俺と鬼と賽の河原と。
「なあ薬師、何でお前までついてきてるんだ?」
閻魔の家に行ってから、結構な日数が経ったが、未だに何も起こっていない。
運営が突入する様な事も、数珠家が戦争をおっぱじめるようなこともだ。
「ああ? うん、所謂念のためとか、有事に備えてって奴だな」
だから、俺の李知さんと玲衣子の護衛は継続中。
「別に……、その。そんなに気にしてもらわなくても……」
だから今俺は、李知さんと一緒に、玲衣子宅へと向かっているのだ。
「だからこそ、念のためって奴だよ。それに向こうの様子も見に行かないとな」
其の九十 俺と実家で風雲急。
「所で、その……」
「んー?」
相変わらず雪が積もっている道を二人歩いている訳だが、どうにもいかん。
足元に雪が付きまくるのだ。おもに裾に。
それで家に入ろうものなら床をぬらす羽目になる。
「お母様の所には、よく、行くのか……?」
しかもこの雪は、頑張ってほろっても中々取れないことで有名だ。
前回来た時に学びました。
「んー? そうさな」
まあ、山育ちだから雪が積もった所によくいたものだが、基本飛んでたしな。
「そっ、そうなのかっ?」
李知さんの声が上ずった。
「なんだ、何か問題でも発生してんの? あ、なるほど」
確かに自分の母親と友人Aが親しく付き合ってたら危機感も感じるわな。
ということで、俺は李知さんの不安を和らげようと、機知に飛んだ冗句を放ってみる。
「お父さん。と呼んでくれてもいいんだよ?」
ぶんっ、と一発。
帰って来たのは金棒でした。
俺はそれをのけぞるようにして回避。
「何でも暴力に訴えるのはよくない。ダメ、ゼッタイ」
「お前が笑えない冗談を言うからだっ!!」
「いや、でもなぁ……、あり得ないだろ普通」
普通に笑ってくれると思ったんだが。
笑いの道とは、遠く険しいね。
「まあ、それもそうだが……! もしもそうなったら私はどうすればいいんだか」
あっさり同意されるのも哀しいものがあった。
「どうすればいいって、詰るとか?」
「母親に手を出す友人と、友人に手を出す母、どっちを?」
「難しい問題だな」
もうどっちも正座させて小一時間説教するしかないな。
この話の場合、正座させられるのは俺な訳だが。
まあ、んなこたぁいいとして。
「着いたぜ?」
相変わらずの、和風屋敷っぷりだった。
「あら、いらっしゃい。ねえ、李知ちゃん、妹は欲しくない?」
「おっ、お母様!?」
「いきなりなんだ、お前さんは」
いきなり現れてなんだこの人は。
再婚でもする気か。
「んふふ、私と子作りします?」
玲衣子は怪しく微笑みながら言った。
俺は靴を脱いで家へ上がりながら答える。
「無理だろ」
「あら、残念」
そんな俺達の会話に、李知さんは拍子一つ遅れて割り込んだ。
「な、何を言ってるんだっ!」
「いや、言ってるのはそれだから」
俺はぞんざいに玲衣子を指差し、玲衣子はと言えば、にこにこ、もしくはにやにやと笑っている。
李知さんは悔しげに唸った。
「うぐ……」
ともあれ、李知さんも靴を脱ぎ、床の軋む音をならせると、俺達は居間に向かうことにする。
中々でかい屋敷だが、流石に居間まで分は掛からん。
「ふう、相変わらず寒いね」
俺は座布団の上に豪快に座って一息。
そうして、李知さんが俺の前に座り、玲衣子が俺の隣に座った。
なんとなく違和感を感じるが、まあいい。
が、まあいいなどと思ったのは俺だけだったらしい。
「何故お母様が薬師の隣に?」
李知さんが聞いた。
玲衣子は笑みをくずさない。
「うふふ、何だかこの状況、恋人の実家に挨拶に来たみたいじゃない?」
みたいじゃない? って、明らかに相手が親父さんじゃなくて娘さんなんだが。
突っ込み所は多々あるが、しかし俺は突っ込まないことにした。
突っ込みは今日の所は李知さんにお任せしようと思う。
ということで。
「娘さん! お母さんを僕にくださぬおうぁっ!!」
勢いと熱さの表現のために、前かがみになった状況に、迫る金棒。
急いで身を引いた俺の前髪が、はらりはらりと落ちていく。
「薬師も悪乗りするなっ!」
おおう、怒ってる怒ってる。
かりかりしてると禿げるぞ? いや、禿げないか。
ともかく。
「もう、李知ちゃんも気に入らないなら隣にくればいいのに」
「いやっ、私は……」
そう言って李知さんは顔を逸らした。
「あら、なら私はこの状況を楽しませてもらいますわね?」
代わりに、玲衣子が俺の肩にぴったりと張り付いてくる。
「ねえ、今晩止まっていきませんこと……?」
ぱっと弾かれるように李知さんがこちらを見た。
「お母様っ、薬師を誘惑しないでくださいっ!!」
「あら、なぜでしょう」
何でもない様な顔で玲衣子は李知さんに返し、李知さんは言葉に詰まってしまう。
「そ、れは」
なら問題ない、とばかりに玲衣子は俺に顔を寄せた。
びくり、と李知さんが肩を震わせる。
「わ、わた、私がそっちに行けば、そうやってくっつくのをやめてもらえるのですか?」
「はい。流石に若いお二人の邪魔はできませんからね」
うふふと笑いながら玲衣子は言った。
どうにも、俺は玲衣子の娘いじりに上手いこと利用されてるらしい。
さっきから俺一言も喋ってないんだぜ。
「うぅ……」
唸りながら李知さんは俺の隣に陣取った。
とすん、と小気味よい音を立てて、俺の隣に李知さんが座る。
完全に玲衣子の術中に嵌っているなぁ……。
「ほら、もっとくっつかないと、ね?」
何が、ね? なんだか俺にはよくわからない。
しかし、李知さんには理解できたらしい。
彼女は俺に寄り掛かるようにして、肩を寄せた。
目をそらし、顔を真っ赤にして酷く恥ずかしそうだった。
しかし、それで玲衣子が引きさがるかと言えば、そんなこともなし。
やっぱり俺の肩にぴったりとくっついて離れない。
板挟みにされた俺はどうしていいやらさっぱりである。
「お母様、離れてくださるのでは?」
「あら、嫉妬? 独占欲?」
「ちっ、ちが……!」
いま一つ女性の会話はよくわからんというか着いていけん。
結局俺は、帰るまで二人に挟まれたままだった。
地獄の役所内に存在する、とある会議室で。
「我々の要求は以上です」
まるで雪のように白い髪の女が、閻魔に声を向けた。
数珠 愛沙。幼き当主に代わって数珠家を率いる女狐。
彼女が提出したのは、まるでありえないような改革案。
正に地獄の実権の半分以上を奪い取るような要求だった。
通る訳がない、と閻魔は思わず歯ぎしりした。
「本気ですか?」
そんな確認の言葉を、愛沙は冷笑に伏す。
「ふざけているとでも?」
「では、呑める訳がありません。このような改革案、無用な混乱を起こすだけです」
どうせそんなことはわかっているのだろう、と内心閻魔は溜息を吐かされる。
断られることを前提に、何らかの行動を起こす気なのだ。
故に彼女は、
愛沙は芝居がかった動作で立ち上がった。
「これは我々の悲願のために必須なこと。数百年も昔からそう思っていた故、いい機会です。それを邪魔するならば――」
にやり、と愛沙はいやらしく笑う。
「――力尽くで」
「ああ、じゃあ一旦帰るとするさ」
薬師は、そう言って玄関を出た。
「また来てくださいね」
そう言った玲衣子に、彼は片手を上げて答える。
残されたのは、玄関に立つ玲衣子と李知。
玲衣子は、ぼんやりと薬師の背を見つめる李知に、笑いかけた。
「好きね、やっぱり」
そんな言葉に、李知はオーバーな反応で答える。
「な、なななっ、そんなこと!」
「なら、私が貰ってもいい?」
「駄目っ!!」
そんな初心な反応に、玲衣子は笑みを深めた。
「大丈夫。本気じゃないから李知ちゃんにも勝ち目はありますよ?」
「そんな……」
「そう、こうした方が李知ちゃんも危機感が出るでしょう?」
まるで強引な方法で、娘の恋を応援する母親。
そこの子に生まれたのは幸か不幸か。
「そう、本気じゃないの……」
言い聞かせるように玲衣子は呟く。
その言葉は李知に届くように思われたが、その声は、扉の開く音によって遮られた。
「あら、忘れ物で……」
薬師かと思えば、そうではない。
面識はないが、見覚えのある。
黒いコートに身を包んだ、大男。
玲衣子は頬に手を当てて、溜息を吐いた。
「うふふ、これは困りましたわ……」
これは、数珠家の人形だ。
――ああよかった。これで彼が巻き込まれることはない。
「メール? しかも玲衣子からか」
珍しい。
俺は未だ軽快な、悪く言えば安っぽい旋律を垂れ流す携帯を開いてみた。
「……なんだこりゃ」
そのメールには、何も書かれていない。
なんでだ?
普段ならただの送信事故と考えるそれが、何故か気になった。
まるで、出そうかどうか迷って、逡巡の末に諦めたかのような、そんな空気。
迷った挙句、出すのをやめたが、何かの間違いで送られてしまったような雰囲気。
気付いて欲しくて、でも諦めた、そんな残滓。
俺は急いで玲衣子宅周辺を探知する。
だが、そこには、玲衣子どころか、人一人とて、いやしない。
「おいおい、これは参るね。ああ、仕方がない」
こいつは仕方がない、と俺は溜息一つして、天を仰いだ。
ああ、仕方がない。
「これは、俺が奴らを直接殴りに行っても――、仕方がねーや」
―――
ってことでシリアス突入。
数珠家粉砕玉砕大喝采タイム入ります。
今回はしちめんどくさいこと完全無視で薬師無双まっしぐらです。
では返信。
トケー様
真夏に温かいだけでも辛いのにしることは、何の苦行ですか。
きっと鬼っ娘メーターとメイドメーターとロリメーター、その他諸々もあるとおもいます。
私のメーターは百八式まであるでしょう。
由比紀は、間接キスだと気付いたがため、完食しましたという。
キヨイ様
例えわかっていても避け切れない。
そんなネタ師に私はなりたい。
笑っていただけたなら幸いです。元々コメディを主に書く派閥だったんですが、ネタまっしぐらというのも中々久々で。
というか、ネタ系は笑ってもらえるかなというのが一番不安だったりするんで、これで一安心です。
光龍様
一つのテーマで延々と冗長にやるのは得意です。
まさかのおしるこ攻めですが。
しかし、遂に九十話。百話記念に何かしようかなと思うのですが。
何をしたらいいか分からない、そんな私がここにいたりします。
春都様
不安と好奇心を煽る、わからな~い。私なら即買いです。
きっと閻魔宅なら下着とかも薬師が――、げふんげふん。
数珠家お仕置きは早くも力づく真っ盛りの様相です。
薬師の独り勝ちに私は三百円かけますけど。
SEVEN様
俺賽史上最もの謎。しるこ。
変な音がする、水銀0使用、絶妙な温さ、そして柘榴の様な味。
宇宙の神秘ですね。
女性陣になら薬師は何回か爆砕されても仕方がないと思います。
通りすがり六世様
男なら無茶とわかっていても、罠と分かっていても飛びこまないといけない時があるのです。
おしるこは家に持ち帰ってあっためなおしたら酷い味だった記憶が残ってます。
まあ、予想通りトチ狂ったというか、ある種人攫いでもしないと勝ち目ないというか。
しかしまあ、薬師がいるせいで計画まる潰れ間違いなしですけどね。
奇々怪々様
私はとある歌を思い出します。セーラー服。
なんとなく背徳的だとおもいます。
最終的に閻魔は地獄ごと消滅になるんじゃないかと。
暁御はもう、世界になかったことにされてるんじゃないかと。
line様
コメント感謝です。
待ってください。
それはどう考えても二以外出たら暁御出すと言って二が出るフラグです。
全宇宙の意志が全力で二を出してくる気がします。
あも様
もしかすると、買ったときによってマグマの様に煮えたぎっているのかも知れません。
まあ、冷えたラーメン缶は油が浮いてました。
一応地獄でも子作りは可能ですよ。
ただ、臓器は半分ダミーなので、精神的作用が問題というか、できると信じてやればできないことなんてないです。
Eddie様
前
流石に突っ込まず放置するのは、ねえ?
というか由比紀さんスルーされたらもっと悲しいと思います。
窓をなおさせられるのもどっこいですが。
と、書いて普段銀子と薬師の会話に突っ込みがいないことに気付きました。
今
照れ隠しで分解爆砕。やってられないですな。
無数の弾に掠めただけでアウトですよ。
いやしかし、間接キス位で驚いてこの先やっていけるのか。
風紀の乱れの権化たる藍音が薬師のお宅には存在しているのに。
ヤーサー様
わざわざ一番にしてもらって感謝です。今日感想をいただいたようですが、今日もまた更新です、にやり。
薬師はチートです。でも、閻魔さまの方がもーっとチートです!!
しるこは寒い時に外で飲むのがお勧めです。家に入って飲むならスーパーあたりのを買った方がいいかもしれません。
あと、藍音のスキンシップを見てもほとんどの人がおいそれと真似できない気がします。
今回は、次回確実にシリアスなので暁御タイムは起こりません。
最後に。
短い付き合いでしたが、お世話になりました。
さようなら、数珠家。