大全なら私も一通り読破した。どうだろう、向こうで私と語り合わないか」
オレはそのことを見越してフリッツが答えたのか気になり、彼と語り合うことにした。
いい拾い物をしたかもしれないと喜び、これで憂鬱も紛れると考えながら。
この時点でオレはフリッツの思惑に嵌まっていたのだ。
■
フリッツとの応答は謀略によって曇ったオレの心を紛らわせるに足るものだった。
彼の知識は17という年齢を考えると十分に深く、法への理解もかなり明るい。
頭の回転もかなり早く、話し相手を喜ばせる術も知っている。
オレは思わぬ知遇に頬を綻ばせていた。
「ところで殿下。先の謀は実に不細工なものでしたね」
最初、オレは何を言われたか分からなかった。
先程までの礼節にかなった態度からは考えられないフリッツの暴言。
更にオレの傷口を狙い撃ちするようなタイミング。
それによって生じたオレの意識の空白に付け込むように、フリッツは悪意を流し込む。
「少し頭が回る者なら、あの事件が誰によって仕組まれたものか分かるでしょう。
コロネ家がミラノ政府に反逆していることは周知の事実。
だが、その拙さからラング副総督の手によるものではありえません。
ならばあの拙い謀は誰によるものか?
副総督が謀を任せるとしたら誰か?
コロネ家程度ならその結果がどう転ぼうが政府に傷が付くことはないでしょう。
その事と今の殿下の御様子を考え合わせると自ずと答えが出てくる。
コロネ家は殿下の練習台に使われた、と」
瞬間的にオレの心は沸騰した。
「無礼な!!」
そう怒鳴って杯の中身をかけ、席を立つ。
オレは逃げ出した。
フリッツに自分の罪を突き付けられたような気がして逃げたのだ。
不快なパーティーから数日。
平静を取り戻したオレは無礼を働いたフリッツを罰することよりも、彼が何故あのような行動を取ったのかが気になっていた。
あのときまでオレの中でのフリッツの印象は良好なものだった。
あのまま大人しくしていれば極めて良い条件でオレの下へ来ることが出来た筈なのだ。
利がない。
普通に考えて命を賭けるだけの価値があの言葉にはなかった。
オレはフリッツに以前以上の興味を抱き始めていた。
「フリッツ・ロートブームを呼んでくれ」
気が付けばオレは召使にそう言っていた。
召し出されたフリッツは以前とは全く異なる空気を纏っていた。
冷たく燃える炎のような矛盾した不気味さ。
痩せたガリガリの体に纏うオーラがフリッツを幽鬼のように見せる。
どこが文学少年なのか。
オレは自分の見る目の無さを罵った。
「お呼びがあると思っていましたよ」
初めてフリッツが発した言葉はそんなものだった。
わざとオレの神経を逆撫でするような。
「何故あのようなことを言った? 殺されるかもしれないのに」
オレの問いにフリッツは事も無げに答える。
「興味を持っていただけたでしょう。私に」
淡々とした様子が逆にその異常性を際立たせていた。
オレには理解できない考えだ。
リスクとリターンが釣り合っていない。
確かにオレはフリッツに個人的な興味を抱いたが、それはあくまで結果論。
オレの興味を引く、ただそれだけのために命を賭けたフリッツがオレの目には異質な何かに見えた。
「あの状況では身分という壁があって腹を割って話せなかった。
でも今なら?
今、殿下は無礼を承知で私と話しておられる。
殺すなら私の話を聞いてからでも遅くはないでしょう?」
オレは無言で続きを促した。
命を賭けたフリッツの話に興味が湧いた。
「殿下に謀は向きません。
たかが2人が死んだ程度で痛むような柔な心で何千の人が死ぬような国家間の巨大な絵図は描くことはできない。
それどころか、海千山千の狐狸が巣食う宮廷でも生き残れるか怪しいものでしょう。
殿下の持つ欠点。
それが次期ミラノ公、次期オルレアン公として致命的なものであることは殿下もお分かりでしょう」
フリッツの言はオレも感じていたことだった。
この世界で上に立たんとする以上、謀略を使わざるを得ない。
それを理解しているからこそオレは、それを毛嫌いする自分に焦燥感を覚えていたのだ。
フリッツはその悩みを的確に突いて来た。
「謀の基本は情報。その収集と操作です。
情報無くして謀を為そうなど、10万の軍勢に目隠しで突っ込むようなもの。
此度の失敗、殿下は情報収集があまりお上手ではなかった」
フリッツは淡々と語る。
オレの未熟さを、オレの拙さを。
「殿下はポプランを通してコロネ家を陥れた。
ポプランだけを通して。
それは愚策。
成否を他人に委ねてしまっている。
今回の失敗、それはポプランが殿下の策謀を自分の都合のいいように利用したことが原因です。
殿下はポプランに情報操作を任せるべきではなかった。
策略とは仕掛けられた者にも周囲にも分からないように、密やかに進めるものです。
それを第三者に委ねるなど愚の骨頂。
正直言って、殿下にはセンスが御有りにならない」
他人から、それも負の感情を抱いている相手から欠点を指摘されることほど不愉快なことはない。
オレは思わずフリッツの言葉に反発した。
ほとんど脊髄反射的に、深く考えることなく。
このときオレはフリッツが自分に無いものを持っている、ということを認め始めていたのだろう。
そのことがオレから平静を奪い、フリッツの掌の上で踊らされる結果を招いていた。
「待て。それは私がまだ謀に疎かっただけでセンスとは関係ないだろう」
オレの反論を聞いてフリッツは笑った。
無駄な足掻きをする虫けらを嘲笑うように冷たく、薄っすらと。
その笑みを見たオレは背筋が凍るのを感じる。
オレはフリッツに圧倒されていた。
「そうでしょうか?
将来謀の大家となる者ならば、例えばミラノ公ならば初めての策謀でもそれを知っていたでしょう。
謀は経験がものをいいますが、それ以上にセンスがものをいう。
才無き殿下ではどれほど努力しようとミラノ公の頂には至れないでしょう」
ガレアッツォなら、あの稀代の謀略家ならばそうだろう。
フリッツの言葉には説得力があった。
その説得力の分オレの心を切り裂いていく。
「殿下の狙いは反抗勢力の弱体化だったはずです。
そのために殿下が取った策が抵抗勢力の長、コロネ家の取り込みだった。
悪くない策です。
私から見れば生ぬるい気もしますが、悪くは無い。
ですが、殿下の策は結果として失敗に終わっている。
コロネ家は没落しましたが、派閥は無傷。それでは意味が無い」
では何故ポプランに任せたから失敗したのか、そう言ってフリッツは指を一本立てた。
「ポプランはコロネ家と同じ派閥でコロネ家に次ぐ力を持つサルール家と繋がりがあります。
だからポプランはコロネ家の属する派閥に崩壊されたくなかった。
それは商売相手であるサルール家の没落でもあるからです。
そこでポプランは考えた。
コロネ家が粛清ではなく醜聞によって没落したなら派閥に影響はない。
それどころかサルール家がより権勢を握ることが出来、結果として自分にも利益が出る。
そう考えたポプランに利用された殿下の策はポプランの意に沿うような形に変質された。
それでは殿下の狙った結果になるはずがありません。
全く違う策に変わってしまっているのですから」
フリッツの言う通りだ。オレの失敗はオレ自身のミス。
情報収集を怠った結果がこの様だ。
オレの心はフリッツの言葉を認めていたが、表面にこびり付いた最後のプライドが抵抗を試みる。
「だが、ポプランはラングの紹介で……」
オレの足掻きを嘲笑うようにフリッツは頬を吊り上げた。
「だから殿下は謀に向かないというのですよ。
何故、他人から与えられたものを鵜呑みにしてそのまま使おうとなさるのですか?
ポプランを紹介したのは副総督の試練。
手助けなどではありません」
そうだ、何故オレはラングの言うがままにポプランを使ったのか!?
常のオレ、独立の気概を持って事に望むオレの精神はどこに消えていたのか。
怯み。
忌避することをせねばならない、という心の竦みがオレを鈍らせたのだ。
「副総督はとにかく殿下を鍛えようとなさっているのでしょう。
適正など関係なく。
副総督の理想の君主、ミラノ公に近付けるために。
ラング副総督の傾倒振りは有名ですからね。
その行動自体は忠誠心の発露といっていいでしょう。
だが、殿下とミラノ公は明らかに別のタイプです。
意識しているかどうか知りませんが、副総督はその事実から目を逸らしている。
殿下は謀に向かない。
何故なら殿下は何所までも陽の人間だから」
フリッツは謳うように自身の言葉を締め括る。
その頃にはオレの心に敗北感のようなものが芽生えていた。
自分には無い、自分が求める才能を持っているフリッツへの嫉妬。
それによって失いかけた心の均衡を何とか保ちながらオレはフリッツに問いかけた。
「何故そのようなことを私に話した。命を賭けて私に謀の才が無いことを説いた御前の目的は何だ」
そう、今までのフリッツの話は本題ではない。
謂わば前口上。
本当に話したいことのための補強にすぎない。
オレが真に聞くべきはフリッツの本題だ。
だから無闇に心を揺らすべきではない。
冷静さを取り戻したオレは、未だ答えぬフリッツの目を覗き込みその真意を探ろうと試みる。
すると、濁った沼のように見通せなかったフリッツにかすかに光が浮かんだ。
この日初めてフリッツから感じた陽の気配に驚く。
そして、その驚きはフリッツが跪いて頭を垂れたことでますます大きくなった。
「殿下の幕下に私を加えていただきたい」
先日までオレは請われるまでもフリッツを配下とするつもりだった。
その感触はフリッツも感じていたはずで、オレの困惑はより強まる。
その疑問を問いかけると、フリッツは首を振りつつ答えた。
「あのままですでは殿下は私を一文官として扱われたことでしょう。
それは私が望むことではなかった。
私は軍師として仕えたいのです。
戦略を廻らし、戦術を以って敵軍を追い散らす。
謀略を廻らし、主に害なす者を引きずり落とす。
主の影として生きる、それが私の望み。
文官として仕えた場合、私の欲する仕事が出来るまでどれだけ待つことになるか分からない。
あるいは一生望まぬ仕事をし続ける可能性もある。
そんなことは嫌だった。
だから賭けたのです。
殿下相手に自分の命を代償として策を仕掛けた。
軍師とは人の感情を操る者。
その一端は殿下自身が御覧になったはずです。
どうぞ私の才が御目に適わぬならばこの首をお落とし下さい。
しかし、殿下が私に僅かでも才の片鱗を見出したのならば、軍師として御傍に置いていただきたい」
命を賭けた嘆願。
これ程の気概を持ってオレに相対した者はフリッツ以外にいなかった。
「命が惜しくないのか?」
死ぬ、ということへの恐怖。
一度経験したからであろうか。
オレはそれが人一倍強かった。
転生出来たのだからどうせ死んでも次があるじゃないか、そう思う者もいるだろう。
だが、自分が消えていくようなあの感覚を味わったならばそんな科白を吐けるはずがない。
だからオレにはフリッツの考えが理解できなかった。
何故あえて死に近付こうとするのか。
「望まぬ環境に身を置き、停滞した生は死と同義。
それならば危険を冒してでも本懐に手を掛けるべきです。
それで命を落としたならば私に見る目が無かっただけのこと」
考え方がオレとは全く異なっている。
オレはますますフリッツに興味が湧いてきた。
「何故、私なのだ?
御前は何人もの候補を用意していたはずだ。その中から何故私を選んだ」
要するにフリッツは芸術家肌の人間なのだろう。
自分の仕事を披露する場、何の遠慮もなく能力を発揮できる環境を何よりも欲している。
そんな人間が深い思慮もなく一点賭けするなどあり得ない。
相当数の中から選びぬいたはずだ。
だから何故自分なのか分からない。
確かにオレは自分でもなかなか上手くやっているし、その自負もある。
しかし、それでもまだ子供。
持っている力は全て借り物に過ぎない。
だからこそ側近が少ないという利点があるが、同じような条件の者は幾らでもいる。
何故オレなのか。
その答えを聞けば、フリッツの思考を更に深く理解できる気がする。
「殿下が歪だからです。
貴方の才は陽のものに偏っている。
異質ともいえる発想力と人を惹きつける風靡の才。
失敗を恐れぬ決断力と成功を支える行動力。
これらはどれも得難き資質です。
ですが、人を圧する狂気と恐れさせる冷酷さ、人を陥れる才能とそれを悪びれない心。
殿下にはそういった云わば陰の才が欠けておられる。
もし殿下が世界に影響を与えることもなく、覇を唱えることもない凡百の者であるならばそれで十分でしょう。
しかし、殿下のようなお立場におられるならばそういいわけにはいかない。
必ず後ろ暗い陰の働きが必要になる。
今回の事で殿下はそれを学び、謀略の大切さと苦労をお知りになられたはずです。
なればこそ私の有用性、私の価値も正確に評価いただけるでしょう。
私は殿下の影となり、殿下の欠けた部分を補いたいのです」
フリッツの求めている立場はオレの右腕だ。
生半可な者を据えられる様な位置ではない。
だが、今まで見た限りフリッツは確かにオレに無いもの、オレが求めているものを備えている。
それに為政者はときに苦い言葉を吐く者を傍に置くべきである、と古くから言われている。
オレはフリッツを好きになれそうにない。
先日の言による怒りも未だ胸の中に燻っている。
しかし、そういったことを押し殺してでもフリッツのような者は抱えておくべきだと思う。
オレの心は決まった。
「よかろう。フリッツ・ロートブーム、御前を我が幕下に加える。存分に働き、その力を示せ」
オレの言葉にフリッツは叩頭して応えた。
それを見ながらオレは一つ気になっていたことを尋ねた。
「ところで私の他に候補に挙がっていたのは誰なのだ?」
フリッツが仕えるに足る、と判断した人物。
その名を聞いておくことは何らかの役に立つだろう。
「私は下級貴族の出です。
普通に生きていては私の望みは叶わないことは分かっていました。
だから私は父に与えられた僅かな金を増やし、それを元手に情報を集めました。
私の理想の主を探すために。
求めた条件は3つ。
若年であること。
出自に関らず人を使う度量があること。
仕えるに足るだけの才を持っていること。
殿下がお考えになっているよりもこの条件はずっと厳しいのです。
条件を満たした者はたった2人しかいませんでした」
2人ということはオレ以外にあと1人しかいなかったということだ。
オレはますますその人物を知りたくなった。
「1人は無論、殿下。
もう1人はイングランドの王子。プリンス・オブ・ウェールズです」
イングランドの王子。
つまり、将来干戈を交える可能性の高い人物ということだ。
「プリンス・オブ・ウェールズは一言で言うと完璧な人物です。
豊かな知性、強靭な肉体、揺ぎ無い心、その年齢からは想像も出来ない卓越した政治力。
彼は君主として求められる資質を全て兼ね備えていました。
だからこそ私は彼に仕えたる気がしなかった。
彼の下では如何なる者も輝かない。
主が完璧であるが故に補う所も、支える甲斐も無い。
これほど悲しいことはありません。
だから私は殿下を選んだのです。
完璧なプリンス・オブ・ウェールズよりも歪な殿下を。
主を支え、高みまで押し上げる。
それこそが軍師の本懐である、と私は考えておりますので」
フリッツの言葉を聞きながら、オレは心に沸き立った感情と戦っていた。
プリンス・オブ・ウェールズという名に言い知れぬ不安を覚えたのだ。
得体の知れない怪物の名を聞いたような感覚。
それは予感だった。
その男が巨大な敵となって立ち塞がるであろう、という予感。
然もあろう。
他ならぬプリンス・オブ・ウェールズこそ史上最も偉大なイングランド王ヘンリー5世、後にオレの最大の宿敵となる男だったのだ。
オレが彼の名を聞いた最初の瞬間だった。
覇業に軍師は付き物、ということで軍師をやっと出せました。
オリキャラですが。
しかし官兵衛と半兵衛を足して2で割った感じのキャラになってしまったような……。
個人的なイメージは名前のまんまなのですが、どうだったでしょうか?
御意見、御感想、御批判をお寄せ下さい。