+ 練兵所と比べると兵舎のある辺りは少し高くなっている。 具体的には2m程度。 市街地よりも1m程高いのは、多分、軍の威厳とかそんな理由だろう。 多分。 そんな兵舎区域は、小さな土塀で囲まれており、その上に柵がある。 防御力は余り期待できないチャチさなんで多分、防犯対策だろう。 これを戦闘用にする。 砦のように。 或は戦闘用の出城か郭、真田丸(バービカン)か。 何にせよ、避難民区域込みってのが泣ける。 戦場の側に非戦闘員が居るというのは宜しくないが、居なきゃ居ないで戦闘以外の面でどうにもならんというのが、更に泣ける。 泣いてる暇は無いので、泣けるが阿鼻叫喚にランクアップさせない為にも築城を頑張るしかないが。 取りあえずゲルハルド記念大学で習った野戦築城術を元に、大ざっぱな構造を決めて堀と土塀の土塁化を頑張ってもらう。 その間に、細かい構造は設計する。「遊んでいるんですか?」「違います」 指揮所代わりの天幕で作っていたら、王城から帰って来たヘレーネ夫人さんが、キョトンとした声と顔で尋ねて来る。 お付きのフリーデが、ギンと睨んでくる。 とはいえ残当なので怒らない。 一見すれば俺は遊んでいる様にも見えるからだ。 何故なら、水で湿らせた土でこの兵舎区周辺の構造を、模型(ミニチュア)として作っているのだから。 アレだ、海辺で砂像の城を作っているのと大差は無い。 とはいえコレ、かなり重要なのだ。 築城しながら設計図を作ると言う泥縄という言葉すら生ぬるい現状では普通の、設計図を一々紙に書いている様な暇はない。 諸条件を勘案したりする余裕も無い。 だからこそ模型、完成模型だ。 パッと見て判る大まかな構造模型を作れば、作ってる途中で確認するのにも見て分り易い筈だ。「確かに判りやすいです」「判り易いのが一番なんですよ」 気取って複雑にしようとすると、間違えやすい。 それは良くない。 コネコネと土を捏ねて土台を作り、適当な木片で塀や防御用の構造も構築する。 城門と、後は屋根付きの突角部(バスティヨン)を最低でも3か所程度は作って、相互支援が出来る形にしたい。 城門前の前線戦闘区域としての馬出まで作れれば最上なんだが、出来るかなぁ。 したいなぁ。 時間も人も資材も足りないのが泣ける。 せめて土塁の外面には畝状竪堀だけは追加したいけども。「初めて見る形ですけど、これはどの様な意味が?」 細いヘレーネ夫人さんの指が示しているのは、畝状竪堀だ。 確かに平城主体で土塁、木壁か石壁で作られる事の多いこの世界の城では珍しいというか、見ない構造だよね。 和の、それも山城とかで使われた技術だったし。「攻撃の出来る場所を限定させる、とでも言えば良いのかな?」 土塁の壁面に縦方向の畝を作る事で、登りやすい場所と登り辛い場所を作る。 となれば人間、登りやすい場所を選ぶ事になる。 なら、そこを狙える場所に人を配置すれば迎撃がし易くなるという寸法なのだ。 対<黒>で言えば、大軍を出来るだけ寸断し、小さい集団と衝突する為の技術とでも言うべきか。 詳しく説明したら目を瞠られた。「凄い技術ですね……」「外壁が充てに出来ないから、在り合わせで出来そうな事を考えてみたのさ」 いやほんと。 平城で、しっかりした外壁や堀があればそこまで必要でも無いのだけどね。「そう言えば、怪我人とかの方はどうですか?」 避難民の中で体力の無い怪我人、妊婦、子供etcの100人ばかり、王城にあるブラウヒア家の家に置かせてもらっているのだ。 兵舎でも駄目では無いのだが、渋々と防衛組織に参加してきた傭兵とかも居るので、いわゆる弱者は別の場所に分けておきたいのだ。 あの手の馬鹿な連中は、目を離すと直ぐにクソな事しかしないというのが通り相場だから。 何か仕出かしたら吊るしてやるべしと、アデンさんとかの話し合いで決まっちゃいるが、血生臭いのは勘弁なのである。 どうせ、戦が始まれば<黒>の黒く血生臭くなるんだから、好んで人間同士でやる必要は無いって事で。「大丈夫です。状態は安定してますし、そう、夕べ妊婦さんが出産したそうです。男の子です」「それは良かった。小さくても慶事ってのは気分が明るくなるから良い」 いや本当に。異世界ですが血塗れて冒険デス (σ゚∀゚)σエークセレント2-19戦争は、事前準備が超重要! せっせと築城の進む要塞? 陣地? 永久陣地? というか、何だ、コレは。 この場所は一種の大規模半月塁(リューヌ)とでも言うべきか。 何にせよ、名前が無いのは面倒だ、命名しよう風雲ヒースクリフ丸。 語呂と言うか、言い辛いので短くする。 風雲丸。 悪く無い。 と言う訳で、風雲丸の築城だが割と調子よく行っている。 他にすることが無いので身体を動かすと言うのは不満解消にもってこいだからだ。 とはいえ、それだけに集中する訳にはいかない。 男性陣は総動員で都合5隊に分けて、築城担当が3つ、外縁で哨戒する隊が1つ、休憩に1つといった塩梅で動かさせる。 元気のいい女性に関しては、築城にも協力して貰っている。 ゲーベル郡の村々は開拓村の類であったおかげで、男女問わずに築城と言うか土木作業に割と慣れていたってお蔭で、予想よりも早く進捗している。 後、土木魔法の使い手さんも協力的なんで実に助かる。 ヘレーネ夫人さんがお願いしたら、鼻の下を伸ばしながらも熱心にやってる辺り、実に男(スケベヤロー)である。 男って、そんなモンだよね。 とも角。 それ以外の女性陣や子供には後方をお願いする形にした。 食事とか救急とか、そんな感じで。 そんな中で俺や村長さんs’は担当を決めての各部の折衝とか相談役とかetcをやっている。 で、俺はと言えば戦闘部隊全般に始まって、城代ヴァーリア殿下の軍事的相談役という立場(コネ)を利用しての王城との交渉役までやっている。 誰だ公都に着いたら楽になると言ったのは! 戦闘関係だけ担当してた前の方がよっぽどに楽だったよ!! ヘレーネ夫人さんが協力してくれるんで、まだ助かっているけど、ボスケテ級だチクショウ。 書類仕事が少ないだけが救いだけども。 紙、貴重品だからね。 だから割と物事を決める際には顔を突き合わせる事になる。 別の言い方をすると、何がしの場合には即、怒鳴り込まれるという事である。「どういう事だ、コレは!?」 鞘に入れたままの剣で風雲丸を指しながら喚いてたのはライマー・イェレミースとかいう名前の、偉そうな態度と服装をした小太りのおっさんだ。 特徴は髭。 手入れをしているっぽいし拘りがあるっぽいけど、何か時代遅れな感じご立派様だ。 初見で、アレな人という雰囲気を振りまいてくれている。 とはいえ軽く扱う訳にはいかない。 取り巻きを連れてやってきて城代軍監なんて自己紹介しているんで、偉そうと言うよりも偉い相手な訳で。「築城ですが?」「それは見れば判る!! 何をしている!?」「見てのとおりですが?」 煽る気持ちは無しに、何故、このおっさんがキレているのか理解できない。 更年期障害か? 実は男もなるって言うし。「城代軍監様の質問に答えんか!!!」「そうだ若造、貴様は何様の積りか!!!!」 取り巻きまで大声で怒鳴っているが、集団性更年期障害か? この国も大変だな。 つか五月蠅い。 少し、耳をかく。 耳垢が出た。 フッと吹き飛ばす。「質問の意図が理解できないので聞いているんですが?」「貴様、舐めおって!!!」 取り巻きAが殴り掛かって来た。 殴られるのはムカつくし、殴るのは可哀想だ。 なので、握ってやろう。 半歩下がりながら手首を掴む。 掴んだままに捻る。「他人に、安易に手を挙げてはいけませんよ?」 反撃を受けるからね。「っぅぅぅぅぅぅぅぅ!?」 手首を起点に決めたけど、そこまで悲鳴を上げる程には力は入れてないんだけどね。 弱いな。 擬態かな? もう少し力を入れてみよう。「あっあぁぁっいぃっ!?」 あ、本当だった。 本当に弱いな。 弱いくせに他人様に殴り掛かるなんて、何て躾のなってない奴だ。 罰として、もう少し力を入れてこのままにしよう。 別に頭ごなしに怒鳴られて、意趣返しをしている訳じゃないよ。 いや、ホントウニ。「で、城代軍監殿は何を質問されているんですか?」「……何故、ここで築城しているのかと言っている」 不機嫌そうに睨んでくる。 いや、不満げ? まぁ良く分らん。「何故と言われても、<黒>への備えですから?」「其処では無い、何故、この場でかと儂は聞いておるのだ!!」 要するに、外壁で防御しないのかと怒っている模様。 いやいやあり得ないでしょ。「この演習場の外周も城壁である! これを無為に放棄する事は王家への反逆と知れ!!」「そも、この公都の外壁は<黒>に抜かれた事なき鉄壁、それをたやすくも捨てるかの如き行為は許しがたい!!」「外壁は広すぎます。あれを護ろうとするならば人手が足りませんよ」 そもそも、壁が薄いし低いってのもある。 まぁ、この人達はあの城壁にもプライドがあるっぽいので、そこは指摘してやらないけども。「あの外壁に拠って戦おうとするのであれば……そうですね、後1万程の兵があれば何とか出来るんでしょうが」「何を馬鹿げた事を!」「そうだ! そんな兵力が何処にいる!?」 居ないよね。 確か、この首都の総人口が1万と少しだったとか聞いた記憶がある。 そんな中で兵員を1万とか無理だよね。「だから、無理なのですよ」「……」 納得して貰えなかった。 なので、城代なヴァーリア姫さんの前に出る事になった。 解せぬ。 王城の城代執務室に呼ばれた。 居るのはヴァーリア姫様と城代軍監さん。 俺を含めて3人しか居ない。 ヴァーリア姫さんはまだしも、城代軍監さんだと取り巻きを連れて来るものだとばかり思っていたけども。 後、雰囲気が風雲丸の時に比べると、刺々しくない。 渋い顔はしているけど、攻撃的という感じでは無い。「率直に聞く。貴様はトールデェ王国の軍学校を出たと言うのは本当か?」「はい。ゲルハルド記念大学は母校です」「そうか…………」 顔の皺が更に深くなった。「であればその名、ビクター・ヒースクリフ、名と身を示すものを見せて貰えぬか?」 言葉遣いが丁寧になった。 アレ、もしかし知られてた? いや、知ったのか。「王国従騎士位章とヒースクリフ男爵家の家紋章で良ければ」 一纏めでネックレスで吊っている騎士位章(ドックタグ)と家紋章(ペンダント)とを首元から引っ張り出して掲げる。 それらは複製困難な様に魔法が付与されていて、薄く、青く光っている。「本物だな?」「……はい…………」 城代軍監さん、溜息と共に頷いた。 何かガックリと脱力しているっぽい。 髭先も心なしか萎れている。 対してヴァーリア姫さんは、少し楽しそうである。「トールデェ王国従騎士ビクター卿、先の非礼をお詫び申し上げる」「謝罪、受け入れます」 塩々になった城代軍監さん、改めて風雲丸に関する事を聞いてきた。 どうしても、外壁での防衛は困難なのか、と。 前と違うのはその言葉に懇願する響きがあったって事だろう。 とは言え、現実は非情なのだが。「先程も申しましたが、あの規模の外壁を活用するには兵が足りません」 練兵所の外周は一辺が1㎞程で3面。 城壁は高さは3m程の石組み城壁が覆っている。 これを、兵と言えないような義勇兵が上を見ても2000名と少々なのだ。 これで万を超える<黒>と戦おうというのは、護ろうというのは正直、無理無茶無謀を通り越すってなものである。 防御側有利 ―― 攻撃側3倍の法則ってのもあるけど、5倍越えは限界を超える。 無理をして2000の兵で護ろうと分散配置とかしたら、運動力のある戦獣騎兵が居るんで、防御の弱い所を突破されて各個に包囲殲滅されるのがオチというものである。 ここら辺を親切丁寧に説明した。「だが<黒>が万を超える規模で来るとは限らぬのではないか?」「残念ながら、公国南部で私は複数の群(1000からの)規模の<黒>を確認しております。又、それぞれの郡都を落とした手際は、それぞれが1000や2000どころではない軍勢である事が予想されます」 現実は非情である。「陛下が北壁で戦っておられるのに……」 何でも、北壁って名前の砦でも、万を超える<黒>と戦っているんだそうな。 それなりに優勢に。 それが囮だったのか、それとも双の主力の片側を抑え込めたのかは判らないが。「残念ながら、敵は複数居たという事でしょう」「何という事だ」 でも正直、それは俺が言いたい。 外の状況はヴァーリア姫さんにも報告していた筈なのに、城代軍監という軍事部門の総監督が今更にそういう事を言うってのは、なんてこったい(ホーリー・シット)! だ。 公都防衛計画の再検討をします。 そう言って城代軍監さんは退室した。 俺も帰ろうかと思ったら、ヴァーリア姫さんにソファを促され、黒茶が用意された。 用意してくれたメイドさんは、あー、何だ、ノーコメントで。 ベテランのメイドさんって王族付きには大事だよね。 黒茶は濃いめでトールデェ王国のとは一風変わった感じだが、中々に美味しい。 これがルッェルの、ベテランの味か。「苦労を掛けた」「いえいえ」「ライマーは戦意は旺盛なのだが、もう年なのだろう」「人間、今まで得て来た成功体験から抜け出すのは大変ですから」 そもそも、こんな北限側な邦国で戦の成功体験ってどんだけってな話だけど、そこは優しさでスルーする。 100とかそこら辺の小規模な<黒>は来るって話だし。「そうかもしれないな」「しかし……」「ん?」「素朴な疑問ですが、市街の方の防衛は大丈夫ですか?」 上が能天気だと下がユルユルでってのは勘弁して欲しい。 市街側が抜かれると、コッチ側にも悪影響が出そうだからね。「其方は何とかする。同じ2000名だが兵は正規兵だ。それに外壁は高く、そして狭い」 外壁は6m級の上に全長が1㎞程度だ。 その上で兵は訓練を受けた正規兵が2000、しかも市民からの支援も得られるだろうから正直、ズルい! と言いたいレベルの格差だ。 格差社会の現実だ。 とはいえ城代軍監さんとかを見ていると、余裕がある分、色々(● ●)とあるみたいだけども。「それに、イザとなれは私も戦う。それなりに強いのだぞ?」「デスネ」 少し棒読みの台詞になったのは許して欲しい。 だが、力こぶを作って見せるヴァーリア姫さんの姿は、何というか、鍛えているのは判るが某国の某王太子殿下に比べると可愛いって感じだ。 まて、逆に考えるんだ。 可愛いというレベルでは勝ってる、と。 王家敬意の念は確とあるけど、嘘はつけないよね。 閻魔大王様が怖いから。「ん、信じてないのか?」「いやいや、そういう訳では__ 」「確かに私自身はまだまだかもしれないが、この槍がある」 壁に飾ってある槍を示してドヤ顔なヴァーリア姫さん。 つか、アレって装飾品じゃなかったんだ。「我がライヒャルト家に伝わる風の霊槍、ゴングナーよ」 取って、そして持たせて貰った。 思ったよりも軽いゴングナーは、旧帝國時代製らしい装飾過多な外見をしている。 特に刃にはびっしりと唐草模様が彫り込まれている。 それ以外は普通の、諸刃直剣のクレイブっぽいデザインだ。「綺麗な槍だ……」 綺麗というか、唐草模様という意味では元奉納剣なペネトレーターにも似ているが、アッチは実用本位のトールデェ王国式なので、雰囲気が違う。 後、刃の肉厚さも。 そんな俺の気分がバレたのか、ヴァーリア姫さんが魔力を込めて見ろといってくる。「使い手の魔力を力にするんだ」「切れ味が上がるとか?」「だけじゃない。風の力を得られるんだ」 少しだけ込めてみた。 槍が光った。 そして、風が生まれた。 この城代執務室に、窓の閉められた室内に。「おっ?」「込める魔力次第では空も飛べると言われている」「そりゃ凄い ―― やったんですか?」「私の魔力ではそこまで行けなかった。だが、2階の窓から飛び降りたら着地には成功した」「そりゃ凄い」 主にヴァーリア姫さんのお転婆ぶりが。 兎角、紆余曲折を経て風雲丸の防衛に関しては完全に自由(フリーハンド)となった。 一応、戦時になればお目付け役が正規軍から派遣されてくる話にはなっているけども。 出来れば、指揮官には早めに来てもらって、防衛体制とかで詰めたい事があるのだけど、拒否された。 数に頼る<黒>なぞ怖くないし、そんな<黒>に怯えて公家初代の築いた鉄壁の外周壁を捨てる惰弱な難民どもの側に居ると臆病が移るんだそうな。 うん、実にムカつく。 アデンさんとかがブチ切れて、指揮官の言葉を伝えに来た使者に、「なら外周で戦ってやろうじゃないか!!!」とか叫ぼうとした位だ。 止めたけど。「安い煽りに乗せられる程、命って軽いのか?」 と聞けば、不承不承と頷いてくれた。 村人、難民、同胞を護る事こそが第一義という事を忘れてはいけないと思うのだ。 本当に。 後、現場に来ない指揮官は死ねば良いのに。 指揮官の威を借る使者も死ねば良いのに。