キスをされた。 ホッペタに。 吃驚だ。 が、ノウラから俺への感情ベクトルなんて、冷静に考えれば簡単な理由だ。 ブラザーコンプレックス。 要するに、ウチの実家なんて社会への窓口の少ない場所に就職しちまって、そこに年から年中居るから、年の近い俺に対する恋愛感情を擬似的に抱いちまったって訳だ。 何だろう、遣る瀬無い気分になってきたぞ。 ノウラも俺にとっては可愛い妹なんで、幸せになって欲しい訳で。 あーくそ、そこ等辺は考えてやるように、出る前に母親様に提言しておこう。 確か、学校に行くことにも興味を持っていたから、行かせてみりゃぁ良いのだ。 学費なんて、当分は使えない俺の個人貯金で簡単に賄えるしな。 でも、学校に行って良い男を見つけて、帰ってきたら寿退社してました何て言われたら、凹むな。 確実に。 絶対に。 子供の頃から見ているし、母親様の修行仲間でもあるんだし。 妹が結婚する時用の自棄酒とは別に、ノウラの分も用意していたの俺だ。 なのに、飲む前に全てが終わってたとかなったら、もうね。 言葉に出来ないレベルで凹む自信がある。 このウチの可愛い子ちゃんが居なくなるなんて、想像するだに恐ろしい。 が、それでも、それを自分で選んだのであれば祝福したい。 祝福出来る人間になりたい。 ノウラにも幸せになって欲しいのだから。 メイドが卑業だなんて、口が裂けても言わないが、家の中だけで世界が終わるなんて寂しいからだ。 正にアンビバレント。 相反する気分だが、ドッチも俺の本音だ。「ビクター様?」 俺が黙りこくったからだろうか、此方をノウラが心配げに見てくる。 そんな顔をすんなっての。「有難う。オマジナイが効いたよ」 口元を引き締めろ。 背筋を伸ばせ。 顎を引け。 面倒事は後で考えよう。 今はただ、ノウラが誇らしく思ってくれるような、そんな俺で居よう。「ビクター様、ご準備宜しいでしょうか」 部屋の外から声が掛けられた。 どうやら始まるらしい。 口元を緩めて、応える。「行ってくる」「はい」 見上げてくるノウラ。 くそ、可愛いなぁもう。 何時もには無いおめかしに、魅力は倍プッシュだよ。 だから、チョッとだけしてしまった。「コレはオマジナイのお礼」 当然、おでこにだ。 異世界ですが血塗れて冒険デス (σ゚∀゚)σエークセレント1-16壮行会は大荒れです(主に俺にとって 壮行会の場所に居るのは、きらびやかにして錚々たるお歴々だった。 エレオノーラ陛下がご息女と共にご出席ってのは主催者として当然だしオルディアレス伯が居るのも必然だが、他の三頂五大の御当主さん方がそろい踏みとかマジ有り得ない。 というか他の6家の当主は兎も角、リード公爵やテルフォード伯爵という王国防衛の前線に立っている家々の当主まで出席しているってのには呆れる限り。 どんだけ政治的根回ししたんだろうかオルディアレス伯。 息子さんの一世一代の晴れ舞台にって頑張ったんだろうね。 あ、見れば女王陛下の後ろに母親様とマーリンさんが並んでる。 あそこら辺の武装している連中が女王陛下直轄の人外集団、<十三人騎士団>か。 一際でかいフルプレート装備の偉丈夫が<鉄甲騎>ガルンスト卿で、その隣で黒いマントを羽織って立っているのが、この国で唯一の黒の名が入った字名を持つ<黒騎士>グレン卿か。 グレン卿って確かミリエレナの義理の父親でもあったって話だな。 戦災孤児だったミリエレナを救って、神殿に入るまでの間、育てていたとかの話だ。 ふむ、そう考えると光源氏に失敗した御仁である訳か。 少しだけ親しみやすさを感じるね。 とと。 顔を動かして周りを見る訳にいかないので、ばれないように視線の脇で周りを見る。 おっ、親父殿発見。 妹もおめかししている。 可愛いね。 他にも見知った顔が幾つか見える。 おめかししたレニーが居た。 一度だけ会った事のる親父さんと一緒に、だ。 素直に女装というかドレスを着ている。 珍しい事だ。 学校じゃ男と同じ服装をしていたし、私服も動きやすいからと男物の仕立てを着ていたから、あ、初めてみたかもしれん。 というか眼鏡が無い素顔って事も相まって、日頃のヅカ系僕っ子の雰囲気が無い。 深窓の令嬢みたいだ。 ドレスアップしたのが見事に決まっている。 猫を被るのが上手いもんだ。 その意を込めて、一瞬だけのアイコンタクト。『馬子にも衣装だな』『オマエモナー』 少しだけ顔が緩みそうになった。 以心伝心のダチってのは有難いね、本当に。 と、割と近くにトービーが居た。 ドワーフみたいな体格を、あんなに嫌がってた礼服に包ませて、ここに居る。 俺の顔を見にきてくれたのか。 何か、嬉しいね、これは。 <剣嵐>パークスも居た。 奴さん自身は爵位持ちでも爵家の一員でも無かったが、リード公爵家の次期当主の腹心として居るのかもしれない。 と、考えれば隣に居るイケメンがリード公爵家の若君、ヤンリー・アルレイドか。 パークスと一緒に美人さんを連れている。 くそ、金持ちで美人侍らせるイケメンだと。 爆発しろ。もしくはもげろ。 但し、お行儀良くする為に嫉妬の視線は送らないけどね。 と、他にも拳王ドズルなアティリオさんも居る。 コレはどっちかと言うとなんて評するまでもなく、エミリオ枠だけども。 隣を歩くエミリオをチョッとだけ確認。 まだまだ緊張でガチガチっぽい。 俺たちの前を行くミリエレナが堂々と歩いているのと、対照的だ。 ノウラのお陰で緩んだが、まだ俺もそれなりに緊張しているから、一番に神経が太いのはミリエレナか。 やっぱり女性が肝が太いものなのかもね。 気付けばひな壇前。 女王陛下の御前に達する。 見ると女王陛下の直ぐ傍にディージル公爵、というか王太子であるブリジッド殿下が居た。 一緒に、朗らかな雰囲気の女の子が居た。 その顔立ちが似ているので、多分にパークスが有名になったと云うか、字名を貰う切っ掛けになったアルリーシア殿下か。 お姉さんと違って、柔らかそうなお嬢さんである。 パークスの奴め偉い、そして良い人と縁が繋がったな。 羨ましいぞ。 かなり本気で。 俺のほうの縁の繋がっている殿下ってば、美人ではあるけど “柔らかい” って表現からは離れた御仁だからな。 ヘッドハントを掛けられた時にサシで話したが、何だろう、女性的な部分を捨てていないけど男前だった。 もちっと乙女分のある、それこそ銀河の妖精さんチックだったら落ちてたけど、どっちかと言うとバラライカの姉御かシーマの姐さん系なんだよね。 俺と年もそう変わらんのに凄いものである。 さておき。 あの時と変わらず、今日も今日とてキリッとした美人さんである。 というか服装が凄い。 着ているのが爵家の礼装ではなく、白を基調とした軍の正装っぽいのを着ているのだ。 ドレスコード的にどうよとか思うのだが、そんな疑問を吹き飛ばすように、実に似合っているのだ。 金のモールとかパイピングとかが、金糸の髪に映えて、実に美しい。 といっても、金髪は殆どを後頭部で纏めて、何房かだけ垂らしている辺り男装系でもある。 似合っているけど。 そもそも、詰襟のタイトラインの軍装とか、どんだけスタイル自慢してやがりますか。 似合ってるけど。 大事な事なので3度言いました。 ただ、少しだけ俺への視線が厳しいのは、自前の騎士団への勧誘を蹴ってこの大遠征だからだろう。 直々に勧誘された時に、マーリンさんの居る<北の大十時>傭兵騎士団に入りたいとも言ったから、言行不一致めと思われているのかもしれない。 なまじ美人なので、厳しい視線とかを打ち込まれるともう堪らない。 ボスケテ。 そして女王陛下。 何だろう、改めて面向かってみて思うけど年の割りに綺麗な人である。 ドス黒さというか、漂うエゲツナサの無い。 無いのだ。 <白>の東方守護国として、武断というか軍事優先のわが国のトップだからさぞかしと思っていたら、実に普通な感じだ。 というか、慈愛に満ちた表情をしている。 何だろう、拍子抜けした感じがする。 勝手な期待をしていた、そういう事だろう。 辣腕の女王なんて評されている、このエレオノーラ陛下に。 或いは名前が原因か。 陛下の名前、正式に言えばエレオノーラ・テレジア・オーベル・トールデェ。 女王としての名前がエレオノーラで個人の名前がテレジア、オーベルは家の名前でトールデェは言うまでも無く国家の名前。 そう、テレジア。 マリア・テレジア。 ハプスブルク家の女傑を思わせる名前に騙されたのだな。 多分。 ツラツラと阿呆な事を脳内で弄びつつ恙無く壮行会は進行する。 流石にエロイ事は考えない。 万が一にもエレクチオンしたら、洒落にならない赤っ恥だからだ。 というか、ほら、幾ら若く見えるとはいえ女王陛下にエレクチオンしたとか思われたら、割腹自殺したくなるじゃない。 姐さん女房も好きだけど、それも限度があるし。 女王陛下の御年を考えるに。 兎も角、司会進行の侍従長さんっぽい人が、アレコレと進めていく中で素直に冷静に、素直に落ち着いて、素直に右から左に流しながら時間を数えていく。 ツマラナイとまでは言わないが、別段に面白い訳じゃない。 だが、それを顔に出さずに頭を下げ、それから勇気を讃えられたり言葉を貰う。 余り実感の無い褒められ方をしても嬉しくない訳で。 とはいえ、それらを聞き流せる様じゃないと、こんな場所では大変な訳で。 と云うか、ここで下手をうって、女王陛下もだが、壮行会開催に尽力したであろうオルディアレス伯の顔を潰すなんて、おっそろしい真似なんかしたくないってもので。 儀式めいた事の最後に、女王陛下が壇の中央に立った。 それだけで大ホールの空気が変わったのを感じた。「久しく出された神託を背負った若人よ ――」 そこから先は、何だ、俺にとって未知の領域だった。「艱難辛苦、様々な事がこの旅であるかもしれません。ですが、私はあなた方を信じます。決して挫けず神託を遂げる事を」 染み入る様な言葉だ。 何だろう、言葉自体もだが抑揚や雰囲気など人を惹きつけさせるものがある。 俺たち以外にも、この大ホールに居る人間が揃って女王陛下の言葉を聞いていた。 コレがカリスマか。 一国を統べる資格、か。「我が国の未来を背負っていく若人が、<白>の前衛である我がトールデェ王国を支えて行くであろう者達の勇気が挫けぬであろう事を、私は信じます」 その言葉に、素直に頭を下げる自分が居た。 何だろう、悪い気分じゃない。 と、頭を下げたのは俺だけじゃなかった。エミリオもミリエレナも、頭を下げていた。 壮行会の参加者の誰もが、背筋を伸ばしていた。 さてさて、女王陛下の言葉が終わると共に壮行会は終わった。 普通、壮行会が終われば懇談会に突入するってものだが、半分は俺たちのお披露目 ―― 特にオルディアレス伯にとってはだったので、終わると共に、そのまま大ホールの脇に控えていた侍従さん達に導かれて、別室へと向かった。 これから大ホールは上級貴族と云う名の魑魅魍魎さん達の社交場(バトル・ステージ)となるのだ。 んな所からは、退散退散である。 後で、一度は顔を出さなきゃならんけど、ね。 一応は主賓サイドなので、出さなきゃ出さないで拙いのだ。 マーリンさんに逢いたいってのもあるけども。 そんな後での事を頭の片隅に押しやって、別室に入る。 お待ちかねの下賜品って訳だ。 テーブルが3つ、用意してあった。 各人向けって事だろう。 俺の分のテーブルには灰色のマントと銀色の腕輪、そして簡素な拵えのロングソードが乗っていた。「此方が旅装として下賜されるトラベリング・マントと護身用のロングソード、そしてご要請のストリングリングです」 テーブルに付き添っていた文官さんが説明してくれる。 トラベリング・マントは身に纏った者を保護する魔法が掛けられており軽量なのは当然として、暑いときは涼しく、寒いときは暖かく。 しかも風は遮り雨だって弾く。 流石にUVカットは無いだろうが、それでもゴアテックスも真っ青なステキ素材の逸品である。 流石に防刃機能は無いが、オマケとして表にならない場所に、トールデェ王国の紋章が所有者の情報と共に魔法で刻まれており身分証明にもなると言う、ひいふうみいと、6得なアイテムなのだ。 コレは便利である。 対して護身用のロングソードとは、普通のロングソードの柄などの拵えを簡素なものにしただけの武器だ。 一般的に、ソードという武器は、対<黒>用として、攻撃力を増すために刀身が巨大化重厚化してきた経緯がある。 10cm。 或いは大きいものだと15cm級な幅を持ち、それ故に幅広の剣(ブロード・ソード)と名付けられているのだ。 が、このロングソードは5cmにも満たない幅しかない。 これは対人用の用途のままである為、威力よりも携帯性が重視されたからだった。 そして旅人も、携帯性を重視するが故に、ロングソードを愛用していた。 マントとロングソードとは、一般的な旅人の旅装であったのだ。 だから俺にも用意されていたのだろう。 俺はメインの武装がショートソードだが、旅人の常装としてロングソードが使われているのも知っているから、有難く頂戴しておく。 タダだし。 短く、鞘から刀身を引き出してみる。 美しいが優雅さよりも実用的を、機能性だけを引き出したような刀身だった。 ゆっくりと鞘に戻す。「綺麗な剣だ」「有難う御座います」 思わず漏らした言葉に、文官さんが慇懃に頭を下げてきた。 人に頭を下げられると、何だろう、何か偉くなった様な気がする。 だがそれは誤解。 若輩の、まだ何も成していない身なのだ。 慣れたら人間として駄目な気がする。 気分を紛らわせる様に周りを見る。 エミリオは、盾を持っていた。 いや、只の盾じゃない、ハンドガード付きのロングソードが仕込まれた盾だった。 その刀身には、金属的では無い白さがある。 エミリオが呆然と抜き剣した刀身を見ている。 うん。 俺も、呆れたように件のロングソードを見つめた。「アレって、まさか……」「はい。神造剣、剣槍ロンゴミアントです」 チョットマテーイ。 思わずそう言いたくなった。 ソードであるが、刀身に魔力を送り込む事でランスにもなるという逸品。 別名、騎装剣。 使い手が能力を完全に掌握しきれれば対<黒>の、正確には巨人とも戦えるパワードスーツ的な龍装騎(パンツァー・キャバリー)形態にまで成れると言う代物だ。 神造剣にあっても希少で、稀有な能力を持った、正に超一級品なのだ。 エミリオも吃驚している所から見て、サプライズなのだろう。 と云うか、アレを引っ張り出したなんて、オルディアレス伯、どんだけ親馬鹿なのだろうか。 ベイビー。 頭が痛くなってきた。 俺としては別に欲しくはないが、世の中アレを欲しがる人間は多そうだ。「盗まれないように注意しないとな」「はい。宜しくお願いします」 天然系の持つ国宝品。 これは怖い。 それでも、売ろうとかする人間じゃないだけマシかもしれんけども。「いえ、御下げ下さい」 と、良く通るミリエレナの声が聞こえた。 見ると、部屋の入り口の方でワゴンを押してきた文官さんに言っている。 何事? と近づけば、ワゴンに乗っているのは、お金っぽかった。 有無、旅費か。 納得した。 が、それをミリエレナは下げろと言う。 何でさ。 というかマテ。 かなりマテマテマテ。 慌てて駆け寄る。「いっ、いったいどうしたっ」 言葉のしりが少し不安定化する。 だって、ワゴンに乗ってるのって、どれだけあるんだ? な量のルグランキグ金貨だからだ。 概算でも、きっと億単位越えな量なのだ。 仕方が無い。 仕方が無いだろ、常識的に考えて。 目が金貨の山を追ってしまう。 実に素晴らしい量だ。「いえ、ミリエレナさんの言う通りです」 おっと、金貨を見ていたらエミリオが加わった。 というか話が金貨の辞退する方向に流れているんですか。 凄くマテ。「神託の旅は、<白>の全ての国からも支援を受けられます。だったら、このお金は神殿に寄付をするべきです!」 迷い無く言い切りやがったよエミリオ。 ミリエレナも深く頷いてやがる。 クソッタレ。 流石は純粋培養型のコンビ。 その世間知らずっぷりは半端じゃない。 ワゴン押して来た文官さんが、俺に救いを求めてきている。 ダヨネー。 と云うか、文官さん以上に俺が救われる為に頑張らないと洒落にならない。 金の無い旅なんて、最悪を通り越すってもので。「そうですよね、ビクターさん!!」「それは違うな」 下手に理屈を回すよりも真っ向から立ち向かおう。 但し武器は正論ではなく、詭弁じみたモノではあるが。「え?」「良いかエミリオ、そしてミリエレナ。旅をするには途中で色々なモノを買わなければ、旅は立ち行かない」「でも、それは各神殿や国々から支援を ――」 神託遂行に関する支援は、<白>の全国家に於いて行うべしとされている行為だ。 その協定が結ばれている。 だからこそ、昔、神託を受けた人間は着の身着のままで旅をして、神託を遂げたと言う。 清貧の旅なんて言われている。 そんな旅に憧れているのだろう、2人とも。 神族からの託された使命を、人々の絆で乗り切る。 御伽噺や、冒険譚では定番でもあるのだから。 だが、話はそんなに簡単じゃない。 だって人間だモノ。 神託の旅への支援なんて、一文の得にもならない事を、今時は何処の国もしたがらない。 それが現実なのだ。 とは言え、それをどストレートに教えた所で意固地になるだけだ。 であるからには、詐術と詭弁とを使いこなして、納得させるしかない。 こいつ等に、現実はまだ早いってものだ。「慌てるな。最後まで聞け、エミリオ」 指先を突きつけてエミリオを黙らせる。 不承不承という感じだ。「良いか、旅は北周りで行く。という事は辺境の寒村なんかを経由して行く事も多くなる。それは理解出来るな?」 ミリエレナに確認。 此方も、不満げな表情ではあるが、首肯はした。 取り合えずは聞いてくれる様だ。 宜しい。 ならば説得だ。 全身全霊を掛けての説得だ。「寒村というのは、物資が少ない場所だ。生活する上でそんなに余裕は無い。そんな場所で、神託の協定だからと、物資を融通して貰った場合、どうなる?」「国や神殿が補う事に成ってます!」「確かに。だが、寒村で少ない物資を消費させて、さて、その消費した物資が補充されるのは何時だろうかな」 物流に乏しい寒村なのだ。 所属する国に物資の補給を要請しても、直ぐ直ぐに行われるなんて在りえないだろう。 国に要請して、その要請を精査して、で適量を補充という形になるまで、相当に時間が掛かるだろう。 神託詐欺なんてシロモノまであったご時勢だ。 或いは、詭弁として物資の補充申請を突っぱねられる可能性だってある。 あるのだ。「物資を貰うのではなく、買う。買った対価を払う事で、相手は面倒な事をせずに他所から買って来る事が出来る」「でも、それは………」「或いは、物資の少ない村で物資を求めても、生活に不足したら困ると言われれば、貰えやしない。一応、アレは善意に基づく喜捨なのだから」 だから、対価を用意するのだ。 買うという形であれば、誰も傷つかないのだから。「ビクターさん」 エミリオが感心した様に頷いている。 ミリエレナも渋々といった按配で、頷いてくれた。 助かった。 どうやら説得は出来たっぽい。 嗚呼、怖かった。 別室でのゴタゴタを片付いたので、心のオアシスを求めて大ホールへと戻る。 マーリンさんだ。 最近の<北の大十字>傭兵騎士団はリード高原の先、王国接触領に居たので1年ぶり位の再会な訳だ。 旅立つ前のもう一回逢えて、良かったってものだ。 さっき顔だけはみれたが、それだけでマーリンさん分は補充できていないのだ。 ウキウキ気分で歩く廊下は、全てが輝いて見えた。 と、その廊下の端っこ、窓辺にレニーが立っていた。 なにやら消耗しているっぽい。「どうした?」「ん、主賓のお帰りか」 顔色が蒼い。 気分が悪そうだ。「大丈夫か? 何か辛そうだが」「ああ。着慣れない格好なのでね、息が詰まってしまったのだ」 我ながら貧弱だと笑うレニー。 だがその笑い方にも余裕が無い。 衣装1つでそんなに、と思ったが、良く考えてみたら原因が1つあった。 コルセットだ。 体のラインをスッキリと見せる為、女性はドレスの下にコルセットを締めて、ギュウギュウに絞り上げている。 そら、男装している時は全く使っていないのだから、消耗しても当然だろう。 動きやすさ優先のショートヘアのまま、ドレスを着ているので、髪型的にはきつくないだろうが、にしたって、である。「僕はもう駄目かもしれない」 淑女的な意味でだな、きっと。 少しだけ余裕があるっぽい。「なら脱げば?」「変質者め、この様な公衆面前で、同盟相手を落としいれようとは、ヴィック、恥を知れ」「レニー、君は良い同盟相手だが、少しばかり自己評価が高過ぎる」 主に身体の凹凸の面で。 小柄かつ、スレンダーな、男装しなくても男性と間違えられかねない所があるのだから。「馬鹿め、無駄な肉の無い僕の魅力、君が判っていないだけだ」 軽口の押収、楽しい奴である。 だが、軽口を叩いて気分転換させるだけじゃなく、だな。「了解した。なら、俺の判らない魅力持ちのレニー、何か飲み物でも持って来るから待ってろ」「いや、それは良い。今、飲んでしまうと大変な事になりそうだよ」「そうか」 コルセットってのは大変である。 そう言えば、慣れないと水も飲めないとかいう話もあったな。「だがヴィック、君のお陰で大分気分が良くなった。僕も戻ろう」 ならば、と手を取ってエスコートの構えを見せる。 笑ったレニーは、本当にお嬢様みたいに見えた。 アレ? いやいやレニーはお嬢様だったか。「宜しく頼むよ」「任せろ」 恭しくやって見せる。 エスコートといっても、軽く手を取って歩き、扉を先に開ける。 その程度の事ではあったけれども。 戻ったら、大ホールは酒宴と化していた。 オーイェー。 俺は飲まないようにしよう。 直ぐ最近、失敗したばかりだし怖くて仕方が無い訳で。 で、マーリンさんをと探したら、別の人に見つかりました。「ビクター卿」 ディージル公爵 ブリジッド・O・トールデェ。 王太子殿下だ。 良い笑顔で近づいてくる。 でも、笑顔なんだけど、何か怖い。 えーっと、どうしましょう。