俺と鬼と賽の河原と。
日が暮れて、赤かった街が鉄紺色に染まり出した頃。
俺は閻魔の家に向かう途中に、とある自動販売機を見つけた。
丁度その時喉が渇いていた俺は、思わず立ち止まる。
目に入ってくるのは色とりどりの缶と、あったか~い、つめた~いの文字。
「ああ、温かいのでもありだな、うん」
呟いて、片っぱしから俺は全ての商品を見ていった。
そして、右上に行くにつれ、お約束のしるこやコーンスープの類が目に入ってくる。
――その先に、俺は見た。
おいしいしるこ。
それのすぐ下。
冷たい温かいを示すそれが……!
「『わからな~い』……、だとっ……!?」
気が付けば俺は、手を伸ばしていた。
其の八十九 俺としること閻魔のお宅と。
不思議な不思議なしるこ片手に俺は閻魔の家の玄関を跨ぐ。
広い高級な閻魔のお宅だが、まあ、そこはマンションという奴で、広いと言っても居間まですぐ。
という訳で、俺は意気揚々、あっさりと居間への扉を開き――。
「あ、ちょっと待って下さいっ……。あ……」
今まさにセーラー服を脱いで去年のブラウスの格好に着替えようとする閻魔と目が合った。
「え、あ、あ……」
「ああ、悪い」
俺は即座に回れ右。
しようとしたのだが。
「ぶ、ぶぶぶ、分解しますよっ!?」
飛び交う霊力弾が俺の頬を掠める。
荒れ狂う力の奔流に俺は心中で呟いた。
やれやれ、いきなり事故で命の危機だぜ。
そうして俺はこの世からもあの世からも姿を消したのだった。
完。
と、言うのはともかく。
落ち着かせるのに五分かかりましたぜおやっさん。
と、いう訳で。
閻魔は今消沈し、肩を落としている。
「あの、なんというか……、すいません」
「いや、まあ。図らずも覗きとなってしまった俺も悪いけどな? まあでも、一応部屋で着替えてくれるとそんなことはなくなると思うんだ」
どうにも閻魔はやたらきっちりしたがる癖に私生活では、居間に服を脱ぎ散らかしたりだのが目立つ。
まあ、これで家事までできたら完璧人間すぎて手に負えないな。
胸が無い以外は。
「今なにか失礼なことを考えてませんか?」
閻魔がジト目で俺を見た。
まるで汚物を見る様な冷たい視線だ。
しかし、それで喜ぶ趣味は生憎と俺にはない。
「いや全然。特になにも? 全然幼児体型とか思ってない」
でも口に出しちゃうのが俺だった。
「ば、ばばば、爆砕しますよっ!?」
宣言通り、俺のすぐ横においてあったソファが爆砕した。
勿体ない。
そんなことを心のどこかで考えながら、俺は呟く。
「やれやれ、いきなりうっかりで命の危機とは。よっぽど平和に嫌われてるらしいや」
それが俺の最後の言葉となった。
完。
いや、いい加減にしよう。
繰り返しは笑いの基本だというが、誰に笑いを取れというか。
目の前に立つ閻魔は明らかに肩を怒らせ、ぷるぷると震わせている。
その様が余りに恐怖とは無縁で、なんとなく小動物を見るときの庇護欲を誘う何かが発生されていた。
さて、どうするか、そう思った時、俺は手に握られていたものを思い出す。
「まあ落ち着け。まあまあ落ち着け。そうだ、しるこでも飲むか?」
俺は閻魔に向かって、手の中にあった怪しいしるこを差し出した。
そう、おいしいしるこ、水銀0使用。しるこに水銀が関係あったかどうか俺の記憶では定かではないが自称体にいいらしい。
ちなみに、触ってみた温度は、温かいようでそうでもない様な、まるで薄気味悪い温度を醸し出している。
そして、何故か歩いたりして振動が伝わるたびに、このしるこ、ぬちゃっ……、ずちゅ……っ、ぐちゅ……、と音が鳴るのだ。
もう俺には、これの中身がしるこなのかすら『わからな~い』。
ぶっちゃけ開けるのもなんか怖いし、あげてしまおう。
「いきなりなんですか……。それは?」
ともあれ、いきなりしるこを差し出す俺に、閻魔も毒気を抜かれたらしい。
俺の差し出した缶にその瞳を向け、興味を示した。
「しるこだ。しるこだよ。しるこじゃないと困るんだ」
「なんなんですか……」
「しるこです」
「なんで丁寧語!?」
「ほら書いてあるおいしいしるこ。ああ、おいしい。おおおおおおおいしおおおいしおいおおおおいし、お……い…し……い……よ……?」
「怖いですからっ!」
「まあ飲めって。な?」
「何でいきなり馴れ馴れしいおじさん風味なんですかっ!」
ともあれ、一応飲む気にはなったらしい。
「べ、別に貴方が要らないっていうから飲むだけなんですからね? 別に甘いものが食べたかったわけじゃありませんから!」
とは閻魔の弁。
どんなツンデレだ、というのは置いておいて。
別に甘いもの好き位いいだろうに。特に疲れてる時は甘いもの、とはよく聞く言葉だ。
「別になぁ、女の子がスウィーツ好きだからって、気にしないけどな」
呟いた言葉に対し、閻魔は俺になんとも言い難い、形容できない視線を向けてきた。
「なんだよ」
なんとなく憮然とした俺に、閻魔はさっくりと言った。
「貴方がスウィーツって……、似合いませんね?」
「ほっとけっ」
こちとら若いもんに話し合わせようと必死なんじゃい。
ああ、閻魔は若くないか。
「何か変なことを考えてませんか?」
「いや、なにも」
いや、閻魔も結構年だよな、と言おうとして俺はやめた。
このままでは三度目の完が訪れてしまう。
危ない所だった。
ともあれ、俺は話を戻す。
「とりあえず飲めよ、飲んでしまいなさい」
「なにか釈然としませんが、まあいいでしょう」
閻魔は掴んでいた缶の開け口をつまんだ。
しるこの缶の開け口を遂に開封されるっ――!!
ぷしゅっと音を立て、遂に外気に晒されるしるこ。
その闇色の液体は、堅い鉄に囲まれ、それを外から確認することはできない。
果たして本当にそれはしるこなのか。
ずちゅずちゅいったりするのは大丈夫なのか。
それは飲んでみるまで『わからな~い』。
そしてそれは訪れる。
遂に、閻魔がそれに口を付けたのだ――!!
俺は恐る恐る聞いた。
「……どうだ?」
閻魔がゆっくりとこちらを向く。
「……絶妙にぬるいです……」
ちなみに、味は柘榴の様な味がしたらしい。
帰ってきたら由比紀にあげるとのこと。
閻魔に由比紀が騙しとおせるとは思えないが、何やら俺からの贈り物だと言えば喜んで飲むそうだ。
ただ、まあ、一応買った以上味見しておきたかったので、俺は徐にあやしいしるこに手を伸ばし、口を付けた。
「あ……」
うん……、微妙。
でろっとした奇妙な味わいがなんとも――、微妙。
なぜこんなものが存在しているのか。
人や物が、望む望まぬ、そして望まれようと望まれずとも関係なく生まれてくる世の無情さを考えさせられながら、俺は缶を置いた。
「間接……キス……?」
閻魔が何か言っていたようだが、思わず考えに没頭していた俺には聞き取れない。
まあ、呟きまで掘り下げて聞くこともないだろう。
それに、前置きはもういいはずだ。
つか、とあることを聞きにきたんだが、時間を掛け過ぎだな、これは。
「で、そこな閻魔さんよ。聞きたいことがあるんだが」
俺の言葉に、はっとしたように閻魔は顔を上げた。
「そう言えば、今日は来る日じゃありませんでしたね」
そう、俺が閻魔の家に行くに、ある程度の周期がある。
まあ、俺なだけあって結構適当だから現在まで疑問を持たなかったらしいが。
「それで? 答えられる範囲なら答えますけど」
返答も聞き出せたので、俺はずばっと本題に入った。
「数珠家のことなんだけどなー?」
閻魔の肩が一度だけぴくりと震えた。
「どう落とし所を付けるんだ?」
数珠家全員焼き討ち、郎党全滅するかもしれないし、全員逮捕で片を付けるかもしれない。
そこを聞いておきたかった。
今後の行動に関わるからな。
「できれば、ですが。政治的権力だけ剥奪して、後はその罪に準じて、と思っています」
「ほー?」
「できることなら政治から切り離して、新しい人生を歩んでほしいと思ってるんです」
甘いとは思うが、自分にも責任がある、と閻魔は呟いた。
そして、俺はもう一つ聞くことにする。
「俺は出なくていいのか?」
気にしているのはそこだ。
どうにも閻魔妹は俺を関わらせたくないらしい。
内輪というか、一族の問題というものがあるからだ、と俺は勝手に予想しているが。
あながち間違いでもないだろう。
「はい。ただ、貴方には念のため李知と玲衣子のことをお願いします。多分何もないとは思いますけど」
「ほおー……。自分で決着を付けたい、とか?」
聞いてみたが、それだけではないようで、閻魔は俺に呟いた。
「そもそも、今まで頼り過ぎていたんですよ。貴方は一応一般人ですし……、一応」
今更だな。というかあくまで一応か。
まあ、いいだろう。そこまで言うのなら仕方ない。
現場の判断というのは往々にしてあるものだしな。
こちらも出ちまったらそれはそれで仕方ないということで。
「それに、このままじゃ頼りっきりになってしまいますから」
そう言って、閻魔は苦笑した。
俺は、余りにあんまりなので、今度こそ言う。
「今更だろうに。生活能力的に」
がっくりと、閻魔が肩を落とした。
そして、諦めたように溜息一つ。
「そう言えば、責任取ってもらえるんでしたっけ」
「やぶさかじゃないっていった気がする」
「じゃあ、もしもの時は、責任とって下さいね?」
「家政婦にでもなれってか」
職業、家政夫ってやだなぁ……。
「い、いえ……、そそそそそそ、その。だ、だ……、旦那さまでも――」
俺がまだ見ぬ職業に不安を抱いていた、その時。
「――あら、来てたのね? 嬉しいわ……」
俺の首に、白い腕が回されたのだった。
「おお、由比紀。久しぶり、でもないな」
相変わらず友人間の触れ合いの激しい奴だ。
由比紀は今までどこにいたのやら。
後ろから抱きついてくるのはいいが、閻魔が怒っているんだが。
「風紀の乱れですっ、離れてください!!」
「と、俺に言われてもな」
「由比紀、離れなさいっ!」
「と、私に言われても。離す気はないのよ?」
「駄目です!」
「そんなこと言って……、本当は美沙希ちゃんがしたいんじゃないの?」
そんな言葉を、閻魔は肩を怒らせて否定した。
「そっ、そんなことはありませんっ!」
だが、見るからに逆効果。
肯定しているようなもんだぜ閻魔さん。
「なんだなんだ、お兄さんの胸を借りたいのか。ほら、貸すぞ? 大体三十分十二文で」
そう言って俺は両腕を広げる。
しかし、
「え、あ……い、や、遠慮しますっ!!」
閻魔はと言えば、慌てて逃げ出してしまっていた。
後に残されたのは、由比紀と俺の二人きり。
俺は後ろの由比紀に、ぼんやりと呟いたのだった。
「なぁ……、しるこ飲まねえ?」
―――
てことでシリアスに向けての準備はこんなもんで。
予定では九十一話でシリアス入って一発で終わります。
ええ、あんまりやっても仕方ないのでばばんと決着を付けたいと思います。
では返信。
奇々怪々様
閻魔妹のエンカウントは余りに個性的ですが、まあ、薬師のせいですね、ええ。
そして脱衣麻雀にトラウマのある主人公も珍しい。
薬師の死亡フラグについては、まあ。彼はフラグマスターですから。
どうせ自分に不都合なフラグはあっさり倒壊させます。
蓬莱NEET様
居間をときめくのは、最初見直して間違ってるなぁ、と思ったんですが。
でも別に間違ってないし誤字じゃねーや。
と、なりましたとさ。
ええ、やりますよフラグ強化。あと、増やす可能性もなくはない。
あも様
由比紀が一番酷いです。
時空転移するわ、幼女になってインターホン押すわ、窓割るわ、普通に鍵もらって入ってくるわ、後ろから抱きついてくるわで。
多分、脱衣麻雀が駄目なのは、トラウマと、娘となんかやったら更にトラウマができるからだと。
閻魔一族はもう戦闘フラグが設立完了ですね。薬師を護衛になんておいたら事件に巻き込まれるにきまってるのに。
SEVEN様
いい加減に片を付けたいと思います。次の次でっ!!
まあ、今回はサブながら新たなキャラの登場もね? 考えてたり。
そしてこれが終われば先生復活編も書けたりしまして。
ただ、前回一つ思うことがあるなら、耳かきのポジショニングが普通逆だと今更気付いたことかな。
トケー様
脱衣麻雀っ、許可できませんっ!
例え精神的外傷Aが塗りつぶされても娘と脱衣麻雀やることになったという新たな精神的外傷が現れるだけですから。
ここで、脱衣麻雀がトラウマになるかご褒美になるかが薬師と一般人の差だと。
ギャンブラー暁御は普通じゃない方向で行くことにしましたが、これはイカサマしないと駄目だという結論に達しました。
ヤーサー様
やはり幼女はちが、げふん。
由美があんまり影薄くないのは心温まるストォーリィが多いからですよ。たぶん。
ただ、親父の生きざまを見せすぎた由壱君が女泣かせにならないか心配です。
最後に、誤字報告感謝です。修正しました。あと、バイト先で読む際は歯を噛み締めて読むようにしてください。笑おうが笑うまいが怪しい人ですが。
ReLix様
そんな理由で窓を壊されては、北海道辺り地獄になりますよ。
せめて夏場じゃないと……。
前回の一番の被害者は窓ですね、分かります。
さあ、格好良い薬師は続くんでしょうか。次々回のシリアスはなんか妙なことになりそうですが。
春都様
久々に出遅れた藍音。
しかし、出てきてるだけ奮闘してるものかと。
例を上げればきりがないですしね。ええ。出てこない人の出てこなさは。
それと脱衣麻雀は明らかにトラウマです、あれは誰だってそうなると思います。
migva様
皆のトラウマスライム様。
せっかく忘れてたのに……。
次回のトラウマ製造はいつになるやら。
このまま行けば、格好良い薬師で行けると思います。随分はっちゃけそうな感じですが。
通りすがり六世様
紳士になるには、感想掲示板や投稿掲示板では余りに窮屈過ぎると思います。
私はある意味これ八十九話かけて紳士タイムになってる気もしますが。
所で、四暗刻なんてリアルで出るもんなんですね。自分ゲームですらほとんど出してませんよ。あと、渾身のテンパイで勝てると確信した所で止められた時の悲しみは異常。
ちなみに、シリアス終了は次の次となります。ときめいてしまったのは、貴方が紳士だからです。
アキミ~地獄に舞い降りた奇跡~
頑張れ暁御、後少しだっ!!
http://anihuta.hanamizake.com/9th.html
ここまで来ると天才的だよ……。
いや、違う。
実は俺が仕組んでたんだっ!!
そうに違いないっ!!
そうじゃないと凄く困るっ!!
(ちなみに振った時に当たったので、一枚目と二枚目でサイコロの位置が変わってますが、降ったのは六回です)
最後に。
しるこは由比紀が無理やり美味しく頂きました。