俺と鬼と賽の河原と。
地獄全土を揺るがしたような気がしないでもない事件から、一晩明けた。
あれから、まあ、色々とあった。
とりあえず、やっぱり死者は出なかったらしい。
流石鬼だぜ、というか鬼兵衛やら酒呑やら閻魔に閻魔妹が突っ込まれてて城ごときでどうなる訳もなし。
あっさりと全員無傷か軽傷で脱出したそうな。
で、監禁幼女、というとアレな響きだが、監禁幼女こと数珠春奈は、全体的に監禁されていただけなので、その場でとっとと解放。
しばらくは運営のお世話になるそうだ。
そんで、愛沙の方は、もうしばらく掛かる、と閻魔は言っていた。
流石に首謀者は裁判を免れないそうで。
とはいっても、死人はでなかった、というか全部がある意味壮大な未遂だった訳でやっぱりそんな大事にはならないらしい。
よって、長くても年数二桁行くか行かないかで自由の身、だそうだ。
それに、場合によってはかなり短くなる、とも。
甘いような気もするが、まあ、美沙希ちゃんらしいとは思う。
最後に、俺が閻魔に小一時間ほど城崩壊について罵られたのは、まあ、余談の範疇ってことで。
と、まあ、こんな風に色々あった訳だが。
今回の事件解決の立役者、この俺如意ヶ嶽薬師は。
「うだー……」
未だベッドの上でぐったりしている。
其の九十三 俺と事件終結お疲れさん。
何故、って、あれだけ昨日はしゃげば当然である。
おかげで、俺は今日ベッドの上以外で精力的に動くことはないだろう。
「では是非私とベッドの上で精力的に活動してください」
聞こえて来たのは藍音の声。
「藍音か。てか声に出てたのか」
まあ、本当のことを言えば、俺は今日も仕事な訳だが、それはそれ。
閻魔様直々にお休みを貰ってるのだから仕方がない。
というか、この上働けと言われたら、閻魔に鬼畜の烙印を押さざるを得ない。
「で、どうしたんだ?」
俺の問いかけの答えは、極めて簡単だった。
「昼食ができています」
なるほど、昼食。藍音の手に盆が握られているのを見るに、その通りなのだろう。
その答えは理解した。
が、俺の疲れは理解以上に不可解だった。
「食べさせてくれ」
いや、ね?
箸持つのもだるいっていうか、ね?
ただ、一応冗談のつもりだったんだ。
「わかりました」
握られる箸、身を乗り出すように接近する藍音。
「すまん。そこまで嬉々としてやられるとは思ってなかったんだ」
俺としては、なに横着してるんだ、とっとと食えや的なこう、もっと冗談ぽい展開を希望していたのだが。
藍音は既に箸を差し出している。
まずい、このままでは実にいかん。
藍音がこのままで終わる訳が――。
……。
…………。
――危ない所だった。
まさか口移しで食べさせられそうになるとは。
本人曰く、
「……ものを噛むのも面倒でしょう」
とのことだが、ある意味横着すんなとの注意なのかもしれない。
なるほど、効果的な手だ。この通り、被害が甚大過ぎて笑えない。。
とりあえず藍音にこの手の冗談は使わないことにしよう。
と言って使って後悔するのが俺だが、まあ、なにも思わないよりましと思うことによって気分を誤魔化してみる。
そんで、なんとなく満足げな藍音を見ること数分。
「ところで」
「なんじゃい」
ふと上がった声。
「マッサージ、しましょう」
マッサージ、按摩、どっちでもいいが、疲れた俺には大歓迎だ。
「おう、頼むぜ」
その言葉に呼応して、藍音は自身の首のリボンをしゅるり、とほどいた。
俺がそんなにやる気なのか、と思ったそのとき。
藍音はそのまま首元のボタンをはずすと、徐にその服をはだけさせる――!!
「何故脱いだし」
思わず俺は突っ込みを入れた。
入れざるを得なかった。
藍音は答えた。
「元来マッサージとはタイの国王の疲れを癒すためのものだったのです。しかし、マッサージの最中というものはどうしても無防備になるもの。暗殺の危険も付きまといます。それ故、古のマッサージ師は仕事の際に全裸になることで己が身の潔白を証明したのです」
「へー……。そうなんか」
「という話を今でっち上げました」
「おい」
よく考えてみれば、その嘘蘊蓄も藍音が裸になる理由とまったく関係ないよね。
「傷ついた。お兄さんの純情な心は傷つきました」
「純……、情……?」
そんな凄い驚いたような顔されると、哀しくなってくる。
こういう時だけ表情豊かなんだな、お前さん。
俺が半眼で藍音を見ると、彼女はしれっと言って見せた。
「大丈夫です。適当にでっち上げたのですから、もしかしたら本当かも知れません」
「なにが大丈夫なのか皆目見当もつかない」
「検索してみたら如何でしょう。マッサージ師、全裸辺りで」
「どんな変態だよ」
「大丈夫です。どんな変態でも私は貴方を愛します」
「なにが大丈夫なのか皆目見当もつかない」
「貴方がどんな社会不適合者でも私が養います」
「わーい、そりゃあんしんだね」
安泰すぎて涙が出てくる。
ともあれ、その按摩なのだが。
「うん、まあ……。按摩はもういいか。もういいな」
むしろ食事の攻防から余計疲れた気もするが、気にしないのが男というものだろう。
まあ、という訳で、按摩は終了。
そうして藍音は次の行動に移った。
まったくさっきからなにがしたいのかよくわからんが忙しいことで。
「では、疲れを癒すためにマムシでドリンクでも作りましょうか」
マムシと言えば、滋養強壮よりも別な用途が思い浮かぶんだが。
しかし、それにしても妙だ。
藍音の奴、今日に限って妙に饒舌に話してくる気がする、というか。
俺との会話を途切れさせないようにしているというか。
「やめてくれ。つか、俺になにをさせたいんだ……?」
途端に、わざとらしくもじもじとし出す藍音。
無表情で。
「それを私に言わせる気ですか……?」
「似合わん」
本当にもじもじされるのは別に良いんだが、藍音なりの冗談の表現として、無表情が付属するので薄気味悪い。
「じゃあ私と事に及んでください」
「断る」
切り替えが速え!
女って怖い。
そんな感じの冗談を続けて、どれくらい経ったのか。
時間の感覚が薄くなってきた頃、ぽつりと藍音は言った。
「お怪我は、ありませんでしたか?」
「ねえけど?」
昨日の一見においての怪我は、せいぜいが春奈の拳が掠めて掠り傷ができた程度。
後はまったくない。
「で、いきなりどうしたん?」
俺が聞くと、一瞬の間が空いて、藍音の声が空気を震わせた。
「これでも心配してるのですが」
ああ、なるほど、と俺は肯いた。
同時に、素直じゃない、とも。
俺は苦笑して、あえて話を変えることにする。
心配されているのにわざわざ困らせることもない。
「ところで、鉄塊がこっちに来てるってことはお前さんが死ぬ時身につけてたってことだよな?」
俺の追加武装、十手その他は、藍音が持ってきたものだ。
と、いうことは。
「貴方が亡き後、あれの使い手は私位でしたが」
何でもないように告げてくる。
鉄塊振りまわすメイド……。
「まあ、流石にある程度以上は使いこなせませんでしたが」
だと思う。
「別に舐めたり抱きしめて寝たりはしてませんから安心してください」
「いきなり不安になるようなことを言わないでくれまいか」
「残ったスーツの匂いを嗅いだりはしましたが」
「正直すまんかった」
にやにやしてるのが気取られたのだろうか。
意趣返しとばかりに藍音は俺をからかっている。
「……ですが。やはり本物ですね」
そう言って、藍音は俺の首に手を回した。
「おい」
首元に顔を近づけ、俺の臭いを嗅ぐ藍音。
そうした当初はまあ、好きにすればいいと思ってたんだが――。
嗅がれる事数十秒。微妙な気分に、というか、次第に恥ずかしくなってきたというか、要するに。
――生まれて初めて、加齢臭が気になった。
「……すまん、加齢臭が気になる年頃だからいい加減にしてくれ」
普段気にしてなかったが、こうして嗅がれるとなんか気になるね。
しかし、藍音はやめない。
「……落ち着く匂いです」
首元に吐息が掛かる。
なんか微妙な気分になってきた。
何やってるんだろうなぁ……、俺。
だが、無理矢理引きはがす気力もない。
結局、藍音が離れてくれたのは、一分か二分過ぎた後だった。
「……満足したか?」
その答えは、はい、であると俺は予想した。
予想したのだが。
「まさか。私が匂いを嗅ぐだけで満足している訳がありません」
「なんだ、夜毎疼く体でも持て余してんのかよ」
げんなりと言った俺だったが、対照的に藍音はしれっと答えて見せる。
「……さて、どうでしょう」
「いや、冗談、だからな?」
冗談だな。冗談だ。
「確かめてみますか?」
藍音の手が、俺の頬に向かって伸びる。
さて、どうしたもんだろうかこれは。
からかわれてる、というか俺を困らせて遊んでるのが趣味な藍音なので、ここで派手に反応しても藍音の思うつぼ。
しかし、無抵抗だと、どこまでも藍音の好きにさせてしまい、やっぱり藍音が得をする。
問題は、匙加減だ。
まったく、なにが楽しいのか分からないが、参ったものだ。
迫る手に、覚悟を決め。
思わず遠い目をしたその瞬間。
天の助けが舞い降りた。
――ピンポーン。
と、間抜けな音が響き渡る。
思わず、俺は完全に沈黙。
藍音はと言えば、出していた手を、引っ込めて、扉へと向かう。
「では、少々行ってきます」
「ああ」
返事を寄越すと、今度は扉の開く音が返って来た。
俺はなんとなくそれを目で見送って、部屋を出る藍音は、最後に一度振り返って、言う。
「……次は、連れて行ってくださいね?」
俺は思わず、呆けてしまった。
次の荒事に連れて行け。
それを言うために来ていたのか、と思うと同時に、どうも愛娘が妙に可愛らしく思えてきた。
俺は苦笑いして溜息一つ。
「好きなだけ、ついて来いよ」
「で、誰だったん?」
「薬師お兄さんはどこ? と、傍目から見ても賢そうには見えない子が会いに来ているのですが」
「ああ……、うん。アホの子ね? アホの子」
「何処で妹などこさえて来たのですか」
「いや、こさえるって、いやまあ。そんなことより、とりあえず」
「とりあえず?」
「飴持ってきてくんね?」
これから騒がしくなりそうだ。
―――
エピローグも含めて、九十三です。
風邪から復活して急いで書く羽目になったので眠いです。
では返信。
奇々怪々様
薬師巨大化案もありました。仙術で。
しかし、それはもう別作品だなあ、と。ウルトラな人的な。
とりあえず、今回、ロリ、襲来。ということで、これからはロリも参加です。
まあ数珠家に関しては、幼女監禁してましたけど、一応軟禁言うことで、ここは一つ。……あんま変わってない?
春都様
一話に二本のフラグ。新記録だと思います。
幼女の方はすぐ来ますけど、愛沙の方はしばらく時間がかかりそうです。
巨大ロボは――、自重できませんでしたね、ええ!
その内又出てくると思いますMk-Ⅱが。
SEVEN様
流石にまた三話構成は私が死んでしまいいます。シリアスの空気に耐えきれず。
今回はまさかの藍音参上でした。藍音に始まり藍音に終わった気がします。
次回はアホの子、かも。
最後に、とりあえず、何より。薬師に恋愛を進められたら首を括るしかないと思う。
光龍様
意識してませんでしたが、そう言えばそうかもしれません。
ただ、その組み合わせは手に負えない気がします。
手加減を知らない過激なお馬鹿さんですからね。
巨大ロボは、ええ。完全に私の趣味です。城を変形させる案もあったのですが、選ばなかっただけ自重してると思います。
通りすがり六世様
敵味方の区別なく。あらゆる女性にフラグを立てる、それが薬師。
他人の嫁以外の女に会ったら、とりあえずフラグを立てる、話はそれからだ。それが薬師。
もう捩じ切れたらいいと思います。どこがとは言いませんが。
ときめいて死ね。某最速兄貴の出るアニメで聞いた覚えがあります。
あも様
>>親子は⑨な鬼畜幼女と巨大ロボに全部ヒロイン要素を持っていかれましたね
"巨大ロボ"に、ヒロイン要素……、だと? "巨大ロボ"に、ヒロイン要素……、だと?
大事なことなので二回発現されました。どこの擬人化フラグですか。
しかし、鉄塊は有名なあさま山荘の鉄球レベルとなるともうあれな感じですな。それを振りまわす藍音さんとかが。
Eddie様
巨大ロボ、人形と合わせると丁度三十分。
片手間感満載です。流石と言うべきか程々にしろと言うべきか。
それと、薬師さんは世界最後の日までフラグを立て続けたいようです。
最後に、幼女はしばし地獄預かりです。多分閻魔宅とかに居るんじゃないかな。
トケー様
いやはや、パソコンが壊れると大変ですよね。いかに自分が電子機器中心の生活をしてるか思い知らされます。
巨大ロボVS生身。これで勝つのは凄いことだと思います。周りの被害を鑑みなければ。
100メートル級ロボットよりちょっと高い城を爆砕したのだから被害総額何億になるのだか……。
まあそれは置いといて。意外と詠唱が好評で嬉しい限りです。ぶっちゃけると悶々と考えたものを発表する時は恥ずかしいのです。
ヤーサー様
いや、自分も何故深窓の令嬢キャラじゃなくて⑨を出してしまったのか。未だに謎です。
今回はチャイムを押してきました。ナイスタイミングで。ただ、これで家の場所をわかってしまったので次からはどうなるやら。
愛沙は、しばらく後にマキナの肩に乗って再登場すると信じてます。
ちなみに、マキナは広域殲滅なら名だたる大妖怪にも引けをとりません。ただ、足元に愛沙が居たり、小さい高機動系の相手は苦手だったりするのでフルボッコです。
出番皆無~アキミ~
……俺は、伝説の始まりを見ているのかもしれない。
http://anihuta.hanamizake.com/10th.html
最後に。
お兄さんと呼ぶあたり、アホの子、意外と素直。