目が覚めた。 気が付くとベットの上だった。 昔っから使っている、俺のベットだ。 手足を伸ばすと柵に当たってしまうようなサイズだが、愛着のあるベットだ。 思えばこのベットにも色々な改造をしたっけか。 主に寝心地改善の為に。 元々は藁のベット ―― 藁束にシーツを敷いたものだったが、そのままでは寝苦しかったので、色々と試したのだ。 例えばスプリングを仕込んだマットレスとか作ろうとしてみたが、スプリング自体の製作が難しくて断念したりとか。 ではと、馬車の時に試したバケット式をやってみたが、そうなると寝具の下が板って事になってしまう事に気付いて、計画案を廃棄とかとか。 一歩進んで、ハンモックみたいにシーツを浮かせるってアイデアもあったのだけど、試作品というか、ハンモック自体の寝苦しさから断念したのだ。 正に試行錯誤の連続。 そして最終的に、畳ベット方式とでも言うべきものに行き着いた。 具体的には、藁を束にして敷き詰め、その上にシーツを張り、更にその上に綿を詰めた寝具を置くってな按配である。 寝心地が実に向上したのだ。 後、ベット上での運動がし易くなったのも良かったものだ。 マーリンさんとの楽しい思い出が満載なのだ、このベットは。 あれ? そう言えばだが、夕べは俺、どうしたっけか。 体を起こして考える。 考えようとすると、目に飛び込んできたベットの膨らみ。 何ぞ、コレ? だ。「??」 シーツを捲ってみる。 みた。 見た。 裸体だった。 ボンキュボンの王太子殿下がマッパで寝ていた。「あっ!?」 声を上げたら、ストレートなレニーが胸元に俺の頭を抱きよせた。 肌と肌が触れ合うが、肉が薄いからか柔らかくない。「いぃっ!?」 慌ててレニーから離れようとしたら、それなりの起伏な妹とが俺の脚に抱きついていて動けない。 抱きつかれて痺れているからか、感覚がない。 というか、何故に妹もマッパ!?「うぅぅっ!?」 脚が駄目ならと、手を動かそうとしたら、右腕が割と微妙にストレート気味なノウラがひしっと抱きかかえていた。 胸元だったにも関わらず、筋肉質だからだろうが、凄く硬い。 いや、そういう問題じゃないっての。「えぇぇぇっ!?」 なにこの状況!? と狭い視野で周りを見れば、絞り込まれたマッシブなマーリンさんが立っていた。 その魅力的な裸体を隠す事無くフルオープンの仁王立ち。 いや、女性がその姿勢はどーかとーっ!!!!! と、蠱惑的な笑みを浮かべて、艶やかな唇を寄せてくる。 唇にって、いや、違う!? まって、まって、マジでまって。 今、この状態でソレはヤヴァイ。 嬉しいけど、嬉しいけどマジでヤヴァイのーーーーーーーーーおぉぉぉぉぉ!!!! 異世界ですが血塗れて冒険デス (σ゚∀゚)σエークセレント1-18旅立ち 「おぉぉぉぉっ!!!!」 飛び起きた。 周囲を見る。 何もない。 誰も居ない。 只、薄暗い俺の部屋だった。「夢、だったか………」 心臓がバクバクとなっている。 ある意味で恐怖とか、そんなレベルじゃない衝撃を受けた。 寝起きなんだが、眠気の一切が吹っ飛んだ。「そらねー」 冷静に考えて、俺のベットである。 2人以上の人間が乗れるもんじゃないのだ。 というか、夢の中に妹とノウラが居た件。 身内に欲情とかナイワー マジに。 ねぇMy Son。 愛があっても身内にエレクチオンは駄目だと思うんだよ。 それ以外にも、王太子殿下とかレニーとか。 マーリンさんが居たのは大歓迎だけど、知り合いの女性連中を丸っと揃えて放蕩の夢とか、俺ってどんだけ溜まっているんですか、っての。 最近、色々と忙しくて娼館とかもいってなかったのが原因かしらん。 クソッタレ。 夢精しなかっただけ、マシだな。 きっと。 素振りを、薄暗い朝靄の中で行う。 まだノウラやマルティナも起きてきていないので、猿叫は上げずに、黙々とする。 目的は1つ、煩悩退散だ。 自家発電も悪い選択肢じゃないが、後の処理を考えると体を動かして昇華した方が良いってなもので。 後、貰ったばかりのロングソードを腕に馴染ませたいってのもある。 蜻蛉に構えて、振り下ろす。 ひたすらそれを繰り返す。 直剣両刃のそれは、柄が少しだけ長くて両手持ちも出来るのだ。 しかも携帯性を考慮してか鍔が小さく作られており、ナンチャッテ薩摩拵えって感じになっている。 だからか、なんというか素振りに馴染む感じがする。 尤も、自顕流はおろか剣道なんてやった事すらないので、どこまでいってもパチ自顕流の枠を出ないレベルの俺が抱く感想なので、感じる、気がする程度の話だけれども。 剣を振るう。 振るう。 振るう。 どれだけ一心不乱に振るったか判らなくなってくる。 剣を持っているのではなく、腕の先が剣になっている ―― そう感じられるまで振るう。 そこまで使い込んでこそ剣は、武器は、戦場で信頼できる相棒となるのだ。 そうマーリンさんに教えられ、そして俺は信じている。 或いは信仰しているのだ。 我ながら馬鹿な話である。 だが、そもそも男なんて馬鹿が基本で、最初の女性を忘れられない生き物で、しかも俺の場合、その最初の相手が最高のヒトだったってんだから仕方がない。 魂叩き売りってなものだ。 そんな男の純情(マーリン☆ラブ)は別にしても、積み重ねた時間は、決して主を裏切らないってのは分かる話なので。 要するに感情と理性とが揃って是としているのだ。 であれば剣を振らぬ理由はないってなものである。 後、漸くながらもエレクチオンが収まってきた。 やれやれだぜ、ってなものだ。 ロングソードを鞘に収める。 拵えが良いのか、汗をたっぷりとかいたが握った柄が滑るような感じがない。 実に良いものだ。 まじまじと見てしまう。 超一流の職人が作り上げ、そこに壊れない為の魔法が掛けられた、旅人の護身という目的に沿って生み出された実用本位の逸品だ。 流石は王室下賜品ってなもので。「気に入ったかい?」 振り向けば親父殿だった。 まじまじとロングソードを見入っていたから、近づいて来たのに気づかなかったのだろう。「ええ。かなり」 素直に褒めておく。 悪くない、なんて軽口を叩く気にならない程の逸品だ。 基本、ショートソードでの戦闘スタイルを好む俺だが、それ以外の武器が嫌いって訳じゃないのだ。 というか、良い武器は良いのだ。 最近になってみて、母親様の武器収集癖も分かるというもので。「それだけ喜んで貰えれば手を回した甲斐はあったね。だが、こうやって見ると本当に親子だな。よく似ている」「え?」 前半の意味が良く分からないが、後半の意味も今一つ分かりかねる。 何、何事で御座いますか。「いや、気に入った武器を見つめる目がね、アデラに良く似ていたんだよ」 母親様に、それは真に光栄の至り。かな? 多分。 きっと。 父親殿との会話。 気がつけばタバコを燻らせながら駄弁っていた。 中庭の片隅に置かれた椅子に腰掛けて、男同士の会話だ。 何というか、意味のある事って訳じゃなく、何だろうか、心落ち着くものがある。 俺の、ビクター・ヒースクリフという人間の父親だからか。 職業とかスキルとかで謎っぽいものを持っている御仁だが、息子としてみてみればキチンと安心できる相手だった。「なぁビクター」 それまでの雰囲気から一変して、真面目な表情になる父親殿。 気が付けば、パイプの火も消えていた。 ならば俺もと、葉巻を灰皿に乗せて背筋を伸ばす。「僕は至って普通の官吏だ。だから君に大きい事を望まない。間違っても英雄として帰還しろなんて言わない。願う事は一つだ。生きて帰って来い。生きてさえいれば良い。手足の1本2本無くしたところで、何とかしてやる。失敗は経験になるが、それは生きてこそだ。だから生きて帰って来い。僕が言えるのはそれだけだ」「はい……………はい。有難う御座います」 何だろう、くそ、頬が熱いぞクソッタレ。 俺、こんなに餓鬼だったんだろうか。 トータルで40越えな人生経験もあった筈なのに、泣けるぞ。 マジに。 気づけば親父殿は、再びタバコに火を付けて天井を見上げている。 有難い気遣いだよ。 あーくそ、クソッタレ。 煙が目に沁みやがる。 盛大に葉巻を吹かし、親父殿と取り留めのない会話をする。 出発の日の朝としては豪勢な時間の使い方かもしれない。 旅の事、タバコの事、妹の事、母親様の事、ノウラの事、マーリンさんの事、色々とだ。 そんな時間は、マルティナが朝食の支度が終わった事を告げてくるまで続いた。 朝食は淡々として終わった。 少しだけ豪華な食材が並んでいたりしたけど、それだけ。 只、妹とノウラが少しだけいつもと違って見えたが、よく分からない。 夢のせいで、何だろう、微妙な罪悪感というかケツの座り心地の悪さから、正面から見れていないから、目の錯覚かもしれない。 何にせよ、別に今生の別れって分けでもなければ、末期の食事って訳でもないから当然だろう。 ゆっくりと飯を喰って、最後にもう一度装備を確認する。 剣は7振り。 ショートソードは銘なしの魔力付与が4本と初陣時に貰った上級魔法付与ショートソードが1本。 それにペネトレーター。 旅装時の護身用であるロングソードが1本。 戦闘用の、魔道巻き上げ支援装置付きのコンパクトなボウガンが1つ。 狩猟用のショートボウが1つ。 後、投擲用のナイフが20本だ。 ボウガンやショートボウがあるのに、攻撃レンジの短い投擲ナイフを持つなんて奇妙に見えるかもしれないが、短いがゆえに使いやすい局面があるのだ。 一足で迫れないが、ボウガンで撃つには近すぎる ―― そんな局面が。 後、ナイフなので色々と使い道があるってのもあるけれども。 狩猟とか料理とか、はたまた小さいので万が一の時の暗器的な使い方も出来るってなものである。 しかも安い。 使い捨てにしても怖くない。 それが投擲ナイフな訳で。 並べて見て思うけど、俺、戦争でもする気だろうか。 ガッツさんより一部重装備ってな感じである。 まっ、火薬系は薄いってか無いんだけどね。 これらを携帯したりストリングリングに放り込んだり、馬車に積んだりする。 というか予備過ぎるモノとかだと馬車に積まないと、直にスゴリングリングの枠を使い切ってしまうだろうから。 防具を着込む。 軽くて動きやすい革の防具、一般にソフトレザーアーマーと言われる種類の防具だ。 旅が長くなるであろうから、疲労軽減の為のチョイスだ。 但し、防御力に関して手抜きは無い。 防御フィールドの魔法を付与していて、そこら辺の量産型の鉄製アーマー程度よりは高い防御力を持っているのだ。 そう言えば鎧に関しては、エミリオが凄い選択をしていやがった。 フルプレートだ。 全身板金鎧で旅に出ようとしていやがった。 もうね、馬鹿かと阿呆かとである。 モノ自体は極めて良いモノだ。 防御力強化の魔法もだが、疲労軽減に重量軽減の魔法とか山ほど乗せた特注品なのだ。 流石は三頂五大でも有数の裕福っぷりを誇るオルディアレス家! と言いたくなる。 それを本人、スゲェ良い笑顔で 「家族からの贈り物なんです!」 と自慢しやがった。 いや自慢は良いし、自慢するに相応しい逸品なんだけど、それで旅に出るってどうよ? と思うわけだ。 戦場で、しかも馬に乗ってならまだしも、旅をするには疲労しやすいし、そもそもフルプレートで歩くなんて、もうね正気を疑うって話である。 バイクのツナギにフルフェイスヘルメット着用で電車に乗ってるとか評すれば、誰だって俺の気持ちに賛同してくれるだろう。 馬にでも乗ってれば良かったんだが、ソッチは辞退しやがった。 まだソレを行える自分じゃないとか何とか言って。 ならば止めておけと、止めた。 徒歩でフルプレートじゃ他人が退くと、どストレートに告げたのだ。 そしたら凹みながらも納得してくれた。 エミリオ、素直でよい子だ。 代替として、ミスリル製の対魔法防御効果付きのゴーセーなチュインメイルが出てきたのには吹いたが。 後、フルプレート自体も持っていく事にもなりました。 盗難防止の魔法が掛けられた箱に放り込んで。 しかも、ストリングリングと同系統の異次元収納魔法が付与されており、全身鎧を入れても重さは無くコンパクトという便利な箱だ。 とっても便利なので、その内、一緒にロンゴミアントまで封印してやろうと思っているのは秘密である。 兎も角。 ソフトレザーアーマーの上に装備を取り付け、最後にトラベリング・マントを羽織る。 鏡を見る。 中々に悪く無い。 というか、自分の姿なので悪いとかなると素で凹む。 ふと、部屋を見渡した。 子供この頃から慣れ親しんだこの部屋とも、当分はお別れだ。 俺が俺である事を自覚してからはや10年以上。 その時間の多くを過ごした部屋だが、人間、何時かは旅立つのが定常ってものだ。「有難さん」 誰に言う訳でもなく、言葉が漏れた。 他の荷物は全て馬車に積んでいる。 後は2人と合流するだけなのだ。 中庭に停めていた馬車に、旅立ち前の最後の点検をしてからロバを繋ぐ。 そう、ロバだ。 馬車だけどロバで引くのは、単純にコストパフォーマンスの問題、ロバの方がライフサイクルコストが安いのだ。 エミリオはビミョーな顔をしていたが、旅は長いのだ。 削れるところで削っておかねば、後々が大変ってなものなのだ。 少しだけ嫌そうな顔で馬車に繋がれるロバ。 なんとなく、人間くさい感じだ。 やる気の無いロバって感じでもあるが。「そんな顔をするな。ドン、これから宜しく頼むぞ」 ドンキーから取ってドン。 この世界の人間では分からない命名則かもしれないが、まぁ気にしない。 チェックリストをつき合わせて確認する。 乗せ忘れがあると、悲劇だからだ。 途中で買い足したり、はたまた取りに戻ったりとか面倒臭いという意味で。「お兄様」「お?」 振り返ればそこに、妹。 何か、思いつめたよーな顔をしている。 どうしたい。「ノウラから聞きました。お兄様、 “オマジナイ” 貰ったそうですね」 オーイェー ナニこの語感。 背筋にゾクゾクくるぞ、ゾクゾク。 言ってしまえば、ゾクゾク美。 逃げたい、かなり本気で。「お兄様?」「ああ、いや、うん。緊張していた俺を、解してくれたよ」 悩みを吹っ飛ばしたとも言う。 が、問題はアレか。 妹からすると俺は、マブなダチのノウラの唇を自分の為に奪ったクソッタレ野郎とかなるのでしょうか。 下り最速なお兄ちゃん株は、もう取引停止なストップ安ってな感じか。 帰ってこれるのかね、俺、この家に。 塩を投げられて 「お兄様は不潔です」 とかならんか。 想像だけど、想像しただけで泣けてきた。 でもさ、貰ったのってほっぺだぜ? しかも奇襲で受けたんだぞ。 何でソレで俺の株が下がるんでしょうか。 ホントに泣けてくる。 男として言い訳はしないけど、男泣き程度は許されると思う。 本気で。「そうですか。…………所でお兄様、オマジナイにはもう一つ、効能があるんですけどご存知でしょうか」 こっ、効能? というか効果じゃなくて?? ナニソレ怖い。 魔法的な意味でだろうか。 意味不明。 それは知らなかった。 というか、本当かよ、ソレって。「本当です」「分った分った。ヴィーの言うことだ、信じよう」「素直な人は、他人に好かれるんですよお兄様。では目を閉じて下さいませ」「何故?」 問いかけへの返事は無かった。 只、笑顔があった。 妹よ、そこら辺の笑顔、実に母親様そっくりだ。 お兄ちゃん、少しだけお前の未来予想図が怖くなった。 子供の頃から、そんな豪い笑顔なんで出来る奴に嫁として貰ってくれる相手、いるのかなーってな。 いや、キモギモは論外だが。「お兄様?」「はい。分りました」 降参して目を閉じる。 ビンタの一発で済めばよいのだけれども。 足を肩幅に開いて、衝撃を受け流せるように立つ。 覚悟も決めた。 衝撃は来た。 インパクト、それは脳みそに。「ゑっ!?」 目を開ければ、顔を真っ赤にした妹が居る。 口元を大事に押さえて肩を寄せている姿は、凄く愛らしい。 って違う。 そこはほっぺたじゃねぇよって事だ。 ビンタでも無いし。「抜け駆けをしたノウラが悪いのです」 耳まで真っ赤にして言う妹。 なに、この可愛い生き物。「お兄様、私、待ってますから。必ず帰ってきてください。必ずですよ」「あっ、ああ。必ず、な」 走って母屋に行く妹。 もしかしてだが、俺って好かれている、のか。 いやいやいや。 あんな可愛らしい格好を見せられて、そこで疑問符は人間として屑だろう。 しかしブラコン、ブラザーコンプレックス。 ノウラと同じだろうが、コレ、どーするよ。 受け入れてよいものやら。 だめな理屈は無いのが我がトールデェ王国だが、俺の魂 ―― 「 」としてのモラルが、受け入れに難色を示している。 何だろう、学校に良い男なんて居なかったのか。 いや、居ても胃が痛いってのは俺がシスコンだからか。 据え膳なんてされたら、迷わず喰いそうで自分が怖いし。 というか、そうなると夕べの夢とか、無意識下に沈めていた俺の願望が頭をもたげたって事か。 あうあう。 でも、それってどうなの? って真剣に悩む訳で。 それに、妹を受け入れたら、何でノウラを受け入れないって話になっていくリスクも大だし。 ハーレム? 重婚?? 俺が??? 信じられん。 というか、その場合だと我が君たるマーリンさんはどうなる。 うぉっ! 頭がフットーしそうだよ。「心、ここにあらず、かな?」「まっ、マーリンさん!」 振り返ればマーリンさん。 莞爾と笑っている。 そっと顔を寄せ、艶やかに笑う。「見てたよ」 耳打ちが心を抉る。 どっ、どこから。「最初から、かな。情熱的な口づけだったね」 妬けるね、というマーリンさん。 いやいやいや、その感想もどうかとおもうのですが。「或いは “若い” だね」 その感想は、もっとどうよと思うのですけど。「悩んでいるのかい?」「正直に言えば」「そうか。じゃぁそれが宿題だね。君が愛をどう捉えるのか、帰ってきたら教えてくれ」「僕は貴方を愛していますよ」 僕。 そう、俺はマーリンさんの前では常に僕だ。 肉欲から始まった愛。 でもそれで良いと思う。 魂を売っても良いと思う。「有難う。私も愛しているよ。だけどそれだけじゃ世界は狭くなる。君はもっと世界を広げるべきだ」「えっと、それは ――」 のど元まで、捨てるのかって聞きたくなってしまった。 違うだろう。 この人の愛は深く、大きい。 愛欲故に独占したいと思うのとは、全く別のベクトルで存在する愛。 僕を愛してくれるのと同等に、僕を育てようとしていてくれる、そんな愛。 だから、歯を食いしばる。 歯を食いしばって見栄をはる。「―― はい。宿題を受けました。帰ってきたら、聞いて下さい」「楽しみにしているよ」 最後にキスをする。 深い深いキスを。 目的がある。 宿題がある。 この旅はきっと良いモノになるだろう。 玄関ホールには、皆がいた。 父親殿が母親様が。 マーリンさんがマルティナが。 妹がノウラが。 俺を見送ってくれている。 だから俺は背筋を伸ばし只一言、声を掛ける。「行ってきます」 旅立つにはいい日だ。