ノウラが泣き止むまで小一時間掛かった。 同じ姿勢なので背中が痛かった。 周りの目が痛かった。 が、まぁ漢の見栄だ気にすまい。 問題は1つ。 落ち込み果て、泣いて感情を破裂させたノウラの再起動に、クレープが3個も必要だったと云う事。 否、それだけでは無く、焼き鳥みたいな羊肉の串焼きや、揚げたパンつーぅかナンみたいなものまでゴッソリと食べた事。 ハムハムコクコクと、小動物の如く食べている筈なのに、俺よりもエレェ早く喰う。 いやいや、それは良い。 外套の何処其処に潜ませていたヘソクリが粗方無くなったのも、まぁ良い。 食べ終わった後で、ニコッと笑ったのだ。 報酬としては、それで十分だった。 何が問題かと言えば、喰い終わった後の腹痛だ。 そらねー アレだけ喰えばねー と苦笑する事しきり。 んで、流石に背負うのは体格的に無理なのでマーリンさんが背負ってくれて、帰りました我が家。 カクカクシカジカとご報告。 そしたら又、褒められて怒られた。 女の子の涙を止めたのは偉い。 だけど、食い物で釣るってどーよ。 しかも、腹を壊すまで食わせるなんて。 母親様と妹が一緒になって俺を怒った。 マーリンさんは、我関せずと一歩引いている。 マルティナさんはこの場に居ない。 同じ男、我が父に救いを求めるアイコンタクト。 発:俺 宛:父 本文:タスケテMyファーザー 発:父 宛:俺 本文:ガンバレ そして父はそっと視線を外した。 おのれー 結局、マルティナさんがご飯の支度を終えるまで、懇々と怒られました。 良い事をした筈なのに。 全米よりも涙腺の硬いはずの全俺が、俺の境遇に泣いた。 女の子の心理なんぞ、判るかってぇの。異世界ですが血塗れて冒険デス (σ゚∀゚)σエークセレント0-07予備動作、その名はマッタリ 一応は目的を果たしたノウラ。 ついでだから何日か遊んで帰れば良いじゃないと、母親様とヴィヴィリーが主張。 お父ちゃんは、部屋は余ってるしと側面支援。 マルティナさんは好き嫌いの確認をと言っている。 中立は俺とマーリンさんか。 マーリンさんは遊びに来ている立場だし、俺の場合はアレだ、村の話が念頭にあっただけで。 襲われかけているって事と、そしてノウラの実家も心配するだろうって思えたのだ。 そしてノウラの決断は、帰郷だった。 最初に、有難うございますっとの言葉を置いて、それから帰る理由を述べる。 先ずは父親の事を母に伝えたい。 で、村は万が一の<黒>の襲撃に備えようとしている。 自分も村人の1人として、それを支えたい、と言う。 しっかりとした子だとは思っていたが、うん、ここまでとは思わなかった。 チョイと感動した。 俺以外にも、大人組みは皆、感動している。 フォークを動かすのが止まっている。 ヴィヴィリーだけは、残念そうな色が強い。 こしゃまっくれた所はあるが、まぁ歳相応で、此方も安心だ。 しばしの沈黙。 と、母親様が何かを考え付いた表情になった。 そこに疑問を抱いたが、その後、特に何をする事も無く、夕食は終了した。 その後、歓談室にて食後のマッタリ。 お茶が供される。 紅茶だ。 砂糖無しでミルクのみ。 まー時代背景からして仕方が無いが、緑茶が飲みたい。 玉露なんて贅沢は言わないから、番茶が飲みたい。 まっ、慣れたし諦めたけど。 父は煙草を嗜んでいる。 パイプ煙草だ。 燃える香りは、現代の香料タップリのモノとは一風違ったモノであるが、懐かしい。 我が愛しの御フランス産、ゴロワーズの青いパッケージが。 上品なあの匂い、マッチで点けた時など最高だった。 そんな気分が顔に出たのだろう。 父が茶目っ気たっぷりに言った。 まだ早い、と。 それは否定しない。 まだ10歳を超えたばかりのお子チャマだ。 心肺系がまだ成熟していない状況でニコチンを入れるのは馬鹿だ。 だが、チョイとだけ悔しい。 だから1言、言葉を添える。「ケチ」「それが大人ってモノだ、ビクター」「吸い過ぎに注意してね」「大丈夫だ。食後の、この一時だけの楽しみだからな」 職場などでは吸えたものでは無いと笑う父。 そうかもしれない。 父の職場は宰相直轄の政務執行組織である宰相府、その中でも貴族の諸々の情報を管理する貴族院に勤めているのだ。 そら、貴族階層出身では無い父にとっちゃ、そんな余裕は無いのも当然か。 我らが母親様と結婚する前に就職してたって話だから、昔剃刀今昼行灯な某人物の如き才覚溢れる人間だったのかもしれない。 尤も、今現在は付け届けだのの事がトンと無い所からして、出世レース的には本流ら外れてるっぽいが。 さておき、窓際の父の隣で煙草を吹かしている人物がもう1人。 マーリンさんだ。 此方は、パイプでは無く葉巻を吸っている。 葉巻って一本辺りが結構良いお値段がしてた筈で。 うん。 傭兵部隊って中央省庁よりも高給取りなのかもしれない。 ノンビリとした時間。 お子様組のヴィヴィリーとノウラは既に床に就いている。 俺も去年までは寝ろと命じされていたが、今は許されている。 大人の階段を一歩登ったのだ。 まぁ煙草とか色々な階段は、まだまだだが、まぁそこは追々である。 フト、母親様が飲みかけのカップをテーブルに戻した。 芳醇な香りを漂わせるその中身は、紅茶ではない。 元々は紅茶へと香り付けに使ってた蒸留酒が、いつの間にか純度が上がり、生となっていた。 ビンを一本開けそうな勢いだが、その顔色に変化は無い。「ねぇ貴方」 目元にだけ艶の浮かんだ瞳、その先に居るのは当然ながらも父。「ん?」「今年の夏季休暇、予定はもう立ててるの?」「いや、まだだよ」 この国の富裕層にはバカンスの習慣がある。 正確には、この王都には、である。 軍事的要素が優先し建築されている王都は、それ故に居住性――快適性に乏しい面がある。 馬車の為に道路は舗装されておらず、市街は基本的に幾重にも重ねられた堀や城壁によって細かく区切られているのだ。 上下水道こそ、篭城戦に備えてローマ帝国もかくやってなレベルのモノが整備されているが、それだけ。 噴水とか公園とかは、整備などトンと成されておらず、兵舎や練兵所などが優先されているのだ。 神殿などですら、外周は神を称えるレリーフ等よりも防衛拠点としての建築が成されている始末だ。 そら、住み易い筈が無い。 衣食住の全てに満足できても潤いが無いのだ。 仕方が無い。 故の、バカンス。 避暑も兼ね、兵の夏季訓練と称して、高原などの涼しい場所へ向かうのだ。 人間、張り詰めているだけで人生は生きられんのです。 そゆう訳で、元々は兵を養っていた大貴族らの嗜みであったが、今では下級貴族や騎士階級までも行く習慣となっていた。 我がヒースクリフ家の夏季休暇でも、基本的にはその通り。 避暑的な要素が大きく、国営の、軍役関係者向けの狩猟場に行ったりもするが、それ以上に、気分転換的な側面が強い。 否。 強かったと言うべきだろうな。 この話の切り出し方から察するに。「なら、行きたい所があるんだけど………」 目でモノを言う感じだ。 但し、誤解する事の無い様に補足すれば、その言いようが極めて威風堂々としたもの――などでは無く、甘えるような風だと言う事だ。 この2人、実は恋愛結婚で、しかもゾッコン側は母親様だと言う。 恐ろしい。 実に恐ろしい話であった。 まぁどうでも良い話である。 他人の色恋沙汰に首を突っ込むのは野暮で、それが親のとなれば尚更ってモノである。 まっ、それはさておき。 父親の反応は、在る意味で正に夫婦と云うものであった。「マバワン村なら、馬車とかの手配をしないとね。色々と持ち込まないといけないだろうからね」 片頬を上げて言う父。 武の術に於いて母親様に圧倒されている父ではあったが、人の基本として強さを持っていた。「相変わらず、仲が良いね」 マーリンさんがご馳走様っと言う。 どうやら、昔からであった模様。 ホント、ご馳走様である。 そんな外野はさておき、仲の良い2人は、トントンと予定を立てていく。 父は直ぐに休みが取れないので、後から合流。 故に先行するのは母親様とノウラ。 当然のマルティナに、暇だからとのマーリン。 そう、俺とヴィヴィリーは居残りが決まろうとしていた。 それは、好みじゃ無い。 この身は子供であるとは云え、全くの無力と言う訳では無いのだ。 それなりに力はあるので、炊き出し他、雑役は何だってこなせるのだ。 前線に立つのに不足はあっても、決して足手まといにはならない自信があるのだ。 その事を強く主張して見る。「ビクター………」「責任を取れって言われましたら、最後まで頑張りたいだけです」「冒険趣味じゃないわよね?」「はい」 ブッチャケ、鉄火場は余り好きじゃない。 命の遣り取りってのは、まだ割り切れる事ではない。 が、ノウラの事を母親様らに任せて、俺シラネーっと口を拭うのは出来ない。 うん、良い表現があった。 このまま放っぽり出すなんて“後味が悪い”ってな事だ。 魔道探偵乙ってな気分なのかもしれない。 ロボット的な正義の求道は趣味じゃない。だからこそ、立候補であり、否定されれば、素直に退くつもりだ。 だって、俺が子供であるのも事実だから。「………」 大人たちが視線を交し合う。 俺は、じっと立って返事を待つ。 しばしの間。 俺的に、凄い長時間の後、ポツリと母親様が決断を下した。「私の指示、絶対に違わないのよ?」 それが、実質的な俺の参加への許可だった。 だからこそ、背筋を伸ばして返事をする。「必ず」 それは俺にとって、宣誓でもあった。