宴はその人物の力を見せつける役割もあるという。
その観点からするとこの食卓を見るだけでミラノの繁栄ぶり、そしてガレアッツォの力がわかるというものだろう。
地中海を経由して世界中から集められた食材は現代でもなじみ深い物が多い。
それを使った料理はオレとってどこか懐かしいものだった。
現代の食のレベルを知るオレは中世の食生活などあまり満足できるものではない。
そう、彼はミラノに来て初めて美味い飯にありつけたのだ。
思わず夢中になって貪ってしまう。
そうしていると宴の主であるガレアッツォが立ち上がり注目を集めた。
「さて、宴の途中ではあるが皆ににワシの孫を紹介するとしよう。
ヴァランティーヌの息子、シャルルだ」
名残惜しいが勤めを果たさなくてはならない。
オレは口元を拭い、身なりを整えて立ち上がると可能な限り優雅に一礼した。
第一印象は極めて重要だ。
「そしてシャルル。これがワシの息子たちだ。
ジョヴァンニとフィリッポ。挨拶せよ」
ガレアッツォの言葉とともに二人の少年が立ちあがる。
こいつらがオレの競争相手か……。
将来敵対するであろうこの兄弟をオレは仔細に観察した。
長男ジョヴァンニ。
年はオレより5歳上の11。そろそろ初陣の話も出るころだ。
容姿はガレアッツォ譲りのがっしりとした体格が早くも目をひく。
顔立ちも悪くはない。
しかしオレはこいつをライバル足りえない、と判断した。
余程母親が甘やかしたのだろう。
その表情には全てを無条件に与えられてきた者特有の傲慢さが張り付いていた。
このまま成長してもおそらく大成はしまい。
オレの目を引いたのは2歳上の二男、フィリッポの方だ。
色白でガリガリの体。
ネズミのような醜い顔。
その容姿にはガレアッツォと似通った部分は全くない。
しかし目が違う。
端正な兄と比べられ続けてきたことから育まれたのであろう。
その目には強烈な意志と自身へのコンプレックス、そして周囲への憎悪が渦巻いていた。
敵に回せば厄介な人物になりそうなのは間違いない。
そう、敵に回せば……だ。
オレは兄弟に近付きわざわざ弟のフィリッポから握手を求めた。
「シャルルだ。宜しく」
わざわざ兄を飛ばして自分に握手を求めるオレに不審を感じたのだろう。
その目が探るような色あいを帯びる。
そして恐る恐る手を差し出してきた。
その反応も悪くない。
その後もオレは盛んにフィリッポに話しかけ、露骨にジョヴァンニとの扱いに差を演出した。
ジョヴァンニの方も見た目ガキのオレに興味はないらしく気にした様子はない。
一方のフィリッポは初めて自分に好意的に接してくるオレに戸惑っているようだった。
しかしその態度も時間がたつにつれ変化する。
いつしかその警戒心はなりを潜めオレの話に熱心に耳を傾け始める。
そして、宴が終わる頃には親を慕うひな鳥のようにオレを信頼するようになっていた。
「また明日も会えるかい?」
そう言って目を輝かせるフィリッポを見てオレは敵が一人減り、味方を得たことを確信した。
宴の翌日、オレはフィリッポを引き連れて酒造業者と面会した。
オレは3年前の恐怖をまだ忘れていない。
この時代の医学は激しく間違っている。
そもそも医者のイメージが「なんだかうさんくさい連中」なのだ。
オレが考える現代医療とは全くの別物と考えていい。
その上、医者は教会に睨まれている。
病や死は教会の管轄であり、信仰を集める手段の一つである。
医者に治されては困るので手を出させない、というわけなのだ。
しかし、自分の命に関わる以上そのような事を気にしてなどいられない。
オレは自前で医師団を組織、教育することにした。
そしてその準備の第一段階としてアルコール消毒に目をつけたのだ。
面会場所に行くと数人の爺さんが深刻そうな顔をして待っていた。
入室したオレに気付いた代表らしき禿頭の爺さんが手揉みしつつ情けない声を出す。
「貴族様、私達に何か落ち度でも御座いましたでしょうか?」
どうやら難癖をつけて処罰されると思い込んでいるようだ。
ミラノでガレアッツォは圧政をひいているため相当恐れられている。
そのとばっちりを受けたらしい。
オレは努めて優しい声で語りかけた。
「いや、実は新しい酒を造って欲しいのだ。もちろん金は払う」
オレの言葉が余程意外だったのか顔を見合せて尋ねてきた。
「どのような酒をご所望で?」
「度数の高い酒が欲しい。そうだな……70度といったところだ。できるな?」
たしか消毒用アルコールの度数がその程度だったはずだ。
「造れと仰られるのならお造りいたします。
しかし、とてもじゃありませんが飲めませんよ……」
商人がそう忠告するや否やフィリッポが癇癪を起した。
「シャルルの頼みが聞けないとでも言うのか!?」
どうやら薬が効きすぎたらしい。
震えあがる商人達を見て溜息をつきつつオレはフィリッポをなだめる。
「別にいいんだ。とにかくそういった酒が欲しいんだよ。
期間は別に設けないから出来次第持ってきてくれたまえ。今日の用事はこれだけだ」
オレは急いでそう言いいわたすとフィリッポを伴って退出した。
用件を告げた以上フィリッポを注意することが先決だ。
こんな調子で他人に噛み付かれてはこれからまともな話し合いすらできそうにない。
「フィリッポ。商人が脅えていたじゃないか。
ちょっと口答えをしたからってああいう態度をとるな」
オレに叱られたフィリッポは不安そうに言い訳した。
「だって、あいつらシャルルに……」
その様子は親に叱られた子供そのものだった。
「いいんだ。萎縮されてはまともに話し合えすら出来ないじゃないか。
今度ああいう態度をとったらもう連れて行かないからな」
気落ちするフィリッポにフォローを入れながらオレは次の面会場所へ移動する。
そこには頭にターバンを巻いたアラブ人商人がいた。
「お呼びに預かり光栄で御座います。何なりとご言いつけ下さい」
この商人は公爵お抱え商人になるチャンスと思っているのだろう。
必要以上に仰々しい態度でオレに接してくる。
その目にはどんな要求にも応えてみせる、といわんばかりの気合いが見える。
「イスラムの民の中から若くて知識欲旺盛な医者と科学者を数人ずつ、紹介してもらいたい」
ヨーロッパにおける学問や文化は教会によってことごとく破壊され、キリスト教一色にされてしまった。
その過程において優れた有用な知識の多くもまた失われてしまったのだ。
それらは全てイスラムから逆輸入する形でヨーロッパに戻っている。
そう、この時代における文化の最先端地域はイスラム圏なのだ。
これから医師団を結成する以上その初期メンバーはイスラム圏から募るべきだった。
頭を下げ承諾する商人のやる気をあおるためにオレは甘いアメを与える。
「優秀な者達を多数集めたならば君に更に交易品を注文しようと考えている。
期待に応えてくれたまえ」
オレの言葉に眼をギラつかせる男を残してオレは退室した。
その際、フィリッポに今度はよくできたと褒めるのも忘れない。
6歳にしてオレの気分はすっかり育児パパだった。
医師団設立と並行して進めたい事業がオレにはあった。
それは大公衆浴場の建設だ。
ローマ帝国以来の大衆浴場文化が廃れた原因はペストだった。
人々は感染を恐れて大衆浴場を利用しなくなり、いつしか公衆浴場は消えて行ったらしい。
しかし現代人のオレからすれば不衛生こそ様々な感染症が蔓延する土壌だった。
ペストが怖いオレとしては感染のリスクを少しでも減らしたい。
それにはこの計画は重要な要素の一つだった。
加えて街が臭いことがいただけない。
ずっと我慢してきたがこの機に安価で利用できる公共の大浴場を建設したかった。
だが、これはオレ個人の裁量で実行できる範囲を明らかに超えている。
シェナ遠征まで約2ヵ月。
それまでにガレアッツォを説得するだけの段取りを取る必要があった。
更に感染に関する正しい知識を広め公衆浴場のイメージを改善しなければならない。
とてもじゃないが手に余る。
「……というわけなのですがどうでしょうか? カーネ殿」
そう、オレは自分に付けられた補佐の人を頼ることにした。
このファチーノ=カーネという人物は本来シェナ遠征においてガレアッツォに同行する予定だった。
しかしモルト老も参加することから急きょオレのお目付け役をすることになったのだ。
口髭を生やしたダンディな容姿と裏腹に凄まじい強さを誇り、また実に辛辣な突っ込みをしてくる。
オレの立案した計画もその8割はこの男によって廃案となった。
「無理だ」「ダメだ」「非現実的だ」の三拍子の前に何度泣かされたかわからない。
このように彼は実務に長けた生粋のリアリストであり目的を遂げるためにあらゆる行動をとる。
それは傭兵達の支持を得るために略奪を許した、というエピソードにも表れている。
その行動からいま一つモルト老と反りが合わないようだったが、実力は互いに認め合う程だった。
「衛生的なことはいいことだが金をかける価値があるのか疑問だ」
そう言って彼はオレをじっと見つめた。
説得してみろ、というサインだ。
オレは傭兵出身の彼にもわかりやすい例を用いて清潔さの重要性を説いた。
それは都市での感染症の発生と戦場での発生の比較だ。
一般的に戦場で感染症が発生した場合深刻な被害が出ることが多い。
疫病は古今東西、軍を統括する立場にいる者を悩ます要因の一つなのだ。
更にオレはユダヤ教徒にペストの被害が少ないことに言及した。
彼らはペストにかからないのことで悪魔の使いとみなされ、迫害を受けている。
しかし、彼らにペストの被害が少ない理由はもちろんそんなことではない。
先祖から入浴の習慣を受け継いでいてそれを実行しているからだ。
この身近な例とユダヤ人の例はリアリストの彼にとって受け入れやすいものだったらしい。
ペストが伝染病である都合上、都市での発生を抑えることは君主をペストから守ることにもつながるという説得も効いたようだ。
オレは久しぶりにカーネ殿から検討してくれると言われたのだ。
ついでにネズミの大駆除作戦も立案して同意してもらった。
彼を説得することは骨が折れたがこれも自分のためである。
ペスト撲滅にかけるオレの熱意はすさまじかった。
内政ターンその1です。
様々な方の意見を参考にさせてもらいました。ありがとうございます。
またご意見、ご感想をお願いします。
ところで兄弟の容姿などは全くの創作です。弟は醜かったらしいですがその度合い
は不明です。
ご了承ください。
あとそろそろ部下としてオリキャラも出そうか、と悩んでいます。
そのことに関してもご意見がございましたらお寄せ下さい。
内政はさじ加減が難しいので批判もかくごしておりますが楽しんでもらえたなら
幸いです。