相変わらず料理の旨いマルティナ謹製の夕食。 一通り食べてから母親様は只一言、頑張れと言ってくれた。 若い内に色々と外に出るのは勉強になるとも。「私も若い頃には、ノルヴェリスまで行った事もあったから、そうね。良い経験になるわね」 ノルヴィリスってったら<北ノ聖地>への行程の半場にある、第4の<聖地>だ。 そして同時に、<白>の領域を3つに分割する大河プロフォモウムと、<天ノ柱>と<白壁>と云う二大山脈の狭間――大地に打ち込まれた頚城とも謳われている<無ノ断裂>の南端となっている大都市でもある。 確か<無ノ断裂>を往く飛天船と、鉱山で有名だったかな。 後、<白>の旧領域との大物流動脈である飛天船と、新領域の東西領へとの交易路の基点として、栄えているって話だ。 にしても良く行ったもんだ。 唐天竺の、天竺ってレベルだそ。 気分的には。「一度、旧領域って見て見たかったのよね。でも、飛天船の運賃が高かったから、諦めたのよ」 物見遊山に行くには、飛天船の運賃はチョイと高額過ぎて。 で、しかもノルヴェリスは魔道都市であり、同時に<天ノ柱>山脈から掘り出した鉱物加工が有名な訳で。 ブッチャケ、魔法の付与された武器を買い過ぎて、船に乗れなくなったと笑う母親様。 昔っから武器を買うのには、金に糸目を付けなかった模様。「あっちで色々とやって面白かったわ。竜に喧嘩を売ってみたり武闘会で大暴れした。そうそう、ランザックみたいな変な剣工が居たりね」 聞いた事の無い名前だが、その頃のダチなのだろう。 人に歴史あり、である。「だから、私は大賛成」 ウィンク。 10代の子供を2人も育てているとは、とても見えない瑞々しい笑顔だ。 そして親父殿は、黙って頷いている。 マルティナは、至極面白そうに笑ってる。 ここまでが肯定組み。 そして、ここからが否定組み。 ぶっちゃけ、妹とノウラだ。 2人とも渋い顔して、皿を見ている。 つか、パンもシチューも殆ど食べてない。 食堂の、その区画が暗い。 つか、重い。 なんでさ? 異世界ですが血塗れて冒険デス (σ゚∀゚)σエークセレント1-04なんでさ? 先ず口火を切ったのは、可愛く成長した妹だ。 豪奢な金髪を全て後ろに流し、そして編み上げている。 コレで眼鏡があれば、見事なオールドミスってな風である。 そんな没個性的って髪型は、昔のストレートの頃の愛らしい姿を覚えている兄としては、勿体無いなーとも思うものである。 が、今現在、我が妹通っている王立大学院の付属魔道院の校則とあれば仕方が無い。 勉学の邪魔にならない格好とかゆー規定だそうな。 と言うか格好が、暗色系指定でデザイン地味とか可愛い子相手に勿体無い格好をさせると思う次第。 こげ茶色を基調とした、装飾の少ないワンピース。 魔道院の制服だそうな。 萌ねー 無理ー 流石に萌えられん。 包装って大事だと思うんだ。 如何に中身が良くても、それを映えさせる包装があれば、益々良く見えるってもので。 というか、カラフルな包装紙と新聞紙を比較すれば、人間、どう思うか考えるまでも無いってものである。 まぁ決まりとあれば仕方が無いが。 残念だ。 非常に残念だ。 尤も、悪い話だけじゃない。 下手に色気のある格好をして、男が寄って来たら困るってなものである。 親父殿と2人、結婚式の日に涙酒を呑む予定ではあるが、それでも近すぎると悲しいってなものである。 可愛い妹に付く悪い虫は潰せ(エクラゼ・ランファーム)!である。 兎も角。 そんな、残念な格好をさせられている妹は、丁寧な仕草でナプキンで口元を拭き、そして弾劾をおっぱじめた。「お兄様、何故、そんな危険な話に簡単に乗ってしまうのですか」「いや、まぁ簡単にって訳じゃ無いが………」「では惑わされてますわね。御金に。危険を読めない程に」「其処まで拝金主義って訳でも無いぞ?」「拝まないでしょうね、ええ。でも、少ないよりは多いほうが良いのでしょう?」「おう」 何だって、少ないよりは多い方が良い。 お金も身長も、オッパイも。 ( ゚∀゚)o彡°おっぱい!おっぱい! とするには、それなりの規模が要るのだ。 有無、その意味で我が妹は、残念である。 板では無いが、その親戚程度には収まっている。 頑張れ、色々と。 変な事を考えてたら、睨まれた。 悟られない様に、首を横に振る。「…? 兎も角。ヒースクリフ男爵家の嫡男として、それはどうかと思うのです。お兄様はこれからしっかりと家を背負われるのですから。でなければ、家の鼎の軽重を問われます」「いや、え?」 大事かよ? っと母親様を見ると、何か知らんが笑ってた。 何でさ? ウチは男爵って言っても領地無しの宮廷爵で、その本業として王国軍に参加し、武威を誇れば良いだけじゃないの? と素朴に疑問に思えるのですががががが。「お兄様の性格ですと、宮廷爵として武威を誇れば良いのだから、誉ある字名を抱き、更には名誉ある<白外套>を得ると言う大成果を掲げたので貴族の義務を果たしたと思ってらっしゃるのかもしれませんが、それでは駄目です。駄目なのです。人間は上昇志向を持たねばなりません。宜しいですか、お兄様。アデラお母様は武功で宮廷爵位を得られました。その上でお兄様が武功を上げれば、領地の無い宮廷爵では無く所領を持った、正しい男爵位を得る事も可能でしょう。その為には、<北ノ聖地>なんて最果ての地へと赴くことなんてもっての他です。判りますか、お兄様」 エンドレスである。 というか、息継ぎをトンとせずに流麗に言い募る我が妹。 有無、滑舌が良い。 流石は魔法使い見習い。 伊達に長ったるい呪文を詠唱できるのは伊達じゃない。 今度、東京特許許可局とか言わしてみるか。 意味が判らないだろうけども。「聞いてますか、お兄様」「うん、聞いてるよ。ヴィヴィーの声は綺麗だからね」 思わず、褒めてた。 いやホント、声は良いのだ。 良い出来の鈴を転がす様な響きがあるのだ。 嘘なんかじゃない。 内容? それはスルーが紳士の嗜み。 何で俺、怒られているんざんしょ。 情緒不安定か。 考えれば思春期だ。 箸が転んだって、腹の立つ頃だ。 仕方が無いか。 妹Loveなお兄ちゃんとしては、チョイと悲しいけども。「なっ!? いぇ、それは当然です。だって私はヴィヴィーですから」 えっへんと胸を張る妹。 アレ、褒めたら素直に喜んだ? どゆうこと?? まぁ良いけど。 と、妹の矛先が止んだと思ったら、おもむろにノウラが口を開いた。「しかしビクター、貴方は野外生活能力は大丈夫なのですか?」 ここはウチの食堂で誰も居ないから、ノウラは身内モード全開である。 つか親父殿も母親様も、両親を無くしたノウラを非公式な部分では末の娘的に扱っている。 まぁ非常に出来た娘っ子だから、自分でラインを引いてはいるが。 それはさておき、こっちは俺の能力への疑問符か。 確かに戦闘能力以上に家事万能なマルティナや、その弟子であるノウラからすれば見劣りはするだろうが、それなりには出来る。 出来るのだ。 その為のゲルハルド記念大学なんだから。 将校教育と平行して、冒険者としての教育もするっていう無茶なカリキュラムは伊達じゃない。 野外野営訓練は基本だし、掃除洗濯に果ては衣服繕いだって仕込まれている。 もうね、そこ等辺の家にならお婿で行ける位である。「大丈夫だよ」「信じられません」 ばっさりだ。 其処まで言い切らなくても良いのに、と涙が出そうになる。 出ないけど。「あのな、俺は一応、そういう教育を受けているんだぞ」「ですが、家での姿を見ていると、どうにも信用が出来ません」 ぷいっと横を向く。 基本としてクールなメイドさんであるノウラだが、まだまだ子供っぽい所がある。 うん、可愛いものである。 もうね、ノウラも俺にとっちゃぁ妹なのさ。 かーいーのだ。 まっ、ノウラからすると、俺は手の掛かる駄目兄貴かもしれんけどもね。「ホントだよ。野営に関わる諸技術から料理まで、何でも御座いってなものだよ」「………」 じーっとコッチを見てくる。 笑顔笑顔で頷き返す。 こんどは反対方向へと、顔をぷいっと向けられてしまった。 地味に凹むってなものである。 あー そう言えばノウラも反抗期か。 チョイとお兄ちゃん、悲しいね。「やっぱり信用出来ません。アデラ様、私も付いて行っては駄目でしょうか」 確かに、来てくれれば有難くはある。 家事一切に万能で、それ以上になかなかの戦闘力も持っているのもポイントが高い。 というか想像して欲しい。 メイド服を着た赤毛の少女が、身の丈もありそうな双頭剣を振り回しているのだ。 非常に素晴らしいじゃないか。 悪夢的でもあるけども。 というかノウラ。 その双頭剣、なんて馬上剣【メーネ】って感じではある。 実際、使い方も似たようなものだ。 剣というよりは槍で、刃を脚甲で蹴っ飛ばしたりもしている。 俺といいノウラといい、普通の剣士は居らんのか、ウチは。 いや、当然か。 当代当主が散兵じみた遊撃、密集陣形によって集団で相手を圧倒するのでは無く、個人の武威によって相手を粉砕する事を旨とした傭兵上がりの母親様で、その薫陶を受けて育ったのだから。 綺麗事よりも威力、戦闘力を重視するのも当然だろう。 剣術と言うよりも、剣を持った格闘術である。 まっ、ある意味で正しい剣術、剣道以前の古流剣術のスタイルかもしれない。 又、そのスタイルが故に、双頭剣へは脚甲で蹴飛ばす事を前提に、刀身保護の魔法が厳重に掛けられている念の入用なのだ。 何がノウラを駆り立てたのか、謎な奇形武器である。 尚、その値段は余り高くない。 魔法が、刀身保護以外は掛けられていないからである。 斬撃は、その重さ故に、並みの相手では耐え切れない威力になるからである。 更には、隙を見せれば突きも飛んでくるのだ。 見後なまでの武装メイドさんである。 一家に一台の逸品である――まっ、少女ではあるが。 兎も角。 最近では妹のお供で魔道院に行く事もある、何処に出しても恥ずかしくない立派なヒースクリフ家のメイドさんである。 だからこそ、連れて行けない。 こんな良い娘を、雇い主の息子だからって勝手に仕事を押し付けてはいかんのである。 と云う訳で、大却下。 母親様が良し悪しを口にする前に、俺が断ずるのだ。「どうしてですか」「どうしても、だ。王国内なご近所ならまだしも、流石に<北ノ聖地>までってのは、問題だよ」「………」 不承不承と言わんばかりの表情をするノウラ。 旅行、否、冒険がしたいのかもしれないが、コレは譲れない。「まぁお土産買ってくるから、それで勘弁してくれ」「お土産………ですか………………でも――」 むぅ、頑固だ。 ええい、最近は食い物で釣れないので、別のベクトルでやってみよう。 と、思ったら母親様が助け舟を出してくれた。「心配ならば試してみれば良いじゃない」 んと素朴な疑問ですが、それって助け舟ですか、母親様。 朝。 内陸部にある、トールデンの朝は乾いた空気が心地良い。 空が高い。 絶好のピクニック日和だ。 そう、ピクニックだ。 母親様の提案で、俺の野外生活能力を試す為にトールデン郊外へと行くのだ。 正確には、トールデンの水瓶として、その傍らデンと存在する直径で400kmにも達しようかと云う化け物染みた巨大な湖<トールニア>の畔だ。 <トールニア>へと注ぐ清流のある場所であり、広がる草原と相まって、トールデンでは人気のピクニックスポットだった。 そこで俺がお昼ごはんを野外調理してみせるって事になったのだ。 まぁアレだ、戦闘能力はそれなりなので、評価すべきはそれなのだろう。 俺としては今回判明した、評価の悪さ――駄目な兄ってな印象払拭の為に頑張る所存である。 汚名は返上。 挽回じゃないのだよ。 尚、平日ではあるが、<北ノ聖地>往きの準備として、ゲルハルド記念大学の方は休みを貰っているから問題は無い。 あった方が良かった様な気もしないでもないが、可愛い妹と妹分とのピクニックだ。 俺の実地試験じみてはいるが、それでも楽しいものではある。 もう少しすると、当分は顔をみれないから、しっかりと記憶に残していこう。 と言うか、帰ってきてたら2人とも結婚して家を出てたとかゆー可能性も無きにしろあらずなので、ホント、しっかりと覚えておこう。 と云う訳で、微妙な高揚感とブルーな気分がない交ぜになったまま、俺は高い空の下で馬車に荷物を積み込む。 畔は、トールデンの郊外とは云え片道で7km程度は離れているのだ。 馬車を使わないで行けるか、だからである。 積み込むものは、折りたたみ式の椅子と卓。 他、様々なキャンプ用の小道具。 まぁ日帰り予定なので、宿泊用のテントなどの大物は流石に積まないが、それでも日よけの簡易テントは用意する。 うら若い女性2人を連れて行くのだ、その程度は紳士の嗜みってなものである。 それに、肉と果物を入れた魔道保存樽も。 よっこらしょっと乗せる。 魔道保存樽、言ってしまえばこの世界の冷蔵庫みたいなものだ。 冷やすのではなく、蓋をしている時間の間、中の空間を、時間を停止させるってな辺りが、実にファンタジーである。 というか、時間を止めるって何気に凄いが、この世界の魔法魔道技術って、亜空間の活用にまで及んでいるのだ。 今更に驚くネタでは無い。 呆れるけど。 さてさて。 積み込みが終わっての一服。 細巻の煙草を取り出し、咥える。 悪癖だと判っちゃいるが、辞められない。 つか、辞められるか。 戦場だの何だのであれば、止められるが、それ以外の理由で止める気にはならない。 咥えただけで上がる、甘いフレーバー。 それに胸元の、マーリンさんのタリスマンや身分証のタリスマンなんかと一緒に、革紐に通して首から下げている魔道ライターで火をつけようとする。 小さな円筒状のソレは、蓋を開ければ持ち主の魔力に反応して火が着く逸品だ。 純銀製で、親父殿からゲルハルド記念大学への入学が決まった記念にと貰ったものだった。 が、ほっそりとした指先に蓋を閉じられてしまった。 妹だ。「お待たせしましたお兄様。でも、煙草は良くありません」 歌手と同様に喉が命っぽい魔法使い見習いな妹は、容赦がありません。 俺にとって、至福なんだけれども。 が、赦せる。 薄い赤を基調とした野外用のワンピースっぽいドレスに、ケープを羽織っている。 髪は1房だけ、長いのを編み込んで下げ、後は流している。 有無、可愛い。「了解。ヴィヴィーの言葉に従うよ」 素直に煙草をケースに戻した俺に、妹はえっへんと胸を張る。 この子もまだまだ子供だ。 可愛いものである。 そんな妹の後ろに、女性の小物を色々と詰め込んだっぽい藤のトランクを抱えたノウラがいる。 此方もおめかししている。 妹のと比較するとやや実用的なデザインの、でも鮮やかな蒼が綺麗なドレスを身にまとっている。 髪は丁寧に櫛を通されて艶やかで、それをそのまま下ろしている。 2人とも可愛い格好で来ちゃってまぁと思う。「ほら、ノウラ」 手を差し出す。 トランクを取るのだ。 女の子に重い物を持たせるのは趣味じゃない。「あっ、でもビクター様――」 よそ行きの言葉遣い。 でも、ソレはチョイと違う。「今日は休みだよ、休み」 休日じゃ無い。 が、母親様が行っておいでと言ったのだ。 休みだ、休み。 仕事は無しだ。 そう告げると、ノウラはチョッとだけ顔を赤らめた。「その、お願いします、ビクター」「宜しい」 ニィっと笑ってトランクを受け取ると、丁寧に馬車に乗せる。「じゃぁお嬢様たち、乗ってくれ。出発しよう!」 今日は良い天気だ。 ピクニック日和だ。