俺と鬼と賽の河原と。
「それでは、行ってきますので留守番をお願いします」
藍音は銃の整備に下詰神聖店に行くと言い、結果残るのは休みだった俺と由美、そして無職、いわゆる居間をときめくニートな銀子だけ。
「くれぐれも、お願いします」
「おいおい、流石に留守番くらいできるっつの。何歳だと思ってんだ」
俺は苦笑いして言ったのだが、しかし藍音は念を押す。
「くれぐれもよろしくお願いします、由美、銀子」
「いや、何故」
「薬師様がどこかで女性を引っ掛けてこないようよろしくお願いします」
ちょいと待て。
と俺が言おうとする前に。
「はいっ」
由美は意を決したように肯いて、銀子は自然体で肯定。
「了解」
俺にはもう、
「おい……」
肩を落とす他の術がなかった。
其の八十八 俺と家と留守番と。
居間にて三人。
「で、まあ。留守番な訳だが」
「はい」
「俺は外に出ない状況でどうやって女を引っ掛ければいいんだ?」
その問いに、今度は由美ではなく、銀子が答えた。
「そこの窓を突き破って女の子がばーんっ、と。来る」
「こねーよ」
「来ないはずがない」
「俺はいったい何なんだ……」
果たして俺はなんだと思われてるのだろうか。
変わった引力でも出してるのかこの野郎。
とはいってもまあ、多分そんなことにはならないはずだ。
そう思って俺は嘆息した、その瞬間。
「まあ、流石にんなことはねーだ――」
――ばりーんっ。
いい加減にしろよこの野郎。
俺はぎちぎちと油の切れたブリキが如く振り返る。
そこには、
「ごきげんよう。今回は気分を変えて窓から来て見たのだけど」
窓から侵入してくる由比紀の姿が――!!
「お前は窓の修理な」
「さて、気を取り直していくぞ。別にいくこともない訳だが」
窓の傍でちまちまと修理をする由比紀をよそに、俺と二人はコタツに入っていた。
もちろん、寒いからに決まっている。
冬場に窓を開けるなんて真似誰がしようか。
「とりあえず、この暇な状況をどうにかしたらいいと思いますっ!」
銀子が元気よく手を上げた。
「はい銀子さん。案をどうぞ」
俺の言葉に、銀子は言う。
「人生ゲームを――」
「ねーから」
家にそのような机上系の遊具は存在しない。
「ああ、麻雀ならある――」
「脱衣麻雀っ」
「却下だ」
甦る精神的外傷。
筋肉質な鬼の裸身。
「うぇっ……」
思わず吐き出しそうになった俺を由美が心配げに気遣った。
「大丈夫ですか……? お父様」
「いや、うん。嫌なことを思い出しただけなんだ。大したことじゃない」
いっそ嫌な記憶を塗り替えようかと考えかけたが、落ち着け。
女性と脱衣麻雀もそれはそれで嫌な記憶になる。
相手が娘なら尚更だ。
後から思い出して鬱になる。
これは確実だ。
「もっと平和なことを要求する」
「脱衣麻雀だって平和な証拠」
「意味わかんねーから」
何でこいつはこんなに脱衣麻雀したいんだ。
「勝ったら脱ぐ麻雀」
「却下」
「勝った人が指定して誰かを脱がす麻雀」
「却下」
「あがった人以外が野球拳をする麻雀」
「却下」
「零点以下で全裸」
「却下」
「リーチで脱ぐ」
「却下」
「服を賭ける」
「却下」
「役満」
「却下」
容赦のない却下の嵐に、銀子は不満をぼやいた。
「まだ何も言ってない」
「どうせ脱ぐんだろうが」
「脱がない。全裸になるだけ」
「同義ってしってるか」
「なにそれおいしいの?」
そんな漫才を繰り広げる俺たちに、言いにくそうにしながら、しかし由美は言った。
「その……、普通に麻雀すればいいんじゃ……」
「その手があったか」
「ロン、三暗刻、ドラ一」
牌を打つ音が響き、俺の手牌が倒れ、銀子から点を奪い取る。
銀子は悔しげに痙攣した。
いや、痙攣て。
「悔しいっ……、でも感じちゃうっ」
「そのネタはもういいから」
多分二度目だ。
まあ、ともあれ。
銀子が麻雀できなかったり、銀子が途中で脱ぎかけたりするのを無理矢理止めたりしながらも、麻雀は由比紀も入れて何とか進行した。
ちなみに順位はやたらに勝負強い由比紀が一、俺が二、初心者の由美が三、ズブの素人の銀子が四。
「っと、そろそろいい時間だな。飯でも作るぜ」
言いながら立ち上がる。
時刻は既に夕方を回っていた。
同時に、由比紀も席を立つ。
「私もお暇するわ。美沙希ちゃんにご飯を作ってあげないといけないから」
「頑張ってくれお母さん」
そのまま掃除もきっちりしてくれると助かるんだが。
と言っても聞かないだろうので言うのはやめた。
どうせ次の休みに見に行ったら俺の仕事が残っていることだろう。
「ねえ、ちょっといいかしら?」
ふと、真面目な表情で由比紀は言った。
手招きする由比紀に、俺は大人しく従って、見送りということにして玄関に立つ。
「どーした?」
「数珠の家のことだけど」
数珠の家。
その言葉に俺は思わず剣呑に目を細めた。
「何か動きがあったんか?」
由比紀は複雑そうに頷く。
「戦闘の準備中、みたいね。聞いた感じでは」
「クーデターでも起こす気か?」
思わず呆れが出た。
一体に何を考えてやがるのだろうか。
「どうもこうもないわ。当主を動かすみたいなの」
「当主?」
俺の声に、由比紀は肯いて説明した。
「現当主はただの偶。でも、スペックだけはかなり高いわ。それでも私達には敵わないはずなんだけど」
「なるほど、何かありそうだってか?」
圧倒的な閻魔を互角以上の状態に引きずりだす策か何かが。
「そう。最悪戦闘用の人形が出るわ。人形と言っても魂を半端に入れた彊屍と変わらないわ」
未だに必要のなくなった夢を追い求める者達。
哀れだとは思わないがこれ以上やられると、正直困る。
「それでなんだけどね? こっちも近いうちにアクションを起こすわ。特に人間の戦闘用の複製は重罪だわ」
「なるほど? で?」
俺はどうするべきか。
ある種数珠家と閻魔の問題だ。
果たして――、首を突っ込んでいいのか悪いのか。
ここに迷いがある。
「貴方には、李知と玲衣子について、気を付けてほしいの。もしかしたら何かあるかもしれないから」
なるほどな、と俺は頷く。
「断るべくもないな」
「ありがと」
李知さんと玲衣子の警護か。
また半端な役目が回って来たものだ。
手伝えというなら、千軍とて吹き飛ばすのに。
もしくは、迷いが消えたなら――。
と、そこで由比紀と目があった。
「ふふ、それじゃ、次の休みにね? お父さん?」
そう怪しげに言い残して由比紀は去っていく。
それを目で見送って、俺は台所に立った。
さて、何の料理を作ったものか。
炒飯か、炒飯か炒飯だな。
まず材料がそれしかねえ。
藍音ならそれでも何か作れるかもしれないが俺にそんな料理の腕はない。
さて、炒飯だ。
そう思ってまな板を出して、そこでやっと隣に由美が立っていることに気付く。
「どーした?」
俺の問いに、由美は俺の方を見上げた。
「その、お手伝いを」
中々にできた娘だ。
俺はしきりに感心して、玉ねぎを手渡した。
「皮むき頼む。泣くなよ?」
由美は渡された玉ねぎを小さな手に握って苦笑い。
「……がんばります」
俺はと言えば、卵を溶いて肉を切っている。
はてさて、塩胡椒は大丈夫か?
肉を切るのに時間はさほど掛からず、俺は塩胡椒が入っているだろう調味料の棚へ。
「あったあった。ってやっぱりか」
呟きながら、それを引っ張り出して振り向き、俺は由美が涙を流しているのに気付く。
玉ねぎは剥いてるだけでも子供にはキツイか。
つか、手元と顔近いもんな。
「まったく、無理すんなよ?」
そう言って俺は由美の手から玉ねぎを取り上げようとした。
だが。
「ダメっ――!」
由美は後ろに逃げて、玉ねぎを抱えるようにしながら、俺の手を拒否した。
そして、はっとしたように表情を変える。
「あっ……、ごめんなさ……」
咄嗟に謝ろうとする由美を、俺は頭を撫でて、止めた。
「いいっての。由美が頑固なことは知ってるからな」
「え……? 私……、頑固です?」
自覚なしか、と俺は苦笑し、頭の上の手を退ける。
「頑固だよ。筋金入りのな」
未だに敬語が取れないし、働くって決めたのも由美本人だし。
別にいいと言ったのに、頑なに働くと言って実行したのは彼女本人だ。
「後で涙は拭いてやるから、頼んだぜ?」
由美は、俺を見て涙を流しながら、笑った。
「――はい」
とんとんと、包丁がまな板を叩く音が。
ぺりぺりと、玉ねぎの皮を剥く音が。
暖房のついた眠気を誘う温かさが。
二人何かに没頭する落ち着いた空気が。
それらすべてが時間を緩やかにしていた。
そんな緩やかな時間の中で、由美はぽつりと、まるで空気に溶かすように呟いた。
「お父様。私は今、幸せです」
「そいつは――、重畳だな」
俺は手元だけを見て声にする。
ただ、手は止まった。
由美がどんな表情をしているのか、気になったからだ。
「お兄ちゃんがいて、藍音さんがいて、銀子さんも李知さんもいて。それで、お父様がいる」
でも、由美を見つめるようなことはしない。
そうしたら、彼女はきっと俺を安心させるために笑うだろう。
「……どこにも、行きませんよね?」
いつの間に俺は由美を不安にさせていたのだろうか。
「玲衣子さんの実家が危ないって言ってて。お父様は何かあったら行くん、……ですよね?」
俺は呟いた。
「何処にも行かねえよ」
否。
「そりゃ行くさ。何かできるのに何もやらない道理はねえからな」
しかしここは俺の家なのだ。
「だから、速攻行って帰ってきてやるよ」
俺はもう一度包丁を動かしながら声にした。
今度は、由美の声が帰ってくる。
「じゃあ、迷わないでください、お父様……。迷わず進んで帰ってきてください」
一度切って、息を吸い込んでから、由美は続けた。
「それが私の精いっぱいの我侭です――」
なんて我侭だ。
いやはや参ったね。
「ここを何処だと思ってるんだ?」
可愛い娘のたまの我侭だ。
覚悟しとけよ? 数珠家の人々よ。
「ここは俺ん家だぜ? 俺達の家だ」
俺は不敵に笑みを作った。
「一家団欒の邪魔は、誰にもさせねえよ――」
そう言って俺は由美の方を向く。
由美は、玉葱のせいか、本当に泣いているのか。
泣きながら笑っていた。
「――私は今、幸せです」
「ほら、もう少し奥に行くぞ?」
「あっ、駄目……、お父様っ。痛っ」
「おっと悪い。強かったか? もう少し優しくするからな。ほら、出たぞ?」
「あぁ……、こんなに……」
その日の由美は、いつもより甘えてきたのだった。
「……何をやっているのですか」
「おお、お帰り藍音。何って、耳かきだが?」
「……羨ましいです」
―――
其の八十八でした。
そろそろ次のシリアスへのフラグ立ても入って来ます。
シリアス突入はたぶん九十以降になるでしょうけど。
その前に暁御が来ればいいと思います。
では返信。
蓬莱NEET様
玲衣子→腹黒い未亡人。由比紀→月一で幼女。
李知→ネコミミが生えたりロリ化したりする。
閻魔→腐敗聖域を創る。
……すごい一族ですね。すごすぎて涙が出そうです。あと、それらに関わって解決に行かざるを得ない薬師に同情します。
奇々怪々様
ずっと前から、というかネコミミ化した時から考えていた話ですからね。
遂にやって来ましたよネコミミロリが。
きっと風呂で精神年齢が戻ると、慌てる、逃げようとする、転ぶ、薬師がフォローに入って接近、慌てる、逃げようとする。
の無限ループが始まるでしょう。
あも様
いやはや、完全に別人ですね。ええ。
きっと閻魔妹の血筋ですから、ロリ化しやすい体質なんだと思います。
ロリ化しやすい体質って素敵ですね。
それは置いといて。果たして薬師の行動が恥じらいからなのか、子供にトラウマを残さないための気遣いなのか。それが問題だ。
春都様
ネコミミロリは正義だと思います。
果たして玲衣子さんは李知さんと薬師をくっつけたいんだか邪魔したいんだか分りませんね。
多分楽しんでるだけなんだと思いますが。
サイコロについては――、絶賛うちゅうのほうそくがみだれ中です。
SEVEN様
精神年齢もロリ化して、後で精神年齢だけ戻れば二度おいしいっ!
戻り方も少しずつ戻ればあらゆるニーズに対応できるっ。
あと服はだぼだぼだよね。
と、夢にてそんな天啓が下りてきました。
ヤーサー様
見事シリアスじゃありませんでした。シリアスが入るときは予告が入る気がします。
李知さんは呪われてるというか憑かれてる感じです。
玲衣子さんは楽しいから放置なんだと。
ちなみに、玲衣子さんがかけたのは温くなった程良い温度の奴をばしゃっと。
光龍様
超高位存在ネコミミ幼女が地獄に爆誕したようです。
惜しむらくは期間限定なことですが。
また、出るかも?
閻魔妹が伏線だったというより、閻魔妹がロリ化するのを見て、そこにネコミミを付ければ最強だなと思った結果がこれです。
通りすがり六世様
多分小説書くだけならメモ帳で十分だと思います。自分のCrescentEveなんて、ゲームのスクリプト打ちに便利だったついでに使ってるだけというか、ぶっちゃけメモ帳+αですし。
精々行数が簡単にわかるとか、単語検索しやすい位ですかね。ただ、ホームページ作って公開する時はコンポーザーがあるととても便利です。
それはさておき、やっぱり猫耳と言えば幼児ですよねっ!?と、気持ち悪いテンションになりました。
ともあれ、後フラグが必要なのは玲衣子が後々多きい奴がばばんとくる位ですかね。
migva様
感想版デビューおめでとうございます。
やっぱりその内由壱編も書きたいですね。まずは次の実家編からなのですが。
それと、薬師がロリコンなのは今に始まったことじゃないと思います。おもに前さんとか。
もう真性ですね。ああでも年上でも年下でも行けるのか。彼の守備範囲は。
トケー様
そりゃあもう、いろんな意味で恥ずかしいでしょうね。
多分李知さんは隠そうともしなかったでしょうし。
思いだしたらやばいけど思い出してしまう。
そんな乙女心が……(以下略)。
Eddie様
まあ、ええ。黒幕って言うかね、黒猫って言いますか。
ええ、実は掛けて見たとかね、そんなことはありませんよ、ええ。
偶然の一致です。
サイコロは呪われているっ。別に暁御以外でなら二でるのに。
f_s様
信じれば救われるんです。
きっと玲衣子さんは風呂場に乱入したし、
きっと李知さんはまたネコミミロリ化するし、
きっと薬師はハーレムエンドだと私は信じています。
スーパーギャンブラー暁御タイム。
三でした。
とりあえず……。
普通にやって二が出るはずがないことはよくわかった。
今回は普通なので、URLは乗っけない方向で。
ちなみに、ホームページの方には載ってますので確認したい方は雑多絵の方から。
最後に。
鍵持ってるのになぜ窓を破って入ってくるんだ……。