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No.8422の一覧
[0] 百年戦争史・シャルルマーニュ伝[サザエ](2009/07/20 01:47)
[1] プロローグ[サザエ](2009/06/07 03:41)
[2] 師匠[サザエ](2009/06/07 03:42)
[3] 王族[サザエ](2009/10/25 20:47)
[4] 外伝1.シャルル危機一髪[サザエ](2009/05/04 21:06)
[5] 追放[サザエ](2009/06/07 03:43)
[6] ブルゴーニュの陰謀[サザエ](2009/06/07 03:43)
[7] 初めての諸々[サザエ](2009/06/07 03:44)
[8] 説得[サザエ](2009/06/07 03:45)
[9] 大都市ミラノ[サザエ](2009/06/07 03:46)
[10] 出会い、そして内政①[サザエ](2009/06/07 11:44)
[11] 蠢き始めた獅子[サザエ](2009/06/07 04:07)
[12] 外伝2. 母の思い[サザエ](2009/06/07 04:12)
[13] シャルルの軍[サザエ](2009/10/25 20:48)
[14] 内政②通信革命と傭兵の集い[サザエ](2009/06/21 22:40)
[15] イングランド政変[サザエ](2009/06/13 21:56)
[16] 交渉準備[サザエ](2009/06/28 12:58)
[17] 会談・大貴族ブルゴーニュ公[サザエ](2009/10/25 20:48)
[18] 祭りの後の地団駄[サザエ](2009/07/13 02:24)
[19] ギヨーム恋愛教室[サザエ](2009/07/06 14:55)
[20] 少年リッシュモン・英雄の原点[サザエ](2009/07/19 03:49)
[21] 婚約と社交会[サザエ](2009/07/20 01:39)
[22] 外伝3.薔薇の少女イザベラ[サザエ](2009/07/20 01:47)
[23] 外伝4.その頃イタリア・カルマニョーラ[サザエ](2009/10/13 00:22)
[24] ミラノ帰還~リッシュモン編~[サザエ](2009/09/06 21:44)
[25] ミラノ帰還~ガレアッツォ・イザベラ編~[サザエ](2009/11/25 04:21)
[26] フィレンツェの事情・戦争の開幕[サザエ](2009/11/25 04:21)
[27] ボローニャ攻略戦[サザエ](2009/09/26 03:23)
[28] 戦後処理[サザエ](2009/10/09 16:51)
[29] フィレンツェ戦前夜[サザエ](2009/10/13 00:22)
[30] 急転する世界[サザエ](2009/11/25 04:22)
[31] 事変後の世界[サザエ](2009/10/19 09:32)
[32] 謀・その大家と初心者[サザエ](2009/10/25 20:46)
[33] 外伝5.軍師~謀・その陰と陽~[サザエ](2009/11/07 22:19)
[34] 大乱の幕開け[サザエ](2009/11/07 22:18)
[35] 皇帝廃位[サザエ](2009/11/19 14:07)
[36] シャティヨンの戦い[サザエ](2009/11/25 11:12)
[37] 外伝6.屍が蘇った日[サザエ](2009/11/30 21:36)
[38] 戦火の後に[サザエ](2009/12/25 17:37)
[39] ブルグント王国復興の宴[サザエ](2009/12/11 18:57)
[40] 塗り換わった勢力図[サザエ](2009/12/16 18:39)
[41] 同盟締結[サザエ](2009/12/22 00:05)
[42] 外伝7.最期の望み[サザエ](2009/12/25 17:40)
[43] 黒い年末[サザエ](2010/05/30 17:44)
[44] 外伝8.エンファントの日常[サザエ](2010/01/12 18:12)
[45] 派閥の贄[サザエ](2010/01/24 00:18)
[46] 嵐の前[サザエ](2010/01/31 21:20)
[47] 陽炎の軍[サザエ](2010/02/15 22:04)
[48] 揺れる王国(加筆)[サザエ](2010/05/30 17:45)
[49] 闇夜の開戦[サザエ](2010/05/30 17:49)
[50] 決戦前夜[サザエ](2010/07/11 05:01)
[51] 決戦は遥か[サザエ](2010/08/28 19:43)
[52] 雛は歩き出す[サザエ](2010/11/19 17:57)
[53] 騎士の道[サザエ](2010/12/09 21:40)
[54] 作中登場人物・史実バージョン[サザエ](2009/09/26 03:27)
[55] 年表(暫定版)[サザエ](2010/02/17 18:17)
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[8422] 戦後処理
Name: サザエ◆d857c520 ID:14833451 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/10/09 16:51
ボローニャの街は陥落した。
歓喜と悲嘆が混ぜ合わさった空気が街を包む。
往年の大都市は今や傭兵の掠奪の対象に成り下がっていた。
残された旨みを少しでも多く獲得せんとなだれ込み、街中から金目のものをかき集める。
そんな傭兵の姿は実に醜く、あさましいもので、オレに人間の業の深さを見せ付けた。
だが、誰にも彼等の掠奪を止めることはできない。
掠奪は傭兵に認められた権利であり、掠奪無しに傭兵の生活は成り立たないからだ。
この地獄の中、わずかに幸いなことがあったとすれば、強姦や誘拐がなかったことだろう。
敵軍の指揮官は敗戦を覚悟していたようだ。
非戦闘員は全員隔離され、街の外に建てられた修道院に集められていた。
そして、降伏と同時にモルト老の下へ直接引き渡されたのだ。
降伏の条件として司祭は彼等の安全を要求し、モルト老もそれに同意した。
ゆえに傭兵も手出しすることはできなかったのだ。
しかし、命は助かっても彼等の心に恨みは残るだろう。
住んでいた家、蓄えた財貨、腹を満たす食物。
全てが奪われる様をまざまざと見せ付けられているのだから。
戦闘中には見ることのなかった戦争の狂気と悲惨さ。
その一部をオレは戦闘後に見ることができた。
オレはこの光景を決して忘れないだろう。
これから先、数限りない戦争を行う者として、この罪から目を逸らすことは許されないのだ。













何事もそうであるが、始めるより終わらせることの方が難しい。
終わりよければ全て良し、という様に戦後処理の如何によって住民の恨みはかなり変わってくる。
色々あったけど生活は豊かになったし、あの戦も神様の試練だったんだな、となるか
この恨み末代まで忘れぬ、とばかりにレジスタンス活動をされるかはこれからの働きによるのだ。
その重要な働きを任されたオレはかなり気合が入っていた。
そう、気合だけは十分だったのだ。


「書類はここにまとめて置きました。決済も既に済んでおりますが、一応殿下ご自身の目でご確認ください」


気合があっても仕事が無くてはどうしようもない。
オレの仕事は慇懃に頭を下げるこの男によって全て奪われていた。
ボローニャ副総督であるラング・ギュール。
37歳の官僚である。
マッチで組み合わせた人形にも似て、ガリガリに痩せた体。
青褪めた顔に禿げ上がった額、と不健康の塊のような男だが、その頭には叡智と確かな経験が渦巻いている。
少なくとも極めて優秀な男であることは確かだ。
しかし、オレの補佐としては最悪だった。
彼はこの任を受けるにあたって、ガレアッツォからオレと同程度の裁量権をもぎ取っている。
オレに仕事をさせないためにだ。
ラングはその持てる能力の全てを使って業務を片付け、オレにその確認を依頼する。
そして、ミス一つない書類を延々と読ませている間に次の仕事を終わらせてしまう。
もう一度言おう。ラングは優秀だ。
オレに介入の隙を全く見せず、それに対する非難すらさせない程に。
まぁ、ラングの言い分も分かる。
戦後処理などという重要な案件に7歳児を関わらせるなど以ての外。
しかし、完全に何もさせないとなるとミラノ公に差し支えるし、何よりオレに恨まれる。
苦慮した結果、毒にも薬にもならないことをさせておいて、後は言いくるめよう、というところだろう。
想像してみて欲しい。
今まさに破竹の勢いで業績を伸ばす会社に就職した青年。
その心には風雲の志が灯る。
オレは今日からここで働くんだ、そう思った初出勤。
迎えた上司が7歳児だったら。
激しく不安になるだろう。やってられるか、という気分になるだろう。
それが当たり前の反応なのだ。
だから、オレはラングに対して怒っていない。この扱いも予想していたことだ。
だが、現実としてこうあからさまに封じ込められると、ふつふつと込み上げてくるものがある。
そこでオレは、いつしか読み流すようになった書類の山をもう一度掘り返し、自分にできることを探すことにした。
ボローニャ統治が始まって1週間。
オレはようやく動き始めた。



まず、都市の治安だ。
現在、ボローニャに入城した折は、約2400人の傭兵がいた。
平時の傭兵は盗賊と変わらない。
その仕置きはどうなっているのか?
それを記した書類は3日目の山、その3/4辺りにあった。
見過ごしていたのだ。
初日、気負っていたオレはいざ仕事をせんとした所で肩透かしをくらった。


「細々とした雑事、殿下の御手を煩わせるまでもありません。
 殿下はの仕事は全体を見渡し、采配を揮っていただくこと。
 しかし、そのためにはあるボローニャの現状などを調査し、何を為すべきかを知らねばなりません。
 浅才な我々に今暫くの猶予をお与えくださいますよう」


と言って下手に出られ、頷くほかなく1日目、2日目とオレはまんじりともせず執務室で過ごしたのだ。
そして、3日目。
朝になって目の前に積まれた山を呆然と見ることとなったのである。
確かにオレは政務に携わっていた。
しかし、それがお遊戯レベルに過ぎなかったことをオレはこの時思い知らされたのだ。
まず量が多い。そして、表現がいちいち難しい。
修飾語が3枚も続いた後に、本題が書かれ、その説明に15枚もかかっていたときなど純粋な嫌がらせを疑わずにはいられなかった。
そんな書類をただ延々と読み続けさせられたのだ。
初めての経験ということもあって、後半になると書類の内容はほとんど頭に入ってこなくなっていた。
その件の内容であるが、実にあっさりとしたものだった。
『近隣の都市から呼び寄せた兵と交代で帰還することとする』
他のどうでもよさげな案件はあれ程長大だったにも関わらず、この処理だけは一枚のみであったのだ。
この瞬間、オレの中でラング嫌がらせ説は確定した。


「あの野郎……。さぞかし立派な仕事をしているんだろうな」


独り言をして怒りを抑えながら書類に目を走らせる。
どこかに不備はないか、配慮が欠けていないか。
目を血走らせて探すが、欠点はどこにもない完璧な仕事だった。
都市制圧後4日間の休息を与える。
その後、負傷無き者についてはミラノに帰還。
補充は各都市から呼び寄せた者とボローニャで志願した者で充てることとする。
要約すると、そのような内容であった。
オレが考えていた処理も同じようなもので、ラングに文句を付けられそうにない。
この件に関しては素直に負けを認め、オレは次の案件について考えることにした。







あれから2週間、オレは打ちのめされていた。
思いつく限りのことは全てラングに実行されていたのだ。
何だろう。こう、掌の上で玩ばれる感覚というか。
全てお見通しなんだよ、ガキめと嘲笑われる感覚というか。
そんな悪意を書類越しにビシビシと感じる。
それでいてオレに付け入る要素を一切与えない、という辺りにラングの優秀さと嫌らしさが伺えた。
ボローニャは幾度も疫病によって衰退しているため、それを防ぐ衛生対策としての上下水道の整備。
今回の征服によって、ミラノ公国の経済圏に組み込まれたことよる各種調整、街道の整備、税金の上げ下げ。
城壁の補充、といった防衛設備の充実。
市内各所にある搭を確保し、外部からの防衛に役立てるよう建て替える。
ラングはこういった活動を迅速かつ確実に進めていた。
その手腕はガレアッツォからボローニャ総督を実質的に任されただけのことはある。
オレはラングによって完全に封じ込められていた。
そう、もはや政治的なものでオレに出来ることはない。
ならば政治以外のことでオレはオレらしさを発揮するとしよう。
そう考えたオレは錬金術師を集めて、化学薬品と金属粉をそろえた。
花火を作ることにしたのだ。
まずは、酸化剤と各種可燃剤を篩にかけて異物を取り除いたうえで、一定の割合になるように計量し、配合する。
錬金術師達一人一人に細心の注意を払って作業させて出来た薬品、それは一般的に「和剤」と呼ばれるものだ。
次に割薬を作る。
過塩素酸カリウムを主剤とした配合薬。
精白した餅米を蒸し、ローラーでせんべい状に伸ばして乾燥し、挽いて粉末にしたみじん粉。
この二つを混ぜ合わせて水で泥状にし、モミ殻などに塗りつけて乾燥させる。
爆薬の一種といってもよいほどの破壊力を持つ危険なもののため、扱いには慎重を要するが、幸い怪我人は出なかった。
そして、最も重要な星づくりに入る。
小さな砂粒を芯として、そのまわりに和剤を何重にもまぶして次第に大きな球形にしていく。
和剤には割薬の場合と同様、糊と水を加えてあり、それを芯に掛けては乾燥し、また掛けては乾燥という作業を繰り返す。
和剤の種類によって効果が違うため、本来ならば様々な工夫を施すのだが、素人作業であるため同じ種類の和剤を組み込むことにした。
下手なことをして歪な出来になるよりはいいだろう。
この作業はタライに入れてガラガラ回すという重労働でありながら、全部の星が同じ大きさの真球形にしなければならない。
これがなかなか苦心の為所で、協力させた者には何度もやり直しをさせることとなった。
最後に容器となる玉皮と導火線となる親導を作れば、準備は全て終わりだ。
あとは組み立てるだけだ。
玉皮の内側に沿って星を整然と隙間なく並べていく。
さらにその内側に薄い紙を敷いてなかを割薬で満たし、板で軽く圧して、玉皮の高さになるよう平らにならす。
こうして2個の玉皮に必要なものが詰まったら、両手に持ち、すばやく左右をピタリと合せる
静かに外側をたたいてなじませたら、合わせ目に短冊形の丈夫な紙を貼って閉じてしまう。
そして、紙で全体を包み込めば完成だ。
本当は紙で包み込む圧力を均一にするとか色々な工夫を施して、花火が真球形の花を描くようにするのだが、
その技能は熟練の職人技であり、秘伝である。
今回はあくまでも打ちあがって夜空に花を咲かせてくれればいいので、そこらへんは目をつぶる事にした。
ところで、何故オレが花火を計画したかというと、人民の慰撫ということに尽きる。
治安が回復し、街が復興しつつあるとはいえ、住民達は財産や家族を少なからず失っている。
そうでない者も、敗戦という事実が未だに心を曇らせていることだろう。
悲しみを癒すのはいつだって時間だ。
如何なる言葉も、利益も、心の傷は癒せない。
理性が現状を肯定しようとも、感情が否定するのだ。
だからオレはそのネガティブな感情を払拭するための方策を考えた。
それは祭りだ。
一種のシャーマン的儀式である祭りは、参加した者達の間に特殊な空間を形成する。
原始的であればあるほど人間の本能を剥き出しにし、理性や感情といったものを駆逐するのだ。
毎年死者が出るにも関わらず危険な祭りが毎年行われるのには理由があるのである。
そして、だからこそ花火なのだ。
祭りが儀式的側面を持つ以上、象徴となる存在や締めとなる存在が必要となる。
それは御輿であったり、巨大な傘焼きの火であったり、力自慢の男によるぶつかり合いであったりと祭りによって違う。
しかし、祭りである以上は必ずそういう存在がある。
花火もまたそういった存在であり、それには和製花火が望ましい。
現在のイタリアにも花火は存在する。
そうであるにも関わらず、オレがわざわざ和製花火を作成したのには理由がある。
ヨーロッパの花火は貴族専用のものだ。
パーティーなどの余興としてしか使われず、一方向から観賞されることしか想定されていない。
全方位から見られる庶民の文化としての花火とは全く違うのだ。
オレが求めているのは街のどこからでも同じように見える花火だ。
そうでなくては象徴としての意味が無い。
オレは祭りの持つ特殊性を利用して、占領軍と住民のわだかまりを軽くしようとしているのだから。






祭りの布告は行政府の下、大々的に行われた。
危惧されたラングの妨害も全く無く、むしろ嫌がらせともいえる書類が減り、オレは心置きなく祭りの準備に集中できた。
準備費用はオレのポケットマネーから出され、公的資金を費やすことが無かったことも大きいかもしれない。
なにはともあれ祭りの準備は滞りなく進んだ。
オレがしたことは宣伝のみ。そして、それだけで十分だった。
あとは利に聡い商人達が我先にと集まり、準備をしてくれたからだ。
祭りには財布の紐を緩め、常であったら絶対に買わないような粗悪品や高級品を買ってしまう恐ろしい効果がある。
売る側からすれば濡れ手にあわ状態、仮説店舗もこちらで用意するので元手もかからない、ということから
皆競うようにして祭りの演出を手伝ってくれた。
雰囲気を出すにはどうすればいいか、空間の演出、店の配置、盛り上げるための余興。
三人集まれば文殊の知恵とはよく言ったもので、次々といいアイデアが出てくる。
更にオレは近隣都市に一つの噂を流した。
今度ボローニャで開かれる祭りには金貨の掴み取りがあるらしい。
様々な競技大会を開いて上位に入った者が参加する権利があるそうだ。
騎士ならば仕官の道も開けるかもしれないぞ、と。
真しやかに流されたその話を信じる者は少なかった。
しかし、色々な筋から同じ話が聞こえてくるので次第に皆信じるようになっていく。
狙い通りだ。
オレが今回出した資金は先行投資だ。
今のオレの仕事はボローニャに活気を取り戻し、発展させること。
それには商人に儲けさせればいい。
都市の活気とは商業活動の活気だ。
商人達に元気が無くては何も始まらない。
それに彼等に早く立ち直ってもらわなくては税収もみこめないのだ。
そして、今回の祭りでオレが出資をしたことでオレは民衆から一つの評価を得られる。
シャルル殿下は太っ腹だ、儲けさせてくれる。
人はある程度まで利で動く。
オレはこの先行投資で商人の心を釣るのだ。













ラングは、ガレアッツォが征服活動を開始して初めて落とした都市の出身である。
若かりし頃の彼は世の中を斜めから見るひねたガキだった。
振り返ってみて恥ずかしくなるような態度。
自分以外の全てを見下し、馬鹿と断じていた言動。
どれ一つとっても赤面ものだった。
当時のラングは蛙だったのだ。
大海を知らず、完結した狭い世界しか見ていなかった。
根拠も無く輝ける未来を妄信していた。
実際、ラングの家は上位の中級貴族である。
己の才覚を以ってすれば、都市の支配者として君臨することもできる。
ラングはそう考えていた。
ガレアッツォがやって来るまでは。
あの日、あの時のことをラングは忘れない。
自分の箱庭を破壊し、現実を見せ付けられたあの日。
ラングは悠々と乗り込んできたガレアッツォの威風に圧倒され、魅せられた。
己の卑小さを強制的に自覚させられたのだ。
傲慢な自分は消え、全てを失い真っ白になった一個の人間だけが残される。
ラングのガレアッツォへの思いは刷り込みに近いものがあった。
その後、親を説き伏せ都市の中でも真っ先に恭順の意思を示した。
信用を得るため他の有力貴族の調略を自らこなし、その成果を献上した。
そうして10年。
憧れは比類なき忠誠となり、偽りの自信は確かな実力と実績に裏打ちされたものになった。
ラングはミラノ公国でも有数の文官の一人となったのだ。
そんな彼にボローニャ総督補佐の任が下ったことは必然だった。
要衝ボローニャを任せられる者への条件は多い。
無私の精神、卓越した処理能力、先見性と戦略眼。
最低でもこれだけ備えていなければ任せることは出来ない。
間違ってもシャルルのような若輩に任せられる都市ではないのだ。
それを知悉しているラングは、遠征前ガレアッツォに命を賭けて諫言した。


「シャルル殿下を総督として派遣なされるとか」


確認することなく断定したラングの口調は厳しいものだった。
その声には隠しようもない非難の色がある。


「その通りだ」


いつしか貼り付いていた鉄面皮をこんな時も崩さない臣下の言葉をガレアッツォは事も無げに肯定した。
その顔には穏やかな笑みが浮かんでいる。
ラングとの付き合いも長い。
忠誠篤き彼が何を言うかも予想していた。


「お止めください」


ガレアッツォは暴君である。
円滑で穏やかな統治と市民にもたらす利益によって誤魔化されているが、彼は多額の税を課し、己の欲のために突き進んでいる。
その性を暴と言わずして何と言おう。
命を賭けてという表現は誇張ではない。
ただ幸いにもガレアッツォには諫言を受け入れる度量があった。


「何故だ?」

「おわかりの筈です。ボローニャは要衝。シャルル殿下に任せるわけにはいきません。
 彼の地の統治の失敗はフィレンツェとの戦の障りとなり得えます」

「それを防ぐための御主だろう。決定権は御主にも与えるのだ。シャルルは名目上の統治者に過ぎん」

「殿下はお飾りであることに気付く程には聡明であると推察します。そのような扱いに甘んじるでしょうか?」


ラングの脳裏にはかつての己の姿が浮かんでいた。
才のある者が才に溺れることをラングはよく知っていた。
そして、そのようなときいかに目が曇り、道理がわからなくなるかも。
ラングの抱く危惧は当然のものだった。


「シャルルは身の程を弁えている。御主の方が優秀であることが分かれば我も通すまい。
 それに御主を副総督にするのは御主のことも考えてのことだ。己の立場、察せぬわけではあるまい」


ガレアッツォの言葉にラングの顔が僅かに歪んだ。
袖下で握り締められ震える拳がその内面を表していた。
ラングは外様である。
どれほど功を積もうと、いや功を積めば積むほどその立場は悪くなっていく。
下の者からの嫉妬や同僚からの妨害は地位の向上に伴ってますますひどくなっている。
この上ボローニャ総督になればどのような事態が起こるか予測できない。
無分別で過激な行動に出る者がいないとも限らないのだ。
フィレンツェとの戦を控えるミラノに内部抗争を許す余裕はない。
その点、副総督はラングにうってつけの地位だ。
手柄は総督であるシャルルのものとなるので旨みは無く、妬みを買うことも無い。
そうでありながら総督並みの権限を与えることも可能で、ボローニャを実質的に切り回すことが出来る。
そのガレアッツォの気遣いは嬉しかった。
滅私を旨とするラングにとって純粋に職務を真っ当できる環境こそが求めるものだからだ。
同時に悔しかった。
自分以上にガレアッツォに忠誠を誓い、役に立っている者はいないという自負がある。
それを薄汚い欲で邪魔されることが我慢ならなかった。
そして、そのせいで主君を煩わせていることも。
申し訳なくなり、無言で頭を下げる。


「よい、気にするな。シャルルの扱いは御主に一任する。放置するもよし、叩くもよし、育ててもよい。
 恨みを買う心配はするな。そうであった場合はその程度の器と判断の材料になる」





ラングのシャルルへの対応は封殺と放置だった。
政務に携わろうとするなら邪魔をし、そうでないならば監視に留める。
シャルルは気付いていなかったが、書類に忙殺されている様子も書類のあらを探していたことも全てラングは把握していた。
その上で、書類に施した細工にシャルルがどの程度、どの段階で気付いたかでその能力を測る。
ラングはシャルルの能力が低いようなら容赦なく切り捨てるつもりだった。


「殿下が錬金術師を集めて何かをしているだと?」


ラングの下にシャルルの奇行が伝えられたのはシャルルの能力を把握し終わりかけていた時だった。
シャルル殿下は奇行が多い。
それはミラノ公国の文官の間で広く知られていることだ。
やろうとしていることはわかる。効果があることも認める。
だが、シャルルの行動が常識に外れていることは事実であり、そのことから文官からの受けは悪かった。
次に何をするか予想できない。
それが文官達が最も嫌うことだからだ。
シャルルの言い出したことでどれだけ仕事が増えたことか。
ガレアッツォからの許可が出ている上に、一定の成果も挙げていることからその行動を否定できないことも腹立たしい。


「早急に調べろ」


そう命令してラングは苛立たしげに髪を掻き毟った。
無能であることも問題だが、行動力があり過ぎることも同じくらい問題である。
信頼し、放任できる程ラングはシャルルの人格を知らなかった。



シャルルの考えていることが祭りで準備しているものがその余興だと知ったときラングは困惑した。
如何にも貴族の考えそうなことだと侮蔑すればいいのか、祭りによる効果を狙ってのものなのか判断が付かなかったからだ。
何れにせよ祭りを行うことに否やはなかった。
ラングもボローニャの街に漂う暗い空気は払拭したかったし、活性化させるための梃入れを考えていた。
シャルルが多額の金銭を出資しているため政府の金を使わずにすむこともいい。
今回の件をどう切り回すかでシャルルの器量もわかる。
ラングの下した決定は消極的な協力だった。



祭りの1週間前からボローニャは大変な賑わいだった。
職人の技量を問う大会や馬上試合の予選に多くの人が押しかけて来たからだ。
職人は貴族のお抱えになれるかもしれない、という希望があるし、騎士も仕官の道が開ける。
娯楽の少ない時代であることもあって、貴族、商人、農民と多種多様な人々がボローニャに集まったのだ。
ラングは街の風紀を保ち、快適に祭りを回れるように警備を各所にひっそりと配置した。
素性も分からぬならず者や血気盛んな騎士が多数入ってくるのだ。
治安の悪化は避けられないが、それを最低限に防ぐことで人々が安心して金を落としてくれる。
ラングもシャルルも基本的に考えていることは同じだった。
唯一違ったことはシャルルが顔役として祭りに出て、積極的に関わっているのに対し、ラングはいつも通り執務を執っている。
祭りによって予定が大幅に変わったからだ。
街が賑わい、喧騒が耳に届いてもラングの姿勢は変わらなかった。
轟音が響き渡るまでは。
最初聞いたときは大砲による敵襲か、と勘違いしラングは慌てて外を見た。
シャルルの開発した花火は既存の花火とは規模が違ったからだ。
夜空に咲いた一輪の花。
色とりどりで華やかで、それでいながら儚い。
あのラングが惚けてしまう程、その花は美しかった。


「殿下の奇行には苦労させられたが…」


急に祭りをする、となって文官達に追加させられた仕事は膨大なものだった。
シャルルが行っていた以上のことをラングは処理していたのだ。
しかし、労働の報酬としてこの美は十分だった。
いつまでも見ていたい。それなのに一瞬で消えてしまう。
だからこそ鮮烈に記憶に残る。
さすがに感じ始めていた疲労も吹き飛び、ラングは改めて机に向かった。








大スランプ中の作者です。
なんかgdgdで薄くて、自分でもこんな気持ちのまま投稿してしまい本当に申し訳ありません。
初心者ですので何気にスランプは初体験だったりします。
作品に関係ないネタは浮かぶのですが…。
主人公がお利巧過ぎて魅力薄くないかな、と自分で感じてしまったりとか。
そのせいで更新が遅れてしまい、二重の意味で申し訳ないです。
愚痴っぽくなってしまいましたが、御意見、御批判、御感想をお待ちしています。





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