俺と鬼と賽の河原と。
「ああもしもし? 珍しいな、そっちから電話なんて」
俺の大して使われない携帯電話が珍奇な音を鳴らし、電話を取ったそんな朝。
電話の相手は、玲衣子だった。
彼女の家の電話は今時使えるのかと不安になるほどの黒電話で、というのはどうでもよくて。
李知さんがそちらに行ってるので別に俺にお呼びがかかるというのも考えにくかったのだが。
ともかく、彼女が俺の携帯にかけてきたのは初めてだ。
果して何の用であろうか。
「ちょっと、来てくださりません?」
結局何の用かは分からない。
しかし休日暇だった俺に、断る理由など無く。
「まあ、いいけどな」
そう言って俺は、未だ寒い外へと向かったのだった。
電話口の向こうから途切れ途切れに聞こえてきた、
「――薬師お――ゃん――まだーっ!?」
という聞き覚えのない妙に高い声に不安を覚えながら。
其の八十七 俺と少女と李知さん実家と。
「よぉ、来たぞー?」
玄関で靴を脱ぐ俺と、それを出迎える玲衣子。
「で、何があったんだ?」
聞いた俺に、玲衣子はどうにも歯切れ悪く返した。
「李知のことなのですが……」
「李知さんが?」
そうして玲衣子は首を横に振る。
「いえ、見てきた方が早いかと。部屋にいますから」
思わず俺は仰け反った。
この展開には、覚えがある。
わざわざ既視感などと言うまでもない、実際にあったことだ。
思い出されるのは去年のあの日。
彼女の頭にネコミミが生えていた日だ。
こいつは……、間違いない。
「……行くか」
そう呟くと俺は玲衣子を連れ立って、歩き出した。
道中、呆れ混じりに呟く。
「いやしかし、李知さんはこっち来るたびに変なことになってんのか」
「ええ、まあ」
「ええ、ってことはやっぱりまた変なことになってんのかよ。呪われてんじゃねーの?」
「いえ、犯人はわかってるんですけど。でも、精々悪戯程度ですし。節度もわきまえてるようなので」
「こまんのは李知さんだろうがよ」
呟いた時には、李知さんの部屋の前。
俺は迷いなくその扉を開ける――。
――世界が停止した。
「あっ、薬師お兄ちゃんっ!」
「ごふうっ!!」
腹に衝撃。
何者かの頭部が俺の鳩尾に直撃している――!?
否、飛びかかるように謎の少女……、いや、幼女かもしれないが、ともかく子供が抱きついてきたのか。
いや、待て待て待て待て。
俺は飛びついて来た少女の方を掴み、引きはがす。
誰だ、この黒髪長髪のだぼだぼなスーツを着たネコミミ尻尾な美少女は。
「で、誰だ?」
俺は隣の玲衣子に聞く。
答えは意外なものだった。
「おや、ご存じないのですか? 貴方と李知の隠し子でしょう?」
「ねーから」
俺は一瞬にして否定。
「そんな、もしかしたら、位は……」
「あると思うか? 俺に」
「それでですね。そこの子は」
コイツ目ぇ逸らしやがった。
まあ、それは置いておいて。
「そこの子は?」
玲衣子は俺へと、満面の笑みを向ける。
「李知ちゃんです」
……。
「まあ、うすうす気づいてはいたんだが」
気づいてはいたが、気付きたくなかった。
「……今度はネコミミの上縮んだのか……」
しかも精神年齢まで幼児に退行して。
「薬師お兄ちゃんっ、遊ぼうっ?」
そんな少女の舌ったらずな声に、俺は深々と溜息を吐いたのだった。
「で、俺にどうしろと?」
「子守りをお願いしますわ」
「お前さんがすれば万事解決だろうに、暇だろ?」
「貴方がした方が面白いと思いません? 後懐いてますし」
「……」
面白くないです。
と思いながらも結局世話を焼くのは、性分だろうか。
結局、なんぞ知らんが控えめに見ても少女、思うままに呟くと幼女と俺は、ままごとに興じている。
「ただいま」
いつも思うのだが、何故ままごとというものは仕事から家に帰る所より始まるのだろうか。
一日の始まりを朝ではなく夜に設定することでそこで人の営みを感じることで情操教育に、なるわけねーか。
「お帰りなさい。ご飯にする? お風呂にする?」
まあ、朝やることねーもんな……。
「それとも、わたし……?」
「飯一択だな」
「むぅ……、お兄ちゃんの意地悪っ」
「何が意地悪なんだ。どう考えても妥当」
「じゃあ、今日の夕飯のめにゅーは私ですっ!」
どこでんなこと覚えたんだかって(大)の時か。
そう言って抱きついてくる李知さん(小)を眺めながら、俺はぼんやりと考えた。
これ、もうままごとじゃねえな。
「じゃあ、風呂だな、確実に風呂だ。俺に選択肢なんかない。一択すぎてそろそろ涙がでる」
そんな俺に、さらなる追い打ちがかかる。
「ああ、薬師さん。李知ちゃんをお風呂に入れてくれませんこと?」
楽しんでやがるな玲衣子めが。
心中で毒づいて俺は即答した。
「断る」
「あらあら。どうして?」
「風呂に入るほどの理由がない」
「あ、手が滑っちゃいました」
そう言って、玲衣子は俺と李知さん(小)一緒くたに、程良く温くなったコーヒーをぶっかけた。
「あらあら、これはすぐにお風呂に入らないと。沸いてますからすぐにどうぞ?」
ああ、確実に確信犯だな。この人。
「いや、まずいだろ色々と。俺はいいから李知さんを入れてやれよ、お前さんが」
「いえいえ、お客様を濡れたままにしておくのはいきませんわ」
「いや、まずいから。色々と」
「まずいことなんてありませんよね、李知ちゃん?」
いやいやいやいや、いまの李知さん(小)の方に問題なくても後の李知さん(大)に問題がね?
しかし俺の祈りは届かない。この地獄に救ってくれる様な神様はいないのだ。
笑顔で首をかしげる玲衣子に、李知さん(小)は元気よく頷いた。
「うんっ! おかーさんっ」
結果?
聞くまでもないだろうに。
心身ともに疲弊した俺は、居間にて、李知さん(小)を膝の上に乗っけている。
「なあ、お前さん、俺のこと好きなん?」
なんとなく俺は聞いてみた。
懐いてる、というのもなんだかあれなんで、好きという表現を使ってみたが。
李知さん(小)はその斜め上を行くっ!
「うんっ! だいすき!!」
「そうかぁ……、なんでだろうな」
最後の言葉は口の中でだけ呟いた。
そんな俺に対して、李知さん(小)は何処までも無邪気。
「大きくなったら薬師お兄ちゃんと結婚するね?」
彼女はこちらを見上げるようにして言った。
「おうおう、大きくなったらなー」
ピンと立った尻尾が、楽しげに揺れている。
穏やかだな……。
もうどうでもいいやー。
そんなこんな。
もろに老人の様な気分で俺はぼんやり。
李知さん(小)は尻尾をぱたぱた足をぱたぱたと、何か楽しげに。
そして、そんな折。
李知さん(小)の動きが止まる。
不審に思って俺は声を掛けた。
「李知さん?」
彼女は俯いたまま動かない。
帰って来たのは少しだけ低い声。
「薬師……」
もしや。
俺を薬師と呼び捨てで呼ぶということは――。
李知さんがこちらを振り向いた。
「もしかして、精神年齢、戻ったのか?」
彼女は、頷く。
妙な沈黙が降り立った。
李知さんは何も言わないまま俯いてるし。
俺はどうしたものかと混乱状態。
しかし俺は、そんな状況に耐えきれず吐き出すように冗談めかして彼女に聞いた。
「大きく、なったら、結婚する?」
「っ!!」
まるで一瞬にして沸騰したかのように李知さんの顔が赤く染まった。
まずい。
ある種確認としての言葉だったがはっきりした。
李知さんには{小(無邪気)}の時の記憶が存在しているっ!
と、言うことはだ。
おままごとに興じた記憶とか。
ぶっちゃけると、流石に手拭は死守したが、風呂とか。
その他諸々の記憶が残っているということである。
その結果。
俺はいわゆるヘッドバッドという奴を食らって、李知さんに一目散に逃げられたのだった。
ああ、気分はお通夜。
一人にしとく訳にもいかないので外に飛び出した李知さんを追って捕獲。
その際の俺はとても危ないおじさんに見えただろうがそれはいい。
問題は家に戻ってからだ。
未だに体は子供の李知さんと二人きり。玲衣子は何処に消えたか知らないが。
ともあれ、まあわかりやすく言うとあれだ。二人して――。
――いい歳こいてままごととか……、何やってんだろ……。――
という奴だ。
そんな気分で床にも座ることすらできず、俺達はどんよりと立ち尽くしている。
「なあ」
気まずくて俺は思わず声を掛けた。
「……なんだ……」
李知さんは今にも消え入りそうに。
「いや、ほらさ。子供だったんだし仕方がないってことで片を付けてくれ」
じゃないと俺の精神衛生上良くないんだ。
そんな俺の言葉に、李知さんはしばし悩んでいた。
別にそんな所で変な責任感ださんでもいいと思う。
が、しかしまあ。自分と折り合いを付ける方が大事だったらしく、李知さんは納得してくれた。
「まあ、そうだな……。子供だし、甘えてしまうのも仕方がない、か」
そう言ってふぅ、と彼女は息を吐いた。
そうして安心した俺に不意打ち。
「うお?」
腹の少し上くらいに感触。
李知さんが俺に背を預けていた。ちなみに、少しずつ戻ってきているらしく、李知さんは幼女から少女に成長を遂げている。
慌てて俺は李知さんが体勢を崩さないよう抱きとめた。
「おおい?」
李知さんの顔は見えないので、俺はその黒い頭に言葉を投げかける。
「別に……、いいじゃないか。子供なんだから……、甘えたって」
「ん、ああ」
そうだな、いや、いいのか? あれ? いいのか?
まあ、どうでもいいかー。
この状況は、玲衣子が帰ってくるまで続いた。
その間、黒い猫の鳴き声だけが響き渡っていたという。
―――
其の八十七です。
遂にロリ化までしました。
ええ、ネコミミが生えた次はロリ化ですねわかります。
後、なんだかこんなメールが舞い込んできました。
メールはたまにしか確認してないんでちょっと遅れますが申し訳ない。
以下文面コピー。
どんなソフトで小説を書いてますか?
やっぱりワードなんでしょうか。
自分も小説を書きたいと思ってるんですが何がいいか参考に教えてください!!
A.私に聞かれても……。っていうかそんなこと聞かれる様な人間でしたっけ、私。人の参考になる様な物書きじゃないんですが。
とりあえず突っ込みは置いておいて、自分はCrescent Eveなるものを使ってます。
HPの方はNetScapeのComposerで。
でも、ぶっちゃけるとメモ帳でいいとおもいます。
では返信。
zako-human様
読んでいただき光栄です。
とりあえず……、糖尿病にお気を付けを。
割と分かりにくいネタも多かったりするのですが、気付いていただけるなら安心です。
これからも砂糖を生産し続けます。
奇々怪々様
ほんと寒いです。こっちの地方も寒くて寒くて外から帰る度に耳やら顔やら真っ赤になります。
果たして薬師を殴りたい人間は何人いるやら。私もその一人です。
鬼兵衛は若いころは薬師と同類どころか、今現在もその片鱗を……。
今回の李知さんはある意味イドの怪物と取れなくもない気が――。
春都様
流石にメインヒロインですからね。前さんは。
完全に本音を隠し切れていませんね、ええ。
とりあえずこれで薬師を殴りたい人口が三人目確認されました。
ちなみに暁御は今回、これから振る予定でありませう。どうなることか……。
マリンド・アニム様
僕らの由壱が頑張ってくれることを自分は祈ります。
だが鬼兵衛、貴様は許せんっ!
結婚してるくせにフラグを立てるとか不実もいい所だと思います。
ええ、あんな鬼面してるのにモテるとかあんまりだと。
蓬莱NEET様
ある意味ぶん殴って崖から突き落とすというか。
背中を押したいというかいっそ結婚しろというか。
でも天狗様はきっと崖から突き落としても彼に飛びあがって予想の斜め上を行くのでしょう。
何が言いたいって、金輪際薬師が自重することはないのだと思います。
キヨイ様
まだ……、まだ暁御はっ……!
というか現世に行ったらもう今度こそ出てこないですよ暁御さん。
キャラが薄いことでキャラ立ちしてる彼女が普通に出てこなくていい立場に入ったらもう……。
涙が溢れ出てしまうと。
ガトー様
暁御が選択肢にいないのはデフォです。隠しなんです。きっと隠しキャラでレアなんです。
鬼兵衛に関しては奥さん放って仕事中に女子高生といちゃこらしてればもうどうしようもないと。
むしろよく離婚問題に発展しなかったと思います。
しかし……、ハーレムエンドですか。いやここはあえて酒池肉林完と書かせていただきましょう。いいものですよね。
ヤーサー様
甘さ控えめ=ケーキ-上に乗っかってるチョコ。
ええ、あんまり変わりません。
先生がまともだったら今頃二人でラブラブで甘甘なにかが、と想像するだけで砂糖が止まりません。むしろ既に結婚してただろうというレベル。
ちなみに鬼兵衛の元相方は女性です。主と鬼兵衛が結婚したので肩身が狭くなってふらふらしてます。彼氏募集中。
SEVEN様
代弁者 由壱 って書くとなんか大層な肩書に見えますね。
由壱はきっといいロリを見つけてくることでしょう。
うっかりするとお姉さんかもしれませんが。
結婚してるかはともかく、酒呑は恐妻家みたいなもんですし。翁はもうなんてコメントしたものか。
HOAHO様
どうせあのアホはその内出会いが欲しいとか抜かすでしょう。
あと婚活とか言ったら相手探さないととか言い出すでしょう。
そうなったときは異次元でもどっからでもとりあえず沢山呼び出して袋にするしか。
しなくても女性方がやってくれそうですが。
ごろー様
コメント感謝です。
あの後はどうなったのでしょうね。
あのまま、本当にする? と聞けば結婚したのでしょうか。
薬師ならしそうだというのがなんとも言えない事実。
光龍様
一回刺されても薬師は反省しなさそうだから困る。
むしろ何故刺されたのかも理解できないままルート舗装に出かけそうで。
前さんもこのまま畳みかければ結婚にまでこぎつけたかもしれないのに……。
惜しいことをしたものです。
カニ用トング様
コメントどうもです。
誰が上手いことを言えと……。
年貢の納め時が結婚する時っていうのもぶっ飛んでますが。
いい加減狼藉の責任を取るべき。
やっさん様
一番間近で冷静に見てる由壱だから言える言葉ですね。
鬼兵衛はもう、言える立場じゃないですから。ええ。
浮気者はフルボッコにされろと。
ええ、当然ですよ、鬼っ娘は人類が生み出した英知の結☆晶ッ!!ですよ。はい。
あも様
由壱はむしろ殴ってから言うべきだと。
候補が足りない? 馬鹿を言っちゃいけない。見事なリストアップだと感心するがおかしい所は何もないな。
藍音さんと玲衣子さんと結婚したら最後、監禁されてもおかしくないと思います。
でも薬師もそれはそれでいっかとか言い出すかも知れません。
トケー様
由壱が誰か忘れてる?
ああ、憐子さんのことですか。
……ちがう? まあ、それはともかく、ええ。そんな話より前さんですよ。メインヒロインがバースト状態でした。
さて運命のサイコロ。今日こそ二が出ればいいと思います。
通りすがり六世様
ああ、結婚してるよ。と言われてもへえやっぱり終わると思います。
薬師なら。相手が閻魔妹なら結婚だったら驚くけど付き合ってるだったらやっぱり驚かないと思います。閻魔に告白されたら世話焼き的に考えて断るはずがないと。「しかたねえな。お前さんには俺がいてやらねえと」とヒロイン的な台詞を吐く薬師が現れるでしょう。
ただ、まだスク水を着るには寒すぎる季節です。いや、寒中水泳も地獄ならあるいは……。
f_s様
エラー 人物名称 暁御が見つかりません
その名前が正しいか確認してください。
それが実在する人物か確認してください。
――それが幻ではないか確認してください。
Eddie様
薬師的には結婚する理由もしない理由もないってことなんですね、ええ。
別にこっちから行くことはないけども、来たら断ることもない。
なんて贅沢なんでしょう。
暁御のサイコロが誰かの作為ならまだ、よかった……。
MOMOMO様
楽しく読んでいただけてるなら幸いです。
そりゃもう頑張りますよ。
ええ、今年はどうせなので次元を超えるまで頑張りたいと思います。
星辰の彼方まで。
ドキドキ暁御タイム。
……ちょっとこのサイコロ作った奴でてこい。
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(上)
仕方がないので出た目の1であみだくじしてみる。
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(下)
途中まで期待させておいて……。
最後に。
きっと途中で風呂に玲衣子さんが乱入してきたと俺は信じてます。