さて、エミリオを連れての城下町。 当然ながらも散策目的では無く、装備を揃える為である。 武装その他は個人用意だが、諸々の小道具なんかは共同購入である。 三人分の諸々である為、割と金の掛かる事だが心配は無い。 軍資金はたっぷりとあるからだ。 俺の稼ぎでって訳じゃ無い。 王命遂行支度金の名目で、ジャンクロード主事さんから金貨の詰まった革袋を頂戴したからだ。 具体的にはgr金貨が10枚である。 馬鹿にする事なかれ、だ。 gr金貨一枚の価値が、購買力的に見るに10万円に近い位なのだから、実質100万円がポンと貰えた様なものなのだ。 凄いぜ国家事業! である。 この他にもオルディアレス伯からgr金貨で20枚預かっている。 しかも、足りなかったら補充すると云うパネェ言葉込みで。 凄い親馬鹿! である。 まぁお陰でジャブジャブと金を突っ込んで諸々を買い揃える事が出来た。 食料を保存しておく魔法の保冷樽とか、大気中の水分を集める事が出来る魔法の水樽とか、防水魔法の掛けられたテントとか、保温性抜群の毛布とか。 忘れちゃいけない特上品質の調理セットとかとか。 火付け道具も、当然ながらもアリアリで。 持ち主の魔力に反応してってのは、自前のZipっぽいのと一緒だが、アレは構造的にタバコ以外に着火するのは苦手なのだ。 だから買う。 必要かなって思えるのは何でも買う。 10フィート棒も一応、買っておく。 それからドラえもんポケットみたいな、山ほどに干し草を入れてられる飼葉樽も。 これだけ買ってもまだ金が余るってのがすごい。 魔法の品々満載だけど、魔法効果の単独付与なので割と安価なのが有難い。 実用最優先のデザインとか、素材は値段優先でとかの品を買ったからかもしれないけれども。 象嵌の施された様な緻密なモノとか、金銀白金といった高級素材を使ったモノとかでなれば、そこまで高くないのだ。 ああそうそう。 エミリオには編み上げブーツも買って置く。 一般的な旅装用の革靴は、所謂乗馬ブーツ的なものが主流だが、それで飽き足らないのが俺クオリティ。 アブラメンコフ工房の革製品担当の職人さんを巻き込んで、戦闘用としても使える、編み上げ型を作ったのだ。 爪先には金属カップを仕込み、ソールにも拘っている。 クッション性能とかは、は流石にゴムが流通していないので諦めて疲労軽減魔法に頼ってはいるが、それでも革新的な靴なのである。 尚、戦闘用としてもと言うのは、フックを設置した事で後付で滑り止めのかんじきと一緒に、金属の装甲板を取り付けられる様にしているからだ。 現代日本のってか、あの世界の知識によるチートの成果とでも言うべきものだ。 後、俺の趣味もある。 ライダーにとって革の編み上げブーツって趣味なんですよ。 趣味だったと言うべきか。 尤も、コッチは馬車程には売れていない。 まぁ仕方が無い。 武器屋が作った靴なんて言われて、はいそうですかと買える様なモノでは無いのだ。 1個だけとはいえ魔法まで掛けているから、それなりの値段になっているし。 だがそれでも、最近は冒険者の間でジワリと口コミで売れつつあるとかいう話。 将来が楽しみだ。 そんなこんなで色々と買い込んでいく今日。 嗚呼、大人買いの気持ちよさ。 大人と云うよりも成金のってレベルに近いけれども。 兎も角。 買い物も一段落しての休憩を取る。 場所はオープンテラスっぽいとか表現すると如何にも洒落た感じだが、その実態としては露天街の隅っこの御茶屋だ。 職人街に隣接しているので荒っぽい雰囲気の場所ではあるが、味が良いのだ。 というか、味が悪いと荒っぽい職人が暴れるという現実があるのかもしれない。 注文した牛乳入りの薄甘い黒茶は、紅茶と珈琲の合いの子っぽい感じである。 というか濃い麦茶みたいな味である。 それは良い。 それは良いのだが、甘さ控えめと云うのがどうにもこうにもだ。 砂糖が欲しい。 かなり真剣に。 薄甘いというか、温い味は気に入らない。 オール・オア・ナッシングで、甘いならガツンと欲しいのだ。 無い物強請りではあるけれども。 トールデェ王国では砂糖の供給が安定していないから仕方が無い。 というか、あっても使えないかもしれない。 サトウキビもてん菜もトールデェ王国では自生していないので輸入頼りの高級品、それが砂糖なのだから。 あーあ、俺ではない俺の故郷、日本が懐かしい。 調味料が腐るほどあったなぁ。 七味調味料も無いなんて、なんて拷問だ。 塩を好き放題に使えないなんて、何て煉獄だ。 ツーンとくる山葵を乗っけた刺身、痺れる程に山椒を効かせた麻婆豆腐、おぉっと香辛料の宝庫であるカレーライスを忘れちゃいけない。 まぁ、キムチ鍋は程ほどに。 というか鍋ならすき焼きが食いたい。「……さん、ビクターさん」 牛肉、和牛、生卵、生卵なら卵ご飯だって忘れちゃ駄目だな。 でも、それなら辛子とネギと醤油を入れた納豆ご飯など、もう堪らない。 辛子はトンカツに着けて美味いし、トンカツならカツ丼を忘れちゃいけない。 だが丼ものだと、天丼が至高だね。 穴子と海老と蓮根と、そうそう、彩的にピーマンと人参もありありだ。「ビクターさん!!」 フト、見ればエミリオがコッチを見ている。 考え事をして居過ぎたか。「ん? おぉ、悪い」 あー日本食を喰いたい。 ラーメンが、カレーが喰いたい。 クソッタレめ。 この世界は最高だ。 但し、食い物を除けば。 アーメンハレルヤピーナッツバター。 スパゲッティモンスターよご照覧あれ、だ。 まぁそれでも、英国よりはましかもしれないけれども。「少し、考え事をしていた」 そう言えばフィッシュ&チップスは似た様なモノが出来てたな。 白身魚とジャガ芋っぽいモノを油で揚げて、ビネガーをタップリと注いで。 だけどそれじゃ、旨味成分は無いんだよね。「何かあったんですか?」 真面目に尋ねて来るエミリオに、チョイとだけ罪悪感を感じた。 だから頭を振って、喰えない食い物の事を追い出す。「いや、少しだけ――そうだエミリオ、君は食べられないものとか、好物とかあるか?」 昼からは食料品も揃え様かと考えて尋ねてみた。 海鼠の食えない奴に海鼠を用意しようとはしない、そゆう事だ。 喰えないものを積むなんて、容量の無駄ってのもある。「ありません。生きとし生けるものからの糧に文句を付けるなんて、そんなのは良くない事です」 キッパリと断言したエミリオだが、少しだけ目が泳いでいる。 ふむ、あるな。「本当か?」「本当です」 神話の時代、巨人の暴虐の中で立ち上がった神族は、人間から生まれたが故に食い物をも大事にしていた。 だって人間、喰えなきゃ死ぬし。 だから食い物に関しては、どの神族を奉っている教団であっても、豚を食うなだの牛は神聖だとかの禁忌は無いが、代わりに大事にしようと云うコンセプトの教義が存在している。 だからエミリオは好き嫌いを否定している。 だが、そんな壁を打ち崩す言葉がある。 魔術とは言葉によって紡がれる。 だからある意味で言葉は魔法なのだ。 即ち、言葉の魔法。「だがエミリオ、同じ食べ物を食べるにしても、美味しく食べられた方が、食い物にとってもありがたいんじゃないかな」「え?」「ソレしかないのであれば否定は許されないかもしれないが、選択は罪じゃない。君が選ばなかった代わりに、好きな人がソレを食うのだから」「えぇ??」「要するにエミリオ、皆が幸せになるって事だ」 幸せになろうってのも、教義には含まれている。 流石は神族、人間から成り上がっただけあって、人間に優しい教義ってなものである。「そこらへん、どう思う?」「あっ、えっ、あ、あぁ――僕は」 好き嫌いを吐き出させた。 ぶっちゃけて詭弁な遣り方ではある。 が、反省はしていない。 目的を達成しさえすれば良いからだ。 そんなこんなで食に関する嗜好を聞きだし終わった時、不意にエミリオは困った表情を見せた。「そうだビクターさん」「ん?」 続いた言葉は、少しだけ予想外だった。 少しだけだが。 異世界ですが血塗れて冒険デス (σ゚∀゚)σエークセレント1-10アーメン ハレルヤ ピーナッツバター 昼食を済ませた俺とエミリオが向かったのは、王都の郊外。 やや離れた場所だった。 見上げるのは、城壁にも見えるナニカ。 中々に巨大な実用的な石造りの壁だ。 それも、窓の少ない石壁で、厚さはメートル級となれば城壁と言っても過言はないだろう。 だがこれは城壁では無い。 神殿だ。 この世界で奉られている神族の中でも特に武断を、悪と対峙しては決して引かぬ“挫けざる心”で知られた第3位の神、女神ブレルニルダの神殿なのだ。 正義の神様は女神様☆な訳だ。 しかも、悪即斬型の。 ………何だろう、この世界って微妙に狂ってると思う。 兎も角。 そんな斬悪女神の神殿は、どうみても砦となっています。 それも実用的な。 矢を放てる様にしていたりとか、水堀が掘られているとか。 実に実に砦以外の何物となっている。 別に、神殿がトールデェ王国と対立しているからって訳じゃない。 それが基本だからだ。 <黒>の理不尽と対峙し、人を護る。 それこそがブレンニルダの、ブレンニルダを信奉する人間の在り様なのだ。 そんな人間の集団だから“<黒>との最前線に立つ砦”なんて物騒な二つ名が送られ、そしてそれをブレルニルダ教団は誇りとしていた。 にしても、コレは、だ。「ビックリだな」 城郭の類なら兎も角、神殿でコレは無いと、呆れるように呟いてしまったのは仕方が無いだろう。 丸っきり城郭か要塞である。「あれ、ビクターさんって来るのは初めてですか?」「ああ、まぁ――機会が無くてな」 宗教にタッチしたくないってな気分で、来てなかったのだ。 ここにも他の所にも。 いや、愛と歌の神である女神レギンヘーリャは大好物ですペロペロで( ゚∀゚)o彡°おっぱい!おっぱい! はあるけど、その気分は信仰じゃないんだよね。 ぶっちゃけて、“萌”な訳で。 特に、実録神話なエピソードの数々を読んでいるとニマニマしか出来ないのだ。 軍神シュテルマーヌの従神が1柱であるアルフェルトと恋に落ちたりとか、空で迷ったアルフェルトを導く為、高台で歌った話とかとか。 どこの空馬鹿と歌妖精ですかってなものである。 ん、話しがずれた。 兎も角、な訳で神を信仰していないのだ、俺は。 苦難は実力をもって排除せよ。ナニカに縋るなって自力本願を基本にしている我が母親様の影響かもしれんし、前世の絡みもあるかもしれない。 仏放っとけ神構うな、と。 尤も、んな発想はこの世界だと異端になるんで、一応は信仰してますよ。 している事にしてますよ。 風来坊の、神ってか亜神であるコブラを。 コブラは葉巻のよく似合う2枚目半の亜神って事にしている。 ん。 要するに、でっち上げたのだ。 亜神とは、人間が自ら研鑽し神の座へと昇って生まれる神様の事であり、であるが故に数がべらぼうに多いのが特徴なのだ。 所謂、八百万。 まぁ実際には100を超える程度だろうが、それでも地方色が豊かで人に知られていない柱はザラに居るので、適当に作っても問題は無い訳で。 多分。 尚、亜神なので聖印が無いが、代わりに象徴として葉巻を設定したので、神に祈る的な意味でタバコが吸える。 素晴らしい。「そうでしたか。僕は何度か来てましたから、でもビクターさんのビックリする気持ちは判ります」「何だ、惚れているのか。<聖女>ミリエレナに」「なっ、ちっ、違います! あっ、いやゃっ、その違うというのも違いますけど!!」 顔を真っ赤にして慌てるエミリオは、可愛いものである。 多分に、ミリエレナに抱く気持ちは下世話なモノなんかじゃなくて憧れに似たものなのだろう。「ぼっ、僕はブレルニルダの弟神バルブロクトの信徒です!! だから、来てて当然なんです!!!」 拳骨を象徴とする武の神、バルブロクトか。 別の言い方をすると、シスコンで姉のブレルニルダにデレデレという駄目神様。 神族へと昇ったのが一番最初だったので主神9柱における第1位の座に居るけど、判断その他を全部、姉神に預けて前線で拳を振るいまくった脳筋神様だ。 この世界の神様達って、もう駄目かもしれんね。 別段にイベントも無く、ブレルニルダ神殿に入る事が出来た。 エミリオが幾度も来ていたお陰で、顔パスに近い形だった。 面倒が無くて宜しい。「ようこそ、ブレルニルダ第3神殿へ」 恰幅の良い老女が出迎えてくた。 当然ながらも、この人が<聖女>ミリエレナでは無い。 この神殿を統括する第1位神官長、ゴーレル・ベルネヒトさんだそうだ。 お偉いさんが出てきたものである。「初めまして第1位神官長殿、ビクター・ヒースクリフです」「あらあら、貴方が<鬼沈め>の」 柔和な作りの顔で、唯一、柔らかさの無い瞳が俺を見る。 鑑定されているのだろう。 気持ちの良いものじゃないが、<聖女>なんて云う、この神殿の宝物みたいな女性と共に旅するのだから、まぁコレは仕方が無い。「はい。がっかりされましたか?」「そうね。字から、もう少し強面の人を想像していたわね」「期待を裏切って、申し訳ありません」「良いのよ、世の中は驚きがあった方が面白いの。だから改めて宜しくね、ビクター卿」 手を差し出される。 認められたという事だろう。「此方こそ」 エミリオがキョトンとした顔で俺とゴーレルさんの顔を交互に見ていた。 黒い事が判らないのは悪い事じゃない。 そのまま真っ直ぐに生きて欲しいものだ。 さてさて。 許しを貰ってソファに座る。 詰め物がしっかりと入っている革製で、中々にすわり心地が良い。「もう少ししたらミリエレナも来るわ。その間、お茶を楽しんで頂戴」「有難く」「はいっ!」 背筋を伸ばしているエミリオ。 アレ、会った事無いのだろうか。「そう言えばエミリオも、かの<聖女>殿に会うのは初めてなのか?」「はい、遠くから見た事はありますけど、はっ、初めてです!」 緊張でガチガチである。 多分に気分は生でアイドルに接する機会の持てたファンといった所か。「そう、そうね。エミリオにビクター卿、お転婆なあの子の事、宜しくお願いしますね」 慈母に似た笑顔を見せるゴーレルさん。 心底からミリエレナの事を大切にしているのが判る笑みだ。 だから俺は立ち上がる。 立ち上がって敬礼をする。 踵を合せ、右の拳を左胸へと当て腕は水平になる様にする。 ヤマトの敬礼チックであるが、違いが拳を体に水平にする事だろう。 この敬礼は戦士の誓いを意味し、本来は抜剣して剣先を空へと突き上げて行うものだから当然である。 尚、この場所に様に帯剣していないのであれば、拳を当てるだけでも十分に正しい敬礼となる。 否。 正しいか正しくないかの前に、気持ちの問題だ。 決意の問題だ。「誓って」 俺の少しだけ遅れて、エミリオも立ち上がって敬礼をした。「かっ、必ずや!」 動きも言葉も一緒では無かった。 だが、気持ちは一緒だろう。「有難う」 厳粛な空気。 丁度その時、部屋の扉が叩かれた。「遅くなって申し訳ありません第1位神官長様、ミリエレナです」 柔らかな声がした。 頷くゴーレルさん。「お入りなさいミリエレナ、丁度良い時だったわ」「はい」 ゴーレルさんの声に導かれて入ってきたのは、何だろう、正統派の美少女だった。 肩で切り揃えられたウェーブの掛かった金髪の、小柄な女性だ。 可愛い感じである。「紹介しましょう、此方が貴方の護衛となるビクター卿とエミリオ神官補よ」「ミリエレナ・ハルメルブです。私も頑張りますので宜しくお願いします。ビクター卿、エミリオ神官補」 それは、花が綻ぶ様な笑顔だった。 だからこそ疑問を抱いた。 何故、ゴーレルさんがミリエレナに対して“お転婆”という形容詞を用いたのか、と。