俺と鬼と賽の河原と。
「良く来れたな」
「うんえいに案内してもらった!」
予想外に早いアホの子との再会。
「良く呼び鈴に手が届いたな」
「案内してくれた人に押してもらった!」
予想外にも程がある。
「良く、来たな」
「おうっ!!」
元気よく肯いた春奈に、俺は呆れ半分、藍音にもらった飴を差し出した。
「じゃあ、ご褒美に約束の飴ちゃんをやらんこともない」
其の九十四 俺とアホの子。
「いや、それにしても」
アホの子を居間に通して、俺はソファに座った。
今日のアホの子、もとい春奈は今日は黄色いワンピース、というものを着て俺の前に立っていた。
ぱっと見は、良家のお嬢様って奴なんだが、しかし、その本人と言えば。
きょとん、とばかりに不思議そうに俺を見ている。
「なにさ」
「よく、呼び鈴が押せたなー、と」
「だから、案内の人に押してもらったっていったもん。耄碌したの!?」
いや、まだ耄碌には至ってない。
至ってないよな。多分。
「ともかく、そうじゃなくて、よく扉をぶち破ってこなかったって話だよ」
すると、少しの間が空いて、アホの子はアホの様に口をまるくする。
この反応……。最初はぶち破ろうと思ったのか……。
しかし、春奈は、取り繕うようすぐに手を腰に当てると自信満々胸を張った。
「そ、そんなのわたしみたいな、ひゃ、ひゃくしきな天才少女に掛かればちょちょいのちょいよ!」
「ひゃくしきじゃなくて博識な? どこの金ぴかだよ」
それと、天才少女ではなく、天災少女が正しいと思うが、黙っておくのは俺の優しさだ。
ともあれ……、
嘘だな。
明らかに嘘だ。
「じつはぶち破ろうとして案内係に慌てて止められたんじゃないかね?」
よく考えてみれば監禁幼女である。
人ん家の呼び鈴を鳴らす経験がある訳もない。
「ぎっくぅ!!」
「はい、分かりやすい反応ありがとうございましたー」
言いながら、俺は案内の人に感謝した。
いや助かったよ案内の人。
抑えるのも大変だったろうによく頑張った。
貴方のおかげで家の玄関の扉は救われた。貴方は救世主だ。
と、まあ、そんなことを考えていると、春奈から抗議の声が上がっていた。
「な、なによー! 本当なんだから!」
「はいはい、本当本当」
「本当だってばっ!」
「いや、だから本当だって肯いてるだろ?」
「ぜったいばかにしてる!」
馬鹿にはしていない。これ以上追及するのも可哀相だと思ったからとりあえず納得しているのだ。
アホの子だとは思っているが。
しかし、そんな思いは伝わらないらしい。
肩を怒らせ、力説するアホの……、春奈は捲し立てる言葉を止めようとしない。
これ以上は手が出てきそうだ。
そう思った俺は、とりあえず落ち着かせようと口を開いた。
「まあ、落ち着いて座れよ」
すると、俺の予想に反し、ああ、もっとごねると思っていたのだが、意外にも春奈の言葉は途中で止まり、再びきょとんと呆けた顔を見せる。
「いいの?」
ぽろっと出た言葉に、俺は軽く返した。
「なにが悪いんだよ」
少女は破顔し、思い切りよく、尻からソファに飛び込んだ。
「どっかーん!!」
どすん、と音を立てて、春奈は一度反動で跳ねた後、落ち着いた。
「楽しいか?」
「楽しい!」
おうおうそれはよかったな。
それにしても、こんなことで喜ぶというのは、何でも楽しい年頃であると同時、余程息の詰まる生活をして来たのであろう。
憐みとは無縁の俺だから考えなかったが、世間一般では可哀相な子なのだ、今更ながら気付く。
だからと言ってなにがある訳でもないが。
「なあ、お前さん、これからどうする気なんだ?」
ふと気になって、そのまま口に出した。
このまま地獄預かり、って訳にも行くまい。
少なくとも、野良猫が拾われたような現状では居られないはずだ。
選択肢としては、このまま全部、記憶と魂洗浄されて転生するか、こっち側の三丁目で働くか、だ。
そんな行く末を見つめた現実的な大人の話だったのだが。
しかし。
「ふぇっ? 遊ぶよ?」
……意味が伝わっていなかった。
「あー……」
が、まあいいか、と俺は納得することにする。
多分なにも考えてないだろう。そして、なるようになるはずだ。
「おう、そうかい」
肯いた俺に、春奈は聞いた。
「遊んでくれるんでしょ?」
ふと、俺を見る春奈の眼が不安に揺れる。
ここでいやだと言ったら、不安定になって暴れるんだろうなぁ。
「ああ、暇がある限りな」
「じゃあ行くよ?」
ブォン、と、風切り音。
「え」
訂正。応と言っても暴れます。
春奈の拳が大きく仰け反った俺の鼻先を掠めていく。
思わず口を開いた。
「なにすんじゃいっ」
すると、なにゆえか分らんが、春奈は眼を丸くし、酷く不思議そうにこちらを見る。
「ほえ? 遊んでるんじゃん」
もう一発、掠めていく拳。
ああ、なるほど。遊びと殴り合いが完全に結びついている訳か。
そんなことを考えながら、迫る拳をかわす。
しかし。
残念だが、ソファに座ったままでは回避にも限界がある訳で。
後もう少しもすれば直撃を貰う。
仕方がないので、俺は伸ばされた春奈の腕を掴むと、一気に持ち上げ、後ろから羽交い絞めする状況に持っていく。
「おおうっ、はーなーせー!」
じたばたと暴れる春奈に、俺は彼女の言葉を真似するように返す。
「いーやーだー。つーか、もっと別の遊びを知らんのか」
すると、再び不思議そうに、春奈は停止した。
「へ? なにそれ」
「いや、世の中に存在する遊びというものはな? 別に殴り合いだけじゃなくてだ。色々とあるもんなんだよ」
「そなの?」
この間、ずっと春奈は不思議そうにしていた。
「そうなんだ」
しかし。
俺がそう言った瞬間、にこりと春奈の顔が輝いた。
「教えてっ!」
春奈が身を乗り出す。俺は仰け反る。
「おおうっ、ちょっと待て」
俺はこれほど食い付きがいいとは思わず、考え込んでしまう。
「早く早くー!」
まあ、なんていうか、言ってはみたのだが、よく考えてみれば、子供の遊びって、なんだ。
ぶっちゃけるとそちら方面に造形は深くないのだ。
そして、浅い知識にしたって、鬼ごっことか、かくれんぼとか、有名なのは確実に二人で遊ぶものではない。
じゃあ、二人でできると言えばなんだ、という話だが、しりとりが真っ先に思い浮かんだが、アホの子には向かん。
麻雀は大人の遊び過ぎる。
かといって、いきなりテレビゲームを教えてしまうのも気が引ける。
盤上モノはそれそのものが無い。
では何か。
「早く教えてよ!」
「ううむ、ちょっと待て、そうだな……」
せかされ、思い付かず、焦って助けを求めるように辺りを見回す俺。
すると俺は、机の上、そこにとあるものを見つけた。
「あ」
一から十三、四つの印の札。
いわゆる、トランプと呼ばれる存在が、これ見よがしに置いてあった。
ああ、きっと藍音の仕業だ。
「まったくやってくれるメイドだぜ……」
でも俺二人でやって楽しいトランプ遊びを知らないのだが。
藍音の気遣いによって、トランプという武器を得た俺は。
「悔しいっ! なんでそんなに強いのよー!」
婆抜き目下十五連勝中。
コタツを挟んで向き合う俺と春奈。
勝ち星は完全に俺のものだった。
「いや、ええと、うん……」
それは貴方がアホの子だからです。
「もう一回! もういっかい!!」
「いや、いいけどな?」
お約束もお約束、顔に出過ぎである。
しかし、まあ。
婆抜きを二人でやってもしゃあないと思うのだが、しかし、春奈が楽しそうだから良いとしよう。
詰まらないとごねる訳でもなく、未だもう一回とせがんでいるのだから。
「最後に勝てば前部長消しなんだから!」
「まあ、いいけどな?」
そう言って勝負は再び。
しかし。
……まあ、結果は言わずもがなであった。
「うう……、ひきょうだ……。げれつでさいていだ……」
結局何戦したのか。
三十を越えたあたりから数えていない。
ただ、俺も春奈もいい加減疲れた。
腰も痛くなってきたので、一度中断する。
コタツを抜けて、俺はソファに座り、そしてその前に春奈が立った。
そうすると、丁度俺の少し上くらいに春奈の目線があって、丁度いい。
「俺は正々堂々頑張りました」
二十あたりから勝たせてやろうかな、と思い始めたのだが、このアホの子アホな深読みをしてアホに婆を引いていくのだ。
そう、頑張ったのだ。勝たせてやろうと。
「このわたしが……、しじょー最強超びれい天才美少女の私が。こんな冴えないやくしお兄さんに負けるなんて……」
その言葉に、俺はふと空恐ろしいものを感じた。
確かにこの間春奈にお兄さんと呼べとは言ったのだが、あれは言葉のあやのつもりだったのだ。
「冴えないのはともかく。自分で言っといてあれだが、お兄さんはやめろ。なんか残念な空気になる」
流石に少女性愛者に間違われたくはない。
閻魔辺りに殺されたくはないのだ。
「えー……? じゃあなんて呼べばいいのよ?」
不満そうに声を上げた春奈に、俺はぞんざいに返した。
「薬師でいいっての」
「いいの?」
何でもよく確認する子だな。
思いながらも俺は肯いた。
「わざわざ本人が言ってるんだから聞くまでもないと思うがね?」
そうすると、春奈は少し戸惑って、俺の名前を呼んだ。
「やくし?」
「なにかね?」
「やくしー?」
確かめるように、もう一度春奈は俺の名前を呼ぶ。
「なんじゃい」
そして最後に、思い切り笑って、俺の名前を呼んだ。
「やくしー!」
「おお、ちゃんと発音できたな。偉い偉い」
「やったー! ……って、わたしに掛かれば当然なの! 子供扱いするなー!!」
「さいですかい」
それにしても、懐かれたもんだ。
俺のなにが気に入ったのか。
いや、まともに相手するのが俺しかいないだけか。
まあ、それでもいいだろう。
「ねえ」
友人ができてそっちと遊ぶようになるまで、付き合ってやろう。
今更アホの子一人増えた位じゃ変わらねーだろ。
「ん?」
「わたしも座っていい?」
「わざわざ聞かんでも」
そう言って、俺は座るために後ろを向いた春奈の背を俺は見つめる。
「どっかーん!」
そう言って彼女が座ったのはソファではなかった。
「ぬお?」
ソファの上で胡坐をかくその俺のまた上。
春奈はそこに、ちょこんと座っていた。
俺のちょっとした驚きの声に、彼女が振り向く。
その表情は恐る恐ると言った風情。
「……ダメ?」
当然、駄目などと言えるわけがない。
「幾らでも付き合ってやんよ」
すると、春奈は幸せそうに笑って肯いた。
「えへへ……、うん!」
まあ、こんなのも悪くねーだろう。
「しかし、俺気に入られてんなー」
「あったりまえじゃない!」
「なんでさ」
「だって、やくしはわたしの初めての男だもん!」
それは初めての男の知り合い的な意味で? 初めて遊んでくれた的な意味で?
まあどちらにせよ。
「――誤解を呼ぶからやめてくれまいか」
―――
アホの子、参上。
お馬鹿さん程可愛いと思います。
今回暁御タイムは時間が足らず、写真すら取れませんでした……。
風邪を引いて休んでたから皺寄せがやばいです。
返信。
奇々怪々様
藍音さんはなにかあると薬師に襲いかかろうとしますね。
まあ、置いていかれるのはある種トラウマですからね。呼ばれなかったから自重して行かなかったたけど納得はできない的な。
藍音さんは多分薬師に関するものならなんでもいけると思います。匂いとか、味とか。
暁御はなんというか……。倍プッシュだ……。
春都様
薬師無双が終わったと思ったら藍音無双。
もうお腹いっぱいです。ただ、幼女がチャイムを鳴らさなかったとしても――。
薬師のアレが使い物になるかどうか……。
それと、幼女は完全にアホのオーラがMAXですから。
HOAHO様
流石にこれ以上増えると薬師御殿が完成してしまうので。
まあ、お持ち帰り案もあったんですが。
ただ、人口密度濃すぎだろjkってことで預かりになりました。
まあ、その内住み着かないとも限りませんが。
トケー様
大丈夫、疼くかどうか藍音さんは明言はしておりません。答えは皆様の心の中です。
薬師の加齢臭については、もういい歳どころかそろそろ化石になってもいい歳ですからね。
もっと何か別のものが出ないか心配です。発酵したりとか。
おお、一話からの古参のお方だったのですか。半年以上もお付き合いいただいてありがとうございます。これからも砂糖ぶっぱしたいと思います。
SEVEN様
予想を裏切るというか、好き放題やった結果がこれだよ!
まあ、メイン回は意外と少ないけどやはり存在感は上ですからね。
大丈夫、今回は流れに乗ってアホの子でした。いや、ちょっと先に未亡人にレッツゴーしようとか思ってないですよ?
アキミ・ザ・レジェンドは次回も出れないようです。
マリンド・アニム様
メイド……、メイドですか。まあ、メイドの色香に惑わされるのは仕方のないことだと宇宙の法則が仰ってますから。
それにしても、藍音さんはもう核爆弾レベルの爆撃を連発しますね。
問題は機動要塞の強度が核シェルターすぎることでしょうか。
裸でマッサージは、友人は信じました。訂正してません。
光龍様
藍音さんのターンが終わらない。
というか今回もちょろっと存在感を現していく藍音さんが怖い。
大好きというか、愛されまくって薬師が死にそうというか。もう結婚しろというか。
ともあれ、いつになったらあれは人の好意に気付くのやら。
nayuki様
アホの子お届け、頼んでないのにやってきます。
というか、案内の人が居たということは完全に配達ですね。
多分配達した人は、藍音が出た後ダッシュで逃げたんだと思います。
きっと面倒事をきれいさっぱり押しつけたかったのだと。
通りすがり六世様
いや懐かしい、自慢の拳が。
藍音さんは全力全開過ぎて泣けてきます。一回置いてかれた経験もあるからして、とてもとても健気で泣かせてくれます。
なんというか、藍音さんは素直なんだか素直じゃないんだか。
とりあえず薬師は藍音さんの胸に顔を埋めて死ねばいいと思います。
あも様
最後の一押し、失敗して良かったのか悪かったのか。
女の子と無骨武装はロマンですよね。
鉄塊を振りまわすたびに藍音の胸が揺れるんですねわかります。
巨大ロボはAI萌えも行けると思います。ADAは我々に新しい道を示してくれた……。
春日井様
やっぱり無かったらしいです。インターフォンの概念。
薬師のフラグ立てはプロの仕事過ぎて殺意が芽生えます。
本人にはなりたいと思えないほどのおしごとです。
でも周りで見ててもやっぱり殺意が芽生えるんだと思います。
Eddie様
藍音さんの直球っぷりは異常です。
全力全開で薬師大好きっぷりを披露していますが、効果はいかほどのものか。
アホの子はきっと日常的に配達されてくるのでしょうね。
きっと今回で味をしめたことでしょう。
最後に。
その頃藍音はどうしていたんだろう……。
あと、ただでさえ出ないのに回数を減らしてしまったらっ……、うっ……、暁御は……!