右を見ればゴブリン。 左を見ればゴブリン。 数はざっと10を超える程度か。 それぞれ得物を構え、半円の陣形でジリジリと距離を詰めて来る。 何と云うか、見事に包囲されている。「ビクター坊」 両手で鉄芯のクォータースタッフを持っているマルティナさんが、油断無く周囲を睨みながら声を掛けてくる。 何処其処に補修の跡が見える、歴戦と思しき重厚なブレストプレート姿だ。 盾を持たない分を、それで補っているのだろう。 対して俺。 右手には魔法強化されたショートソードを握っている。 左手は盾代わりの、二の腕まで護る大きめガントレットを装着している。 が、鎧は金属製ではない。 動きやすさが優先されたレザーアーマーだ。 関節や腹などの部位を護るのは油で硬く煮られたものを仕様。 そして胸部には金属のプレートが何枚も縫い付けられている、簡易型のバンデッドメイルと言えるかもしれない。 まぁ簡易の名前通り、余り強度は無いのが欠陥だが。 基本的に、体力的な限界を考えてのチョイスである。 まぁ正確には、チョイスされたのだが。 母親様に。「何、マルティナさん?」 俺も、まぁ視線を動かしている余裕は無い。 まさかこんな形でタップリの敵意をぶつけられるとは思っていなかったのだ。 まぁ仕方が無い。「このゴブ共、どうにも勝手が違うみたいだからね、アタシの背中から離れるんじゃないよ」 阿呆のゴブが、知恵を張ると苦々しげに続けるマルティナさん。 <黒>でも馬鹿として知られるゴブリンは、数で押す以外に知恵は回らない。 回っていなかったのだ、今まで。 それが今回は違う。 恐らくは、オーク。 ゴブリンの群れの後方で偉そうに見ている奴だ。 剣を抜く事無く、余裕綽々ってな按配で立っている。 ムカつく。 そんなムカつくオークが、ゴブリン語と思しき言葉で何かを指図するに従って、ゴブリン達は包囲網を縮めたり、動いたりしているのだ。 指揮官であることには間違いない。「今まで、オークはゴブリンについて来なかったんですか?」「いや、来てたよ。だが、こんなに知恵の回る姿を見せた事は無かったねぇ」「じゃぁ、矢張りアレが原因ですか」「原因だろうねぇ」 組織化されたゴブリン。 個体の力が劣る点を、集団で動く事で補う。 それは今まで人が、<白>に属する人族が行っていた事なのだ。 ソレを、ゴブリンがする。 これ迄は雑兵でしかなかったゴブリンが戦力化されるのだ。 大問題であった。「チィッと頑張らんといけないやねぇ」 これが、<黒>全体としての動きなのか、それとも、このオークの突飛な行為なのか。 そこを見極める必要がある。「了解です」 返事をした時、前衛にいたゴブリンが一斉に攻撃を仕掛けてきた。「シャァァァァァァ!!」 手に持っているのは棍棒だったり、手斧だったり、ショートソードだったり。「なぁっ!!」 横薙ぎの一閃。 その風によって、大の大人の腰まである様な大きな草が吹き千切れる。 が、ゴブリンは捉えられない。 一斉に頭を下げて潜り抜けて来たのだ。 大人のゴブリンでも人間の子供並の体格しかしていない事を生かしていた。 距離を詰められたマルティナさん。 クォータースタッフの間合いとしては近すぎる間合い。 だが、それが即、危険には繋がらなかった。「ぬんっ」 振りぬかれたクォータースタッフ。 その慣性を利用する形で変則的に上へと振り上げ、そして反対側の先端部を打ち下ろす。「ゴヴェ!?」 ゴブリンの頭部は見事に圧壊していた。 だが距離を詰めていたのは更に2匹。 左から迫る1匹は棍棒を持っている。 棘を埋められた、それはもう凶悪な棍棒だ。 それをマルティナさんは体を捻る事で肩で、肩にある装甲で受け止める。 顔をしかめているが、棘は刺さっていない模様。 残るは1匹。 右側から迫るその手には、ショートソードが握られている。 流石のマルティナさんも、対処は仕切れない。 自由に動ける身であれば簡単に避ける事も出来るだろうが、馬車を背にし、それを護らんと踏ん張るのであれば、是非も無い。 だからこそ、俺が居る。 俺が補うのだ。「Eeei!」 懸かり――蜻蛉の構えから、一挙に踏み込んでの一閃。 狙ったのは胴、やや左。 が、初めて人の形をした知性体へと振るった剣は、やや誤った。 勢いは良かったが、ゴブリンの持っているショートソードに当ってしまい、外へと弾かれたのだ。「ギィィィィッ!」 赤錆だらけのショートソードは当った所から叩き折れてはいたが、腕に傷は無かった。 思わず舌打ちが出そうになる。 正式に学んだ訳でも無い、ナンチャッテの薬丸自顕流なのだが、矢張り、悔しい。 即、2撃目を狙おうとするが、ショートソードを振り上げる前に退かれた。 判断が速い。 違うな。 口笛か何かが聞こえた。 あのオークの判断か。 ムカつく。 狙ってやろうかと、睨みつけると、ニヤニヤと反された。 益々にムカつく。「ビクター坊」 棍棒のゴブリンも引いたのだろう。 ナンと言うか、消化不良な表情をしている。 だが、それでも俺がチョイと危険な気分を抱いた事を読んで、声を掛けてきた。 ここら辺、新兵を抑えるベテランってな具合だろう。 って事はアレだ、俺はジーンか。 手柄を立てちまえば、ってな死亡フラグは要らんがな。「あい」 だから素直に頷いておく。異世界ですが血塗れて冒険デス (σ゚∀゚)σエークセレント0-12バトルがフィーバー ゴブリン、その性、性悪にして無思慮ってなのが通り相場で、更に戦意旺盛にして戦力極めて低しってなモンが一般的な評価だが、この相手は違う。 チート臭がプンプン。 具体的にはアレだ、後ろで偉そうな態度を見せているオーク。 ナンか魔力を帯びてるっぽい、銀色の首輪付きの鎖を弄んでる。 気に入らない。 偉そうな態度は、更に気に入らない。 人を下に見下したような顔は、滅茶苦茶に気に食わない。 仕掛けたい。 が、無理。 直衛と言わんばかりに、身の回りに3匹程のゴブリンを置き、そして前線には7匹のゴブリンが居るのだ。 此方は非戦闘員のノウラと、準非戦闘員な妹が居る馬車を護らねばならない。 馬車から離れての攻勢は出来なかった。 こゆう場合、弓か何かの中長射程武器が欲しいものだ。 てゆーか、必須だな。 まぁ馬車の中にはあったが、取りに戻るのは危険過ぎる。 指呼とまでは言わないまでも、かなり近くで対峙しているのだ。 装備を変えるタイミングで襲われたらアウトだ。 と言うか、無事に装備を変え終えた瞬間に距離を詰められたら、更に悲惨だ。 ナグモTFかよってな具合だ。 まぁグダグダで迷うのもアレだが、敢闘精神過ぎるのも問題ではありんすがね。 一矢報いるより、1隻でも本土へと連れて帰るのが大事じゃないのかと小一時間。 まぁそんな気分は横に置いといて。 冷静に考えて、即、放てる投擲系の装備も必須だと云うのを理解する。 ダーツと云うか、投擲剣みたいなモノの携帯が吉か。 ああ、良いのが在った。 手裏剣。 或いは苦無か。 弾帯みたいなのに挿して袈裟懸けにすると、まぁナンと言う事でしょう。 黒の剣士化フラグキタコレ、だ。 が、まぁ、アソコまでストイックつか愚直にゃ成れないですがね。 俺ってば欲塗れの俗物だから。 楽したい。 エロしたい。 酒は……まぁ、適当に。 さて、そんな将来の楽しみの為にも、ゴブリン&オークに囲まれた程度の事は、鼻歌交じりで乗り越えないと駄目でしょう。 うん。 きっと駄目だ。「さて、どうします?」 先ずはベテランに意見を聞く。 が、アチラも悩んでいるご様子。「どうするかねぇ」 攻めて来てくれれば楽なんだが、と視線を周囲に向けつつもボヤク。 そらねー ゴブリンが持久戦を仕掛けてくるってのは、まぁ、想定外やね。 てゆーか、油断無く周囲を警戒している辺り、最初の奇襲を喰らったのが、相当に悔しいらしい。 俺もまぁアレだ、命のピンチ割と厳しめを味わったので、ベテランが真剣になっているってのはあり難い。 マヂデ。「相手にも弓が無いのがあり難いが、千日手はビクター坊の神経が持たんだろうしねぇ」 大丈夫。 そんなに細くない。 まだまだ大丈夫。 だと良いなぁ。 流石に初実戦故に、自信は無い。 なので、片膝を着いて楽な姿勢を取る。 うん。 左の大型なガントレットの重さを痛感する。 もちっと軽量化が必要だと思う。「仕掛けたいですね」「ビクター坊は止めときな。ソレをするにゃ、もう少し成長して、経験を積んでからだね」「あい」「それよりも、だ。坊は信号弾の用意をしてたよな?」「筒までは準備してます。後は玉に火を点けて放り込めば………」 玉自体は持っている。 後、着火に関しては、俺が使える簡素な魔法道具で簡単に点けられる。 1言、「点れ」と命じるだけで、火の点く便利な道具だ。 ライターみたいなものだ。 問題は、無い。 但し、発射筒を埋めている場所が、俺らとゴブリンs'の中間辺りに在るって事だろう。「良いね。ビクター、チョイと冒険して見ようか?」 名前が呼ばれた。 名前に坊やが付かなかった。 テラ ドキドキ。 チトばかり、嬉しくて堪らん。「喜んで」 血圧が少しだけ上がったのを実感した。 作戦は1つ。 単純だ。 信号弾を打ち上げて、主戦力と言うか、決戦戦力と言うか、決戦存在を呼び戻すのだ。 イザ動かんとしたその時、馬車の側で音がした。 すわ迂回かと慌てて振り返ってみれば、入り口の扉が開き、ノウラと妹が顔を出したのだ。 武装して。 ノウラは、ヒースクリフ家の武器庫から持ち出してきた麻痺効果を持つショートスピアを持っている。 かすりさえすれば、相手の神経を麻痺させる事が可能な逸品だ。 使い勝手のよく、そして自衛に向いているとの選択だ。 元々ノウラは、亡き父親が残した魔力付与されているショートソードを持とうとしていたが、ショートソードはそれなりの訓練を受けていないと使いこなせないので、こう成ったのだ。 対して妹は、魔法を使う為の魔法発動体であるメイジ・スタッフを持っている。 共に表情は硬く、色も悪いが、それでも強い意志が浮かんでいた。「おにいさま、私達も戦います!」「護られるだけじゃ駄目なんです」 10歳以下でその決意かよと思う反面、ガチで足手まといと嘆きたい気分。 それが思わず漏れました。「…おいおい……」 それが戦闘再開の切っ掛けとなった。「ギシャー!!」 吼えて飛び掛ってくるゴブリンs' ども。 メンタリティ的に、この状況が耐えられなかったっぽい。 そして、あのムカつくオークにとっても予想外の事態であった模様。 目を、まん丸に見開いているのだから。 尤も、それを暢気に笑ってはいられない。 2秒でエンゲージなのだから。 最初に突っ込んでくるのは3匹のゴブリン。 全部が俺を狙って来る辺り、俺とマルティナさんの実力差を良く見ているっぽい。 或いは体格差かもしれない。 舐めるな。「Teeee!」 距離を詰められるのは趣味じゃない。 だから、攻める。 3匹の、向かって1番左側はマルティナさんに期待する。 狙うのは1番右側。 そこと交戦すれば、俺を抜いて後ろの妹達を襲う事が出来なくなるからだ。 子供の勇気は買うが、まぁ無茶はさせたくない。「Kietu!」 振り下ろしの一撃。 今度は狙い違う事無くゴブリンの体を切り裂く。 相手は棍棒を構えていたが、一挙に断てた。 血を吹き出し、ぶっ倒れる右のゴブリン。 心臓は、鼓動は跳ねない。 只、チョットだけの罪悪感があるだけ。 但しそれも、後ろの子供達の事を思えば打ち消せる。 俺は盾だ、盾なのだ。 己へと暗示する様に呟く。 否。 もう、そんな事を考えている余裕は無い。 予想通りに、左側のゴブリンはマルティナさんが仕留めてくれているのだが、当然、後1匹が残っているのだから。「キシャー!!」 タマ取ったると言わんばかりに、腰だめにショートソードを構えて突進してくる。 中々に気合が入っている。 コレで、攻撃のタイミングが完璧に整っていたら喰らっていたかもしれないが、そこまで調整は取れていない。 あのムカつくオークもそこまで統制は出来ていないっぽい。 あり難い話だ。「ぬんっ」 流石に、ショートソードを振り回す時間的余裕は無いので左のガントレットで受け流そうとする。 表側の厚手の装甲部で受け、そして外へと左腕を振る事で逸らそうと云うのだ。 盾が欲しい。 盾が在れば、こんなガントレットで流そうなんて無茶をせずにすむ。 否。 それよりもう1本、剣を持ちたい。 盾だと流したり止めたりするだけだが、剣ならば攻撃まで出来る。 出来るのだ。「カァッ!」 膂力の差か、ゴブリンのショートソードを流す事に成功する。 耳障りな金属音を立てて、ショートソードとガントレットが交差する。 そしてぶつかる、俺とゴブリン。 勢いはあっても重量が無いので、お互いに軽く飛ばされあう。 相手のゴブリンはショートソードを落としているが、腰にはまだ武器を、ナイフを差していたのだ。 無力化には程遠い。 クソッタレ。 戦場に立てば、現実に命の遣り取りをすれば、手数を増やす事を切望したくなる。 今だって、もう1本武器があれば、あのゴブリンの胴体でも泣き別れにしてやれたのに。 或いは風穴を開けられたのに。 そう思うと、悔しい。 今、仕留められないと、次に俺が又、攻撃を受けるリスクが出て来るのだ。 それは兎も角。 追加攻撃を狙おうとするが、その時には、残っていたゴブリンの前衛組が来ている。 残る5匹。 あー 手数が欲しい。 ん? 良く考えれば、足元に1本落ちているじゃないの、俺。 チラ見する足元。 ショートソードが転がっている。 最初の1匹目とか程に酷くは無いが、それでも良好な状態とはお世辞でも言えない状態だが、使えそうではある。「キィィッ!!」 チラ見を隙と見てか、一気に3匹が襲い掛かってくる。 残る2匹は、マルティナさんへの牽制をしている。 自分で何とかしなければならない。 退くのも避けるのも簡単だが、それでは状況を打破出来ない。 それは好みじゃない。 故に、する事は1つ。 回転切りだ。 当てる為では無く、牽制の為に大きくショートソードを振り回す。 狙いは成功。 ゴブリンの動きがチョットだけ止まる。 その隙を逃さず、脚に力を溜るように腰を下ろし――ショートソードを拾う。 そして後ろに跳ぶ。 キチンと握りなおす為、更に時間が、距離が欲しかったのだ。 が、流石に、其処まで甘くない。 2匹が距離を詰め様としてくる。「ビクター!」 ぐっ、折角拾ったのにと思った瞬間、その2匹の鼻先にショートスピアの矛先と、炎の攻撃魔法が叩き込まれる。「おにいさま! 何を拾ってらっしゃいますか!!」 妹の怒声が耳に痛い。 痛いが、同時に、妹もノウラも出てきただけで無いのを実感して、笑いたくなる。 2人ともやる。 なら兄が、年上が無様を晒す訳にはいくまい。 左手で持ったゴブリンのボロいショートソードを握り直す。 二刀流だ。 両手利きな俺、万が一に備えて右でも左でも剣を持つ訓練はして来たが、今まで2本とも持っていた事は無い。 無かったが、出来ない訳じゃない筈。 口元が歪む。 笑う。 嗤う。 哂う。 歪んだ笑みに突き動かされ、吼える。 気合を入れる。「Tyesutoo!」 ああそうさ。 やってみなけりゃ判らんさってな。