俺と鬼と賽の河原と。
地獄の正月ももうすぐ終わりなそんな一日に。
やはり俺は暇だった。
まるで冬休み早く来いと言ってるのに休みになると暇になる学生みたいだな。
と自分で自分を笑い虚しくなりつつ俺は道を行く。
さて、どうしよう。
行く所は特にない。
参った。
帰るしかないのだろうか。
しかし、それはそれでなんとなく癪だ。
暇でぐだぐだするのが嫌で外に出てきたのに、帰ってぐだぐだするのもなんかいやだ。
「……ううむ、小腹が空いたな」
ふと、呟く。
時刻は三時。
正月でゴロゴロしてるから余り腹が減らなくて、昼食は軽めに。
だが歩いたから丁度小腹が減った所だったのだ。
「おお、丁度いい所に喫茶店が」
あたりを見渡せば、すぐにこじんまりとした喫茶店が目に入る。
迷うまでもない。
俺は扉に手を掛けた。
すぐに可愛らしい給仕服に身を包んだ店員が出迎えて――、
「いらっしゃいませ! 一名様、で、す……か……?」
出迎えて――。
「……何をやってるんだ閻魔妹よ」
其の八十四 俺と茶店とバイターさんと。
「え、っと……、その、ね?」
「えっとそので解り合えれば人類皆兄弟だよ」
出てきた銀髪の麗人は、珍しく橙と薄黄色のふりっふりの給仕服に盆を持ち、茫然と立っている。
無論、俺も驚きでいっぱいだ。
「おや、知り合いにバイト先で発見される気まずいシーンを目撃してしまった」
そう言ったのは、多分店長だ。
何やらバーテンの様な格好に、長い深緑の様な不思議な髪をアップにしたそれらしき女性。
そんな女性が、由比紀をたしなめる。
「ほら、お客さんを待たせるのは店員失格。店員失格ということは人間失格。おーけー?」
「え、ええ。どうぞ、こちらに」
多少の狼狽はあったが、優雅な動作で由比紀は俺を席へと連れ立った。
流されるままに俺は席に着く。
「では、ご注文がお決まりになりましたら――」
「あー……。店員としては駄目なんだろうけどな? いつも通りに話してくれると助かる。一応客からの要望ってことで」
思わず、そんな言葉が口をついて出る。
どうにも落ち着かなかったのだ。
そして、それは向こうも同じだったらしい。
由比紀の緊張は解け、いつもの態度に戻る。
「そう、ね。とりあえず注文は?」
手渡される品書き。
それを見ながら俺は呟いた。
「ふむ、店員さんのお勧めとしては?」
「そうね、ベーコンレタスサンドと、アイスコーヒーかしら」
「その心は?」
俺としては理由を聞きたかったのだが、なぜか由比紀は戸惑い仰け反る。
「べ、別に……、そんな、何も。ただおいしいだけよ?」
何かあるのか、と勘繰ってみるが特に思いつくこともなし。
それに、俺はこういったハイカラな店という奴の料理にはまったく詳しくないのだ。
基本山で暮らしてたから、多少世間知らずなところもある。
というわけで、俺はお勧めとやらを信じることにした。
「じゃあ、そいつでお願いする」
すると、彼女はいっそ芝居がかって見えるほど自然な動作で、優雅に一礼。
「かしこまりましたわ。少々お待ちくださいませ」
そう言って背を向ける彼女の背中が少し上機嫌に見えたのは、気のせいだろう。
それから待つこと数分。
俺の目の前に、頼んだものが二つと、なぜかケーキが追加されている。
「サービスよ」
そう言って由比紀は俺の前に座った。
「お? お前さんも?」
一瞬新種の業務かと思いかけたがそうでもないらしい。
「店長が今暇だから客と話でもして来なさい、って」
「ああ、なるほど」
あたりを見渡しても人っ子一人いない。
カウンターの中に店長が一人、俺と由比紀が椅子に座ってる以外は。
「ここだけの話、超暇だったり?」
実質、三時というのは完全に暇という時間でもないはずだ。
そして、その考えはあながち間違いでもないらしい。
「その、まあ。もう少ししたら少しくらい、来るのかしらね?」
「うむ、まあ、俺が来たってことで」
「ええ、まあ……、と、そんなことより、早く手をつけたらどうかしら? コーヒーが冷めちゃうわ」
果たして店の売り上げがそんなことかどうかはともかく、まあ、その通りだ。
せっかく来た料理、食べなければばちが当たる。
って、アイスコーヒーが冷めることは未来永劫ないと思うのだが、まあいいか。
俺は、ベーコンレタスサンドなるものに手を伸ばした。
「……」
しかし、ふと、由比紀がこちらを見ていることに気づいて、中断。
見られてるどころかガン見である。
何かしたか? 俺。
「こうも見られてるとちょっと食い難いんだが……」
「え、ええ! そうね」
そう言ってわざとらしく由比紀は目を逸らした。
しかし、いまだその瞳はちらちらとこちらを伺ってくる。
愛らしい仕草ではある。
なんとなく気になるが、しかしそれを聞くのも又憚られた。
まあ、別に見られても食いにくいだけで食えないわけじゃねーしな。
そう思って俺は手に掴んだそれを口に一齧り。
おお、なかなかいける。
レタスが口の中でシャキ、と音を立てて弾け、俺に存在を証明してきた。
そして、由比紀はといえば、やはりじっとこちらを見ている。
その瞳は、不安げに揺れていた。
「……どうかしら?」
如何、どうって、料理の味か。
「おう、結構いけるな」
瞬間、ぱっと由比紀の表情が喜色に変わり――。
「良かったっ! っ、い、いえ、それは良かったわね」
すぐに澄ました表情に戻る。
「んん? いや、うん」
今一つ由比紀の態度の理由が俺には分からない。
そんな中、ひょっこりと店長が顔を出した。
「好きな人に料理を食べてもらってどっきどきっ! 青春、してるねぇっ!?」
おお、びっくりした。
「引っ込んでてくださいっ!」
由比紀がその店長を強引に押し戻す。
「よく聞こえなかったが――」
「あなたは聞こえなくていいのっ!」
彼女の顔は真っ赤だ。
そこまで怒るとは、そんなに聞かれたくないことを言っていたのだろうか。
「まーいいや」
「で、でも、どうしても聞きたいなら、その、ここで、まあ、ええ。あなたが聴きたいっていうならその、言うのもやぶさかじゃ……、え?」
聞かれたくないなら仕方ない。
「それより、お前さんなんでこんなとこでバイト?」
そう、そこがずっと気になっていたのだが、何故由比紀は肩を落としているのだろうか。
肩を落としたまま、彼女は言った。
「その、私働いてないじゃない?」
「まーな」
働かなくても、こないだまで働いてなかったし、閻魔の妹なら別に閻魔と一緒に住んでるから問題ないと思ったのだが。
「まあ、前は家事っというか、家政婦としての仕事があったからよかったのよ」
そこで話が大体読めてきた。
「でも、その仕事もあなたに押し付けてるし、これじゃ不味いわ、と思ったの」
そう言って優雅に方を竦めて見せた由比紀に、じゃあ押し付けない方向でお願いしたい、と言わなかった俺を誉めて欲しい。
ともあれ、由比紀にだってやりたいことがあるのだろう。
それならば応援してやるのが大人の男の対応と言う奴だ。
決してもう指摘するのも面倒くさくなったわけではない。
「ふーん? そういうこと結構気にしてたんだな」
少し以外だった。
この女なら飄々と好きに生きてそうな印象だったのだが。
しかし、そうでもなかったらしい。
「あら、あなただって何もできない子より、色々できる子の方が好きでしょう? それとも、可愛げがないかしら?」
「まあな。何でもできる逆にこまっちまうけど、何もできないのはもっと困る、か?」
そんな中、ふと思うことがあったので付け足す。
「ああ、でも何もできなくたって、何かしようとしてるならいいとは思うがね。そういうのは好きだぞ?」
「そ、そうなのかしら? あなたは、好き?」
そう言った彼女は、少し嬉しそうで。
別に否定する要素もなかったので俺は頷いた。
「ああ、好きだ」
「……そう」
彼女は、うつむいてしまう。
どうしたのだろうか。
まあいいか。
心のどこかで空気読め、と何かが呟いているが、俺は気まずい空気に耐えられなかった。
「ああ、そだ、明けましておめでとさん」
会話の無さに耐えられなかったのだ。
「今更ね……」
由比紀が顔を上げ、溜息を吐く。
その通りだが、今思い出したのだから仕方ない。
そんな俺に、由比紀は呆れたように微笑んだ。
「明けましておめでとう、今年もよろしくね?」
「おう」
「所で、コーヒー切れてるけど、いるかしら?」
「ん? ああ」
見ると、カップの中に黒い液体は無い。
俺は肯いた。
「そう。じゃあ、サービスするわ」
「お、ああ。悪いな」
それからというもの、彼女はコーヒーが切れるたびにおかわりを持ってきた。
取りとめのない話が盛り上がる。
「そう言えば、最近どうなんよ」
「最近って……」
「閻魔の好き嫌いが治った、とか。お前さんの幼女化が収束した、とか」
由比紀は苦笑い。
「残念だけど、変わりないわ。全くね、それより、あなたが美沙希ちゃんを見に行ったら?」
「ああ、それもそうなんだけどな? どうにも年始は忙しいみたいでな」
「それでも、いえ、それだからこそ、会いに行ってあげるべきよ?」
「まあ、挨拶くらいはいかねーとな。疲れてるこったろうしな」
まったく、俺はあれの母親か。
「そっちはどうなの?」
「俺? 俺んとこは……、変わんねえわ。やっぱり」
相変わらずである。
そんな俺に、やはり由比紀は呆れていた。
「相変わらず……。相変わらず女の子に粉掛けてるんでしょうね……」
「んなことねーよ。まあ、最近確かに女性との付き合いが多いと自覚はしてきたけどな」
「今更っ?」
彼女は酷く驚いている。
そんなに驚くことだろうか。
そして、またコーヒーのおかわり。
コトッ、と机の上に再びカップが置かれる。
ふと思う。
「なあ、俺を出れないようにしてないか?」
サービス、と彼女は言ったが、品物で俺をこの席に縛り付けているようにも見える。
彼女は薄く笑った。
「あら、ゆっくりしていってくださらないの……?」
笑って、俺の後ろから、首に手を回す。
後ろから抱き締められるような状態になった俺は、相変わらずだな、と溜息を吐いた。
「ほいほい。ゆっくりしていってやるよ」
その言葉に、由比紀がすぐ横から俺を見る。
「どれくらいいてくれるのかしら?」
俺は顎に手を当てて一考。
「終業時間までかな」
意外そうに由比紀は目を丸くした。
「え?」
「一緒に帰ろうぜ。送ってくから」
「うふふっ、やっぱり優しいのね」
「腕をいきなり組むな。まあ、閻魔んとこ行くついでだよ」
「素直じゃないんだからぁっ」
そう言って由比紀が俺の頬を突く。
完全に、遊ばれている。
「まったく、俺で遊んで何が楽しいんだか」
「あら、乙女の心を知るのは難しくてよ?」
また乙女心か。
難しくて理解できそうにない。
「……そうかい」
それきり無言で、楽しそうな由比紀と俺は道を歩く。
そして、やっとマンションの前に辿り着き、不意に。
頬に感触。
ちゅ、と何かの音が俺の耳に拾われた。
「今……」
聞こうとした俺の言葉は本人に遮られる。
「今のは今日のお礼と、お年玉。それじゃ……、また、ね?」
そう言って顔を真紅に染めた由比紀は、走り去ってしまった。
「ううむ、お年玉って年でもねーんだけどな。それより……」
結局俺は閻魔宅にお邪魔する訳で。
まあ、気まずかったのは書くまでもないだろう。
―――
去年の暮はシリアスバトルだったので今年初めはやたらほのぼのします。
次回は誰で行きましょう。
では返信。
“忘却”のまーりゃん様
今年もよろしくお願いします。
いやはや、珍しく戦闘ないのに綺麗な薬師でした。
未亡人のシリアス効果ってすごい。
そう遠くないうちに未亡人フラグも施工終了するでしょう。
kou様
感想どうもです。
ここしばらく閻魔一族のターンなのでしょうか。
未亡人の実力はまだまだこれからなはず。
そしてダイソーダイス……、気付かれているっ!? 見事な鑑定眼っ……!!
ReLix様
これだから被害者が後を絶たないのだと思います。
薬師被害者の会が設立されるのもそう遠くないでしょう。
不用意な格好良い台詞がその内取り締まられるようになったりしそうです。
地獄の主に閻魔権限で。
春都様
天然で素質もちなんですけどね。
自覚が無いので狙って発動できないのが弱点だと。ポテンシャルは超特級なのに。
まあ、鷹の眼が如くピンポイントで発動しますが。
実家騒ぎはしばらくしたらばばーんと片を付けたいと思います。前回のシリアスが長かったのでここはバシッと。
あも様
未亡人はダテじゃないッ!! そういうことなのでしょう。
薬師は今日も今日とて釣った魚に餌をやって回る、と。
もう完全にド天然ですよね。あの直球ぶりは。
暁御ダイス。これから振る所です。さてどうなるやら。
奇々怪々様
例え対象外でも胸キュンさせる、これが未亡人の真の実力……!
いやはや、あの天然、いっそ狙って台詞吐いてんじゃないかと。
ロリ、幼女。大事ですね。ええ。解ります。
李知さんの次のご予定は、何というか、まあ、凄いことになりそうな。
通りすがり六世様
人をにやにやさせることだけを糧に生きてますから!
というのは冗談ですが。
こちらも読み返してにやにやしてしまうこの恥ずかしさっ! どうにかなりませんかね。
あ、ならない? その内恥死しそうです。
f_s様
未亡人のターンっ!!
まだまだ終わらない可能性が高いです。
むしろ、実家編が始まってからが最盛期なのですね。
ええ。それまで雌伏の時です。
min様
コメントどうもです。
ダイスはこれから振る訳ですが、結果が見えてる気がして……。
六回振れば出ますかね。
二。八十話中に出れるんだろうか。ある意味百まで逃げ切ったら凄いと思います。
眼隠し様
この泥棒猫、は他の皆が藍音に言いたいことだと思わなくもな――。
ごほん。薬師ですからね。
ドロドロどころかサラッサラですよ。
全自動ハーレム製造機ですから。どうしようもないです。
トケー様
ここにきて未亡人ハイパーモードです。
暁御は、まあ、うん。
キャラ的にはおいしいんですけどね。
だけど、ヒロイン的には……。
ガトー様
何故二かと聞かれれば――。
一番地味っぽい気がしたからじゃないかと。
一応六面ダイスです。ええ、一応は六分の一です。
不幸補正が働きそうな予感ですけど。今回はどうなるでしょう。
Eddie様
さて、振ります。
今振ります。
この手のダイソーダイスが今投げられて……。
結果は――。
最後に。
暁御……。
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不吉だよ暁御……。