+ 全面戦闘が開始された。 戦闘は順調で、初日には寄せ手の1割からは食えたと思う。 だが、馬出の戦闘で戦意を煽り過ぎたせいか、チト、被害が出過ぎた。 身を乗り出して弓を撃ってた所に、反撃を食らう奴が続出したのだ。 なので2日目には自衛を徹底させた。 そしたら午後には敵さん、戦獣騎兵の集団投入をしやがった。 とはいえ上を見ても100は行かない程度で畝状竪堀を突破できたのは10も居なかったのだが、それでも1日目以上の被害が出た。 ままならないものである。 とはいえ、突入してきた連中は皆殺しだし、突入に失敗した奴らも転んだりした所に岩を落としまくったので被害甚大の筈。 死体確認(ボディカウント)は上手く出来なかったが、それでも半分以上は殺せたはずだ。 それなりに周到に行えた戦備は十分に機能している。 死傷者は2日目で合計49名。 内、13名の戦死者以外はミリエレナの尽力によって2~3日で復帰予定という状態。 実に上々である。 死んだ人間と、その家族以外では。 問題は、市街区側の方である。 コッチはコッチで手一杯なので余り注意はしていなかったが、どうにも被害は少なくないらしい(謙譲表現)。 包帯や消毒液などの医薬品の補充とかで、当座はアッチに注力するんでという伝達があったのだ。 公都にもブレルニルダ他の神殿があるとの事なので、治療魔法の使える信徒は居る筈だが、どうにも処理能力を超えられてしまった模様だ。 一般的なブレルニルダの信徒の魔法治癒師(ヒーラー)は、裂傷クラスまでならば完治させる事が出来る魔法を1日に2乃至3回使えて一人前とされる。 で、熟練ともなれば複雑骨折級を完治させられるレベルのが5回は唱えられる様になる。 小さな怪我なら、その10倍は癒せる。 それが対応しきれないとなれば、どうやら死傷者が100人単位で出ているっぽい。 石組みの城壁があるのに何をしているの? って気分だ。 発令所にした掘っ立て小屋で、風雲丸の模型を前に状況を確認する。 というか簡単な確認だけだ。 現状の戦闘推移に問題は無い。 後は消耗品の補充と食事、休息etcの手配だ。 まぁここら辺に関してはオイゲンさんに丸投げであるが。 流石はクートヌ村の次期村長という事で事務的な処理能力は高いのだ。 ここら辺、ベルヒト村の村長一家が次男坊を筆頭に脳筋集団なのとは好対照である。 つか、大丈夫か、ベルヒト村。 とも角、風雲丸の細かい数字を担当するオイゲンさんが、諸々の在庫状況を報告してくれる。 減っていく矢や岩、或は破損した部位を補修する構造材。 籠城戦と言う奴は補充無しの消耗オンリーなので、目減りする在庫を見るのは中々のストレスだ。「消費量的にどうですか?」「今の所は当初見込みから外れていない。矢は補充の方も婦人会の方で十分対応できる範囲だ。だが岩は……」 土木魔法の使い手さん、市街区側の部隊に動員されて行った。 この事を見ても、アッチの戦場がチト宜しく無いというのが判る。 頭が痛い。「そこは諦めるしかないか。温食の配給、問題は無いよな?」「此方も薪の消費は想定の範囲内だ」「それは結構!」 腹が減っては戦も出来ない。 しっかり飯を食って休憩して戦争をしよう。 ロクでも無いスローガン風味だが気にしない。「ビクター殿、ビクター殿はいらっしゃますか!?」「おう居るぞ! コッチだ!」 声を上げればやってくる奴、若いな。 腰に剣を佩いて、割と質の良さそうな革と板金で組み上げられた複合鎧を着ている。 その装備の良さから見て正規軍か。「どうした?」「我がクライン隊長よりお願いを預かっております」「お願い(● ● ●)、ね。何だ?」「魔法治療師をお借りしたい、と」「それは ―― 」「話にならん!」 俺が何かを言う前に、オイゲンさんがキレた。 だよね。 ウチの魔法治療師って呼べるのはミリエレナただ1人だけなのだ。 エミリオも治癒魔法は使えるけど、そこまで得意と言う訳じゃない。 そのたった1人を寄越せという。「しかし、今、我々の怪我人は優に500人を超えており、命に関わる傷を負った者も多いのです。何卒、何卒、聖女様を我らの陣へ」 泣きそうな顔で懇願してくる。 とは言え、情に折れて即答なんて出来る筈も無い。 というか、借りるとは言っているけど、返せる当など無いだろうに。 だからか、お願い。 コイツが選ばれた理由も、こんな顔でお願いすればとの計算かもしれない。 とはいえ、無碍に断るのは宜しくない。 市街区側が破られてしまえば、此方も大迷惑なのだから。「治療の道具、食料、その他、優先して配給を受けていてそのザマか。散々に私を馬鹿にして、これか! 恥を知れ」 オイゲンさん、加熱中。 どうも話から見て、物資の受け取りの際にアレコレと言われた模様か。 それは仕方が無い。 仕方が無いと思います。「苦境は了解した。負傷者の多さには同情もしよう。我々で出来る事は協力したいと思う」「ビクター!?」「それでは聖女殿をお連れさせて頂きますっ!!」 怒鳴るように名前を言うオイゲンさん。 伝令さんは、言質を取ったとばかりに走り出そうとする。 馬鹿か。 そんな真似させるかよ。 肩を掴む。 逃げさせない。「誰がそんな事を言った?」「いや、協力をと仰られたではありませんか!? 速く、怪我人の為にお連れさせて下さい」「馬鹿かね? 協力の内容はこちらが決めるものだ。協力を貰う側が決められるものでは無いだろうに」「いや、しかし__ 」「怪我人を此方の治療施設で受け入れてやる。急いで連れてこい。判ったな?」「いや、その、動かせない怪我人だって居りますから__ 」 慌てる伝令君。 多分、聖女を連れてこいとか命令されていたんだろう。 そんな馬鹿な事は許さんよ?「それは正規軍側の魔法治療師でやれば良かろう? それ以外で、動ける人間を預かるというのだ。何か問題があるか?」「いや、しかし__ 」「治療に関して協力できるのはこれだけだ。残念だがな。オイゲンさん、悪いが怪我人の受け入れ準備を頼む。ヘイル!」「おうじゃ!」 伝令役もやってくれているヘイル坊やを呼ぶ。「話は聞いていたな? ミリエレナに怪我人が来る事を伝えておいてくれ。一言一句間違うなよ?」「任せっ!!」 正規軍の馬鹿が詭弁を弄さぬ様にね。「その、しかし、いや__ 」 慌てている伝令役に笑顔で伝える。「出来るだけ素早く準備をしておきますから、そちらも宜しくとクライン隊長さんに伝えてくれ」「はい__ 」 さて、後はヴァーリア姫さんに確認しておこう。 変な風に足を引っ張られるのは御免だからね。異世界ですが血塗れて冒険デス (σ゚∀゚)σエークセレント2-21公都ルッェルン防衛戦 - 破/1 眼下に広がる<黒>の群れ。 大きめの石でしっかりと組まれた城壁。 割と揃いの格好をした正規軍の兵卒。 そして俺。 どうしてこうなった? なんてね。 ヴァーリア姫さんに正規軍側の事やら色々と確認しに行ったら、頼まれたのだ。 正規軍側にアドバイスして欲しい、と。 指揮官のクラインという奴に対し、ヴァーリア姫さん微妙に警戒しているっぽい。 正確に言うならば、その能力に関して疑問符を抱いている模様。 そして、この現場に来て見て、その警戒が大正解だってのが判る。 戦闘自体は割と優位に進めている。 <黒>を、ゴブ助相手には一方的な勝利を収めている。 問題はオーク、オーガー相手だ。 無理な感じで攻撃を仕掛け ―― 城壁に相手が取り付けば、態々と上がってこさせてから攻撃をして、首を獲っているのだ。 お蔭で、確実に相手を殺してはいても、味方の被害が甚大過ぎるのだ。 特に、装備の悪い市民兵が死屍累々の有様だ。「どうですか、我々の力は!!」 案内してくれていた正規軍の士官役っぽい奴は鼻高々に言われた。 所謂、ドヤ顔をしている。 だが、個人的にはとても同意できない。 正規軍兵は被害が少なそうで士気軒昂であるが、市民兵は疲弊の色が濃ゆくなっている。「危ないな」「え?」「何でも無い、何でもな」 戦闘中に不和をまくのもイカンので、口にはしないが、本当に危うい。 夜。 市街区側の防衛戦で見た事を纏めてヴァーリア姫さん報告した。 仔細洩らさずというか容赦なく、戦意過多による過剰被害で今の調子で戦闘していてはそう遠くない頃に防衛線は崩壊するだろう、と。「馬鹿な。クラインより戦果は上々との報告が上がっているのだぞ! 既に敵の攻撃も低調になりつつあるともな!!」 怒鳴って来る城代軍監のライマーさん。 戦果は否定しないのだ、俺も。 只、その戦果と引き換えにしているものが、チト、ヤヴァイというだけで。 今日3日目で302名が死傷しており、3日間のトータルでは599名に達している。 内、死者が257名で重傷者119名と、戦線離脱者は376名、早期に復帰できる軽傷者はたったの223名なのだ。 戦闘開始時に比べて約14%の戦力ダウン。 戦闘開始から3日でこの被害だ。 あと何日、戦うのか先も見えない現実でコレだ。 これで敵も壊滅してくれれば良いのだが、現実は厳しい。 市街区側に攻め寄せていた最初の部隊約3000こそ半壊せしめているが、今日はお代わりで同じ規模の部隊が加わっていた。 しかも、後方には更にもう3隊が居るのだ。 この厳しい現実を説明すると、最初は怒鳴ったり叫んだりしてたライマーさんも、次第に静かになった。 というか、顔色が青くなっている。 尚、ヴァーリア姫さんは最初っから顔を青くして絶句していた。「ではこのままでは市街正面は抜かれる可能性が高いのだな」「残念ながら。演習場で初日に会敵したトロルドが市街側にはまだ投入されていませんので。恐らく<黒>はまだ様子見の段階です」「優に1000を超える被害を出しているのに様子見!? 様子見だと」 絶句したライマーさん、椅子にがっくりと腰を下ろした。 嘆息する。 溜息をすると幸せ、逃げるよ? ここまで包囲されている時点で、在庫ゼロなのかもしれないけど。「1000と言っても殆どがゴブリンです。指揮と主力を担うオークとオーガーで倒せたのは合わせても10を超えてません」「それは連中が怯懦にも前に出て来ないからでは無いのか!?」「<黒>の腹なんて判りませんからね ―― 」「ならば!」「 ―― 確とした事は、連中の戦力の中核に被害が出て居ないという事です」「居ない訳ではないのだな」「見えてますね、1つ線を下がった所で屯って居ましたよ」「…………何という……」 尚、もう少し遠い所に居た集団には、100や200じゃきかないレベルで、下手すると4桁のオーガーが居たってのを言うのは止めておこう。 指揮官を絶望させても良い事は無い。 既にヴァーリア姫さん、泣きそうだし。 女性を泣かせて良いのはベットの上だけだ! という訳じゃないけども。「どうすれば良い、どうすれば……」 縋る様に見られる。 この手の目は苦手だ。「取りあえず、防御に徹しましょう」「それだけ、それだけなのか?」「ええ」 クラインという正規軍と市民兵を率いる隊長さん、敵をわざと城壁に登らせてから潰すって事をしている。 逃げ場がないんで相手を確実に殺せるが、相手も死に物狂いになるから被害が出やすくなる。 背水の陣、彼我共にって感じだ。 アレじゃ被害出るわ。「それだけで勝てると言うのかっ!?」「<黒>は基本、補給を収奪に頼ってますから、時間を掛けて抵抗すれば相手の攻撃力は時間と共に減衰します」 勝てると断言はできない。 だが、負けないとは言えるだろう。「そうなのか?」「信じて下さい」 つか、補給と収奪の分離なんて、ある程度、国家のインフラが整備されて漸く素地が出来るってなレベルの、実は高等な行為なのだ。 なので、正直な話、ヴァーリア姫さんとかには言い辛いが、この土地の貧しいルッェル公国で手持ちの食料の少ない<黒>が戦闘行動を継続できる時間は、そう長くないのだ。 多分。 ここに来るまでに収奪した食料などがどれだけあるのかって話で左右されるんで、不確定要素はあるのだ。 言わないけど。 どうにもこの2人、指揮官として性根が座っているとは言い難いので、不安にさせちゃいけないと思うのよ。 割と切実に。 ライマーさんが出た後で、黒茶片手に戦争談義だ。 女性と2人っきりって良いよね。 でも、戦争はもうお腹一杯だよ。 とはいえ目の前の戦争からは逃げられないのだけれども。 基本方針は守勢防御って事を決めて、帰るはねぐらの風雲丸。「おい!」 腹もへった。 飯が残ってる筈。 つか、無いと泣く。 泣けると思う。「おいと言っている!!」 24時間戦えますかって事で、常に温かい飯が食える様にはしているんで、何かはある筈だ。 特に、気の効くヘレーネ夫人さんなら、ヘレーネ夫人さんなら何か残していてくれる筈。「貴様、この俺が声を掛けているのだぞ!!! 足を止めろ!!!!」 帰ろう帰ろう。 帰るべき場所があるってのは幸せだね。「馬鹿にしているのか、ビクター・ヒースクリフ!?」「馬鹿にしているのはお前だろうが礼儀知らずめ。俺はお前にオイと呼び止められる義理も義務も無い」「ぐっ」 視線を合わせる。 悔しそうに口を歪めているのは、20代の中頃っぽい偉丈夫だ。 装飾過多とは言わないが、余り実戦的とは言い難い鎧を着ている。 挨拶は交わしていないが昼に見たので判る。 公都守備隊の隊長、市街区の戦線を担当するクラインさんだ。 ま、どうでも良いが。 腹減った。 それに眠い。 歩こう。 歩けば何時か故郷に帰り着く。「待て、話がある」「俺は無い」 三大欲求に勝るものなんて無い。「なっ、貴様!? 俺を馬鹿にしているのか! 俺はゲーベル家の人間だぞ!」 怒鳴る ―― のでは無く、押し殺した声で睨んでくる。 おやま。「だから?」「上士家の人間にそんな態度をとって貴様、許されると思っているのか!」 周りを見て、警戒している。 ん? どういう事だ。「身分を口にするのか?」「俺とて本意ではないが貴様の態度が悪すぎるのだ!」「俺はトールデェ王国従騎士にしてヒースクリフ男爵家の嫡男だが、その俺に身分を言うのか?」 覇気を込めて睨む。 正直な話、身分の話になると俺、強いのよ。 三頂五大(ビック・エイト)とかの、本当の貴族に比べるとぺーぺーも良い所だが、田舎だと、属国だと話は違う。 自分で得た者でも無いモノを笠に着るなんて、人間として駄目だと思うのよ。 とはいえ、このクラインさんの場合、声を押し殺して言って来る辺り、何か、笠に着ているのとは違う様に見える。 忠告( ● ● )している様にも見えるのだ。 何日か前に来た城代軍監の人とかとは明確に違う。「いぇつぅ!?」 少なくとも、この目を白黒させている姿からはそう思える。 毒気が抜かれるとも言う。「取りあえず、話を聞こうか?」 晩飯、遠くなったな。 さて、このクラインさんに適当な部屋に案内された。 物資節約との事で蝋燭1本だけの照明に照らされた室内は、華美さの無い実用的、或は事務的な部屋だった。 その部屋の真ん中で椅子に座って向き合う。「改めて聞きましょう。何か御用ですか?」「あ、いや、その」 口ごもってしまっている。 何だ。 宥め賺して聞いてみれば、指導して欲しいとの事だった。 何ぞ、それは。「俺は、国を出た事が無い。戦い方も古老に聞いただけだった。だがその戦い方が駄目だと言われた。だから、俺に教えてほしい」 ライマーさんが伝えたのだと言う。 叱られた ―― 余所者に帝國貴族から連なる我が公国の兵術が否定されたのだ、と。 だが、だからこそ俺に聞きに来たのだという。「ビクター卿はトールデェ王国で最新の軍学を学ばれたと聞きました。だから……」 真面目だ。 尚、ライマーさんは俺の氏素性の事はクラインさんには告げて無かった模様。 なもので、羞恥もあってか、つい、居丈高な形で話し掛けてしまったのだという。 謝罪も受けた。 何だろう。 ルッェルン公国の若い衆、バカとヤンキーしか居ないのだろうかと心配になってくる。 ストークやゲルロトが居るんで杞憂ではあるんだけど、時々、心配になってくる。「取り急ぎ、要点をお伝えするのは構いませんよ」「おぉ! 有難うございます」 深々と頭を下げられた。 それはいい。 それは良いのだ。 只、飯、相当に遠くなりそうである。 腹減った。